6-5 グウィンの運命
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― 困窮した町『トルクレイス』で……
メルテが失踪した翌日、犬人族の狩人のザリュウドが町へ戻るなり、町長の家へ押し入り怒りを孕んだ声を爆発させた。
「なんでメルテを止めなかったんだ!!」
激しい怒鳴り声が室内を震わせる。詰め寄られた町議会の面々は気迫に押され、お互い顔を見合わせる。
「……そりゃ、凄い勢いで……」
「止める間もなく行ってしまったんだ」
身振り手振りを交えて保身に走る男たちの醜態に、ザリュウドの犬牙が音を立てる。
「あの子は勝気だろう? ほら、まぁ、なんというか……」
怒りに戸惑いながらも、自分たちのせいじゃないとばかりにお互い視線を交わし、罪を擦り付け始める。
狩人のザリュウドが、話にならないとばかりに忌々しげに天を仰ぎ、この場にいる……唯一のまともな男、義足の元戦士、ガルードを睨みつける。
「せめて……あんたが……戦えるあんたが付いていくもんだろう?」
責め立てるような視線をガルードは静かに受け止めた。
「無理を言うな、メルテの足の速さは知っているだろう? 今の俺では足手まといだ」
ガルードは自嘲気味に自分の義足を軽くたたく。
ザリュウドはガルードの義足を一瞥した後、それ以上は何も言わずに踵を返して扉へと歩きだす。
「くそっ……探してくる!」
「待て!」
ガルードの制止の声が響く。彼は椅子から立ち上がり、腰の革のポーチをまさぐる。
「もう二日経っている……逃れているとしたら「避難所」か、木の上だ。これを持っていけ」
ガルードは持っていた小さな袋……独特のにおいをまき散らす「魔よけの香」を投げ渡す。
「……助かる」
狩人のザリュウドは薬入りの袋を受け取ると、弾かれたように町長の家を飛び出した。
(無事でいてくれよ……メルテ……)
焦燥に包まれながらも彼の足は、うっそうとした森へと向かって地面を強く蹴り、駆け出していた。
§ § § § §
― 『トルクレイス』の近くの森で
薬師のメルテは馬上から呆然としていた。目の前で繰り広げられる一方的な殺戮劇に目を奪われていた。武器が振るわれる風切り音と、肉が裂け骨が砕ける音が森に響き渡っていた。
「ねぇ、亡者って……弱かったの?」
困惑を隠せないメルテの声に、隣で馬の手綱を握っている監察官の青年が応じる。
「……それは無いです。一匹でも熟練の戦士が死に物狂いで倒す相手ですよ……」
余裕をもって戦況を解説していたグウィンも、その表情が強張っていた。自慢の魔法の長剣をいつでも抜けるように構えていたが、今は完全に手持ち無沙汰になっていた。二人が派手に立ち回るおかげで亡者の群れは二人に集中していた。
(まさか、亡者の群れをこうもたやすく……それに、ヴァルターの動きも以前より遥かに速く、力強いですね……まるで風車のようだ……)
ヴァルターが身の丈ほどもある両手剣を振るい、襲い掛かってくる亡者を片っ端から迎撃し、四肢もろとも胴体を一刀両断に切り裂いていく。
かたや、そのすぐ近くで変幻自在の接近戦を演じていたのはルディアだった。彼女は亡者の爪や牙を華麗にかわしながら、吸い込まれるような軌道で亡者の手足を切り刻み、魔核を的確に射貫くように斬撃を浴びせ、あっという間に幽世へと還していく。
(それに彼女、ヴァルターよりもさらに速い……動きも的確だ……速すぎて剣が残像になっている……)
傍目にはヴァルターは「猛烈に圧倒している」ように見えた。だが、隣で並び立つルディアから見るとその動きは雑に見えていた。激しい攻防の合間に彼女からの叱咤が飛ぶ。
「ちゃんと「核」になるところを切りなさいっ!」
「わかってはいる! 相手は動くんだ! そう簡単に出来るかっ!!」
ヴァルターが苛立ちをぶつけるように大剣を叩きつける傍らで、ルディアは踊るような足さばきで亡者の爪を紙一重でかわして斬撃を浴びせる。
「相手の動きを予測しなさい! 相手が来る場所に剣の軌跡を置くのよ!」
「知っていても、魔核の場所が捉えきれてないんだっ!」
