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竜血の復讐姫 ~魔女に育てられた少女は「悪」を狩り、世界を浄化する  作者: 藤明
五話 商業都市の地下で蠢く闇

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5-8 奇跡の力を使う化物


 ヴァルターが双剣をきらめかせ、化け物と化した神殿長に肉薄する。怒り狂った神殿長は、剛腕を力任せに振り回して掴みかかろうとするが、ヴァルターは柳のように揺れて軽々とそれを躱した。避けた直後、お返しとばかりに斬撃の嵐をその巨体に叩き込む。


「ぬ、ぬぅううう!!」

「遅いぞ!! のろまめ! 痛みは感じないのか?」


 ヴァルターが囮となって注意を引いている間に、ルディアは魔法の弓を引き絞り、魔術の詠唱を開始した。大気が震え、彼女の周囲に魔力の光が収束していく。


「神域を侵す不遜なる存在よ。我が言霊は聖別の断罪、我が影は不可侵の境界……」


 ヴァルターはさらに挑発を重ね、奴隷たちが避難しやすいよう、化け物を正面入り口の方へと誘導していく。神殿長が振り回す腕が地面の石畳を粉砕し、太い柱を揺るがせ、木製の長椅子を木端微塵に吹き飛ばす。


「凄い力でも当たらなければ意味が無いな!」

「くそっ!! このっ!! なぜだっ!!」 

「その動きで俺を捉えられるのかっ?」

「何を!! この、ちょこまかとっ!!」


 翻弄される神殿長の背後で、ヴァルターの視線は魔力を溜めきったルディアの姿を捉えた。二人は視線だけで瞬時に意思を通わせる。ヴァルターが懐から取り出した薬瓶を床に叩きつけると、爆発的な煙が発生し、彼の姿を瞬時に隠した。


「なに!!? 煙ぃ?」


「光の鎖よ、闇の門を閉じ、其を根源より排除せよ。此処は汝の住まう地にあらず……」


 ルディアの唇から紡がれる言霊が、神殿の澱んだ空気を清冽な魔力で塗り替えていく。膨大な力を蓄えた魔法の弓が限界まで引き絞られた。

 煙に巻かれ、標的を見失っていた神殿長の視線が、そして逃げ惑う人々や僧侶たちの視線が、一斉に光の源流である彼女へと注がれる。


「『極光・破邪聖撃』!!」


 放たれたのは、もはや矢と呼ぶにはあまりに巨大な光の奔流だった。


 轟音と共に放たれた一撃は、まるで大砲の如き威力を以て空気を爆ぜさせ、抗う術を持たない神殿長の胸を正面から撃ち抜いた。眩い閃光が肥大化した神殿長の肉体を深々と貫通する。


「あへ……?」


 神殿長は、何が起きたのか理解できないといった様子で、間の抜けた声を漏らした。

 その巨躯は内側から崩壊を始め、漆黒の煙となって幽世の世界へと還り始める……。


 だが、異変はそこからだった。浄化され消えるはずの煙が、今までとは比較にならない密度で溢れ出し、神殿長の体から剥がれ落ち始める。地面に落ちた「化け物」の残滓は、意志を持つかのようにのたうち、おぞましい勢いで増殖していく。それは、かつて人間だった面影を微塵も残さぬ、大量の「幽鬼」のなりそこないだった。


「な、なんだこれはっ?」

「幽鬼?? これは一体?」


 ヴァルターが驚愕に目を見開き、ルディアもまた、溢れ出す負の感情の塊に顔を顰める。


 異形が分離していく中心から、本来の「神殿長」の姿が剥き出しになって転がり落ちた。下半身を失い、無残な上半身のみを晒した姿で石畳に這いつくばる。


「くそぅ……私が……王に……神になれるハズだった……のに……」


 魔力を供給していた魔核を貫かれ、神殿長の瞳から光が失われていく。


 命の灯火が消えると共に、その姿はみるみると縮み、生気を吸い尽くされたような痩せ細った老人へと変貌した。息絶えてようやく「元に戻る」という事実に、二人は戦慄を覚えずにはいられない。これほどまでの異形に変じ、これほどまでの幽鬼を孕んでいた理由は何なのか。


 未だ周囲を埋め尽くす不気味な「幽鬼」のなりそこないを前に、ルディアは近くで震えていた、比較的精神を保っている若い僧侶の胸倉を掴み上げた。


「これは……どうなっているの?」

「し、知りません!! 魂を救済する儀式を行うとしか!!」


 必死に首を振る僧侶の言葉に嘘はないようだった。


 脇腹を深く貫かれ、石床に縫い付けられていたナックモルが、溢れる血を滴らせながらよろけがちに立ち上がった。その顔は土気色を通り越し、死相さえ漂っている。彼は震える指先で、「幽鬼のなりそこない」を指差した。


「これは貧民街の住人達の成れの果てです……」


 その衝撃的な言葉に、ヴァルターが思わず聞き返す。


「どういうことだ?」

「私は……この神殿を調査していました……貧民街に住んでいた人を……集めていくことを……」


 その証言を聞いた瞬間、ルディアとヴァルターの脳裏には、数日前に出会ったあの赤狐族の青年の姿が浮かんでいた。醜悪な化け物へと変じ果てた、あの忌々しい光景を。


「……これが全部……」

「人間だったというのか……」


 ヴァルターの絞り出すような声が、冷え切った神殿内に虚しく響く……

 ナックモルは、残された力を振り絞り、傍らにいた二人の鼠人族の少年少女を縛っていた縄を、ナイフで切り裂いた。役目を果たした安堵からか、彼はそのまま激しく血を吐き、崩れるように倒れ込む。


