1-1 狩られる調査隊
― 埋葬する少女
黄昏の静寂の中、湿った土を掘り起こす音が響く。
一人の少女がスコップを豪快に振り下ろしていた。周囲に乱立するのは、山刀で名前が刻まれた粗末な木の杭。すべてが真新しい墓標だった。
少女は鎮魂の詩を口ずさみながら遺体を淡々と埋葬していた。
『〜さらば友よ、愛しき同胞よ~次の夜明けまでしばしの安息を~』
少女は巨大な「毛皮の塊」を軽々と両手で抱え、掘った穴の底へと飛び降りる。
寝かせるかのように丁寧に横たえたのは獣人の骸だった。
「グルーディ……あなたの作ってくれた矢尻にはとても助けられたわ……安らかに……」
少女が優しく語りかける。彼女は再びスコップを手に取り、さまざまな種族の亡骸を淡々と、丁重に土へと還していく。
ふと、歌声が途絶える。
彼女の周りにただならぬ気配がまとわりつく。『この世のもの』ではない存在が騒ぎ出していた。
それは、ほのかに光り輝く幽世の住人たちの警告だった。
(……ィルディア……キケン……チカク……ニンゲンクル……)
「え? 人間? ……また来たのね」
ルディアと呼ばれた少女は、崖下へと視線を落とした。
彼女の愛していた、誰もいない里に、武装した一団が警戒しながら近づいてくる。
聖教王国の兵士だった。
馬上の男の板金鎧の紋章が、遠眼鏡のレンズに映し出された。
(あの紋章……似ている? もしかして……あいつらなの?)
一瞬にして、ルディアの全身から凍てつくような殺気が噴き出した。
遠眼鏡を腰のポーチにしまい、切り株の上にあった狩猟道具を身にまとう。
次の瞬間、彼女の姿は実体を持たぬ残像となり、森の深い闇へと溶けて消えた。
一瞬、少女の両目が夕日に照らされて悪魔の瞳のように深紅に輝いていた。
§ § § § § §
― 探索する兵士たち
板金鎧を着た騎兵を中心に、十五人ほどの兵士の一団が、山奥の道なき森を抜けた先にある村の入り口に差し掛かっていた。
「やっと着いた……」
「そりゃ~ここに村があるなんて知られないわけですねぇ……」
「魔獣が多すぎなんだよな。この辺りは」
肥満気味の兵士がぼやき、仲間たちが安堵の息を漏らす。だが、村を囲う分厚い木柵が目前に迫るにつれ、その空気は急速に冷え切っていった。木の扉は何かしらの強大な力によって粉砕されていた。
「静かすぎるな……」
「……人の気が無いですね」
「生活感は……なんかある……いや、「あった」か」
「……門の壊れ方がひどいですね、大型の魔獣が現れたみたいだ」
最後尾を歩く眼帯の男が、かつての櫓門をくぐる。破壊され、修復もされずに放置された門の先の住宅地には人の気配はおろか、魔獣や狼の存在すら皆無だった。
「聞いていた話と違うようだな……」
騎兵が何かを恐れて怯える軍馬をなだめる。
皮鎧の軽装歩兵が、民家の壁に飛び散った黒ずんだ血痕に気が付く。彼は跪き、土の地面がどす黒く変色している箇所を、足先で慎重に払った。
「聖従士様、血痕があるみたいです。一週間以上前に殺人……戦闘があった……と言う感じですかねぇ?」
「……ヴァルター殿。どう見ます?」
ヴァルターと呼ばれた隻眼の大男は、一団の中で唯一、軍人の規律とは無縁の空気を纏っていた。身にまとった大量の使い込まれた武具の数々が、彼が歴戦の「傭兵」か「戦士」であることを無言で語っていた。
ヴァルターが警戒をしながら、一番近い建物のドアを槍の石突きで押し開け、中を観察する。
「……かすかに死臭はするが……死体が無いな」
「獣が食べたにしては……奇麗すぎますな」
杖を抱えた女魔術師が、不安げに周囲を窺った。
「あの……死体どころか、命の波動すら全く感じられません。不自然なほど、何もかもが消えています……」
騎兵は落ち着かない愛馬から降り、女魔術師に指示を出す。
「魔術師殿……生命探知の魔術を」
「ええ、やってみます……」
彼女は瞳を閉じて古代語を紡ぎ魔術の詠唱を行う。何かを察知した彼女は目を開け、困惑した表情で騎兵の方を一瞥した後、不安そうに周囲をキョロキョロと見回す。
「聖従士様……人間はおろか、小動物の生命も感じられません……虫くらいですね……いるのは」
兵士たちが青ざめた表情を浮かべる。
「……悪霊の仕業か?」
