6-7 トルクレイスに到着
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― 困窮した町『トルクレイス』の集会場で
翌日のこと……
重苦しい空気が立ち込める町議会の集会場に、一人の初老の女性が勢いよく乗り込んできた。その顔は怒りと、それ以上の驚愕に満ちていた。
「な、なんだって? 戻ってないのかい!?」
彼女の詰問に、机を囲んでいた男たちの一人が、気まずそうに視線をそらして答える。
「……ああ、守人の報告には出たっきり……町に戻っていない……」
その言葉をきっかけに、町議会は騒然とする。だが、そこに漂う緊迫感はあまりに薄かった。
彼らは昨日、狩人のザリュウドが慌てて町を飛び出していった後、何の対策も講じなかった。各々の家に戻って平然と一夜をすごし、今朝も遅めの朝飯を食べ、眠たい目をこすりながら集まってきたに過ぎなかった。
その場に集まった者たちが、完全に他人事として捉えているのを肌で感じ取り、初老の女性は呆然とするしかなかった。
「お、お前たち……そこまで不甲斐なく……メルテがどれだけこの町に貢献をしているか知っているだろうに……助けの手すら出さないとは……」
薬師のメルテの師匠であり、町の人々から「薬師のオババ」と慕われている彼女は、目に涙を浮かべながら力なくうなだれる。町のために薬の素材を集め、格安で提供してきた愛弟子への仕打ちが、あまりにも残酷だった。
「ざ、ザリュウドが行った……戻ってないけど……」
「そ、そうだ、救援隊を……日中なら亡者の動きも鈍る……」
「……で、誰が行くんだ……」
冷ややかな一言が放たれ、一同は押し黙る。
全ての責任を押し付けるかのように、町長へと困った視線が一斉に向けられた。町長は胃のあたりを抑えながら、困り顔で守人長に視線を送る。守人長は視線に気が付き、慌てて弁明を始めた。
「げ、現在のところ、町の防備で手一杯です。外に出るには装備が……武装をした戦士……狩人なり、探索者でないと……」
その言葉を受け、次の視線は議会の隅に座る元探索者、義足の男ガルードへと視線が集まった。だが、男は忌々しそうに顔を背けるだけだった。
重苦しい沈黙が場を支配する。誰も行かない。誰も行こうとしない。その光景に、オババの胸の中で何かがぷつりと切れた。
「もういいわ……ワシがいく……こう見えても魔術師の端くれ……おい、馬を借りるぞ……」
見限ったオババが部屋を出ようと立ち上がる。だが、町長が申し訳なさそうに薬師のオババの行動を手で制した。
「……すまん、馬は売り払った……」
「……な、なんじゃと??」
「討伐依頼料……足りなくてな……ザリュウドに任せた……だから、今、無い……」
オババは言葉を失い、目を見開いたまま数歩よろめいた。
「な……」
絶望にひしがれるオババの背後で、集会場の扉が乱暴に開け放たれる。中へと押しかけてきたのは町の淑女たちだった。
「オババさま!! 薬はまだなのっ!?」
「息子の病気が悪化しているの!! 早くしてよ!!」
「……すまんが……薬を作る材料がないんじゃ!」
怒号に近い催促の嵐に、オババは声を荒げて返す。
その光景の最中、町長はただただ頭を抱えて狼狽するだけだった。
「ど、どうしたらいいんだ? 町はもう限界だ……」
万策尽き、集会場が絶望に支配されかけた、その時だった。
そんな淀んだ空気を文字通り打ち壊すかのように、扉が再び力強く押し開けられ、息を切らせた守人が飛び込んできた。
「おいっ! メルテとザリュウドが帰って来たぞっ! 二人とも無事だっ!」
その歓声に、集会場の時間が一瞬にして動き出した。
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― 困窮した町『トルクレイス』の前で
少しだけ時をさかのぼる。
馬を進めていたヴァルターは、前方にそびえるトルクレイスの城壁を見上げただけで、この町の困窮ぶりをすべて察していた。所々の石積みが崩れ、みすぼらしい木の板で場当たり的に補修されたその佇まいに……あきらかにこの街には「金」の匂いがしなかった。
