5-3 討伐者組合で
― 討伐者組合「バルハワ支部」にて
ヴァルターはルディアを伴い、重厚な石造りの建築物である「討伐者組合」の一階入り口をくぐった。跳ね開けた両開きの扉の向こうには、別世界が広がっていた。酒杯を掲げる荒くれ者、鋭い眼光を放つ熟練の戦士、古びた杖を傍らに置く若い魔術師……多種多様な種族の猛者たちが、今日の戦果や明日への希望を肴に、怒鳴りあいともいえる会話で盛り上がっていた。
二人がカウンターへ近づくにつれ、その喧騒に異変が生じた。深く被ったフードが顔を隠していても、鍛え抜かれ、生まれ変わったと言っていいヴァルターの気配は、化物との戦闘を生き抜く者たちを刺激した。驚きと動揺がさざ波のように広がり、数瞬のうちにフロア全体が奇妙な静寂に包まれていった。
「ヴァルター?」
「……馬鹿な、生きていたのか?」
「マジかよ。カルバル様と一緒に死んだって話じゃ?」
「珍しいな、連れがいるなんて……」
討伐者たちが噂をする中、ヴァルターは堂々とした足取りで受付へと向かう。そこにいたのは最近配属されたばかりと思しき若い女性で、注目の的の彼を不審者を見るような、警戒心に満ちた目で見上げていた。
「ヴァルターだ。戻った」
「ヴァルター様ですね。認識タグを……ん? 白金等級!? ……死亡、行方不明……と出ていますが……少々お待ちください……」
受付嬢はヴァルターに一礼をすると、スカートを翻して二階へと駆け上がっていった。さすがにただ事ではないことを感じ取っていた様だった。
「変なそぶりだったわね」
「新人さんだな。俺の事を知らなかった」
ヴァルターが苦笑いを浮かべると、厨房に続く通路から料理人やウェイターたちが顔を出した。彼らはヴァルターの姿を認めると、信じられないものを見たという顔をしながらも、親愛の情を込めて大きく手を振る。彼はいつものように、気さくに片手を上げてそれに応えていた。やがて二階が慌ただしくなり、壮年の白髪交じりの髭を蓄えた、岩のような体格の男性が階段を駆け下りてきた。彼はフードの奥にあるヴァルターの瞳を確認するや否や、力強く両腕を広げて近づいてくる。
「ヴァルター! 本物か! 幽鬼ではないなっ!?」
「ああ、本物だ。ボルロード、久しいな」
「……雰囲気が変わったな。全身の装備も新調したのか……?」
「ああ、全滅したからな……」
「……やはりそうだったのか。その髪、幽鬼にやられたのか?」
「……そんなところだ」
ボルロードの顔から満面の笑みが消え、厳しい、真剣なまなざしへと変わった。彼のような熟練者には、ヴァルターが纏う空気の違いが、ただ事ではない事件に巻き込まれたように見えていた。
「……ここで話の続きはまずいな……上へ……」
「連れがいるのだが……」
「珍しいな、女性か……しばらくここで待っていてくれ。内密な話になるだろ?」
「あ、ああ……ルディア、しばらく大人しく待っていてくれ……すまん! これで彼女のご飯を頼む! 変な虫が付かないようにしてくれ!」
ヴァルターが大銀貨をウェイターに向けて放る。空中を舞う大銀貨を華麗にキャッチしたウェイターは、満面の笑みを浮かべ、了解を告げるハンドサインを返した。
ルディアはウェイターに案内され、目立たないが外が見える窓の近くのテーブルに案内される。そこからは街の喧騒が見えた。ウェイターがメニューを持って注文を取ろうとするが、提示された文字と料理の内容は、ルディアにとってこれまで見たこともない異質な形式だった。
「ど、どうすれば……お酒はいらないわ……水があればいいわ」
「承知しました。お食事はどうしましょう?」
「そうね、軽いモノ、肉があれば良いわ……」
「軽いモノ……軽いもので肉ですか? 承知しました。最適なものをお持ちします」
ウェイターは手慣れた様子で、いかにも「世間知らずのお嬢様」に対するような柔らかな対応を見せた。
しばらくして、テーブルには洗練された盛り付けの料理が運ばれてきた。都会らしい華やかな彩りに驚きつつ、ルディアは恐る恐るフォークを伸ばす。彼女がその未知の味に没頭し始めた頃、組合の重い扉を蹴破るようにして、体格の良い戦士の二人組が入ってきた。
彼らは既に昼から酒場を梯子していたようで、顔を赤く染めて出来上がっていた。品定めするように空席を探していた彼らの目に、独りで座るルディアの背中が留まる。彼らは彼女を格好の獲物……迷い込んだ新人と決めつけ、下心丸出しの笑みを浮かべて近づいていった。
周囲の討伐者たちがトラブルの予感に身を硬くする中、男たちは空気を読まずにルディアに話しかける。
「おい、姉ちゃん、新人か?」
「……ええ、そうね。ここは初めてね」
ルディアは男たちを一瞥したものの、皿の上の精緻な盛り付けと複雑な味付けを解析することに執心しており、彼らの存在をほとんど意に介していなかった。
「おい、こんな部屋で陰気にフードなんでかぶってんなよ」
「流儀ってもんがあんだよ、りゅうぎってもんが。な?」
「あ……」
