1-3 望まぬ眷属契約
化け物の少女が呼吸を激しくしながらヴァルターの方に頭だけ向ける。彼の体をくまなく見た後、若干目の赤色が薄らいでいく感じだった。
「……あなたは……あの場にはいなかったわね。盾の紋章のお仲間なの? とても兵士には見えないわ? 傭兵かしら?」
「……仲間……ではないな」
「そう、色々と話してくれると嬉しいのだけれども。報酬は出せるわ?」
「……すまないな。依頼を受けただけで……何にも知らないんだ」
化け物の少女はヴァルターを一瞥したあと、何もないはずの隣の空間を凝視する。
「……この人はあなたの事を「坊ちゃん」と呼んでいた様だけれども?」
「くそっ……」
ヴァルターは後ずさりをしながら腰の後ろに差した、対魔獣用の切り札、鬼を殺すという猛毒を塗った「毒の短剣」の位置を確認し、留め具を外す。
彼はこれを一太刀でも浴びせ、かすり傷でも負わせれば逃げられる。そう思いたかった。……絶望的な状況だったが、わずかながらも生存が出来る可能性に賭けることにした。
「色々知っているみたいね……出来るなら盾の紋章の人たちの事を話してくれるといいんだけれども? 鷲獅子……甲羅を持った蛇……縞模様の長い牙のヒョウ……蛇の様な竜……孔雀の様な鳥……」
化け物の少女の問いは、聖教王国で有名な『聖騎士』の紋章を連想させた。
ヴァルターは何か逆転の手はないかと考えながら盾と小剣を構える。彼女の視線は彼の一挙一動を観察している様に見えた。
……隙はないと判断した。彼の全力の攻撃で相手の体勢を少しでも崩した瞬間に「毒の短剣」を人間の形をしている半身の腹……体のどこかに突き刺す……傷んだ彼の足でも逃げられる……彼の中で博打的な逃走のイメージが固まった。
「断る……」
「そう。残念ね」
化け物の少女はゆっくりとヴァルターに近づき戦鎚を振るう。ヴァルターは化け物の少女が片手で軽々と振り回す戦鎚を両手で盾を持ち受け流す。まともに受ければ即死する一撃を、ヴァルターは死に物狂いで受け流し続けた。
凄まじい威力だったが歴戦の戦士、日々魔獣を相手に戦ってきた経験を持ち、人間の中では上位の強さを持つ彼だからできた芸当だった。
攻撃を受け流す度に腕がしびれ、盾の形状が変わっていく。一撃毎に体勢が崩される。こらえ切れなくなり、腰から剣を引き抜き、けん制の攻撃をするがあっさりと化け物の少女は身をかわす。
「すごいわね……あなた普通の人間……よね」
「……お前と一緒にするな……」
「あなたは人間の中ではどれくらい強いの? 犬人族の戦士並かもしれないわね」
「……普通の強さ……かもな」
ヴァルターは咄嗟に噓をつく。彼女が人間を警戒して彼の知り合いに手を出さないようにするため……せめてもの抵抗だった。
守勢に回ると何もできない事を理解したヴァルターは、人生をかけた洗練された連撃を繰り広げる。化け物の少女は、すさまじい攻撃を寸前で見切ったかのように紙一重でかわし続ける。踏み込む毎に命を奪うはずの洗練された鋭利な一撃に少女は興味を示している感じだった。だが、幼年期にカルバルに手ほどきされた時と同じように圧倒的な力の差を感じさせられていた。
ヴァルターの連撃も次第に弱まり、息切れと共に攻撃の手を緩めてしまう。ただ、化け物の少女は隙だらけになった彼に攻撃をしてこなかった。彼の瞳をじっとみつめていた。
「ねぇ、あなた、私の仲間にならない?」
「……なっ??」
「私にあなたの国の知識と、武器を使った戦い方を教えて欲しいの。今の私を相手にここまでやれた「人」は見た事が無いわ」
「……冗談だろ?」
ヴァルターは予想をしない提案に目が泳いでいた。死の間際に立たされる彼の頭脳は一瞬にして頭の中で情報を整理する。
目の前の化け物の少女は力任せに武器を振るっているだけだった。それだけでもあの結果……彼女が自分の磨き上げた、人間の世界の武術を使う……そう考えただけでぞっとした。
彼女の人外の、規格外の身体能力を使えば、恐らく人間の猛者はおろか、騎士、聖従士、はたまたその上位の『聖騎士』の存在すら手玉にとり、一方的に惨殺できる気がした。
「冗談ではないわ……あなたの命は保証するわ?」
「……そうだな……魅力的な提案だ……」
化け物の少女はヴァルターの返答に怒りの表情が緩んだ気がした。その間にも彼は荒れた息を整え、全力で思考を張り巡らす。ただ、目の前の伝説の悪魔……『白銀の魔女』の仲間になる選択肢だけは無かった。
ドサッ! ガチャン……カラカラ……
ふと、ヴァルターの視線の先で壁にめり込んでいた兵士が崩れ落ちる音がする。化け物の少女は一瞬、そちらの方に視線を向ける。その「一瞬の隙」をヴァルターは見逃さなかった。
「うぉおおおお!!!」
ヴァルターは咆哮と共に体当たりをするかのように盾を構え剣を突いて相手の体のバランスを崩そうとする。
その間に盾を押し出すように放り投げ、相手の視線を隠し、死角から腰に差した「毒の短剣」を抜き放ち、一瞬にして脇腹を突き刺そうとする。
完全に不意をつき、当たった……そう思ったが、投げた盾と剣を弾き飛ばされた上に「毒の短剣」を持っていた腕を綺麗につかまれ、あり得ない方向に捩じ曲げられていた。突然走る激痛に耐えられず膝をつく。