「僧侶を連れてくればよかったですね……」
「ふん、あいつらが役に立つものか……」
「今回もしっかりと申請を「受理」してくれませんでしたからねぇ……」
聖従士は不満が溜まってきている部下たちを見てため息をつく。
「総員、状況を把握する!異変があれば即座に報告せよ。二人一組で動け!早く帰りたいだろう?」
「「はっ!!」」
兵士たちが散っていく中、ヴァルターだけがその場に残り、聖従士に歩み寄った。
「カルバル、そろそろ目的のものを教えてくれても良いんじゃないか?」
「……そうですね坊ちゃん……」
「坊ちゃんはやめろ……俺もいい年だ」
聖従士カルバルは声を潜め、ヴァルターの耳元で囁いた。
「……死体の確認ですよ。『魔女』の首から下。胴体だけを……」
ヴァルターの眉がぴくりと動き、聖従士カルバルの瞳を凝視する。
「……本気か……」
「ええ、頭だけじゃわからないって話になりまして……」
「気色の悪い話だな……腐っているだろうに……」
ヴァルターは先日行われた「魔女狩り」の話を知っていた。聖教王国アークレイアが国を揺るがす悪行をしたと主張している「白銀の魔女」の処刑をし首をはねた。その後、「魔女の首」が王城門にしばらく晒されていた……
屈強な戦士である彼も「魔女」と聞くと、現在の不可解な今の状態と否応なしに関連付けてしまっていた。
ヴァルターは不安に包まれる中、無人の廃屋となった家屋に入り調査を開始していた。
§ § § § § §
ー 静まり返った廃屋で……
二人組の兵士が、扉の脱落した廃屋へと足を踏み入れた。槍を構え、闇からいつ「化け物」が飛び出してきても大丈夫なように臨戦態勢を保っていた。
「死体探しなんて……匂いすらないけどなぁ……」
「え? なんだそれ? 死体を見つけに来たのか俺ら?」
「みたいだぞ。館で聖従士様がぼやいているのを小耳に挟んだんだ」
「それで、あのお偉い聖職者様方は来なかったのか。胸クソ悪い仕事だぜ」
軽口を叩きながらも、兵士の一人が不意に足を止めた。
「……なぁ、なんかいないか?」
「気のせいだろ? 脅かすなよ。……ってかおかしいぞこれ? 食事中に何かあった感じだな」
「ん? あーほんとだな」
視線の先には、テーブルに用意された食器の上には、かつて食事だったであろう「腐敗し黒ずんだ何か」が手付かずのまま放置され、スープの皿は干からびていた。
「ネズミに食い荒らされないのか……」
「やっぱり……なんかいるんだ。獲物を横取りさせないような、ヤバい何かが……」
恐怖に耐えかねた兵士がブツブツと呟く。
「霊……幽鬼か? ……悪霊……魔女の呪いか……」
「……ふ、不吉なことを言うんじゃない……」
不気味さに負け、先に廃屋を出た兵士が外の空気を大きく吸い込む。ふと、背後をついてきている同僚が不自然な足音を立てているのに気が付き、勢いよく振り返った。
「ん? どうし……うぉっ!」
目に温かい液体が飛び込み、反射的に顔を覆いながら飛び退いた。
「なんだこりゃ……おい、どうしたんだ? え?」
目にかかった液体を手で拭うと、グローブが赤黒く染まっていた。
一瞬、理解が追いつかなかったが、すぐに嗅ぎ慣れた「血の匂い」だと理解する。慌てて同僚を見ると、彼の首筋から血が飛び散って吹き出していた。
同僚だったものが、糸の切れた操り人形のようにその場に崩れ落ちた。
「……え? なにが??」
彼はしばし呆然としたものの、震える手で槍を構える。
ふと、影が横切ったかと思うと同時に首に熱さを感じた瞬間……体の自由が無くなり、自分の視界の下から赤い血しぶきがまき散らされるのを見た。
自分が同僚と同じ運命をたどったことを理解した瞬間、彼の意識は深淵へと刈り取られていった。
§ § § § § §
― 突然の絶望
夜のとばりが広がる中、聖従士の一行は野営の準備をしていた。
塀の外の「魔獣の森」での野営のリスクを考えると、壊れていても塀の内側である村の中の方が良いと理性では理解していた。
だが、誰もが異様な雰囲気に誰もがこの村から早く出たいと願っていた。
「誰かが死体を集めて持って行ったとしか考えられませんね」
「朝食時に何者かがこの村を襲い、かなりの人数を殺し、生き残った村人を使って運搬……ですかね?」
