7-8 ルディアの過去
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― 丘の教会にて
馬に乗った三人が教会へと近づくと、避難していた少数の人々がどこか緊張を孕んだ面持ちで出迎えた。平原での激闘を遠巻きに察したのだろう、教会の周辺にいた者の大半は牛人族たちの救援や戦地へと駆け出ており、敷地内は静まり返っていた。
その静寂の中、修道女のメィディだけが彼らの到着を待ちわびていたかのように、大聖堂の重厚な扉の前に佇んでいた。
「ご無事の様で……」
「ああ、うちの姫様を休ませる場所があると良いんだが……」
「こちらへ……」
メィディの案内に従い、ヴァルターは意識を失ったルディアを腕に抱きかかえて奥へと向かう。案内された教会の休息所に入ると、ベッドへと静かに彼女を横たえた。手際よく毛布を掛けて手伝ってくれるメィディの横顔を見つめながら、ヴァルターは低く掠れた声で切り出す。
「……今のうちに話を……彼女のことを聞かせて欲しい」
「はい……あの……あなたは……」
メィディは手を止め、わずかに身を引いてヴァルターへと懐疑的な視線を向けた。
「ヴァルターだ。ただのヴァルター」
「そうですか……」
彼女は小さく首を頷かせると、ベッドで眠るルディアの顔立ちへと視線を落とした。
「彼女はアルヴィ様……アルヴィルディア様……だと思います……黒子の位置も同じです……」
「……そうか、何故、彼女は川に流されていたんだ? 幼少期に」
「……川に? ……ああ、なるほど……私が聞いた話ですと……別荘に馬車で移動中に賊の襲撃を受け、濁流に落ちて行った……と言う話なのですが……」
「それは、確実な情報か?」
「……ベアトリーチェ様がそうおっしゃっていました……嵐の中、救援に行った聖騎士達が落胆しながら帰ってきたそうで……」
メィディの真摯で痛まし気な様子に、そこに不自然な嘘はないとヴァルターは判断した。同時に、彼の頭の中で欠けた記憶の片組みが嫌な音を立てて噛み合っていく。
(聖騎士……「襲った」んだろうな……血に気が付いていたのか?)
確信を強めながら、ヴァルターは言葉を濁した。
「なるほど……」
「ええ、ベアトリーチェ様は悲しんでおられました……大変……」
深く考え込むヴァルターの様子に、メィディは意を決したように問いかける。
「あの、なぜ身分を隠されて……」
「俺も政変の影響で面倒な立場になってな……」
「そうですか……あなたも……」
ヴァルターの脳裏に、かつてベアトリーチェの身辺に控えていた従者たちの顔が浮かぶ。そこには「半獣人」……「獣人」の血を引く者が不自然なほど多かった。そして政変の折に吹き荒れた、凄惨な「半獣」刈り……
「私は政変が起こる前に……「混ざった者」達を一斉に……手切れ金を渡され故郷へと戻されたのです」
「やはり彼女は知っていたのか……」
事態の裏を悟ったヴァルターの呟きに、メィディは無垢な期待を込めた瞳を向ける。
「ベアトリーチェ様がアルヴィ様の生存を知ったら……たいへん喜ぶかと思いますが?」
「いや、やめた方が良い」
「どうしてです?」
「彼女は今や「鷲獅子卿」の敵……だからな……」
「……それで私たちを助けてくれたのですね……」
メィディが悲痛な悟りを口にしたその時、部屋の扉が慌ただしく開き、ソンヨークが足早に入ってきた。彼はまっすぐヴァルターへ歩み寄ると、顔を歪めて困惑した声を上げる。
「あの、お連れの方は大丈夫でしょうか?」
「……連れ? ……耳長族か?」
「はい、ブツブツと何かを呟きながらその、夢遊病のように……」
「……ちっ……面倒なやつだ……」
短く吐き捨て、ヴァルターは一瞬だけベッドのルディアへ視線を送った。不安そうに寄り添うメィディの姿を確認すると、彼女に後を任せて素早く部屋を後にした。
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ヴァルターが教会の一室を抜け出すと、崖の淵に立つグウィンの背中が視界に入った。彼は崖下を見つめたまま、一人で不穏な呟きを漏らしている。今にも自ら飛び降りかねない異様な雰囲気を察してか、離れた場所ではシスターたちがハラハラとした様子で固まり、いつでも止めに行けるよう機を窺っていた。
「グウィン……どうした?」
「……ヴァルター……」
声をかけられ、ゆっくりと振り向いたグウィンの顔は蒼白だった。彼は自身の両手を見つめ、掠れた声を漏らす。
「私の手は穢れてしまいました……」
「穢れ?」
「……ええ、野盗は殺した事がありますが……人間を……全員が悪人でなかったでしょうに……」
ヴァルターは彼の悲痛な言葉を聞きながら、かつてグウィンが時に青くさい正義を説き、不要な殺生を嫌っていたことを思い出していた。
「意外だな……俺にはあいつらが町を奪おうとしただけの人間……野盗とかわらないように見えたが……」
憔悴しきった様子の耳長族を一瞥すると、ヴァルターは静かな歩調でその隣まで歩み寄る。
「罪のない人は殺さない……それが私の……部族の信念でした……」
「なるほどな。まぁ、分かる気はするが、相手兵士に対してそれは……死にに行くようなものだぞ?」
「無理やり駆り出された兵士もいたでしょう……それがあまりにも……理不尽な魔法で……」
ググウィンの落胆した視線は、遥か眼下に広がる町前の広場……先ほどの戦場跡に注がれていた。遠目からでもわかる、切り刻まれた肉片と血の海。ヴァルターは彼の肩を掴むと、その凄惨な惨状が見えない位置へと強引に身体を巡らせた。
「……見ない方が良い……」
「……」
深く沈黙するグウィンに対し、ヴァルターは努めて平静な声をかける。
「お前は、この任務が終わったら遺跡の調査に行ける……そうだったな?」
「……あ」
「イノシシの魔獣を倒し、探索者の調査が終わったらそれで終わり。そこまでは頑張ってくれ」
「……そうでしたね……泣いて戻るわけには……行きませんでした……部族のためにも……」
普段の軽薄な口調からは想像もつかない、どこか真面目で暗い影を落としたその瞳を見つめ、ヴァルターは不思議な感慨を覚えていた。
「まぁ……がんばろうか……」




