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竜血の復讐姫 ~魔女に育てられた聖女は「悪」を狩り、世界を浄化する  作者: 藤明
7話 竜の巫女

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7-6 勝者聴言之儀

§ § § § § 


 大地を揺らす踏み鳴らしの音とともに、牛人族の戦士たちと聖教王国の軍勢が目と鼻の先で対峙していた。

 緊迫した空気を引き裂くように、牛人族の戦士長ガリウスが踏み出し、重厚な声を響かせる。


「ここは我らが大地! 貴殿等よ! 何用だ?」


 その問いに応じるため、軍勢の先頭から長身の聖従士がゆったりとして急ぐ様子もない歩調で前に出た。


「知れたことを。邪なる存在から、かの町……トルクレイスを解放しに来たのです」

「……解放? 誰からだ?」

「穢れた命……存在してはいけないもの……人間と獣の間に生まれた穢れた血からだ……」


 侮蔑に満ちた言葉が放たれた瞬間、牛人族の陣営に明らかな苛立ちが広がった。太い腕の筋肉が怒りに脈打ち、鼻息が荒くなる。

 対照的に、聖教王国の兵士たちからは嘲笑が巻き起こった。ガリウスはその兵たちの歪んだ笑みと狂気に染まった目を見つめ、ただあきれ返るほかなかった。


(……聖教王国の目的が獣人族を根絶やしになった……とは本当だったのか……)


 ガリウスはあらかじめメイディから、聖教王国で起きた「政変」の噂を聞かされていた。だが、まさかここまで露骨に差別され、まるで魔獣か何かのように扱われるとまでは思ってもいなかった。


 ふと……ガリウスは視線を上へと向け、空を仰ぎ見る。敵は明らかに自分たちを舐めきっている。その慢心を利用すれば、時間を稼ぐことができると彼は踏んでいた。


「一騎打ちを望む……勝者聴言之儀だ」


「ふはっ!」

「「アハハ!!」」


 聖教王国の兵士たちが一斉に大笑いした。圧倒的な戦力差があり、ハエのように払える相手の戯言にしか聞こえていなかったのだ。

 だが、聖従士の指揮官がすっと片手を挙げ、兵たちの笑い声を制した。


「面白い。何を望む?」

「お、おい?」

「まぁ、いいじゃないか。こちらにも都合がある」

「あぁ……無傷で手に入れられるか……」


 兵たちの不穏な空気を余所に、聖従士の指揮官はガリウスへと視線で発言を促す。

 

「この町から立ち去り、今後も、未来永劫手を出すな」

「ああ、いいだろう。こちらの望みは、あの町を無傷で明け渡す事だ」


 二人の間で言葉が交わされた直後、長身の聖従士マンティが意気揚々と一歩前へ進み出た。


「俺にやらせてくれ」

「……いざとなったら力の使用を許可する」

「……そうはならないさ……力の差を見せつけてやる……来い」


 聖従士マンティは身の丈ほどもある大ぶりな双剣をぬらりと抜き放ち、静かに身構える戦士長ガリウスの正面へと対峙した。



§ § § § § 



 両陣営から飛ぶ激しい野次と怒号。その喧騒に紛れることで、ルディアたちは敵勢力に察知されることなく、弓の射程圏内へと滑り込むように侵入を果たしていた。身を潜め、じっと前方の様子をうかがっていた。


「にらみ合い? 戦闘は始まっていないわね」

「恐らく一騎打ち……応じるとは思えないのだが……」


 ヴァルターが不可解そうに眉をひそめ、戦況を分析する。すると、この周辺の土地勘に長けたグウィンが静かに言葉を添えた。


「時間稼ぎでしょう。近隣に馬人族の集落があるはずです」

「……なるほどな」


 状況を察したルディアは、対峙する両軍の配置を目で追いながら素早く思考を巡らせ、二人に的確な指示を飛ばす。


「グウィンは左手から回り込んで魔法の準備を。ヴァルターは右手……牛人族達をできるだけ守って」

「ルディアはどうする?」

「私はここから射撃するわ。射線上に立たないでね」


 その言葉を聞いた瞬間、ヴァルターは背筋に冷たいものが走るのを覚えた。いまの強化された己の肉体をもってしても、彼女が放つ砲撃のような矢を食らえば一溜まりもない。


「……わ、わかった……乱戦ではやめてくれよ?」

「その時は私も突撃するわ」


 そのまま突っ込まれてはたまったものではないと、これから繰り広げられるであろう凄惨な光景を予見したグウィンが慌てて割って入る。


「……その前に私が魔法を放ちます。そのあとでお願いします」

「わかったわ」

「……期待してるぞ?」


 互いに頷き合うやいなや、三人は人外の速度で跳躍し、それぞれの配置へと散開した。


 移動の最中、グウィンは開戦の突撃に先立ち、いかにして相手の戦意を挫くべきかと思索を巡らせる。


 ふと、その背後を追うように視線を向けたルディアは、彼の周りに無数の風の精霊たちがまとわりつき、楽しげに舞っていることに気がついた。


(悪戯しないと良いのだけれども……)


