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竜血の復讐姫 ~魔女に育てられた少女は「悪」を狩り、世界を浄化する  作者: 藤明
6話 困窮した町の臆病者たち

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6-1 討伐者組合初任務

§ § § § § 


― 困窮した町『トルクレイス』で……


 城壁に囲まれた寂れた町「トルクレイス」

 かつては強固だった外壁も、今や見る影もなく、所々の崩れた石積みが木の板で補修されている。本格的に修繕されたのは大分昔のように見えた。次に魔獣や亡者の群れが襲い掛かってくれば、ひとたまりもなく崩れ去り、町が呑み込まれてしまう……そんな破滅の予感を抱かせるほどの困窮した町だった。


 薄暗い町の集会場で、身なりは小奇麗に整えているものの、どこか活気のない大人たちが集まっていた。重苦しい沈黙を破り、一人の男が重い口を開く。


「幽鬼が出たそうだな……」


 この町の防備を任されている守人長が青い顔をしてそれに頷く。


「……狩りに出た守人たちが目撃したらしい。直ぐに逃げ帰ったとのことだ」


 その言葉に、片足が木製の義足の男、ガルードが、驚愕に目を見開いて声を荒げた。


「待て! それは本当なのか!? だとすると討伐者組合に違約金を取られる! 最悪何も討伐せずに帰るぞ!」

「そういうものなのか? 討伐者というのは、そんなに薄情なのか?!」


 詰め寄る立派な髭を生やした町長に、ガルードはあきれ果てた表情で答えた。


「俺を見ればわかるだろう……情に負ければ、負傷し、いやでも引退になる……」


 男達の視線がガルードの痛々しい義足に注がれる。

 彼はかつては村一番の戦士だった。腕利きの討伐者としても、それなりに名を馳せて、富と名誉を得ていたはずだった。しかし、ある任務で片足を失い、大量の荷物を載せた馬車と共に、失意のまま町に戻ってきた彼の言葉には反論できない重みがあった……


「……では、どうすればいいのだ? 隣町の討伐者組合への依頼も既に行っているはずだ。帰ってきてからまた登録し直しに行くのか?」

「往復で十日はかかるな。行き違いで派遣されたら……」


 経済状況を骨身にしみて感じている町長は胃付近をさすり始める。


「違約金か……交通が止まったこの状況で……金は生み出せんぞ……」


 さらに重苦しい空気がその場を包み込む。

 一人の町人が、窓から見える通りに掲げられた「鷲獅子」の旗を忌々しげに睨みつける。


「……税金が軽ければな……奴らは取っていくだけで治安を守ってくれない……」

「なぁ、今からでも「獣王国連合」の、牛人族たちに属するのはだめなのか?」


 町長は髭を手でいじりながらため息をつく。


「……そうだが、それを言っても始まらん……今の目の前の問題を解決せねば……」

「そうだな、町から出られるようにしなければ……」


 ガルードは自分の腰にある「討伐者」時代の剣を見る。大枚をはたいて購入した剣、それなりの価値になるはず……売れば幽鬼退治の報酬になるだろうか……そんなことを考えていると、話を苛立って聞いていた一人の若い女性が声を上げる。


「ちょっと待って! まだ外に出られないの? 守人たちを借りたかったんだけど!」


 町の薬師であるメルテが血相を変えて町長に直訴する。


「メルテ……しかしだな……この状況では……」

「町長もわかってるんでしょう? この町に病が蔓延してるって、叔母様が作る魔法薬の予備ももう尽きたわ! 材料が無いの!」


 詰め寄られた街の守人たちもお互い目を合わせた後、気まずそうにうつむいてしまう。そもそも彼らが「亡者」を易々と打ち倒すことが出来る実力を持っていれば、現在の悲惨な町の状況ではなかった。


「……俺の足が大丈夫ならな……移動は厳しい……狩人のザリュウドはどうした?」


 ガルードは周囲を見回すが、そこに狩人の犬人族の姿はなかった。メルテはもどかしそうに答える。


「いないのよ……ザリュウドはどこなの?」


 見かねた町議長が、誰も答えないのを見て、重い口調で代弁した。


「……隣町への使いを頼んでいるはずだ。数日は帰ってこない……買い出しも頼んである……もう少し待つかもしれん……」

「それじゃ間に合わないよ!! あたしは行くよ!!」


 薬師のメルテは煮え切らないこの町の男たちに見切りをつけ、彼らを睨みつけると、その場を勢いよく立ち去る。「ドン」と激しく扉が閉まる音が響く。


「……困ったな……」

「そうですねぇ……」


 人ごとのように呟き、残された男たちは、ただ顔を見合わせるだけで、誰一人として動こうとはしなかった。

 その光景を見つめながら、ガルードは遠い日の記憶を思い出していた。若かりし頃、不測の事態にただ縮こまり、一歩を踏み出す勇気を一切持たない町人に絶望したことを。それこそが、自分がこの町を飛び出したきっかけだったことを。


