6-6 三つ頭の幽鬼
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物陰で息を潜めていたメルテは、凄まじい地響きとともに現れた三匹目の異形に絶叫した。
「また出たよっ!」
「くそっ!!」
ヴァルターが即座に地を蹴って舞い戻り、メルテの眼前に迫っていた新たな牛頭の幽鬼を足止めに入る。それと入れ替わるようにしてルディアが二匹の幽鬼を一手に引き受ける。彼女は残像すら追えないほどの圧倒的な速度で、風をも切り裂く勢いで刃を振るっていく。
二人は猛烈な攻防の中で、目の前の幽鬼の太い指を……足を……歪に伸びてくる人間の腕を次々に両断していく。
だが、戦況は一筋縄ではいかなかった。最初に足を両断した牛頭の幽鬼が傷口がうごめき、修復の煙を上げながらも、地を這うようにしてメルテと、いまだに意識を失ったまま動けないグウィンに襲い掛かってくる。その姿は新たなエサを取り入れようとする獣のようだった。
メルテは恐怖に襲われながらも、必死でグウィンを馬の背に括り付け、逃亡しようとする。だが怪物の接近する速度の方が明らかに速かった……到底、間に合うはずではなかった……
「ちょっと、待って、待ってよっ!」
メルテが諦めかけた時、一本の矢が飛来し、牛頭の幽鬼の片目に命中する。痛みを感じたのか、幽鬼の頭部が激しくのけぞる。それは、彼女も良く知る狩人のザリュウドの精密な援護射撃だった。
「ザリュウド!!」
息を激しく切らし、必死の形相で弓を引き絞る犬人族の狩人が現れる。彼はメルテの無事を確認すると、すぐさま次なる矢をつがえる。
「逃げろ!!」
ザリュウドは間髪入れずに更なる矢をつがえ、次々と矢を射かける。もう片方の目をつぶし、耳と思える場所に矢を打ち込む。完全に視界を奪われた異形は狂ったように暴れ出す。狩人は自ら叫び声をあげて注意を引き付ける。
「こっちだ!! こっちにこい!!!」
後方の安全が確保されたことを察し、ルディアは瞳に光が宿る。彼女は対峙する「幽鬼」との決着に集中した。一閃のもとに半身を両断し、軸足を切断し行動不能にする。
呼応するかのようにヴァルターも大剣を振り下ろす。幽鬼の片腕を落とし、優勢を決定づけた。その間にも勇敢にも弓ひとつで応戦する狩人のザリュウドの度胸に、ルディアは内心で小さく感心していた。
しかし、異形たちの怨念……常軌を逸した行動は常識の範疇を超えていた……
部位を切り刻まれ、地面に落ちていた肉塊に、人間の手が生え、地面を這いずり回るように一か所に集まり出したのだった。すると交戦を続けていた幽鬼までもが、身体から生えた腕をも使い、地面を獣のように這いながら一か所に集まり互いの腕や足を絡ませて抱き合い始める。煙が立ち上り、肉が溶け始め……融合をし始める。
ヴァルターはそのおぞましい光景に思わず目を見張る。隣に立つルディアも同様だった。
「何が起きてる? こんな気味の悪いものは初めて見るぞ!」
「私もよ! 魔力が膨れ上がっていくわ!」
辺りに立ち込める禍々しい空気に、ヴァルターの迫撃の手が止まる。本能が警告を発していた。少しでも近づけば、その肉の塊、瘴気の渦に飲み込まれる……そんな不快な予感があった。
「例の弓の魔術じゃだめかっ?」
ヴァルターの問いに、ルディアは弓矢を取り出そうとするが、一瞬ののちに、全く違う手段が頭をよぎる。
「ちょっと待って、試したいものがあるの! 大剣を貸して!」
「わかった! そっちの剣を!」
二人は示し合わせたかのように、投げるようにして互いの魔法の剣の交換をする。ルディアはずっしりとした質量を持っているはずの大剣を軽々と振りかぶる。
