7-5 思いがけぬ、記憶のない再会
半牛人族のメイディの発言に、ヴァルターはバイザー越しでもはっきりとわかるほど目を見開いた。
「?」
ルディア自身は熱心に注がれる視線に首を傾げ、念のため周りを振り返ってみるが、誰もいない。
「……生きて、生きておられたのですね……」
涙ぐみながら言われるその言葉を聞き、ルディアはついにその視線が自分に向けられているのだと理解した。
「……え? 私?」
「その瞳……宵闇の髪……顔立ち……大きくなられて……」
ルディアは本気で困惑していた。親しげに目を涙で潤ませる女性の視線が、決して冗談などではない真剣なものだということは理解できるのだが……
「えっと……何のことだか……私は……ルディアよ?」
「えっ!?」
メイディは一瞬にしてハッと息をのみ、察したように言葉を呑み込んだ。
「……あ、申し訳ありません……秘匿されているのですね。すみません……」
貴族に対する最敬礼を捧げ、恭しく謝罪してくるメイディ。何が起きたのか全く呑み込めないルディアは、思わずヴァルターの耳元へ口を寄せた。
「……どういうことなのかしら?」
「……恐らく……封印された記憶……幼少期の頃の知り合いなのだろうな……」
「なるほど……川で拾われる前のことね……」
「思い出せないのか?」
「ええ、初めて会ったような感じなの……」
ルディアの素直な困惑の様子を見て、ヴァルターはそれが隠し事のない事実であることを確信する。しかし、ふと周囲を見渡せば、教会の境内全体が何やら慌ただしい空気に包まれ始めていた。ヴァルターは思考を切り替え、会話を打ち切る。
「ああ、すまない。そうだな……秘匿……後で話を聞きたい。今はそれどころではないだろう?」
「あ……そうでした……エルテナ様の導きに感謝を……」
町長のソンヨークが彼らにどのように声をかけるべきか迷っていると、崖の下を見下ろしていた町人の一人が叫び声を上げた。
「おい!! 牛人族が町から討って出てるぞ!」
「なんだとっ!!?」
ソンヨークは見晴らしのいい場所へ駆け寄り、町から意図的に離れた平原へと陣取ろうとする牛人族の戦士たちの挙動を見つめ、その意図を悟った。
「……あいつら……町に被害が出ない様に……」
「籠って戦ってくれて良かったのに……」
高所から冷静に全貌を見下ろしていたヴァルターが呟く。
「……街に被害を出したくないのは鷲獅子のやつらもだろうな」
「なぜそう思うの?」
「普通なら火矢を最初にいかける……あのくらいの町だったら燃やして構わないと判断するだろうからな……」
「……そうなの……ひどいわね……」
あまりにも現実的な分析に、周りの町人たちは不信感と恐怖の入り混じった目をヴァルターに向けた。
「あの人たちが戦えばどうなるの?」
「……」
問いかけに対し、ヴァルターは深く考え込むように押し黙った。彼の代わりに、歩み寄ってきたグウィンが静かに、そして客観的な事実を告げる。
「聖従士一人で、百人の兵士と同等と言われています。いかに牛人族が強いといえ、全滅してしまうでしょうね……」
ヴァルターは覚悟を決めたような視線でルディアを見つめた。
「ルディア。やるなら殲滅しかないことは分かっているよな?」
「ええ、情報が漏れないように……全員やるよのね……」
冷徹に言い放つ二人に、グウィンはやるせない視線を向けた。
「ルディア様……兵士にも家族がいます。ただ、連れてこられただけの兵士もいることをお忘れなく……」
「ええ……」
重苦しい空気の中、眼下の平原を見下ろしていたルディアはふと、先頭に立つ牛人族の戦士長が誇らしげに掲げる戦斧槍を見た後、特徴的な片角へ目を留めた。
§ § § § §
- 隠れ里近くの森にて……
風に揺れる木々の葉がさらさらと音を立てる、隠れ里の近くに広がる森の中。木々の隙間から差し込む木漏れ日の中で、作業に精を出す牛人族の巨漢で片目の木こりダグは、少女の声に作業をやめて振り向いていた。
「ねぇ、なんでダグはこの里にいるの? 牛人族はほかにいないわよね?」