ヴァルターは吠えながら、迫り狂う亡者をまとめて三匹胴体を横なぎに一閃して吹き飛ばす。対するルディアは最低限の動きで亡者の四肢を切り、丁寧に魔核の位置を捉え、切り刻んでいく。二人の剣技は、まさに「剛の剣」と「技の剣」のお手本のような動きになっていた。
安全な後方から、守られる形で馬上にいたメルテは、目の前の会話と非現実的な戦闘を見て、ますます混乱していた。
「……ねぇ、あの人たち何を言っているの?」
「亡者は依り代になる「魔核」を持っているのですが……どこにあるかは魔力探知でも使わないと分からないハズなのですが……」
「達人にはわかるのかしら……」
「……さぁ? 私にもわかりません……」
監察官であるグウィンも驚きを通り越し、目の前で起きている現実についていけていなかった。
三十は下回らなかったであろう亡者の群れをあっさりと殲滅しきった……
誰もが戦いの終わりを確信した時、突然、メルテを乗せていた馬が嘶き、前脚を高く上げて棹立ちになった。
「えっ!? きゃぁっ!!」
普段は乗馬の経験などないメルテは、抵抗する術も無く振り落とされる。重力に引かれる彼女の体を、慌ててグウィンが空中で抱きかかえる。
「あ、ありがとう、グウィン! え? 嘘っ! なにあれ!」
安堵しかけたメルテの顔が急に、恐怖にひきつる。彼女の視線の先……木々の影からは牛の頭をした異形、双眸は暗がりのようになり、瞳が金色の光を放っていた……明らかにこの世の者ではない「幽鬼」が血走った目で睨んでいた。グウィンはメルテの視線に気が付き、息をのんで慌てて振り返る。
「くっ、しまっ!……風の精霊よ! 我らを護れっ!!「風護の盾」!」
牛頭の幽鬼は丸太の様な腕を豪快に薙ぎ払うように振り回してくる。グウィンは自らの身を盾にしてメルテをかばう。即座に展開された風の魔術障壁だったが、幽鬼の圧倒的な質量の一撃を前に、ガラス細工のようにあっけなく粉砕された。まともに衝撃を浴びた二人の体が、派手に後方へと吹き飛ばされる。
「うあっ!!」
「きゃぁああっ!!」
地面を転がりながらもグウィンが必死で体勢を立て直し、メルテの様子を見る。彼女は泥まみれになりながらも立ち上がろうとしているが、落下の衝撃で咳き込み動けないようだった。
今、幽鬼の手が伸びれば彼女は隔日に死ぬ……グウィンは焦燥に駆られながら、突撃してくる牛頭の幽鬼を自分に誘導するかのように痛む足で地面を蹴った。
(ぐっ、このままじゃ……)
全身の節々に走る激痛のせいで思う様に踏み込みが利かない。それでも恐怖でメルテが動けないのを見て、彼は残る魔力の計算をやめ、風の魔法を練り上げる。
「風の精霊よっ! 守護の風よっ!! ここに在れ!! 集い放たれよ!「斬風撃」!! ……こっちだ!!」
放たれた風の刃が怪物の頭部に直撃した。凄まじい衝撃に、一瞬頭だけ吹き飛び、仮初の肉が弾け飛ぶ。だが、それでも牛頭の幽鬼はメルテを標的にそのまま突進を再開した。
「ちょっと! 嫌ぁっ!!」
メルテは必死にその場から逃れようとしたが、恐怖に足がすくみ、足がもつれて転んでしまう。グウィンは風魔法をさらに放ちながら、最後の気力を振り絞り、メルテの体を突き飛ばすようにして木の陰に吹き飛ばした。
ふと、メルテに向いていた剝き出しの敵意が、突然グウィンに向けられた。
「しまっ……」
グウィンが焦りの表情を浮かべると同時に、怒り狂った牛頭の幽鬼の、太く捻じれた角が彼の胴体を深く貫いた。そ幽鬼はそのまま一気に上方へとかち上げる。まるで人形のように、鮮血をまき散らしながら、グウィンの体が宙を舞う……
「グウィン!!」
引き裂くような悲鳴とともに、凄まじい速度でルディアが反応した。彼女は力なく落ちてくるグウィンの体を空中で受け止めると、大木の側面を足場にして跳躍し、幽鬼の間合いから一瞬で離脱する。
「この野郎っ!!」
その間にもヴァルターが牛頭の幽鬼に肉薄し、猛烈な斬撃の嵐を浴びせ、牛頭の幽鬼を引き付け、半身をけさぎりにして返す剣で巨大な足を斬りはなす。
だが、牛頭の幽鬼は片足が無くなっても、意に介した様子もなく残った四肢と体から生えている人間の手で体勢を立て直していく。
その異様すぎる生命力……人外の力に、さしものヴァルターの顔にも驚愕と戦慄が走る。
「ルディア!! こいつの核はどこだっ!?」