 かつて精霊たちの気まぐれな「いたずら」によって命の危険に晒されたり、作戦を台無しにされた記憶が脳裏をよぎり、ルディアは一抹の不安を抱くのだった。



§ § § § § 



「ぐあっ!!!」



 苦悶の絶叫が途切れ、聖従士マンティは戦士長ガリウスが繰り出した渾身の一撃によって激しく吹き飛ばされた。地煙を上げながら転がっていく。


「どうだ!! ここまでだ!」


 全身を自身の血と泥で濡らしたガリウスは、勝ち誇るように声を張り上げた。手にした槍斧を低く構え直し、警戒を怠ることなくじりじりと距離を詰める。


「ま、まてっ!」

「……ふん。戦いに「待て」は無い」


 地を這うマンティは、迫る巨躯を見据えながら慌てて言葉を繋いだ。


「……我ら聖従士の本気……見てみたいと思わないか?」

「片腕が折れた状態で、どう本気を出すと言うのだ?」

「手加減していたのだ……まさかここまでとはな……」

「手加減? だと?」


 煽るようなマンティの発言に、ガリウスの瞳へ明確な憤怒の火が灯る。しかし、彼がとどめを刺しに踏み込んでこないのを見て取ると、マンティは不気味に口元を歪め、祝詞を唱え始めた。


「大地母神アリテリウスよ。我に大地母神の加護を、血に宿りし御力を解き放ち真の力を見せ給え! 『聖気解放』!!」


 未知の祝詞にガリウスは不審を募らせ、一瞬足止めを食らう。だが次の瞬間、相手の皮膚が蠢き、異様な変容を遂げ始めたのを目撃して、思わず槍斧を構えたまま後退った。


「……な、なんだ??!」


 マンティの折れていた腕が異音を立てて再生し、それに伴って全身の筋肉が爆発的に膨れ上がっていく。耐えきれなくなった重甲冑が甲高い音を立てて弾け飛んだ。身体の至る所から異形の鋭利な骨格が突き出し、まるで巨大なカマキリと人間を無理やり繋ぎ合わせたかのような、歪で醜悪な異形へと変貌を遂げていく。


「……化け物……」


 異形と化しながらも、顔だけは人間としての原形を保っていた。マンティはその歪んだ顔面で、ニヤリとおぞましい笑みを浮かべる。


 あまりの光景に、牛人族の戦士たちは呆然と立ち尽くし、我に返って慌てて武器を構え直した。一方の聖教王国の兵士たちも、目前で起きた異常事態に言葉を失っていた。


「な、なにが……」

「あれが聖従士の力……」


 一部の聖教王国の兵士たちが歓声を上げる一方、実態を知らされていなかった一般兵士や牛人族の戦士たちは、狂気じみたその威圧感に恐怖で顔をひきつらせる。


「いざ、参る……」


 先ほどまでの優劣は完全に逆転した。異形と化したマンティが放つ、双剣による怒涛の斬撃。その嵐のような連撃の前に、ガリウスは防戦一方へと追い込まれる。必死の死力で刃はいなし、交わすものの、マンティの肘や膝から飛び出した鋭利な突起が容赦なくガリウスの肉体を削り、全身から鮮血が吹き出した。


「くそっ!!」

「すごいなっ!! この体になった俺とここまでやり合えるとは!!」


 マンティは歓喜の声を上げながら威力を増した双剣を振るい、ガリウスの肉体を容赦なく切り刻んでいく。息つく暇すら与えぬ連撃の果てに、ガリウスはとうとう片膝をついた。その瞳から闘志の炎は消えていないものの、全身を刻んだ無数の傷が彼の自由を完全に奪っていた。


 崩れ落ちたガリウスを見下ろし、マンティは剣の先を牛人族の戦士たちへ向けて牽制する。


「いいな、お前ら……あの町を明け渡せよ……」


 絶望に打ちひしがれる牛人族たちを嘲笑い、マンティは後方の聖従士の指揮官へと視線を送った。指揮官は冷淡な声で言いのける。


「とどめを刺せ」

「……いいのか? こいつら反発するんじゃないのか?」

「勝者聴言之儀とは命を懸けた戦いのはずだ……そうだろう? 貴様ら?」


 指揮官の冷徹な問いかけに、牛人族の戦士たちは歯かみし、悔しさに顔を歪めながらも押し黙るしかなかった。


「やれっ!」


 命令が下った、その瞬間……


 ガァン!!!


