7-4 教会前の惨劇
§ § § § §
― 丘の上の教会にて
ブォン!!! バスッ!!!
強弓から放たれた矢が風を引き裂く重低音と共に、メイディに迫っていた聖教王国兵の頭蓋を易々と貫き、その身体を勢いよく吹き飛ばした。
「なっ!?」
「敵襲!!」
突如として降り注いだ矢弾に、蜂の巣をつついたような狂乱に包まれる。間髪入れずに次々と放たれた矢は、逃げ惑う兵士たちの胸や首筋を容赦なく射貫いていった。
「盾を構えろ!! 日の方向だ!!」
異変に気づいた巨漢の聖従士が、声の限り怒号を上げる。兵士たちが咄嗟に身を寄せ合い、金属の大楯を掲げて防御陣形を組もうとした……その瞬間。
ガァン!!
馬を駆り、風のように疾走してきたヴァルターが、盾を構えた兵士の一団へ正面から突っ込んだ。馬上から繰り出される長槍の一撃。金属が激しくぶつかり合う轟音が響き渡り、聖従士の盾は易々と弾き飛ばされ、巨体が空中に浮き上がる。
「ぐあっ!!」
勢いが殺されたところでヴァルターは手綱を捨て、流れるような動作で馬から躍り出た。そして怯える避難民たちの前に立ち塞がり、槍と盾を深く構えて進み出る。
「このっ!!……ぎゃっ!!」
その間にも、馬から飛び降りたルディアが、驚異的な速度で兵士たちの間をすり抜けていた。手にした剣が閃くたび、次々と肉が裂け、血飛沫が舞う。剣戟の音を残す暇すらない、洗練された殺陣であった。
あまりに突発的で圧倒的な蹂躙に、巨漢の聖従士は眼前で起きている状況についていけず、焦りの色を隠せない。
「くそっ!! 我々をゼファー様の、鷲獅子の聖従士と知っての狼藉かっ!」
「知らんな……」
問答無用とばかりに、ヴァルターは近寄ろうとした兵士の胸元へ容赦なく長槍を突き立てる。
「くそっ!! お前たち! 時間を稼げっ!!」
追い詰められた巨漢の聖従士は胸の前で手印を結び、魔術を行使しようと呪文を紡ぎ始めた。残された兵士たちがヴァルターの接近を防ごうと必死に盾を密着させるが、甲冑の不自然な隙間を狙い澄ました槍撃に、次々と撃ち抜かれて崩れていく。
「大地母神アリテリウスよ。我に大地母神の加護を、血に宿りし御力を解き放ち真の力を与え給え! 『聖……ゴホッ!!」
聖従士が聖気解放の祝詞を詠唱している最中、その胸の中央……心臓の位置から、無造作に貫かれた槍の穂先が突き飛び出していた。ヴァルターの足取りには微かな躊躇すら入っていなかった。
残った兵士たちはその圧倒的な武威の前に完全に戦意を喪失し、震え上がりながら、崩れ落ちる聖従士への道を譲るように開けてしまう。
胸を深く貫かれてなお、死の淵にある巨漢の聖従士は睨みつけるような鋭視を向けていた。ふと、ヴァルターのヘルメットのバイザー越しに見える瞳と視線が交差した瞬間、男の顔に言い知れぬ驚愕が走る。
「……ヴぁ、ヴぁるてぃりうす……様?」
聖従士の身体に集まりかけていた光の粒子が、主の命の途絶と共に淡く霧散していく。
その光景を目にした残党兵たちは完全にパニックへ陥り、我先にと坂道を駆け下りて逃げ出し始めた。だがルディアは弓を構え直し、背を向けて逃げる鷲獅子の兵士たちを容赦なく背後から射殺していく。
ヴァルターもまた、落ちていた兵士の槍を拾い上げると、風を切るような投槍で背後から深々と貫き、逃亡者たちをことごとく仕留めていった。
眼前で繰り広げられた一方的な惨劇に、命を拾ったはずの町人たちは息をのむ。
「……逃げる兵士まで……なんと惨い……」
「恐ろしいことを……」
戦慄し、呆然とする男たちの不躾な言葉を聞きつけ、メイディがさっと前に進み出て一歩も引かずに制した。
「助けてもらったのにそれはないでしょ!」
「そ、そうだな……」
腹を打たれた傷を抱える町長のソンヨークは、一瞬にして凄惨な地獄絵図へと変わった境内を見回し、ただ震え上がるばかりだった。
(……凄まじいですね……こうも一方的に……)
二人の後を追い、遅れて到着したグウィンは馬の上から息をのんだ。もはや命の通わぬ骸と化した兵士たちを見下ろし、静かに哀悼の印を結ぶ。
後ろから容赦なく槍や矢で貫かれた兵士たちの背中に同情の念を禁じ得ず、グウィンは深くため息をついた。
(ただの雇われ兵士もいたでしょうに……)
一瞬にして二十人もの熟練兵を殺し尽くしながら、息一つ乱していない二人。その姿に人外の畏怖を感じると同時に、自らも彼女の血を体内に取り込んだ今、己の心まで「あの仲間」へと変貌してしまっていないだろうかという不安が、グウィンの胸を不気味に締め付けた。
完全に兵士の掃討が終わると、ヴァルターの前へ町長であるソンヨークと妻のメイディが進み出てくる。
「助かりました……旅のお方……」
「ありがとうございます。助かりました、なんとお礼をすればいいやら……」
「すみません、着の身着のまま逃げて来たので持ち合わせが……」
ヴァルターが聖従士の死体を確認しながら答える。首元から下げられた認識タグを確認し、兜の奥で渋い表情を作る。
「気にするな。通りがかりの駄賃だ。どうなっているんだブルックヘイブンは? グリフェンの手の者のようだが……」
「ええ、突然、町を明け渡せと通告がありまして……いきなり……」
「……なるほど、勢力を伸ばそうとしているのか……」
「はい。ここのところ……牛人族の戦士たちの協力もあり平和だったのですが……」
そこへ、放った特製の矢の回収を終えたルディアが近づいてくる。戦いの興奮が冷めやらないのか、彼女の瞳は深みのある紅に染まったままだった。
「ねぇ、ヴァルター、その大男だけが聖従士だったの?」
「ああ、そのようだな。聖従士は全身鎧を着ている場合が多いからな」
「次は私が全身鎧を倒しに行けばいいのね」
「……まぁ……そうだな」
不意に、メイディの視線がルディアの顔に固定された。しばらくの沈黙の後、彼女は驚きのあまり声を張り上げる。
「え? ……もしや……アルヴィ……様?」
「!!!」
ヴァルターは思いがけない発言に驚き、半牛人族の女性を思わず凝視してしまった。




