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竜血の復讐姫 ~魔女に育てられた少女は「悪」を狩り、世界を浄化する  作者: 藤明
一話 狩られる兵士達

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1-4 眷属になった存在

 § § § § § §



ー 見知らぬ部屋の一室


 ヴァルターは弾かれたように跳ね起きた。


 悪夢を見た。そう思いたかったが、失ったはずの「左目」が存在し、久々に両目で景色を見ることが出来た……夢を見たと思いたかった。

 いつの間にかかけられた布団を払いのけ、自分の手足を確認する。服には返り血の跡や裂け目が残っていたが、肉体は完全に元通りになっていた。信じがたい思いで関節を曲げ、己の無事を確かめる。


(砕かれていた……骨が折れて動かなかったはずだが……夢なのか、現実なのか?)

 

 彼の心が落ち着いてくると周りの状況を見る余裕が出はじめていた。窓の外からは日の光が漏れ始めていた。


(……朝?)


 一晩中寝ていた様だった。寝かされていた村の粗末なベッドから起き上がる。泥だらけの靴もそのままだった。どうやらあの戦闘の後、そのまま寝かされていたらしい。ふと、入り口の扉の隙間から幼子がヴァルターを見ていることに気が付く。視線が合うと姿を隠した。


(……村の子供? 生き残りがいたのか?)


 階下で話し声が聞こえる。女性の声……化け物の少女より優しげな声だった。食欲をそそる良い匂いが部屋まで漂ってくる。一瞬躊躇するが、意を決して部屋を出て階段を下りて行く。


「あら、目覚めたのね。具合はどう?」


 そこにいたのは、村娘のなりをした怪物……いや、宵闇色の髪をした息を呑むほどに美しい少女だった。白銀の髪の部分がすっかりなくなり、すべてが宵闇色の髪に、鱗が生えていた半身は無くなり美しい人間の肌になっていた……


 不思議な光景に夢かと錯覚する。どうやら彼女は朝食の準備をしていた様だった。悪夢の様な一方的な虐殺と言える戦闘での記憶とは一転し、現実的で穏やかで家庭的な光景に戸惑っていた。鍋から漂う良い匂いに思わずよだれが出てきてしまう。食欲のおかげで、かろうじて夢ではないと認識させられる。


「……大丈夫だ……あの子は?」

「え? 見えるのね。外に行ったわよ」

「ああ、そうだな。失った目が……見えるようになっていた」


 ヴァルターは自分の失ったはずの目に思わず手をあてる。それと同時に激しくお腹の鳴る音がする。宵闇色の髪の少女は一瞬、彼の治った目を見て驚いた感じがしたが、直ぐに表情を変えて優しく微笑む。彼は記憶の中の彼女とのあまりの違いに混乱し始めていた。


「三日も眠り続けていたのだもの。無理もないわ。すぐに準備するから座って」

「……三日……」


 ヴァルターは思わず部屋の窓から外を眺める。見覚えのある村の広場……あるはずの仲間の死体などは見る影も無く存在していなかった。人影らしきものがちらりと見え目が合う。彼の目には生き残った村人が戻って来てたように見えた。ただ、村人の気配が透き通り、輪郭は陽炎のようにおぼろげに揺らいで見えた。


(……まだ夢が続いているのか?)


「……仲間は?」

「埋葬したわ。獣に荒らされるのも嫌だし、それに死体を放っておくと亡者になったり疫病が発生するそうよ? 里の墓地じゃなくて里の外れにしたけれども」

「……そうか、……あ、認識タグ……名前を刻んだプレートがあるはずなんだが……」

「墓標に吊るしておいたわ」

「……恩に着る」


 ヴァルターは目の前の怪物……宵闇色の髪の少女が慈悲も無い殺戮者ではないのは理解した。敵であったはずの人間『聖従士』と、その仲間たちを埋葬しているのは意外だったが……


「随分な量をつくっているようだが……」


 ヴァルターは鍋の大きさと、大量の小麦焼きを見る。一人が食べる量には思えなかった。


「フィデラの時も三日目で目が覚めたのよね。お腹が空いたでしょう?」

「ああ、すまん……前にも血を飲ませたやつがいるのか……先ほどの子供? フィデラというのか?」


 宵闇色の髪の少女は意外そうな表情をする。ヴァルターはその表情を見て、どことなく懐かしい、幼い時の記憶……見覚えがある人物に見えていた。

(……まさか……な……彼女は死んだはずだ……)