 大気を破裂させる凄まじい衝撃音が響き渡り、聖教王国軍の指揮官の頭部が跡形もなく吹き飛んだ。首から上を失った胴体が、馬上に乗ったままの姿勢で沈黙する。


「えっ?」

「なにが!??」


 静寂を一変させた惨状に、聖教王国の兵士たちがパニックに陥る。


 ガァン!! ガァン!! ガァン!!!!


 間髪置かずに放たれた追撃が、さらに三人の聖従士の頭部を正確に打ち砕いた。異変に気付いた一人の聖従士が咄嗟に大盾を構えたものの、飛来した質量は盾ごと彼の腕を貫通し、背後へと吹き飛ばされた。



(相変わらずすごい……あれを食らったのか俺は……)


 手はず通りガリウスを守るように陣取っていたヴァルターは、かつて自分が味わった信じがたい威力を目の当たりにし、冷や汗とともに複雑な表情を浮かべていた。


「盾を構えよ!!! あちらの方角だっ!!」


 マンティが叫び、指し示した方角へ兵士や聖従士たちが一斉に盾を構える。しかし突然の奇襲に完全に浮足立っており、状況を正しく把握できている者など一人もいなかった。


 混乱を好機と見たグウィンは、敵軍の後方へと素早く回り込み、術式の詠唱を開始する。


「天翔ける風の精霊よ、我の呼びかけに応えよ。 渦巻く風の竜を呼び覚まし、螺旋をもって敵を囲め……」

(くっ、制御が……暴れる!?)


 彼の手元から立ち上る魔力に、無数の風の精霊たちが悪戯っぽい笑みを浮かべながら絡みついていく。


「舞い踊る真空の刃よ、その鋭利なる爪牙をむき出しに刻み尽くせ!『竜巻旋風刃』!?」



(ふふふっ! 助けてあげる!)

(アイツラワルイヤツ)

(カミサマを信じてない)


 グウィンの耳元で、無邪気で残酷な精霊たちの囁きが重なり合う。


(なっ!? あなた達の助けはいらない!!!)



 グウィンの意図を遥かに上回る密度で魔力が膨れ上がる。眷属化によって跳ね上がっていた彼の能力と、精霊たちの過剰な加護が結びついた結果、術式は完全に暴走。聖教王国軍の中央に、天を突く巨大な惨劇の竜巻が発生した。


「なっ!!」

「踏ん張れ!! 盾をっ!!」


 突如として現れた規格外の暴風に、全軍が恐怖と混乱に叩き落とされる。

遠く離れた場所にいたヴァルターすらも、大盾を地中に深く突き刺して巨躯を低く構えた。だが、背後にいる無防備な牛人族たちを目にして顔色を変える。


「くっ! やばいぞ!!」

「私を支えなさい!!!」


 異常事態を察知したルディアがヴァルターの正面へ滑り込み、即座に「魔法障壁」の構築を始めた。ヴァルターは彼女の細い腰を片手でしっかりと抱え込み、大地に足を踏み入れる。荒れ狂う風の圧力が周囲の戦士たちを次々と薙ぎ倒していった。


「真白き光輪よ、断絶の壁となりて立ち塞がれ……盾よ在れっ!!」


 展開された半球状の魔法障壁が暴風を完璧に遮断し、二人だけでなく背後の牛人族たちをも包み込んで守り抜く。


「すごいな! これならいける!」


 ヴァルターがあまりに強力な魔法の盾に感動を覚え絶叫する。だがその言葉に応える程ルディアは余裕が無かった。


 障壁の向こう側は、まさに凄惨な地獄絵図と化していた。暴走した旋風は聖教王国の兵士たちを残らず呑み込み、内部で無数に生み出された風の刃が彼らを容赦なく切り刻んでいく。巻き上げられた鮮血によって竜巻は禍々しい赤に染まり、空から凄惨な血の雨を降らせた。


(くっ!! このままじゃ!)


 術者であるグウィンは必死で制御を試み、竜巻の軌道を逸らそうと試みる。しかし、精霊の威力を得て肥大化した魔法は彼の意思を拒み、荒れ狂い続けた。


 やがて魔力を使い果たし、血の旋風が徐々に沈静化していく。だが、その後に残されたのは、天から降り注ぐ大量の「肉片」だった。


 足元にドサリと落ちてきた粘着質な塊を見つめ、グウィンは呆然と立ち尽くす。全身の血が引いていくような感覚とともに、激しい悪寒が体を苛んだ。


(こ、これが魔族の力……)


 それがかつて人間だったものの残骸であると理解した瞬間、グウィンは強烈な嘔吐感に襲われ、その場に崩れ落ちて胃液をぶちまけた。



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