それと同時に彼女に魔力の奔流が爆発的に放出し始め、周囲の空気が激しく振動する。彼女の右腕が白い鱗に包まれ、肉眼で分かるほどに筋肉が膨れ上がっていく。
「いくわよっ!!」
隣でその変貌を目撃していたヴァルターは、あまりの衝撃に言葉を失い、呆然と立ち尽くしていた。
「な、それは……」
「練習の成果を見せてあげるわっ!!……はあああっ!!!」
気迫に満ちた掛け声とともにルディアは爆発的な踏み込みで地面を蹴った。標的は融合を終え、三つ頭の視線がルディアに集まる。だが、彼女は幽鬼が行動を移す前に魔核のある本体を袈裟切りにする。鋼のように固いはずの幽鬼の体をいとも簡単に切り裂く。だが、魔法の大剣をもってしても刃が完全に魔核を破壊しきれなかった。
「せやっ!!!」
ルディアはすぐさま気合を入れなおし、両腕にかかる重みを遠心力に変え、大剣の旋風のごとく振り回し、荒れ狂う刃が幽鬼の手足を切り刻み、吹き飛ばしていく。絶え間なく再生していく身体の中心にある魔核を感知した瞬間、彼女は更なる気合とともに大剣をふりぬき、凄まじい衝撃波と共に、胴体と魔核を完全に両断する。
「終わったわ!」
ルディアが大剣を振り払い、剣に憑いた不浄な肉片を振り落とす。それと同時に牛頭の幽鬼は動きを止め、砂のように崩れ去っていく……禍々しい粒子が瘴気へと還り、大気へと霧散していく。残されたのは異形が取り払われた牛人族と人間の戦士の様な格好をした……物言わぬ遺体だけだった……
「……腕だけを変異できるようになったのか……」
ヴァルターが、驚嘆とわずかな怖れを孕んだ声でつぶやく。
「ええ、どう?」
「ああ、すごいな、だが目も変化してるな……」
「え? そうなの? 腕だけに力が集まっている感じなのだけれども……」
ルディアは意外そうに首を傾げると、大剣の磨かれた刃で自分の顔を映して確認をしていた。その間にも右腕の膨れ上がっていた筋肉は元に戻り、硬質な白い鱗も人の肌へと溶けるように戻っていった。
戦いの終わりを見届けた狩人のザリュウドは、握りしめていた矢を矢筒に戻しながらメルテのもとへと駆け寄る。メルテは未だに腰を抜かしたまま、呆然としながらルディアを見つめていた。
「すごい……倒しちゃった……なんか、腕が凄かった……」
「紅の瞳……あ、ありがとうございます!」
ザリュウドは感謝の言葉を述べながら、ふとヴァルターの装備、そして特徴的な眼帯に視線を走らせる。彼の脳裏には、町で評判だった人物の噂がよぎる。
「……隻眼……武器を大量に……もしかして……「竜討伐者」のヴァルター??」
「ああ、そうだな。それだ」
「そんな! もしかして今度来る討伐者って、ヴァルター?? そんな馬鹿な! 金が足りないはずだ!?」
ザリュウドの狼狽っぷりに、ヴァルターは苦笑交じりに大体の事情を察する。確かに白金級の自分に対しての依頼の報酬としては、あまりにも割に合わない、雀の涙くらいの報酬だった。
「ああ、まぁ、色々あってな、この依頼を受けているのは……討伐者になりたての新人の彼女だ」
ヴァルターは大剣を片手で軽く持ち、棒きれを渡すかのように返してくるルディアに視線を向ける。視線を受けたルディアは悪戯っぽく微笑みながらヴァルターからお気に入りの片手剣を受け取る。凄まじい速度で剣をふり、こびりついた肉片などを払っていく。
剣が空気を引き裂くような音を聞きながら、ザリュウドがぎこちなく愛想笑いで返す。
「……新人? ……ははっ……」
「どの辺が新人なんだい? あんな亡者も、幽鬼も倒しちゃうのに?」
メルテがいまだに信じられないといった面持ちで、ヴァルターに問いかける。
「まぁ、俺も不思議に思っているから安心しろ」
「ねぇ、のんびりと話している時間は無さそうよ」