§ § § § §

― 討伐者組合「バルハワ支部」にて


 ヴァルターはボルロードから提示されていた依頼内容を精査していた。その表情には、どこか余裕の笑みさえ浮かんでいた。


「……亡者の群れの討伐……恐らく十から二十の群れ……幽鬼か魔獣の目撃情報……発生場所の調査……討伐できればなおよし……それと、討伐者の行方不明調査……まぁ、いいんじゃないか。丁度、回りやすい配置だな。さすがはボルロードだ」


 ヴァルターは広げられた地図と依頼内容を見比べ、自分たちの実力からすれば、若干荷が軽い依頼であることに安堵していた。


「だろう? ヴァルター、お前だけでも十分なはずだ。ただな……」

「ただ?」


 ヴァルターは言葉を濁したボルロードの視線の先を追う。

 喧噪の中から一人の男が歩み寄ってくる。背中に見事なリュートを背負い、薄紫銀の長髪をなびかせた色黒で長身の男だった。彼は周囲の女性に優しく挨拶を交わしながらこちらに近づいてくる。ヴァルターの視線に気が付くとにこやかに微笑みかけてきた。

 一瞬にしてヴァルターの表情が苦虫を嚙み潰したように歪む。


「……な? グウィンだと? どういうことだっ?」

「ああ、グウィンの討伐者補佐官の昇級試験も兼ねてな」

「ま、待て、どういうことだ? だから?」

「そりゃ、お前、ヴァルターだけで片付けたら問題だろう? そのお嬢ちゃんがしっかりと「討伐」出来るか、常識的な行動をして会話できるかを見張らないと駄目だろう? 第三者の目線で」


 ボルロードの意味深な視線を感じ、ヴァルターはわずかに動揺をみせた。


「俺は第三者のはずだが……」

「……ふっ……自分の女は第三者とは言わないぜ……身内って言うんだ」


 ボルロードは意地の悪い悪い笑みを浮かべる。ヴァルターは視線を思わず泳がせる。


「……手は出していない……」

「何故嘘をつく? 評判になっているぞ?」

「……あ」


 ヴァルターの脳裏に、酒場の女将たちの顔が浮かんだ。女将は口が堅い……はずだが、店員たちの殆どに見られていた……すべてを思い出し、己の軽率な行動だったと反省する。とはいえ、連日抱き枕代わりにされているので……今さら反論のしようがなかった。


「よろしいですか? お久しぶりですね、ヴァルター。魔獣の討伐依頼ですね」

「あ、ああ、元気そうだな」

「……そんなに露骨に嫌な顔をしないでください。私とあなたの仲じゃないですか?」


 ヴァルターは彼の戦闘技術と卓越した魔術の技術を認めていた。だが、遭遇する「女性」を片っ端から口説く……その「悪癖」に危機感を覚えていた。もし、ルディアの逆鱗に触れようものなら、目も当てられない結果になることは火を見るより明らかだった。


「……他に補佐官はいないのか? こう、なんというか安全な……」

「安全って……お前よ、普通はな、三件連続で討伐案件を片付けようなんてしないんだ。グウィンくらい腕が立たないと、お前の早さには付いていけないだろう」


 縋るような思いでヴァルターは受付の奥を覗き込むが、そこにいた補佐官達は一斉に綺麗に目をそらしていた。誰もが「無茶」をしがちなヴァルターに付き従うことを、全力で拒絶していた。

 