乱暴な手が伸び、ルディアのフードが引き剥がされた。その瞬間、隠されていた美貌が酒場の中にさらけ出され、室内の空気が一変した。
居合わせた全員が息を呑むほどの美しさ。月の光を宿したような肌と、どこかこの世ならぬ妖艶な雰囲気を纏った彼女の姿に、酒場全体がざわめき始める。
「こ、こりゃ……」
「上玉だ……」
戦士たちは色めき立ち、ルディアの肩へと気安く手を回した。一瞬、彼女の肩がびくりと震え、拒絶の反応を示す。だが、彼女の脳裏に先ほどのヴァルターの言葉がよぎった。……「殺すのは無しだ」……その言葉が枷となり、衝動的な、いつもの「即座の反撃」を踏みとどまっていた。
「丁度いい、俺たちさぁ、報奨金貰ったばっかりだから! 金持ちなんだ! おごってやるぞ!」
「……酒臭いわ……」
「いいじゃねぇか、酌をするだけでただ飯、ただ酒だぜ!」
「夜の方もお酌してもらえると、もっとありがたいんだがなぁ!」
「お相手してもらえればもっといいけどな!」
戦士らしい豪快な笑い声が酒場に響く。だが、対照的にルディアは抑えていた殺気が溢れ出していた。感覚の鋭い魔術師や獣人たちは寒気を感じ始め、異様な空気に戸惑い始めていた。
「……大人しくしていろと言われたのだけれども?」
「ん? 誰にだ?」
「ヴァルターね」
ルディアが射抜くような凍てつく視線を男に注ぐが、酔いの回った戦士はそれに気づかない。
「……ヴァルター?」
「あの野郎、生きてたのか? あんた、あいつの連れなのか?」
ルディアが肩に回された手を払いのける。
「痛い目にあいたくなかったら手を離しなさい……」
戦士の二人組は顔を見合わせると、腹を抱えて大笑いした。彼女の警告を弱者の虚勢と断じ、嘲笑いながら再びその手を肩へ回す。
「警告したわよ?」
さらに高笑いを上げる戦士。それを見た周囲のギャラリーからも、身の程知らずな啖呵を切る美貌の女性を冷やかすような、野次と笑いが漏れる。
「……とりあえず、その手を……離しなさいっ!」
ルディアが「ヴァルター式護身術」を使い、手を返して地面に這いつくばらせる予定……だったが、力加減を完全に間違えた。巨漢の犬族の戦士やヴァルターを吹き飛ばすほどの、余りにも過度な力を加えたため、酔っぱらった戦士が吹き飛んで転がり隣のテーブルを巻き込んで壁にぶち当たり、テーブルが真っ二つに割れ、激しい破壊音が酒場内に響き渡る。
「……あ……」
はやし立てていたギャラリーと相方の戦士、そして酒場全体が静まり返る。その場にいたものが目を見開き、何が起きたかをすぐに理解することは出来なかったようだった。
「……生きているわよね?」
ルディアは困惑したように呟いた。
屈強な獣人の相手をすることが多かったので、同じように払いのけ、相手が軽く宙を一回転するくらいの力を込めたつもりだった。まさか、人間という種族がこれほどまで弱く、脆いものだとは、彼女の計算には入っていなかった。
呆然としていた討伐者たちだったが、一瞬の沈黙の後、目の前の女性が「とてつもない技」を見せたと理解するや、一斉に沸き立った。
「す、すげぇ! 今の動き見えたか!?」
「ヴァルターの弟子かよ!」
「竜殺しの連れも強いのかよ!?」
畏怖と興奮が混ざり合い、酒場は一気に熱狂に包まれていく。
「何事だっ!?」
階下の異常な騒動を聞きつけ、ギルドマスターのボルロードとヴァルターが階段を駆け下りてきた。惨状を呆然と見ていた戦士の相方が我に返り、逆恨みの怒りに任せてヴァルターに突っかかっていく。
「おい! ヴァルター! この女、どうしてくれんだ!!」
「……死にたくなかったら、今すぐ修理代を置いてここを出ろ……」
「あ……わ、わかった……」
酔っぱらった戦士の相方は、ヴァルターから発せられる異様な雰囲気にあてられて息をのむ。
ヴァルターは内心、本気で焦っていた。彼女が本気で怒り狂ったら、この酒場にいる討伐者たちは皆殺しにされてしまう。悪意が無ければ殺すことは無いと思っていたが、彼女が少しでも「力加減」を間違えれば簡単にあの世行きなのだということを、目の前で伸びている戦士を見れば一目瞭然だった。
ヴァルターと仲の良い酒場の討伐者仲間たちが空気を読んで二人を外に排除する。もちろん、彼らの財布からきっちりと修理代を引き抜くことも忘れずに。
「……いきなりかよ」
「あ、あら? 約束通り殺していないわよ? ちょっと力加減を間違えただけで。ほら、血も出ていないし……」
あっけらかんと、さも当然のように言い放つルディア。そのあまりの常識の乖離に、酒場全体が静かにドン引きした。
事の顛末を見守っていたボルロードも、状況を完全には呑み込めていなかったが、この美しい女性が「人智を超えた何か」であることだけは経験から理解したようだった。
「まぁ、なんだ……。お互い、無事なようで何よりだ」
ヴァルターは深く溜息をついた。この街で心穏やかに過ごせる日が来るのは、まだ当分先のことになりそうだと、彼は半ば諦めていた。
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