「ぐあっ!!」
腕を折られた痛みに耐えながらも腰に差していた予備の剣を抜刀しそのまま相手の腹へと突き立てようとするが、今度は訳の分からない力で吹き飛ばされる。
地面を転がり体中に痛みが走る中、化け物の少女を見る。彼女は持っていた戦鎚を雑に振るっただけのようだった。
破壊された両腕の激痛に耐えながらも起き上がり逃げようとするが、今度は太ももに激痛が走り打ち倒される。気が付くと化け物の少女がすぐそばで奪った『毒の短剣』を手に見降ろすように立っていた。
「ぐっ…………殺せ……」
化け物の少女の凍てついたような目がヴァルターを刺す。歴戦の彼でもさすがに恐怖を感じ、身体の奥底から血が引いていく気がした。意志と反し体が震えだしていた。
(……ダメ……ィル……コロシテハ……コウカイ……)
「えっ? ……殺してはダメ? どうして?」
化け物の少女は突然顔の向きを変え、何かと話し始める。ヴァルターも視線の先を追うが何も見えなかった。しばらく化け物の少女は見えないナニカと会話しているようだった。
(…………イッショニ……ナカマ…………)
「わかったわ……あなたは殺さないわ……すべてを話してもらうわ」
「断る……」
ヴァルターは決意がこもった目で化け物の少女を睨みつける。視線を無視するかのように化け物の少女は優しく彼に微笑みかける。
「大丈夫よ。あなたには仲間になってもらうから」
「……何を言っているんだ??」
ヴァルターは会話がかみ合わない化け物の少女をまじまじと見る。先ほどまでは凍てつく殺気の籠った目だったが、今は「好奇心」に満ちた目で彼を見つめていることを察する。
彼はこれから拷問を受けると察して身震いをしていた。まともに動くのは片足だけ。左腕の関節は外されるか、折られており、右腕は完全に骨折、片足は腿で折られ激痛で全く動かない。吹き飛ばされたときに内臓を痛めたらしく体中が一気に痛みはじめる。
「えっと……切らないと……あれ? 手が変ね……あの時以来だわ……」
化け物の少女は、化け物の鱗に変化した手の裏表を確認すると持っていた「毒の短剣」を鱗と化した見た目の指先に切りつける。
「!!!」
一瞬ヴァルターは化け物の少女の行動を理解することが出来なかったが、不意に、突然訪れた幸運に一瞬喜ぶ。だが刹那に絶望へと変わる。切りつけた短剣が刃こぼれし、彼女には傷一つついていなかった。
(なん……だと……いくら毒の短剣でも突き刺さらなければ意味がない……どれほどの固さなんだ……)
「随分と切れない短剣なのね……新品みたいなのに……」
化け物の少女が「毒の短剣」を投げ捨てると、彼女は、自身の腰に差していた短剣を引き抜く。それはうっすらと光り輝いているかのように見えた。ヴァルターの目には高価な、実体を持たない幽世の住人や亡霊すら切れる「魔法の短剣」に見えた。
「痛っ!! やっぱり切れるじゃない!」
化け物の少女の指から血がどくどくと流れる。彼女は若干慌てながらも無造作にヴァルターの顔をわしづかみにし、口を無理やり開けさせる。
「がっ! なっ? なにを??」
「飲みなさい」
ヴァルターは無理やり開けられた口に傷ついた指を乱暴に突っ込まれる。
彼は理解した。これは御伽噺に出てくる魔族の儀式だと。必死に抵抗し血と指を吐き出そうとする。最後の抵抗とばかりに彼女の指に噛みつく。だが、その指には傷一つ付かず、抵抗はむなしいものとなった。
「おえっ!! ごふっ!! あががが!!」
「いいから飲みなさい! 暴れない! 噛んでも痛くないんですから!」
化け物の少女が信じられない、抵抗のできない力で顔を上向きにし、膝でヴァルターの体を完全に動けなくして、無理やり血を流し込む。歴戦の戦士であるヴァルターの目から涙がこぼれ始める。これで彼の人間としての生は終わり……だと。
熱い血が彼の喉元を通り始めると彼の体に変化が起きる。怪我をした箇所が激しく痛み、失ったはずの目から痛みが感じられ、体中が燃え上がるような熱さになっていく。
「ふが、ふがっ!!」
「……もういいのかしら……大丈夫よね?」
化け物の少女が手を離すと、ヴァルターが激しい痛みと熱さに転げまわる。頭をかきむしり、目を見開き充血する。あまりに激しく転げまわり木箱が破壊される。
ヴァルターの視界が赤く染まる。人間としての理性が、内側から食い破られていく。骨が軋み、再構築され、意識が闇へと墜ちていく中で、彼は自身の叫び声が獣の咆哮に変わっていくのを聞いた。
「ぐあぁあ!! うがぁああああ!!!!」
「え? どうしましょう……フィデラの時は……もう少し大人しかった気が……やっぱり血が多かったのかしら……」
化け物の少女がしばらく狂乱し転げまわるヴァルターを不安そうに見守る……しばらくするとヴァルターが動かなくなり体がビクビクと跳ね始める。
「……失敗……かしら?」
(……ダイジョウブ……イキテ……)
化け物の少女は泡を吹き、意識をなくしたヴァルターを軽々と持ち上げる。彼女の目には手足の傷が治りうまく行ったかの様に見えていた。
抱きかかえるヴァルターの髪は四分の一ほど月の光を吸い込んだかのような「白銀」に染まっていた。




