1-2 狩られる聖従士
― 白銀の魔女
目の前に存在する生物は、半身が怪物、半身が人間ともいえる異様な姿だった。「化け物の少女」はいきなり襲ってくることは無く、ただ静かに聖従士カルバルと、魔獣討伐者ヴァルターを凝視していた。
「『白銀の魔女』? 悪魔? 何を言っているの?」
少女は本気で理解していないようだった。聖従士カルバルが盾を構え、口元を見せないようにしながらヴァルターに小声でささやく。
「坊ちゃん……時間稼ぎを……」
「わかった」
「……ねぇ、答えなさい……」
少女の言葉の怒気が強くなっていく。少女の紅の瞳に熱が灯る。大気が震え、物理的な殺気が肌を刺した。ヴァルターは盾の裏で、意志とは裏腹に勝手に震える手を必死に抑え込んだ。
目の前の化け物は、仲間の兵士の一隊を簡単に全滅させた張本人……彼の過酷な人生でも経験した事の無いような威圧感を感じていた。
「……あ、ああ、あんたの髪の色が白銀だからな……」
「白銀? 私の髪の色は夜の底のような色だと思うのだけれども……違うのかしら?」
ヴァルターは得体のしれない化け物が思った以上に上品な言葉遣いだったため、少々戸惑う。だが、大量の返り血を浴びている服を見て、目の前の少女が「単独」であることを悟った。
化け物の少女は、色の変化していない宵闇の髪を触り、指でクルクルとまわす。ヴァルターはその仕草に、彼女が己の異変にすら気づいていないという狂気を感じ、背筋に冷たいものが走った。
カルバルは絶望を前に迷いを消し、覚悟を決めてヴァルターの前に立ちはだかる。
「逃げてください……」
「……あれを使うんだろ? 一太刀入れる……共に逃げるぞ」
「わかりました……」
ヴァルターは聖従士カルバルに「神から与えられた」という『奇跡の力』が収束していくのを感じる。剣を握り直し一気に距離を詰める準備をする。
「大地母神アリテリウスよ。我に大地母神の加護を、天に弓引く魔の者を撃ち滅ぼす御力を与え給え……『聖域展開』!!」
聖従士カルバルを中心に神の聖なる加護の領域が広がっていく。
ヴァルターは視認すると同時に化け物の少女に全力で接近し切りかかる。力量差のある化け物相手でも『聖域展開』を使えば魔獣や亡者、幽鬼の動きは鈍る。その神の奇跡の中では易々と彼の剣は相手を絶命させてきた。目の前の新たな化け物相手にも通用する……
そのはずだったが、目の前の化け物の少女は、何気なく、軽々と、まるで何事も無かったかのようにヴァルターの剣をかわす。
それと同時に持っていた両手剣を片手で、そこらに落ちている木の棒を振り回すかのように剣の腹でヴァルターを打ち払う。
ヴァルターは反射的に盾で受け止めるが、すさまじい打撃音と衝撃と共に家の壁まで吹き飛ばされてしまう。彼女が振りきった両手剣はぐにゃりと曲がっていた。
「がはっ!! ぐ、くそっ!! なんて力だっ!!」
「坊ちゃん!!」
化け物の少女は吹き飛んでいったヴァルターを気にすることなく『聖域展開』の、この世ならざる『奇跡の力』で創った壁に向かい、手でなぞるように触る。まるで何事も起きていなかったかのように普通に……
聖従士カルバルはその様子に驚きを隠せなかった。
「……な、なぜ、この領域で『魔の者』が普通に動け……壁に触れるのです?」
「魔物」が触れると弾かれて大やけどをするはずの『聖域展開』だったが、彼女の手には小さな電撃の様なものが走るだけだった。
「壁……『聖域展開』……『魔の者』を退ける魔術? そうか、それで『魔』が混じってる村のみんなは逃げることが出来ずに……あの勇猛なガルファングが人間にやられたのはこれのせいなの?」
聖従士カルバルがヴァルターのもとに駆け付ける。ヴァルターもよろめきながら起き上がり武器を構える。
「ヤバい事になってないか?? 全然効いてないぞ?」
「坊ちゃんは逃げてください! 足止めは私が」
「……足をやられた、長い距離は無理だ」
「……なんと……」
「最後の任務のはずだったんだがな……」
パリィーン!
突然ガラスが割れたかのような音が響き渡る。化け物の少女が手が手を触れていた所から放射状に『聖域展開』の『奇跡』の壁が割れて崩れ落ち霧散していく。
カルバルはあまりの非現実の光景に驚愕した。崩れ落ちて行く「聖なる」壁に呆然とする。
「バカな……神の『奇跡』を……」
「破壊……した? だと?」
化け物の少女の威圧感が増していく。まるで世界そのものが彼女の怒りに怯えるかのようだった。森のはるか遠くにいた鳥たちが一斉に羽ばたき逃げ出していく。
「そうか……逃げられなかったんだ……この力を使って……戦えない人を……子供までっ!!」
「おい! どういう事だっ?」
ヴァルターが化け物の少女の発言に動揺しながら、聖従士を見る。彼は苦虫をつぶした様な苦渋の表情を浮かべていた。
「私が戦っている間に逃げてください……」
『魔女狩り』の部外者であるヴァルターは、彼女の言葉と怒りで事情を察する。聖教王国の「聖騎士」の誰かがやらかしてくれていたことを。目の前の慈悲深い聖従士も当事者かもしれないことを……
「大地母神アリテリウスよ。我に大地母神の加護を、血に宿りし御力を解き放ち真の力を与え給え! 『聖気解放』!!」
聖従士の筋肉が膨れ上がり、まるで御伽噺の鬼にでもなったかのようだった。目に怪しい金色の光が宿る。彼の額には独特の象形文字のような模様が浮かび上がる。
「はぁあああっ!!!」
彼は背中に背負っていた重量のある戦鎚を構える。地面が割れたような踏み込み音がすると同時に、化け物の少女に向かって凄まじい速度で突撃する。聖気をまとった魔法の戦鎚がうなりを上げながら化け物の少女を叩き潰そうとする。
だが、化け物の少女は身を軽く、余裕をもってかわす。同時に折れ曲がった大剣を切り上げ終えていた。
聖従士の腕が戦鎚を持ったまま、鉄の鎧ごと切り落とされ宙に舞う。
化け物の少女は落ちてくる重量のある戦鎚を片手で軽々とキャッチし、そのまま高々と振り上げる。聖従士カルバルは驚愕に目を見開きながら自分の腕のあった場所を見つめる。
「……え?」
「カルバルっ!!!」
ヴァルターの絶叫が響きわたる。聖従士カルバルは混乱し、腕を切り落とされた激痛に耐えながらもよろけながら化け物の少女から距離を取る。
「……みんなの……無念を!! 死ねっ!!!」
「ぐっ! こんなところでっ!!」
聖従士は必死に盾を天へと掲げ、せめてもの致命を避ける防御をしようとする。だが、化け物の少女の、人外の怪力が籠った戦鎚の一撃で盾ごと地面にたたきつけられる。
ドゴンッ!!!
聖従士は盾だけでなく鎧ごと体が潰れ、地面に縫い付けられめり込んでいた。ただの鎧のガラクタがつぶされたように見えた。血だけが体であったものから大量に流れ落ちて行く。
「……マジか……」
ヴァルターは信じられなかった。彼の幼少期の武術の先生であるカルバルが……戦士としてのピークは過ぎていたが……それがあっさりと殺されるのが……




