7-3 襲撃される丘の教会
§ § § § §
― 境界線の町ブルックヘイブンの手前の野営で……
軍勢の前に立った巨漢の聖従士が、その身の丈ほどもある巨大な戦槌を天高く掲げ上げ、兵士たちを鼓舞するように咆哮する。
「聞け! 鷲獅子の戦士たちよ!!」
重厚な兜の奥から響く胴声に、数百の兵士が一斉に静まり返る。
「ブルックヘイブンの町には、憎き穢れた牛どもがいる! そいつらをぶち殺し、町を手に入れるのだ!!」
「「オーーッ!」」
野太い勝ちどきが上がり、甲冑の擦れる鉄鳴りが対岸へと届かんばかりに轟いた。巨漢の戦士は満足げにうなずくと、巨大な戦槌を振り下ろして言葉を続ける。
「町は燃やすなよ! 壊すなよ!! 住民たちは殺すなよ! ゼファー様への貢物になる!!」
「牛人には死を!」
「「牛人には死を!!」」
荒々しい熱気に包まれる陣立の中、聖従士の参謀がその光景を満足そうに眺めていた。そこへ息を切らせた斥候の兵が駆け戻ってくる。
「町人の一団が町から退避を始め、丘の教会へと逃げ込んでいるようです」
「なるほど……町人を盾とせずに逃がすとは……随分と心意気がありますね」
参謀は知的な笑みを浮かべ、感心したようにあごを撫でた。だが、隣に立つもう一人の巨漢の聖従士は、どこか拍子抜けしたように目を丸くする。
「おい、俺たちは戦いに来たんじゃなくて、民を手に入れる……って話じゃなかったのか? ん?」
「まぁ、そうだな。隣町まで逃げ出したら困るか……手勢を連れて、身動きできない状態にしてくれるか? 牛人族はこちらで何とかする」
「……わかった。多少は……手荒になってもいいのか? ん?」
指の関節をポキポキと鳴らし、嗜虐的な色の浮かぶ眼差しを向けてくる巨漢の聖従士に、参謀は小さくため息をついて諦めたように告げた。
「……数人だけだ。ゼファー様のご機嫌を損ねないように、なるべく殺すなよ……」
「わかった。お前ら! 行くぞ!」
教会へ籠もる町人たちの足を止めるべく、巨漢の聖従士は二十ほどの手勢を率いて移動を開始した。
§ § § § §
― ブルックヘイブンの川のほとりで……
馬を奔らせていた一行は、目的地の中間地点へとたどり着く。しかし、街道は木製の馬防柵で封鎖され、その先の川を渡る唯一の橋にも、物々しい警戒態勢が敷かれていた。
「何やら騒がしいですね……」
「……戦がはじまる前の空気だな」
馬の綱を引いたグウィンの呟きに、ヴァルターが低く重い声で応じる。ルディアが鞍の上で立ち上がり、視界を遮る樹木の合間から前方を見渡した。
「あれって、次の拠点の町よね? ブルックヘイブン……」
「ええ、そうですね。あの橋を超えた先に依頼書を出した村があるはずです」
「兵士たちが橋を渡ってきているわね……」
「だな……」
甲冑の擦れ合う金属音と地鳴りのような足音が、風に乗ってここまで届いてくる。グウィンは周囲の様子を観察しながら、冷静に提案した。
「こちらが目的ではなさそうですが、この橋は迂回した方がいいかもしれませんね。聖教王国の軍隊ですし……争いごとに巻き込まれる可能性が高いです」
ルディアは懐から懐中遠眼鏡を取り出すと、橋を渡っていく一団へ筒先を向け、じっと注視する。
「鷲獅子の紋章……」
「……だな……」
言葉を漏らした瞬間、ルディアを纏う空気が一変した。冷ややかに澄み渡るような殺気が静かに立ち上る。その変化に気づいたヴァルターは、諦めたような表情を浮かべながらルディアへ問いかけた。
「……なぁ、もしかして……やるのか?」
「ええ、構わないでしょう?」
突然の不穏なやり取りにグウィンは驚き、思わずルディアへ視線を向ける。
「え? ……やるとは? 聖教王国の部隊に手を出すのですか??」
問いかけようとしたグウィンは、彼女の瞳がいつの間にか鮮烈な紅へと染まっているのに気づき、愕然と息をのんだ。
「……紅の瞳……気が付くべきでした……」
先の宿屋で交わした会話の意味を、グウィンは今さらながらにして悟る。
ヴァルターは同情と不安の混ざった視線をグウィンに向けつつ、馬上の荷物に括り付けていた兜を手に取った。頭に被り、バイザーを下ろす。
「まぁ、なんだ、心中お察しします。ってやつだな」
「……あなたは良いのですか? 聖教王国側の人間でしょう? 立場というものが……」
グウィンの問いかけに、ヴァルターはバイザーの奥で一瞬思考を巡らせた。先ほど契約を結んだばかりの彼相手なら、今後の予定を明かしたところで実害はないと判断する。兜のバイザーを指で軽くたたきながら返答する。