肥満気味の兵士が干し肉をかじりながらつぶやく。
「その割には「車輪の跡」が無いわけなんだけど……百人以上いるだろ? この規模だと」
「荷馬車は無理じゃないか? この村は」
女魔術師は頭の中で状況を整理していた。
「山道ですもんね、ここまで来るのに……馬の足跡が複数ありましたが……足りませんよね、どう考えても」
「大量の死体を抱えて行ったのか?」
「どうなってんですかねぇ……」
兵士たちの議論は空転し、次第に視線は聖従士カルバルへと集まる。
「カルバル様、調査ってどこまでやるんですか?」
「そうだな……目的の物……死体は無かった……村の周りを捜索後、街に戻るか……霊……それか幽鬼が漂っている感覚があるからな……」
何もない宙を見る聖従士カルバルの言葉に戦慄が走り、兵士たちがざわつく。
「……マジか……本当に死体探しだったのか……」
「幽鬼……聖従士様が言うなら……そうなんだろうな」
「おれら魔獣なら何とかできるんだけどなぁ」
「確かに。幽鬼は無理だな」
「あの高名な「魔獣討伐者」のヴァルター殿に任せるしかないですね」
今度は視線がヴァルターに注がれる。
「……残念ながら、実体化していない幽鬼は俺には斬れない。今回は銀の武器は持っていない……それに、魔法の武器は借りていない……」
「実体化した幽鬼……」
「災害レベルですよねそれ……」
「魔法の武器……カルバル様しかもってませんな……」
苦笑いに包まれる中、兵士の一人が同僚の不在に気が付く。
「あれ? ビックとエッジが戻ってきませんね……」
「また遊んでやがるのか、あいつら。自分が見てきます。確か西側にいってましたよね」
「俺も行こう。日が落ちる、急ぐぞ」
二人の兵士が薄暗くなった路地へと消えていく。残された者たちが村一番の屋敷に立て籠もり、夜を凌ぐ準備を始めたその時……
「……聞こえたか?」
カルバルとヴァルターが勢いよく立ち上がる。
「これは……」
「ああ。……断末魔だ」
ヴァルターの発言を聞くと同時に、一行は武器を片手に屋外に慌てて飛び出す。夕暮れに染まった空の下、虫の音すらしない静けさがあたりを包んでいた。緊張感に包まれる中、聖従士が女魔術師の肩に手を置く。
「探知を……」
女魔術師が意図を理解し、探知魔法を使おうとすると、風を切り裂く轟音と共に、彼女の体が吹き飛び真後ろの木の扉に張り付いたように縫い付けられる。
ガァアアン!
凄まじい音に周囲が唖然とする中、ヴァルターは何が起きたかを理解した。言葉を紡いでいた女魔術師の頭には「矢の羽根」が生え、血が噴き出していた。
「敵襲! 物陰に隠れろ!」
ヴァルターの一喝で、全員が慌てて建物の陰へと駆けだす。
「う、嘘だろっ!」
「死んだのかっ!?」
だが、混乱する彼らを嘲笑うように、空気を切り裂く轟音が二度続く。矢が鉄の兜を紙細工のように貫通し、さらに二人の兵士が地面に叩きつけられた。
「!?」
「何が起きている!?」
「強力な「弓矢」の攻撃だ! 魔法の矢かもしれん!」
ヴァルターは仲間が散り散りになっていることに危機感を抱いていた。早く「あり得ない威力の矢」の発射元を特定しなければ……そう思っている間にも「隠れた場所」から絶叫が聞こえる。
「ぐあっ! な、な、なん……」
「お、おいっ! ベック! 大丈夫……グハッ!」
叫び声と共に何かが倒れる音が響き渡る。何者かが奇襲をかけてきて一方的に殺戮されている。それだけは全員が理解していた。ただ、歴戦の猛者たちも相手の位置も人数も絞れず、混乱に拍車をかけていた。
「隊長! 弓を構えた女が屋根の上に! ぐあっ!」
ヴァルターの視線の先に盾を構えた兵士が映る。同時に凄まじい威力の矢が放たれ、兵士の足を射貫き体勢を崩した後に、盾を避けるように飛んできた二射目が頭蓋を貫通した。
相手の位置を捕捉しきれないままそこら中から悲鳴と、空気を引き裂く音と共に何かが倒れる音が聞こえてくる。中には建物の石壁を砕くかの様な音まで含まれていた。
ヴァルターが相手を捕捉しきれない中、隣で身を隠していた兵士の頭が撃ち抜かれる。
(何人だ?? 数人の手練れ? 気配がそこら中にある? 移動速度がおかしいのか? 気配を消せるのか?)