「待って!! グウィンが!!」
ヴァルターが一瞬だけ、ルディアに抱えられたグウィンの体へと視線を巡らせる。衣服は赤く染まり、腹部に大穴が空いている様に見えた。
「なっ! ……致命傷かっ……」
ルディアは目の前のグウィンの惨状を見て迷う。彼女は激しい葛藤に襲われていた。牛頭の幽鬼と、その奥に迫ってくる気配……二つを天秤にかけ、本気でどうするか迷っているように見えた。
その動揺を見透かすように、森の奥からはさらに新手の牛頭の幽鬼が現れる。まるで最初の個体に呼ばれたかのようにゆっくりと……だが、目の前に新鮮な獲物が近くにいるのに気が付くと、異形は体勢を低くして速度を上げ始める。
「う、うそっ!? またでたよっ!!!」
「なんだとっ!? 同じやつかっ??」
ヴァルターは足を切り落とし、移動を封じていた牛頭の幽鬼も徐々に再生していくのに強い危機感を覚えていた。ルディアは完全に硬直し、迷っているようだった。目の前の二つの脅威に動揺し行動に移せないようだった。
見かねたヴァルターが現状を打開すべく、声を荒げて助け舟を出す。
「くそっ!! そいつに「言葉を縛る魔術」をあとで使え!! 」
「! あ、ありがとう。わかったわ!」
その会話が耳に届いた瞬間、激しい苦痛の最中にあったグウィンに、本能的な拒絶反応が走った。「言葉を縛る魔術」……それは、どこの国であっても大逆を犯した罪人にのみ処される、精神を隷属させる禁忌の邪法だ。
「わ、私は……罪人では……ない……」
ルディアがためらいなく自分の腰から魔法の短剣を引き抜き、指から血を出そうとすると、ヴァルターが切り離したはずの、牛頭の幽鬼の巨大な腕が飛来し、ルディアの近くの地面に着弾する。
ズトォンッ!!!
凄まじい衝撃波が周囲を揺らす。
「あっ!?」
「すまんっ!!」
不意の衝撃にルディアの手元が大きく狂い、指先から血が大量に流れだす。一瞬、彼女の瞳にためらいの色が浮かんだが、もう一刻の猶予も無いことを悟り、彼女は血に染まった指をそのままグウィンの口に豪快につっこむ。
「むぐっ!? むごっ!?」
「飲みなさい!!!」
物陰からその光景を見ていたメルテは、ルディアのとった行動が理解できずに、狂乱の声をあげる。
「なにをしてるのっ!? 死んじゃうよっ! あ、ああ! 幽鬼がくるよっ!!」
しかし、グウィンは口内に広がる鉄の味と、脳を焼くような魔力の奔流の中で、ルディアが行っている行為の真実を確信していた。これは医療でも、正当な術式でもない。古の契約。魔族の儀式だ。
(……こ、これは? 血の契約!? ……彼女は「やっぱり」本物の魔族だったのですかっ??)
意識が急速に混濁していく中、グウィンには抵抗する術など残されていなかった。喉に大量の血が伝い……強制的にその血を飲み干させられる。
(そ、そんな……私は……魔族……には……なりたく……ない……)
グウィンは一瞬体が弓なりに硬直し、痙攣するようにビクビクと震える。やがて白目をむき、完全に意識を失ってぐったりとしてしまう。
完全に事切れたかのように動かなくなったグウィンを見て、メルテの絶叫が木霊する。
「グウィン!!!」
その間にも、迫り狂う牛頭の幽鬼二匹を一人で相手取っているヴァルターが押され始めていた。いかに剛剣の使い手でも、再生を繰り返す異形二匹の相手はつらいようだった。
「ルディア!! 手伝ってくれっ!! 魔核の場所がわからんっ!」
「わかったわっ!」
ルディアは気を失ったグウィンの腹の傷口がものすごい速度で修復されていくのを見て安心してその場を飛び出した。
「メルテ、あとはお願い!!」
「わ、わかった!!」
震える声で応じたメルテだったが、ヴァルターたちの加勢に向かうルディアの背後、さらにその奥の暗闇を見つめた瞬間、彼女の心は完全に叩き折られた。木々をなぎ倒し、地響きを立てて、さらにもう一匹の、巨大な牛頭の幽鬼が這い出てきたのだ。
「そんな……嘘でしょう……? 三匹も、いたの……?」
涙で視界が歪む中、メルテはただ、今日という日を呪うことしかできなかった。
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