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竜血の復讐姫 ~魔女に育てられた少女は「悪」を狩り、世界を浄化する  作者: 藤明
五話 商業都市の地下で蠢く闇

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5-6 ルディアの決意

§ § § § § §


― 神殿の本殿……


 一方そのころ、ルディアとヴァルターは亡霊の導きに従い、音もなく移動を続けていた。そびえ立つ本殿の壁を伝い、屋上の窓から中の様子を覗き見ていた。そこから中を覗き見た二人は、眼下に広がる異様な光景に息を呑み、言葉を失った。

 広い礼拝堂の中心、教会の祈りの場所に巨大な魔法陣が描かれ、それを囲むように奴隷の檻が並べられ、中心には磔にされた奴隷が供物のように捧げられていた。


「……何が起きているの?」


 震える声を絞り出したのはルディアだった。隣に潜むヴァルターは、忌々しい表情で答える。


「……わからん……宗教施設は祭りの時しか入らんからな……邪教の儀式のようだが……魔術の心得がある君の方がわかるだろう?」


 ルディアは苦々しい表情を浮かべ、食い入るように魔法陣を凝視した。刻まれた術式を読み解き、その意味を脳内で構築していく。だが、理解が進むにつれ、彼女の顔はよりいっそう歪んでいった。


「……どう見ても……生贄を……生命を捧げる魔法陣に見えるわね……」

「それだと、どうなるんだ? もしかして、あそこにいる奴隷を全部……ってことか?」

「ええ。複雑な魔術式だわ……私がもう少し解読できれば、彼らが何を目論んでいるのかまで判別できるのだけれど……」


 迷いをにじませるルディアを、ヴァルターは意外そうな目で見つめた。彼の「幽世を見通す目」左目からみても、怨霊がつき纏っている僧兵や神殿長……誰が「悪」かは一目瞭然だった。


「あいつらは殺さないのか?」


 ヴァルターの問いに、ルディアは葛藤を隠せないまま視線を伏せる。



「……復讐対象ではないわね……」

「そうか。飛び出して、彼らを助けるのかと思っていた」


 その時、眼下で動きがあった。神殿長を筆頭に、神官たちが集まり祈祷を開始する。呼応するかのように魔法陣に不気味な魔力が流れ始めた。 

 術式の起動に伴い、生命力を吸い上げられようとする奴隷たちが、苦痛に顔を歪め、呻き声を上げ始めた。


 それを見た瞬間、ルディアは立ち上がり、瞳を紅に染め、今にも飛び込もうとしていた。居ても立っても居られない様子の彼女を、ヴァルターの冷静な声が引き止めた。


「この案件は君の復讐とは関係ないと思うが……それでも助けるのか?」


 虚を突かれたように、ルディアの動きが止まる。


「……え? ……関係ない?」

「そうだ。ルディア、君も最初は理解していたはずだ。あそこにいるのは君の里を襲った連中ではない。鷲獅子卿はおろか、聖騎士とも無関係である可能性が高い」


 ヴァルターの言葉は正論だった。ルディアは自分に言い聞かせるように、震える唇で言葉を繰り返す。


「あれは……関係が無い……そう、私が助ける必要は……」


 自分を律するように視線を落とした、その時だった。


 天に縋るように顔を上げた鼠人族の奴隷の少女と、ふと目が合った気がした。

 絶望の淵で、届かぬ救いを求める少女の瞳……その眼差しが、ルディアの奥底に眠る記憶を鮮烈に呼び起こした。


§ § § § § §


ー 5年前……


 その時……ルディアは自分の頭上を通り越して「何か」を見つめる、猫人族の少女と目が合ったような気がした。少女の瞳に宿っていたのは、言葉にできないほどの絶望だった。


 シルヴィとジークに連れられたルディアはまだ幼さが残り、ようやく自立心が芽生えたくらいの多感な年頃に見えた。彼らが今立っているのは、平穏を絵に描いたような猫人族たちの村のはずだった。


 だが、猫人族の村は恐怖に包まれ、丘の上に見える瘴気溜まりから出現した大型の亡者に恐れおののいていた。村人たちは逃げ惑い、誰かが叫ぶ助けを求める声が、乾いた風に乗って響き渡る。