「バレなければ問題ない……それに、彼女の復讐を手伝ったら帝国に行くつもりだ」
「え? ……な、なんですって??」
あまりに軽々と明かされた重大な目的に、グウィンは絶句する。そんな彼をよそに、ルディアは悪戯っぽく微笑んだ。
「そういうことよ。あなたは見ているだけで良いわ」
ルディアが遠眼鏡を向ける視線の先では、先ほど橋を渡った聖教王国の一団が、街道を外れて丘の上へと伸びる山道へ進路をとっていた。丘の上の境内には、この町の避難民と思われる人々が集まっているのが見える。
「あっちが危ないわね……」
「ちっ、教会を……避難民を襲うのか……ほんと『壁の中』の連中と違って下品だな……」
ヴァルターが忌々しそうに吐き捨てるのと同時に、ルディアとヴァルターは馬の腹を強く蹴り、避難民の待つ丘の上へと疾走を開始した。
§ § § § §
― 丘の上の教会にて
「お、おい、奴らこっちに来るぞ!」
「どう見ても武装していないだろうに……逃げられるやつは逃げろ!」
悲鳴に似た叫び声が境内に響き渡る。だが、すぐに絶望的な報告が上がった。
「ダメだ! 裏門からも来てる!」
「……逃がす気はないってことか! 女子供は教会の中へ!! 男たちは槍を持って外へ!!」
「入りきらない!!」
「くそっ!!」
パニックに陥る避難民の中で、町人たちの有志が必死に陣形を整えようと試みる。
だが、彼らの警戒を嘲笑うかのように、鷲獅子の手勢から分かれた二十人ほどの部隊が、悠々と丘を登ってきた。
町人たちが槍を構えて威嚇するものの、兵士たちは意にも介さない。その先頭に立つ巨漢の聖従士が、威圧的な声で一喝した。
「今からここはゼファー・グリフェン様の名のもとに接収する!! 逃げようなんて思うなよ!」
巨漢の聖従士は、教会の前に押し込められた町人たちを一瞥する。
「ふむ……人間もいるな……獣人共だけではなかったか……」
「ヴァリアス共和国の残党もいるかと」
「なるほどな……」
部下の言葉に頷いた聖従士の配下たちが、怯える町人たちへ無警戒に近づき、品定めするように眺め回し始めた。
「人間の女……」
「……いいな……」
下卑た笑みを浮かべた兵士の一人が、近くにいた女性の腕を強引に掴み寄せる。
「嫌っ! 離してっ!」
「まあ、いいじゃないか……」
「はははっ! 好き者だねぇ、こんな時に」
兵士たちの間に下品な笑いが広がった。
そのとき、人込みを割ってメイディが前に進み出ると、強い手つきで兵士の手を払いのけた。
「あなた達、おやめなさい! 聖教王国の兵士ともあろうものが恥ずかしくないのですかっ!?」
メイディの毅然とした態度と一声に、兵士たちは思わず一瞬ひるむ。だが、すぐに相手が丸腰であることを思い出して持ち直した。
「あん?」
「……聖教王国人か? ……言葉の訛りがないな……」
「随分、上品な発音だな。貴族か?」
「いや、半牛人族だぞ?」
聖従士が品定めするように、頭から足元まで舐めまわすような視線をメイディへ送る。
「ああ、政変前の「元聖教王国の人間」か……ふん、国を捨てた人間の言うことが聞けるか!」
「なっ! 鷲獅子の紋章を掲げているのに……誇りがないのっ!?」
あまりの言いぐさに憤るメイディに対し、聖従士は鼻で笑ってみせた。
「……お前、知らないのか? ここは邪教徒の教会だ……」
「そうだ。邪教の女には何をやっても、デグライア様はお許しになるのだ」
信仰を掲げたあまりにも身勝手な論理に、メイディの表情は理解不能といった様子で強張っていく。
「……なんですって?」
巨漢の聖従士はメイディを見下ろし、その顔を卑しい笑みで歪ませた。
「……年増だが……いいな……さすが牛人族の血が混ざっているだけあって……発育が良いな……」
「……え? 嘘でしょ? ちょっと、来ないで!!」
「メイディ! ぐほっ!!」
妻を守ろうと慌ててソンヨークが間に割り込もうとしたが、近づいた瞬間に兵士の槍の石突きで腹を激しく打ち据えられた。
「あなたっ!!」
みぞおちを直接突かれたソンヨークは息を詰まらせ、地面に崩れ落ちて悶絶する。
それを見た兵士たちは、嘲笑を浴びせた。
「……これが聖教徒だというの……?」
メイディの瞳には深い絶望が宿っていた。かつて誇りを持って街を歩いていた聖騎士たちが、壁の外ではどのような暴虐を働いていたのか……その残酷な現実を、今まさに目の当たりにしていた。