「大分……ガタが来ているな」
ヴァルターが呟くと、並走していたメルテが自嘲気味に答える。
「ほら、ここは街道の町だったから……ヴァリアス共和国の首都があったころは栄えてたんだけどね……」
「瘴気に飲まれた悲劇の都市……コルディアか……」
「そうだよ。よく知っているんだね。もう十五年も前の話なのに……」
「まぁ、討伐者には有名な話だな」
馬上のルディアが興味深そうに身を乗り出して会話に入ってくる。
「失われた国の瘴気の先には手つかずの財宝が残っているってやつよね?」
「……まぁ、そうだな。興味あるのか?」
「ええ、それは……何も障害が無かったら行ってみたかったわ……」
「……全部終わったら行ってみるか?」
「そうね……全部が終わったら……」
ルディアが微笑みながら視線をそらし、どこか遠くを見つめるように、広大な空を見上げていた。
一行が歪な外壁に近づくにつれて、櫓の上にいた見張りたちが色めき立ち、にわかに慌ただしくなる。
「おい! メルテとザリュウドが帰って来たぞ!!」
重々しい音を立てて門が開け放たれる。中に入ると、継ぎはぎだらけの貧相な装備をした兵士たちが数人で出迎えてくれる。彼らの顔には一様に安堵の色が浮かんでいた。
「よく無事で!」
「ザリュウド、よくやった!」
「町長に知らせてくるっ!」
守人たちがザリュウドとメルテを囲む一方で、その背後に控える異邦人の二人に気が付き、一転してその場は警戒心に包まれた。
「それじゃあたしは行くよ! また後で!! お礼をしたいから今日は町にいてね!」
メルテはこれ以上ここで揉め事になる前に、一刻も早く薬を作ろうと急ぎ足で薬屋へと向かう。残されたザリュウドは、二人を睨む同胞たちを遮るように声を張る。
「彼らは依頼していた討伐者たちだ! ……それでは俺たちは町議会の方へ……みんないるといいんだけど……」
「その前にこいつを休ませたいんだが……」
「……まぁ、そうですね。いつまでも鞍の上じゃ……」
二人の視線の先には、馬の背にがっちりと括り付けられたグウィンがいた。完全に意識を失った彼は、さながら荷物のように張り付いていた。
ザリュウドの案内で、一行は人気のない寂れた宿へと向かう。埃っぽい薄暗いロビーに入ると、カウンターには暇そうにしている宿屋の主人がいた。
「……え? 客か? なんだ……ザリュウドか……なんの用だ?」
「客だよ。ほら」
「……マジか……おい、客だぞ! 部屋の準備を!!」
「えっ! 本当かい!? 掃除するから待ってて!!」
主人の怒鳴り声を聞きつけ、宿屋の女将が慌てて掃除用具を持って二階へと駆けあがる。
「……そうか、街道が封鎖されている様なものだったか……客がいるわけがないか……」
「それにしても……随分寂しい宿屋ね……」
ルディアは、人が食堂にまばらにしかいない光景を見て、ヴァルターの拠点のバルハワの町がかなり栄えている事を改めて実感していた。
「準備するまでは時間があるか……」
「荷物だけ置いて……あとはグウィンを……あそこのソファにでも乗せておきましょうか」
「だな」
ヴァルターは肩に抱えていたグウィンを、無造作にロビーの布張りのソファーに転がす。
彼らが旅の大荷物を床に置くと、無駄に広い酒場の入り口から人がなだれ込んでくる。
「メルテ! メルテはどこじゃっ!?」
「ザリュウド!! どうなったんだ? 亡者は大丈夫だったのか?!」
矢継ぎ早に浴びせられる質問に、ザリュウドは若干慌てながらも、明確に答える。
「メルテは無事だ! 薬屋に戻った!」
「材料はどうなった?」
「それも採ってきた!」
「でかしたっ!」
それを聞いた薬師のオババは、表情を劇的に明るくさせると、凄い勢いで扉を押し開けて走り去っていった
残された町長たちは、安堵の息を漏らした直後、ザリュウドと共にいる二人に視線を移す。明らかに「討伐者」か「傭兵」といった格好に緊張が走る。後ろから押されるようにして町長らしき人物が前に出て、言葉を振り絞るように発言する。