作業の手を休めることなく尋ねてきたのは、幼い頃のルディアだった。
「ええ、そうですね。シルヴィ様に助けられたのです……せめてもの恩を返そうかと」
「? シルヴィは恩を返せなんて言わないわ?」
不思議そうに首をかしげる少女に対し、ダグは困ったように眉を下げながら微笑む。
「いえ、あの、事情を知った戦士長のガリウス様に行ってこいと言われたのです」
「そうなの? 変な人ね。あなたは「混ざって」いないから普通に暮らせたでしょう?」
「そうですね……彼は……律儀なのです。しっかり恩は返すものだって」
ガリウスの愚直なまでの誠実さを思い出しながら答えると、ルディアは興味深そうに目を輝かせた。
「戦士長……ガルファングとどっちが強いの?」
「うーん。難しいですね。速さでガルファングですが、力はガリウス様の方が強いですからね」
「ダグも力持ちだもんね」
「……ルディアには負けますが……」
自分の何倍もの体躯を持つ巨漢の言葉に、ルディアは誇らしげに胸を張る。
その小柄な身体からは想像もつかない軽快さで、彼女はダグと同じくらいの丸太を軽々と抱え上げると、ガラガラと車輪を鳴らす運搬車へ次々と乗せていった。
作業を一区切りさせ、汗をぬぐったルディアが並んで木陰に腰かける。
「ねぇ、牛人族の戦士たちについて話をして。凄い強いんでしょう?」
「ええ、いいですよ、仲間を守るために戦った、偉大なる英雄片角の戦士ガリウス様の話を……」
ルディアは嬉しそうに大きな弁当を広げ、ダグを隣に座るように促した……
§ § § § §
ルディアはそっと瞳を閉じ、静かに息を整えながら瞑想に没頭していた。過去の記憶と目の前の惨状を照らし合わせるようにしばしの静寂を置いた後、彼女はゆっくりと目を開けてメイディへ振り返り、問いを投げかける。
「あの戦士……片角の戦士長の名前は?」
「ガリウス……ガリウス様です」
「……そう……」
呟いた瞬間、ルディアの瞳が真紅の光彩へと染め上げられ、髪が銀色に輝き始める。彼女の身体から一気に解き放たれた濃密な殺気を感じ取り、境内の樹木で羽根を休めていた鳥たちが、悲鳴のような羽音を立てて一斉に飛び立っていく。少女の異様な変貌に、周囲の町人たちはただ呆然とし、声を失うことしかできなかった。
ルディアは崖下を見下ろし、鷲獅子の軍勢を一瞥する。
「紋章入りは全部殺すわ……」
「わかった……潜入が難しくなるかもしれんぞ?」
ヴァルターの懸念に、ルディアは冷ややかな視線を眼下の陣営に向けたまま答えた。
「……もう、知れ渡っている気もするのよね……」
「まぁ、犬人族の村でやった事は伝わってるとは思うがな……」
空間を圧迫するほどの殺気に恐怖を抱きつつも、グウィンが一歩前へ進み出て二人へ声をかける。
「私も協力します……あなた達は殺し過ぎる……」
「殺さないで済む方法があるの?」
「風の魔法で集めて吹き飛ばすだけですよ。相手に上級魔術師がいると分かれば、聖従士以外は逃げるでしょう。私が目立つ分には見逃してもいいでしょう?」
生かして返す気のない二人に対し、グウィンの提案を受けたヴァルターは何とも言えない困惑した表情を浮かべた。
「なるべく逃がしたくはないのだが……」
「……そうね……私とヴァルターの顔を見なければいいわ」
ヴァルターは意図を理解すると、手元へ引き寄せたヘルメットのバイザーを下ろし直し、ルディアもまた懐から取り出した変装用の仮面を素顔へ被せる。
あまりの手際の良さと、顔を隠す装備を当然のように持ち歩いていた二人の周到さに、グウィンは驚きと共に非難めいた視線を向けた。
「え? ……それは……ずるいですね……」
「魔術で顔を変えたらどうだ?」
「そんな便利なものはすぐにはできませんよ……」
ため息をつくグウィンをよそに、ルディアは愛馬に飛び乗り、手綱を強く握る。
「私が指揮官だけを殺すから、あとはあなた達が牛人族に被害が行かないように」
「承知した」
「善処します……」
遅れて二人が馬の鞍へ飛び乗ると、手綱をはたき坂道を駆け下りて対岸の町、トルクレイスへと急いだ。




