7-2 集まる敵勢力
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― トルクレイスの町の宿で
重い音を立てて木製の扉が開き、ルディアとヴァルターが部屋へと足を踏み入れてくる。
「あら、やっぱり目覚めてたのね」
「丸三日か……」
寝台の上でグウィンが小さくため息をつき、静かに二人へと視線を向けた。
「おはようございます……三日ですか?」
「おはよう。どう? 気分は?」
ルディアが歩み寄り、気遣うような優しい声をかける。グウィンは己の内に流れる感覚を確かめるように、ゆっくりと握り拳を作った。
「すごいですねこれは……変な高揚感が……」
その言葉を聞いていたヴァルターが、グウィンの顔を覗き込み、思わず目を見開く。
「ん? 瞳が紅に染まっているな」
「え?」
不審に思ったグウィンに対し、ヴァルターは手鏡を取り出して突きつけた。鏡面に映る自分の両目が、鮮烈な紅に染まっているのを視認する。
「先ほど見たときは目は変わっていなかったのですが……」
「魔法を使った?」
ルディアの問いかけに、グウィンは鏡から目を離さずに答えた。
「いえ、ただ、体中の魔力が増えすぎて……暴れるので、魔力の制御をしていただけです」
写し鏡の己を見つめながら、グウィンは困惑した表情を浮かべる。
「……紅の瞳……魔力を使うと反応するとなると……聖教王国には近づけませんね」
「ああ、そうだな」
不意にグウィンの視線は、ヴァルターの周囲に薄っすらと漂う異質な魔力の渦へと向けられた。微かな違和感を覚えたグウィンは、思い至ったように口を開く。
「……もしや、ヴァルター……あなたも?」
ヴァルターは無言のまま、顔に巻かれた眼帯をそっと持ち上げた。失われていたはずの眼球は再生しており、グウィンのそれと同じく紅に染まっていた。
その光景を目にして、グウィンは深く納得がいったように頷いた。
「一匹狼の君がなぜとは思いましたが……」
グウィンは諦めたようなため息をひとつ吐くと、愛用の魔術メモを取り出し、手元で素早く広げた 。
「そうですね……あの役に立たない魔法が今役立ちそうですね……」
グウィンが静かに魔力を練り上げ、呪文を紡ぐ。術式が起動し、彼の瞳から紅の光彩が消え、元通りの落ち着いた色合いへと戻っていく。
「え? それは? なにそれ? 知らないわ? 目の色が変わった!?」
「……成功のようですね」
突如として目の前で起きた現象にルディアは目を輝かせ、ぐっと顔を寄せてきた。
「……いいわね。姿を誤魔化せれば、聖教王国に侵入しやすくなるわ!」
「……え? やはり……」
ルディアの口から出た言葉に、グウィンは事情を察してヴァルターへと確認の視線を送る。
「……まぁ、そういうことだ」
「ああ、なんてことだ……」
グウィンは魔族側の渦中に巻き込まれた事を理解すると、ショックでげんなりと肩を落とした。
一方、ヴァルターはうっかり「聖教王国」に関する目的を漏らしてしまったルディアへ不満げな視線を向けるが、当のルディアは意に介した様子もなく、けろりとしている。
「あ~、ルディア……どうするんだ? 言葉を縛る魔術は?」
「そうね。準備をするわ」
その単語を聞いた瞬間、グウィンが一瞬身構えた。罪人に対して施されるような束縛の魔術を使われることには、かなりの心理的抵抗があるようだった。
「……えっと、どのような制約があるのでしょう……」
「そんなに多くはかけれないの……私の血に関する話を、血を分けた仲間以外に話さなければ良いわ」
「……破ると……どうなるのです?」
不穏な契約の内容に冷や汗を流すグウィンだったが、その問いにはルディアを制するようにヴァルターが割り込んで答えた。
「……子供が作れなくなるだけらしいな」
「……それは、人によっては死を意味しますね……伴侶を探す旅でもあったのですが……」
己の将来に暗雲が立ち込めたのを感じ、グウィンは遠い目をして故郷のある方角をただ静かに見つめていた。