「あ、あの、こちらの方は……だいぶ……威厳があるような……」
「ああ、討伐者組合から派遣されてきた人たちだ」
その時、遅れて部屋に入ってきた義足のガルードがヴァルターの全身の装備をくまなく見た後呆然とする。
「……隻眼の重武装……あんた、もしかして「竜討伐者のヴァルター」じゃないのか? たしか……白金級では?」
「白金級!?……我々にはそこまでお金を出せるわけではないのですが……」
取り乱して財布の心配を始めた町長の困惑ぶりに、ヴァルターが冷ややかで白けた視線を向ける。
「まぁ、そうだが、今回は俺ではないからな」
「依頼を受けたのは私ね。亡者二十匹を相手取るという話なのだけれども……」
一歩前に出て凛とした声を上げたルディアに対し、町長は目を瞬かせた。
「えっと、お嬢さんが??」
「そりゃ無理だろう……そんな華奢な体で……」
町議会の面々が、困惑と懐疑の表情を浮かべる。彼女の身に纏う装備こそ一級品の討伐者の風格を備えていたが、その姿はあまりにも可憐で華奢だった。大柄な人間の男でも苦戦する亡者の相手など、到底不可能なように見えたからだ。不躾な視線を隠そうともしない男たちに向かって、ルディアは言葉を返した。
「大丈夫よ。この町にくるまでに、外にいた亡者百匹は倒してここに来たわよ? もっといたのかしら? ヴァルターは感じた?」
「……いや、道中の小物は根絶やしにしたと思うが……」
「それで、どの辺に亡者二十匹がいるの? もしかしてこの町に地下墓地とかがあるのかしら?」
ルディアの常識外れの報告に、町長と町議会の面々が何度も激しく目配せしあう。
「い、いえ……町の外です……町の外にいるハズなのですが……」
「ほ、本当なのか? 亡者は……外に巣くっていた亡者はもういないのか?」
縋るような確認の視線が、地元の人間であるザリュウドに一斉に集まる。彼は一瞬何かを言いたげにしていたが、深く息を吐きだして頷く。
「……ああ、本当だ……根絶やしにしてくれた……本当の意味で……」
ザリュウドは、ルディアが瘴気だまりそのものを浄化して消し去った……とこの場で言っても、この場にいる人間は誰も信じないだろうと思い、言葉を呑み込んでいた。
町議会の面々は、もはや困惑をするしかなかった。お互い視線をやり取りし、何が起きているかを把握できていないようだった。思考が停止した町長がいつも通りの形式的な判断を口にする。
「それでは、今日はもう遅いですし、事実の確認を明日しましょう。一度持ち帰って話をしたいので……」
ヴァルターは保身に走る町長を一瞥した後、ルディアの方に振り返る。
「ルディア、すまないがグウィンを上に運んでくれないか? 奴らと話がある」
「……めずらしいのね、紳士的なあなたが女性扱いしてくれないなんて……」
「……まぁ、頼む」
「ふふっ……わかったわ」
ルディアがソファーに転がっていたグウィンを軽々と担ぎ、もう片方の手に大荷物を持って何事も無かったかのように移動を始める。あまりの怪力に、驚きを隠せない様子の宿の女将に案内されて階段を上っていく。
その場にいた町長たちは、現実離れした光景に目を見張り、完全に言葉を失い固まっていた。
「さて……じっくりと……話を聞こうか?」
ヴァルターは宿の入口を塞ぐように陣取り、同時に彼の全身からは底知れない威圧感が放たれ始める。町人たちは今にも殺されそうな殺気を全身に浴び、硬直していた。
ヴァルターは最初からすべてを理解していた。
もしも、自分やルディアのような規格外の存在がいなかったらどうなっていたか。昇級試験のためにやってきた通常の若き討伐者たちと監察官だけだったならば、あの道中にいた亡者の大群や牛頭の幽鬼によって、絶望の中で無残に全滅させられていたはずだ。
彼らはそれを知っていて、不条理な依頼を丸投げしたのだ。目の前にいる臆病者たちを、ヴァルターは決して許すつもりはなかった。
昨日、投稿したものはこの話の次になります。投稿順間違えてしまいました。すみませんでした。