「……ここにはいないわよ?」

「俺と目が合ったぞ? 村の外にも村人が帰ってきているだろ?」

「……ああ、なるほど……残念ながら、この村には「生きている人」は誰もいないわ……」

「ばかな……何人か見かけたんだが……俺はまだ夢を見ているのか?」


「そうね、あなたも見えるようになった……混乱するわよね……ってことは血を飲むことが条件なのかしら……」

「……何を言っているんだ?」


 ヴァルターは混乱しながらも食欲に負け、盛られるスープを見ながら席に着く。食器もきっちりと用意されており、品の良い宿に泊まった気分だった。


「……あんた……名前は?」

「……ルディアでいいわ」


 ヴァルターは思わず宵闇の髪の少女を見つめる。彼の記憶にある少女と色々と似ている……そう思えた。だが、彼女は「怪物」では無かったし、そもそも幼少期に山賊に襲われ、この世にいないはずだった。


「……わかった。ヴァルターだ……母なる大地母神に……神に感謝……したい気分になれないな」

「礼儀正しいのね」

「ルディア、君に感謝だ。ありがとう」

「……どういたしまして……」


 ヴァルターは食前にいつも行っている神への感謝の仕草を途中でやめる。ヴァルターがいざ、スープを飲もうとスプーンを入れるが一瞬躊躇する。おいしそうな匂いはするが、文化の違いか、見た事も無い泥の様な色をしていた。


「茶色いな……」

「大丈夫よ。毒は入っていないわ」

「わかってはいるが……色が……美味いな」

「ありがとう」


 変わらぬ食欲に、自分が生物であると言う事は理解できていた。味覚もそのままな気がした。異国の味。独特の香辛料だったが塩味がしっかりとつけられ、保存食の肉の出汁がでて食欲がそそられる味だった。腹が膨れてくると思考がまとまりはじめる。今までの疑問をルディアにぶつける。


「俺は……魔族になったのか?」

「魔族ではない気がするのだけれども……里のみんなも、育ての親も私の事が「詳しくは分からない」と言っていたわ」

「なるほど……血をすすり、人や魔獣の肉を食う訳ではないのか」

「御伽噺の魔族ね、それは……ちょっと失礼ね。そんな風に見えるのかしら?」


 ルディアは部屋に備え付けの鏡を見て自分の容姿を確認していた。ヴァルターは魔族に「変身」、意のままに姿を変えるような生物の存在を知らなかった。魔術師の変化の魔術……それくらいしか頭には思い浮かべられなかった。


「……ルディアの血を飲むと怪我が治るのか?」

「そうね、母からは私の血を飲むと仲間が増える……よく考えて飲ませなさいと教えられていたわ」


 ヴァルターは御伽噺で聞いていた「吸血鬼」「人狼」「魔族」の話を思い浮かべていた。血を飲ませる……血を吸われると相手の思う様に動く、配下になってしまう。この世界での「俗説」の様な話だ。


「……眷属ってやつか……」


 ルディアは困ったような笑みを浮かべた後、窓の外を見て悲しそうな表情を浮かべる。


「次の誕生日が来たら詳しく教えてくれるはずだったんだけれども……」

「……そうか」


 嘘を言っている感じではなかった。誕生日、おそらく見た目の年齢から推察すると成人する年になると言う事だろう。それが来る前に村の住人が皆殺しに……そう思うとヴァルターはいたたまれない気になっていた。ふと、窓の先にこちらをのぞいている少女に気が付く。先ほどの子だった。


 ルディアはヴァルターの視線に気が付き、窓の外に目を向ける。


「あの子、見えるの?」

「……ああ、もちろん」


 ルディアは窓を開け、少女を優しく触るが、すっと手が通り抜ける。


「な……透け……悪霊??」


 見た事も無い光景に驚き、不思議がるヴァルターだったが、彼も扉の外に薄い気配を感じる。慌ててドアを開け外に出てみると、そこら中に人の存在……霊がいるのが見えていた。誰も彼の行動に反応しない。よく見ると、彼の目にはこの村で殺されたはずの兵士、死んだはずの聖従士カルバルの霊が見えていた。虚空を見上げていたり、やる気がない……そんな感じの存在が見えては消え……を繰り返していた。