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身支度を整えた三人は旅の準備を終え、一階の酒場へと階段を下りていく。
「あ、グウィン! 目覚めたんだね。よかった……」
いち早くグウィンの姿に気づいたメルテが、目元に涙を浮かべながら真っ直ぐ駆け寄り、そのまま勢いよく抱きついてきた。
「ありがとう、グウィン、私はあなたがいなかったら……」
感極まるメルテの背後で、犬人族の狩人ザリュウドが、光の失われた据わった目で二人をじっと見つめている。
「あ、いや、その……もう少し周りの視線を気にしてください……」
気まずさに冷や汗を流すグウィンの様子と、さすがに場の空気を察したオババが間に入り込んだ。
「メルテ、やめなさい。婚姻前の女性が……うれしいのはわかるが……ほれ、魔法薬だ。これからの道中でも役にたつだろう」
ルディアは差し出された小瓶の群れを受け取ると、感心したようにオババへと視線を向けた。
「あら? ありがとう。かなり上質のものに見えるわね……こんなに沢山?」
「あんたらが協力してくれたおかげじゃな。仕事が終わったらまた来るがええ。薬師は足りておらんからな」
「……ええ、目的を果たせたなら……」
ルディアは一瞬だけ表情を陰らせながらも、ぎこちなく微笑みを返した。
宿を後にした一行は、町人たちの温かい見送りを背に受けながら馬を奔らせ、次の目的地へと出立する。風を切って街道を進む中、ルディアが鞍の上で首を巡らせた。
「次の目的は何?」
「大イノシシの魔獣、「アース・グランドボア」の討伐依頼ですね」
「楽勝だな」
「そうなの? 強そうな名前だけど?」
ヴァルターの身も蓋もない一言にルディアが首をかしげる。
本来、アース・グランドボアといえば、屈強な兵士が最低でも六人は隊列を組み、慎重に取り囲んで仕留めるような危険な魔獣だ。入念に罠を仕掛け、生息域を見極め、知恵を振り絞って立ち向かうべき相手なのだが……
グウィンはふと、目の前の規格外な二人なら、単独でも易々と狩れてしまうのだろうという現実に思い至った
「……はぁ、もう何も言いません、あなたたちにとっては楽勝……ですね」
己の常識との不条理な差に深くため息をつきつつ、三人は馬の腹を蹴り、街道を爽快に駆け抜けて行った。
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― 境界線の町ブルックヘイブンを見下ろす丘の教会で……
ブルックヘイブンの町人たちは丘の上の教会へと身を寄せ、崖の下に広がる町や川の対岸の様子を不安そうに見守っていた。
重苦しい静寂が漂う中、メイディが夫である町長ソンヨークの腕をぎゅっと取り、蒼白な顔で小さく呟く。
「ねぇ、あれって……」
「多すぎるな……」
二人の会話に気づいた町の男たちも、握りしめた槍の柄に汗を滲ませながら崖下へ視線を注ぐ。そこに広がる光景を目にした瞬間、驚愕と動揺が一気に伝播していった。
「聖従士が五人って話じゃなかったのか!?」
「どう見ても二百人はいるぞ!?」
あまりの敵の勢力の多さに、ソンヨークは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、悔しげに吐き捨てる。
「……聖従士は部隊長だからな……一人につき二、三十人は兵士が付く」
「そんな……」
川の対岸では、見渡す限りの甲冑と光る槍の群れ……実に数百人規模の軍勢が集結し、不気味な圧迫感を放っていた。
対する牛人族は、町に籠城して迎撃の構えを取っているとはいえ、その数はわずか百人程度。
いかに勇猛果敢で知られる牛人族の戦士たちといえど、圧倒的な戦力差を前に兵の数はあまりにも心許なかった。
「助けに行けないのか……」
「牛人族でも厳しいんじゃないか?」
戦況の厳しさを察した町人たちからすがりつくような視線を向けられながらも、ソンヨークは己の無力さに唇を噛みしめる。
「我々では足を引っ張るだけだ……」
圧倒的な武力を前に、人間にできることなど何もない。民たちはただ息をひそめ、丘の上から無事を祈るしかなかった。