 ルディアもまた、初めて目の当たりにする本物の亡者の群れに身体を震わせ、縋るようにシルヴィの裾を強く引っ張った。


「どうしたの? 逃げないの?」


 震える声で問いかけるルディアに対し、シルヴィは視線を逸らさず静かに答えた。


「……大丈夫だって。私たちがいるんだから」

「そうだな」


 ジークも短く同意するが、ルディアの恐怖は拭えない。地平線から湧き出るように出てくる亡者の群れを見て、金縛りにあったように足を止め、顔を蒼白にさせた。


「ねぇ! あんな大勢に来られたら……この村の人も、みんな死んじゃうわ……」

「ここで逃げたら、あの人たち、全員殺されちゃうだろうね……」


 シルヴィは冷徹な事実を口にする。それに対し、ルディアは必死に訴えかけた。


「でも、シルヴィもジークも、私も大丈夫、逃げれば大丈夫だよ!」


 愛する二人を失いたくないという一心だった。ジークはそんな彼女の不安を透かし見るように、大きな手でルディアの頭を優しく撫で、隣のシルヴィへと視線を投げた。ジークがルディアの頭をやさしくなでながらシルヴィを見つめる。


「そうだな。その選択もなくはないが……」


 シルヴィは、自分に向けられた視線に気づく様子もなく、ただ前方の群れを凝視し続けている。その背中には、確固たる意志が宿っていた。


「私たちには力がある。力がない人を助けられるんだったら……力を使えばいいだろ?」


 その言葉を聞き、ルディアは目を見開いた。


「え? でも人前で「力」は使うなって……」

「ああ、今が使う時だな」


 迷いのないジークの返答に重ねるように、シルヴィが薄く微笑む。


「そうよ。そこにいなさい、あなたにはまだ見せたこと無かったものね……」


 猫人族たちは神に祈るようにシルヴィとジークへ助けを懇願していた。絶望に染まった無数の瞳が、異邦人の「英雄」二人に注がれる。


「助けを待つ人がいるんだったら……いざとなったら力を使うもんだよ」

「そうね。私たちはそのためにここにいるんだから」


 二人の覚悟が決まった瞬間、大気が震えた。


 ジークの全身から、肌を刺すような、圧力を伴うほどの強大な魔力が噴き出し、その姿を荒ぶる鬼神のごとき威容へと変貌させていく



 同時にシルヴィが魔術の詠唱を始める。猫人族が見守る中、凄まじい数の魔法陣が空に展開される彼女の頭上を埋め尽くすように、緻密で複雑な魔法陣が幾重にも展開されていく


 次の瞬間、眩い光と共に、凄まじい数の「爆裂」の魔法の矢が亡者の大群に放たれた。

§ § § § § §


 重く閉ざされていたルディアの瞼が静かに押し上げられた。その瞳は濁りのない真紅に染まっていた。


「……母さんは……シルヴィだったら……助ける」


 その声には、迷いを断ち切った決意が宿っていた。傍らに立つヴァルターは、彼女の変貌を目の当たりにしながらも、努めて冷静に現状の分析を口にした。


「事がうまく行っても、お尋ね者になるかもしれない……聖教王国の町に入りにくくなるかもしれない。それでもいいのか?」


 最悪の事態を想定した彼の問いは、現実を突き付けていた。しかし、ルディアの意志が揺らぐことはなかった。



「……ええ、私の尊敬する人は……望まないわ。目の前の助けられる人を助けないなんて」


 ルディアは真っ直ぐにヴァルターを見つめる。彼は一瞬だけ視線を合わせた後、短く息を吐いて眼下のターゲットへと意識を切り替えた。


「わかった。どこから攻める?」

「……怨霊のまとわりつく、あの太った僧侶ね」


 彼女が指し示した先には、禍々しいオーラを纏い、祈りを捧げる男の姿があった。


「承知……」


 迷いのないその返答に、ルディアは微かに意外そうな表情を浮かべる。


「……反対しないのね」

「ああ、予想していたからな……」


 ヴァルターの淡々とした、それでいて信頼の滲む言葉に、ルディアの唇がわずかに綻んだ。


「……そう……ありがとう」


 ヴァルターはニヤリと笑う。


 二人は同時に踊り場を駆けだし、魔法の儀式をする僧侶を目掛け飛び降り、重力に従って加速していった。


§ § § § § §


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