「……霊ってやつか?」

「そうね。普通の人には見えないらしいわ。どれくらい見えるの?」


 ヴァルターは驚愕の表情で周囲を見回す。


「……見えたり見えなかったりするやつもいれると……十人くらいだ……」

「波長が合っているのがそれくらいなのね」


「話しが出来そうな人……霊はいる?」

「……わからない……誰もこちらを見てくれない……先ほどの子だけだ。俺を見ていたのは」

「……そう、あの子は特別だから……」


 ルディアはヴァルターの手を握り、家のそばで剣を握った戦士らしき犬人族の霊を触る。すると、突然、ヴァルターの視界が切り替わる。まるで別の世界に来たかのようだった。


 見覚えのある「聖騎士」の一団が聖従士たちをしたがえ、村人を襲い、見境なく殺して行く様が見える。犬人族の戦士はすでに両脚を切られ、動けずに地面から様子を見ているだけだった。魔法の壁……『聖域展開』の壁に阻まれ、逃げだす事の出来ない村人を一方的に……楽しむように惨殺していく聖従士たち。


 一人の「白銀の髪で赤目」の女性が前に進み出て何かを懇願した後、首をはねられる。意気揚々と跳ねた首を高々と掲げる聖騎士。凄まじい憤怒で染まる犬人族の怨念を感じ、意識が現実に戻ってくる。


「……こ、これは……」


「あなたも出来るはずだわ……」

「……そうか、そういう……酷い……なんて事を……」


 ヴァルターは何故彼女が怒り狂うのかを理解できた。彼女の持つ霊媒的な力で、過去にこの村で起こった惨劇、一方的な虐殺があったことを認識した。ルディアに握られた手が潰されるような力で握られ始め苦痛を感じ始める。


「ぐっ……」

「……あ! ごめんなさい……」


 彼女が見せてくれた映像にはヴァルターが知る『聖騎士』がいた。武装と紋章でわかるが、最低四人。その一人ひとりが、帝国の砦を単身で陥落させられるほどの手練れだ。それに騎士の配下である聖従士の姿も多数。

 聖従士カルバルの姿も見えた気がした……聖騎士の従士と言えども野盗の一団など一人でせん滅できるほどの強さだった。それほどの聖従士、過剰なまでの戦力をそろえるとは……彼らはどれほどこの村を警戒していたのだろうか。


「狙いはルディア……君だったのか?」

「わからないわ。あの聖従士は『白銀の魔女』と言っていた。魔女は……魔女はシルヴィエラ……シルヴィーだと思うの……でも、彼女は『魂魄の魔女』と呼ばれていたはず……」

「……何かを懇願して……首をはねられた人か……」


 ルディアの瞳が一瞬で紅色に染まっていく。


「ええ。でも、わからないの……彼女が最後に何を言っていたのか……やり取りを聞いていた霊がいれば……」

「……なるほど……シルヴィーの霊を探せばいいんじゃないのか?」

「いないのよ……なぜか……死んでいるはずなのに……」


 ヴァルターは試しに呆然と立ち尽くすカルバルに触ってみるが……何も起きないし、視線が合う事も無かった。ただ、彼の霊からは「絶望感と贖罪」の感情のみが伝わってきた。


「困ったわね……殺さなければ良かった……目の前が真っ白になって……」


 ヴァルターは聖従士カルバルが殺される瞬間、彼女から感じられていた、すさまじい威圧感と剝き出しの感情を思い出し身震いする。あの感情を制御できる方が凄い……とは思った。

 仇の一人である人間が目の前にいる。彼も同じ立場なら激情に駆られていただろう……そう思うには十分な情報だった。


「カルバルは聖人扱いされていた……とてもいい奴だったが……当事者だったとはな……」


 恩師でもある人間が虐殺に加担していたのはショックだった。恐らく家族や親族のために命令に従ったのは予想が出来た。彼の立場上、聖教王国アークレイアの後ろ暗さを知っていたので、彼の行動は事実を受け入れていた。


 ヴァルターの知らないところで何かが起きている。そう思えた。



§ § § § § §



― 復讐の誓いと旅立ち




「これを一人でか……」


 ヴァルターは旅の準備を終え、虐殺された村人たちの、大量に並んだ墓標の前に来ていた。予想以上の数に驚くが、一人で全部の墓を作ってしまった彼女の力と意志にも驚いていた。


(……聖騎士たちはなにをやったんだ……正しい教えとはこういうことか?)