ルディアが雑談を遮るように指で森の奥を指し示した。その方向に、先ほど霧散した瘴気の一部が意思を持っているかのように、うねりながら逃げていく感じだった。
「瘴気だまりが近くにあるわ。そちらを払ってから、ゆっくりした方がいいわね」
「わかった」
二人のあまりにも淡々とした、自然な会話を聞いてメルテとザリュウドは唖然として言葉を失った。
「……?」
「え? 瘴気を……瘴気だまりを払えるのか? 呪いだよな?」
「ええ、できるわよ? 私の故郷の里では当たり前のことだったんだけれども……」
ルディアが当然のように言い切るため、思わず二人はヴァルターに視線を転じた。
「ああ、まぁ、彼女の故郷だと当たり前で……できるんだ……」
「こっちよ。ついてきて」
ルディアの歩みに合わせるように、うっすらと光る精霊たちが、瘴気だまりの方向へと先導を始める。魔女の血筋に近しい感受性をもつメルテには、その神秘的な光景が見えていた。
「精霊が導いてくれるなんて……どれほどの人なの?」
「見えるのか? 俺には何にも……見えない……」
不安と驚愕を隠せない二人を引き連れ、気絶したグウィンを馬の背にのせて、一行は森の奥にある瘴気だまりに移動する。先ほどの牛頭の幽鬼の瘴気も、この森に蔓延る悪霊が集まり、瘴気だまりはかなりの大きさに膨れ上がっていた。
「……ここも瘴気に呑まれるのか……」
「本当に瘴気を払えれば……そうはならないよね?」
メルテとザリュウドが固唾をのんで見守る中、ルディアは瘴気だまりの前へと進み出る。手慣れたように流れるように指先で複雑な印を結んだ。魔力の高まりを感じ始めると、透き通った声で古の祝詞を唱え始めた。
「穢れを喰らう不浄なる影よ、我が言霊を楔とし、未練の鎖を解き放て。導きの光よ、この魂を家路へと誘い星の巡りへ還らんことを! 浄魂廻帰!」
彼女の身体を中心に清らかな白銀の光が溢れ出す。その眩しい光の波が触れた瞬間、瘴気だまりの不浄な存在が、悪霊が、この森の周囲に漂っていた瘴気が霧散し、完全に消滅して輪廻へと還っていく。
メルテとザリュウドは眩しさに目を細めながらも、その神秘の光景をただ呆然と見届けていた。
「消えた……本当に消えた……奇跡だ……」
「本当にできた……もしかして、あんた……御伽噺の聖女さまだったのかい?」
メルテの畏敬の念が籠った言葉に、ルディアが一瞬驚いた表情をするが、すぐに寂しげに目を伏せた。
「……違うわ……私たちは……あなた達人間には「魔女」と呼ばれている存在よ……」
ルディアが何とも言えない、複雑な哀愁を帯びた笑みを浮かべる。
メルテたちが生まれたこの地域では、大地を蝕む瘴気だまりを払えるのは……教会の御伽噺に登場する「聖女」だけと信じられていた。それゆえに、目の前の少女が口にした「魔女」という不穏な響きに、二人は強い疑問を抱いていた。
「……おい、まだいるようだな……」
ヴァルターが大剣の柄に手をかけながら、森の奥を睨みつける。
「ええ、トルクレイスの町に着く前に仕事を片付けちゃいましょう。亡者二十匹が街の近くをうろついているのよね? 町はもう近くなのかしら?」
ヴァルターは残念そうな表情でルディアを見る。ザリュウドとメルテはルディアの横顔をまじまじと見つめる。彼女の言葉には、皮肉や嫌味を言っている雰囲気はなかった。本心から、純粋に任務を果たそうとする言葉に見えた。
「……そうだな。いつも通りに瘴気だまりを払ったら。町の周囲の亡者を倒そうか……」
「ええ、わかったわ!」
二人のやり取りに、メルテは安堵の表情を浮かべるが、現実を知っている狩人のザリュウドは、白金級の亡者討伐に対して、報酬が支払えるのか心配になりながら彼らのあとを追った。
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