「ナックおじさん!!」

「そんな! 大丈夫なのっ?」


 テッタたちが泣き叫び、彼に駆け寄る。


「あとはお願いします……救済者様……」


 ナックモルは死に際にありながら、どこか穏やかな、微笑むような表情でルディアを見上げた。


「……」


 ルディアは無言のまま彼の傍らに跪くと、腰に差したナイフを抜き、躊躇いなく自らの指先を切り裂いた。そして、溢れ出した鮮血を、死にゆくナックモルの口へと強引に押し込む。

 その苛烈とも言える救済の儀式に、ヴァルターは見えないところで頭を抱え、天を仰いだ。


「……舐めなさい」

「……ふっ……」

(あなたの事だから……魔法がかかるんでしょうね……)


 力なく笑ったナックモルの瞳が、彼女の血を啜った瞬間、鮮烈な紅へと染まった。

 彼は激しく身体を悶えさせ、苦悶の声を上げる。しかしそれと同時に、致命傷であったはずの脇腹の刺し傷が、魔法のような速度で塞がり、失われた肉が再生していく。


「おじさん!!」

「こ、これは……」

「傷が治ってる!!」


 死の淵から引き戻された奇跡に、子供たちが驚喜の声を上げた。

 少しだけ表情を和らげたルディアに対し、ヴァルターは周囲で蠢く異形の群れを警戒しながら問いかける。


「それで、この「幽鬼」もどきの山はどうするんだ? 魂が抜けてるのか?」

「……そうね……かすかに魂の力を感じるわ……」


 ルディアが憐憫の眼差しを、大量の山となった「幽鬼」のなりそこないに向ける。


「浄化するわね……いつもシルヴィがやっていたから……やり方はわかるわ……」


 彼女は自分に言い聞かせるように呟き、静かに立ち上がる。



「「聖域」の魔法を使うわ……初めてだから……失敗したらごめんなさいね……」


 ヴァルターがその言葉の真意を量りかねて呆然とする間にも、ルディアの周囲で魔力が渦を巻き始めた。それは聖教会の高位神官ですら容易には扱えぬ、最高位階の聖域魔法の始動だった。


 高まる魔力に呼応し、ルディアの姿が変貌を遂げていく。


 漆黒だった髪は眩い白銀に輝き、瞳は深く燃えるような紅に染まった。露出した肌の一部は白磁のような美しい鱗に覆われ、後頭部からは天を突く一対の角が突き出す。


 それは、人と竜の狭間に位置する、超越者の姿だった……


「……なんだと……」


 敵も味方もなく、その場にいた全員が息を呑む。


 だが、ヴァルターはその異形化した彼女に対して、恐怖を抱くことはなかった。周囲の者たちも同様だ。そこに在ったのは、ただ圧倒的な神々しさへの畏敬の念だけだった。


「彷徨える魂よ、猛り狂う魂よ、永き旅路の疲れを癒せ……慟哭の残響を断ち、無垢なる安寧をここに刻まん。魂は星へ、命は土へ。大いなる円環に再び還り給え。我が意志を礎に、現世を神域へと塗り替え給え……『聖域・星刻葬送』!!」」


 解き放たれた魔術は、神殿全体を白銀の光で包み込み、天窓を突き破って夜空へと巨大な光柱を打ち立てた。


「幽鬼のなりそこない」たちは、その光に触れた瞬間に浄化され、幽世の肉体は塵となって還り、魂を失った肉体はただの骸へと戻っていく。渦巻いていた怨嗟の声は、次第に小さく、柔らかな残響へと変わり、最後には朝霧のように消えていった。


 聖なる波動は神殿の壁を越え、周囲の街並みへと広がり、大気を蝕んでいた汚れのすべてを洗い流していく。

 

 ヴァルターは目の前で繰り広げられた奇跡の光景に、言葉を失い立ち尽くしていた。

 

 やがて光が収まると、元の姿に戻ったルディアがヴァルターに向けて力なく微笑む。そして、糸が切れた人形のようにふらりと倒れこんだ。ヴァルターは反射的に駆け寄り、その身体を抱きかかえる。腕の中で、彼女は安心しきったように穏やかな寝息を立て始めていた。


(今のは……一体、何が起きたんだ?)


 ヴァルターが我に返って周囲を見渡すと、解放された獣人たちや、下級の神官たちが、畏怖と感謝の入り混じった表情で跪き、恭しく彼女を崇めていた。


「……お前たちも早く逃げろ。ここに残れば、すべての罪を被せられて犯人に仕立て上げられるぞ!」


 ヴァルターはルディアを抱え直すと、もはや長居は無用とばかりに神殿を駆け抜け、夜の帳の中へと一瞬にして姿を消した。




「……救済者様……本当にいたのね」

「本当に……ジーク殿の言っていた娘は……あの人なのでしょうか?」


鼠人族のラディックが異変に気が付き注意を促す。


「ねぇ! 外で人が騒いでるよ! 逃げないと!」


 鼠人族のラディックが、遠くから聞こえてくる騒乱の気配に気づき、仲間に注意を促す。


「ねぇ、外で人が騒いでるよ! 逃げないと!」


 その一言で、その場にいた者たちの多くが我に返った。己の置かれた状況を理解した生き残りたちは、互いに肩を貸し、助け合いながら、足早に神殿から逃げ去っていった。


 後に残された神官たちは、ただ茫然としながら、目の前にうず高く積まれた「大量の死体」を見つめ、これからの破滅を予感して困惑するしかなかった。



§ § § § § §



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