彼が迷っている間に、隠れていたはずの兵士の一人が建物の陰からフラフラと歩いてくる。
「ジャック!出るな!隠れていろ!」
ヴァルターがふらつく兵士に慌てて近づき、盾を構えながら仲間を守ろうと飛び出す。だが兵士の背中に矢が深々と突き刺さっているのを確認し、慌てて立ち止まる。
「ちっ!」
何かを感じ取ったヴァルターが「ヤバい」方向に鋼鉄の盾を構えると、盾を貫通した矢尻が構えている盾の内側に頭を出す。それと同時に体が軽く浮き上がって吹き飛ばされる。
(なんて威力!? 鉄を貫いただと!?)
ヴァルターが体勢を立て直しながらも迫撃が来ると予測し、矢を放ってきた方向を見る。
そこには弓を構えた少女が意外そうな顔をしてヴァルターを見ていた。服のすそが泥だらけの衣装をまといながらも、まるで森の精霊のような美しさと気品を感じるほどだった。
ヴァルターが戸惑いながらも彼女の矢筒に残弾が無いことを確認する。だが、目の前の少女が撃つにしてはあまりに強い矢の威力に、敵が彼女一人だけかの判断がつかなかった。
「坊ちゃん! 一旦引いてください!!」
聖従士カルバルが大楯を構えながらヴァルターを守るかのように少女に相対する。
少女が聖従士の構えた盾を見た後、つぶやきから、唸るような声音へと変化していく。
「……四本足の鷲……鷲獅子……その忌々しい紋章! あなたの顔には……貴様の顔には見覚えがあるっ!!」
少女が怒りの籠った言葉を吐きながら、足元に転がっている兵士の死体から両手持ちの剣を無造作に手に取る。少女が使うには重量があったが、片手で、まるで木の枝かのように軽々と持ち上げていた。
「……みんなを……仲間を……罪のない人たちまでっ! これ以上、死人を、この里を穢すなっ!」
突然目の前の少女の右半分の髪の色が白銀に包まれたかと思うと、片方の腕の筋肉が盛り上がり、皮膚が白い鱗の爬虫類のように変化していく。両目は赤く燃えるように輝き、獲物を捕捉する猛禽類のような目をしていた。
美しさと禍々しさが同居している生物に見えた。
半面はこの世の存在とは思えない美しい女性の姿を、半面は魔族、悪魔の様な風体をしていた。
(!! ……魔族……ってやつか? 人間なのか?)
ヴァルターが盾と剣を構えどうこの場を乗り切るか頭をフル回転させていた。気圧されたのか、失ったはずの片目が痛み始める。
一方、少女を注意深く警戒していた聖従士カルバルが、彼女の容姿の特徴に気が付くと同時に、目の前の生物から発せられる迫力と威圧感に後ずさりをする。
「あ、あの髪は……目は……伝説の……『白銀の魔女』!」
「カルバル! どういう事だっ?あれはっ!?」
聖従士カルバルの震える叫びを聞き、ヴァルターは理解した。
目の前にいるのは、かつて国中が畏怖した伝説の災厄、お伽話に出てくる悪魔『白銀の魔女』の見た目そのものだということを。
「……伝説の悪魔なのか?」
ヴァルターは悟った。自分たちが、逃れられぬ死の淵に立っていることを……