 ヴァルターが過去の情報を整理し、聖教王国の人間に憤りを感じ始める。その間にもルディアの祈りが終わったようだった。それを見つめるヴァルターにはなじみのない「獣王国連合」のエルテナ教の祈りだった。彼の記憶の奥にある「聖なる力を使える少女」とは大分違うと思った。


(やはり違うな……祈りの言葉が違いすぎる。名前も……アルディだったな……)


「みんな、行ってくるわ。……必ず……仇は取るから」


 異様な光景だった。祈りをしている間にも村人の霊が彼女たちを遠巻きに囲んでいた。ヴァルターからみると、一部怒りが収まらない様に見える霊もいたが、殆どの村人の霊はルディアを哀れに思うような表情をしている気がした。


 ヴァルターは、いつの間にかそこに佇んでいる霊たちを見渡して呟く


「霊は自由に動けるわけじゃないんだな……いつの間にかそこにいる感じなのか……」


「そうね、命ある者のように動き回れる霊は……特別ね。ほとんどの霊はその場にとどまっているだけで、何も伝えてくれないわ……しばらくすると消えてしまうし」

「……そうか」


 ヴァルターは墓標の一つに「ルディア」と書かれた杭に気が付く。疑問に思っているとルディアが彼の視線に気が付き、淡々と言葉を継いだ。


「私の名前……私がこの世にいないと思わせた方が……やりやすいでしょう」


 ヴァルターが眉をひそめて聞き返した。


「やりやすいとは……」

「復讐よ……誰が殺しに来るかわからない方が成功率が高くなるでしょ?」

「……そうか……」


 ヴァルターは彼女の真剣さを改めて認識する。彼女の復讐心は止められない。そう感じさせられた。


 静止して動かないが、視線だけはルディアに向けてくる霊を後に彼女の家に戻る。用意されていた大型の背負子にまとまった荷物が二人分あった。彼はその大きさにぎょっとする。中身を確認すると、食料や毛布、生活用調理具、大量の書物……まるで引越しをするようだった。

 ルディアは旅にしては大げさな、彼女よりも大きな体積を持った荷物を小慣れた感じで軽々と背負う。屈強な大人でも背負えない様なものをだ。


 ヴァルターも指示された荷物を背負い、彼女の後に続く。根を上げる重量のはずなのに軽々と持っている自分が不思議だった。ただ、村の入り口ではなく、裏の方、山の方に向かっている感じに疑問を持つ。


「……向かう先は町じゃないのか?」

「ええ、武器を取りに行かないと。あと、武器の使い方、人間との戦い方を教えて頂戴。『聖従士』より強い『聖騎士』とやらが相手になるのでしょう? あなたの技量に『聖気解放』「聖域展開」を重ねられたら不味い事になりそうなのよね……」

「……まぁ……そうだな」


 ヴァルターは『聖騎士』が集団で、徒党を組んで襲ってこない限りは、先日見せた彼女の力を使えば十分通用する……とは思ったが、時間があれば彼女の復讐心が和らぎ、事を起こさない可能性を考えていた。ヴァルターは自身が人間ではなくなったと思ってはいたが、それでも知人、友人が彼女に殺されるのは忍びなかった。


(……俺の考え方は、心は変わっていないな……)


 ふと、彼は心までは魔族になっていないことに安堵を覚えていた。人間に対して敵愾心を持つと言う事も無いようだった。ルディアに対しても絶対に服従しないと駄目……という心になっている訳でもないようだった。


「ここから私たちの足で四半日のところよ。廃棄された砦があるの」

「そうか……」


 ヴァルターの目の先には「魔瘴気の森」と言われる山道が見えていた。大きさの割には重さを感じない荷物を持ちながら……若干うんざりしていると、ルディアが半ば駆け足で移動を開始して凄い速度で森の入り口に立ってた。


(あの荷物を背負って……走る……だと??)


「早く! 日が暮れちゃうわ! 夜は『魔瘴気の森』が面倒になるの!」

「わ、わかった」


 『魔瘴気の森』、瘴気の吹き溜まりから魔物、幽鬼、亡者、瘴気の化け物が無限に湧きだすと言われる曰くつきの森。

 進んで遭遇したくない魑魅魍魎が闊歩する世界……そんなところに行くのか……と思いつつも手慣れた感のあるルディアにある種の尊敬を抱く。ヴァルターは彼女の真似をして走ってみる。信じられないことに軽々と……重量がある荷物を背負うだけでも大変なのに……その上、走っても息切れする気配がなかった。


(はは……すごいな。これが魔族、ルディアの眷属の力か……)


 ヴァルターは森に入る瞬間に、ふと、小高い丘から村の方向を振り返る。なんとなくだが「人間」であった自分との別れに、若干の哀愁を感じていた。



§ § § § § §


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