「ボルロード、お前はどうだ?」

「俺は忙しい。それに「無茶」に巻き込まれたくはない。もう俺も年だからなぁ……」


 ヴァルターが苦々しい顔で唸っていると、背後から足音が近づいてきた。ルディアが討伐者の認識タグを嬉しそうに手に持って近づいてくる。


「ありがとう、ヴァルター。見て。ピカピカしてるわ」

「お、おう……出来立て……だな」


 普段のクールさからは想像がつかない、たまに見せる少女らしい仕草にヴァルターは危機感を覚える。だが、注意する間もなくグウィンがルディアに歩み寄る。


「これはこれは美しいお嬢さん、あなたが噂の「宵闇の君」ですね。あ、失礼、私、グウィディオン・ヴィアッジオと申します。グウィンとお呼びください」

「え、ええ、これはご丁寧に……ルディア・シャドウハントよ」

「シャドウハント……」


 ルディアの口から出た姓に、ヴァルターは驚いて目を見張る。まさかそんな大層な家名を持つ血筋だったとは思いも寄らなかった。ボルロードがそんな彼に意外そうな視線を向ける。


「なんだ、ヴァルター? 家名付きだと知らずに付き合ってたのか?」

「あ、ああ、そんなところだ」


 ルディアは自分を取り囲む男たちの妙な表情に気が付き、不思議そうに順に追っていく。


「それで、どういう集まりなのかしら?」

「ああ、お嬢ちゃん、こいつ、グウィンが討伐者証の昇級試験官、まぁ、君の討伐者適性を一緒に行動して確認する立場の者だと思ってもらえればいい。良しとなれば商人の護衛任務に行ける」


「わかったわ。よろしくね、グウィン」

「こちらこそ、よろしくお願いします。ルディア嬢」


 グウィンがルディアの手を滑らかに取り、その甲に唇を寄せようとする……が、寸前でヴァルターの手が容赦なく跳ねのけた。

 ルディアはあまりに来やすく、不可解なグウィンの態度に困惑し、驚きで目が見開いていた。

 ヴァルターから放たれる殺気を感じたグウィンは、あっさりと両手を上げて降参のポーズをとる。



「おっとすみません。つい……」

「今のはなに?」

「……一応親愛の挨拶ってやつか? お前たち黒耳長族にはなかったはずだが?」

「それはそれは、人間世界での生活も長いもので……」

「私もすればいいの?」

「握手でいい、握手。こうだ」


 手本を示すようにヴァルターがかなり力を込めてグウィンの手を握る。みしりと骨が鳴るような痛みをこらえながらも、グウィンは貼り付けた微笑みを絶やさない。


「くっ……これはこれは、認めてもらえてうれしいです。ヴァルター」

「ちっ」


 どこまでも涼しい顔をしているグウィンに、ヴァルターは釈然としない敗北感を覚え、その手を振り払うようにはたく。


「なにもお前が出張らなくてもいいだろう?」

「私も、調査したい遺跡の情報が欲しいですからね。どうしても「三等・討伐幹事手形」を取得したいのですよ」

「……なるほど、それで補佐官昇級試験ということか……」


 グウィンが微笑みながらルディアを一瞥したあと、ヴァルターをまっすぐな視線で見る。


「大丈夫ですよ。あなたの大切な花には手を出しませんとも」

「当たり前だ」


 ルディアが、故郷の里では見たことも無いような、奇妙なやり取りに不安そうな表情を浮かべて二人を見比べる。


「仲が悪いの?」

「……いや」

「息がぴったりのいいコンビ……と言われていますよ」

「戦闘だけな……」


「あっ!」


 その時、近くを通った給仕の少女が酔っ払いにぶつかり、倒れそうなところに、グウィンがすかさず助けに入り華麗に助ける。傍目で見ても流れるような、無駄に洗練された動きだった。


「これはお嬢さん、大丈夫でしょうか?」

「は、はい、大丈夫です……」

「ふふ、美しいお嬢さん。今夜、一緒に食事でもどうですか?」

「い、いえ、夜はちょっと……」


 余りに鮮やかな変わり身と口説きの早さに、ルディアは驚きを通りこし、もはや理解が追い付いていない様子で首を傾けた。


「?」

「女たらしってやつだな……」

「あれが物語によくいる、「色好み」ってやつなのかしら?」

「……まぁ、そうだな」


 カウンターの向こうで、ボルロードが呆れながらも書類を整理しだす。


「そうだな。耳長族はそっちは疎いはずなんだがな……」

「変わりは本当にいないんだな?」


 ヴァルターの最後の悪あがきに、ボルロードが討伐者組合のカウンターの奥の事務室を指さす。


「中で説得してくるといい。好きに入っていいぞ?」


 ヴァルターが事務方を見ると、そこにいた事務員たちは、恐ろしい肉食獣から逃れるように、蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていった。あとに残されたのは、空いた席と食べかけのおやつだけだった。



§ § § § § 


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