4-8 生贄の正体
二人がレッスンの様な戦いを見せる中、ルディアは「大狐牙鬼」となった「幽鬼」のもとで魔術による浄化を試み、足元にあった魔法陣を書き換えていた。その様子を傍らで見ていた魔術師が思わず質問をする。
「ど、どうするつもりですか?」
「どうって……浄化するのよ」
魔術師が疑念の視線を送る中、浄化の祝詞を唱え浄化魔術を発動させる。
「穢れを喰らう不浄なる影よ、我が言霊を楔とし、未練の鎖を解き放て。導きの光よ、この魂を家路へと誘い星の巡りへ還らんことを……不浄魂廻帰!」
「……知らない魔法……失われた魔術?……すごい……」
魔術師は未知の魔法を見て興奮の色を隠せなかった。
ルディアの魔術が発動をすると、みるみると「大狐牙鬼」の体が幽世の世界へと解けて還っていく。残されたのは一人の赤狐族の青年だった。既に魂の核は崩壊しており、命の灯は消えていた。だが、ルディアはその変わり果てた顔を、はっきりと覚えていた。
「……え? キュリアス?」
彼女の脳裏に、隠れ里の穏やかな記憶が蘇る。キュリアスはよく旅商の隊商に同行していた。年齢が彼女と近いため、世間話をしたものだった。屈託のない笑顔でお金をためて嫁をもらって幸せに生きる……そう聞かされていた……彼の視線の先には彼女の友人、ミュカの姿があった……
一方、ミザールは連撃を完全に捌ききられ、手も足も出ない状態なのを悟り始めていた。
「はぁ、はぁ……中々……やるではないか……貴様、本当に人の身なのか?」
「そう思いたい……」
二人は息を切らし、互いに間合いを取った瞬間、周囲の魔力濃度が跳ね上がった。
「えっ?」
「なっ、何だこの力はっ!!」
振り向いたミザールの胸から鋭い刃が突き出ていた。半身を竜のような鱗に変化させたルディアが剣を持ち彼の後ろに立っていた。瞳は紅に染まり、髪が半分以上白銀になり、月の光に照らされて輝いていた。
「がはっ……!?」
「『聖気解放』を使っても十分に剣は通るのね……」
ミザールは胸を貫かれても反撃をしようとするが、剣をふろうと伸ばした腕をルディアの神速の剣がそれを一瞬で両断した。
「ぐあっ!!! ば、化け物め……」
「あなた、とても聖なる物には見えないわね……」
「くっ!! 紅の瞳!! 伝説の悪魔?? 「白銀の魔女」かっ!?」
「またそれなの? あなたも、御伽噺に出てくる「猿の悪魔」に近しいものに見えるのだけれども……」
ミザールは両断された手を拾い、自分の腕にくっつけようとする。両断された面同士が伸び始め、生き物のように癒着していく。だが、その治りは遅かった。ルディアの接近に彼はジリジリと後ずさりをしていく。
「くそっ! 来るなっ!」
「……化け物はどちらなのかしら……もしかして幽世と繋がっているだけなのかしら?」
ヴァルターが眼帯を上げて紅の瞳を通してミザールを観察する。霊体とまじりあっているように見えていた。
(これが『聖気解放』の正体なのか? 聖教の「奇跡」とはいったいなんなんだ?)
剣の間合いに入ったルディアは、ミザールに冷淡な声で問いかける。
「質問に答えなさい……あの赤狐人族はどうしてあそこにいたの?」
「……あの奴隷の事か……詳しくは知らん……生贄用にもらい受けただけだ」
「他に赤狐族はいたの?」
「……下賤な生物のことなど知るわけないだろう……」
ルディアの目が真紅に輝き、ミザールの残りの四肢をすべて断ち切る。切り離した手足からは血が大量に流れ始める。すると猿と化していた手足が「人間」の形へと戻っていく……
「……どういう原理なんだこれは……」
「魂との連絡が切れたからでしょうね……」
ヴァルターはルディアに教わってた「霊視」を試みると、たしかに手足とのつながりが無くなっていた。だが、それ以上にミザールにつき纏う怨霊の数がすさまじかった。
「……これは……ひどいな」
「ええ。どれだけ悪行を重ねればこれだけ恨まれるんでしょうね……」
ヴァルターは何も言わずに紙を差し出す。しばらくその紙を凝視していたルディアは徐々に人間の姿へと戻っていく。兵士たちが腰を抜かし、魔術師が呆然と立ち尽くす中、ルディアが罪状を読み上げながら血のインクで書き始める。手足を切り離され、罪状を聞いていたミザールは最初こそ憤怒を浮かべていたが、他者が知るはずのない事まで読み上げ罪状を羅列され始めると、畏怖と恐怖に成り代わっていった。
最後に兵士から槍を奪い紙をミザールの胴体に突き刺し、地面に縫い付ける。叫び声とともにミザールの体は人間へと戻っていく……
「ぐっ……こ、殺せ……」
「大丈夫よ。この辺の獣が……あなたを食べてくれるから」
「……なっ……そんな……騎士としての死を……」
「あなたは騎士ではないのでは?」
「くそっ……」
ルディアはミザールに興味をなくしたようだった。振り返ると逃げるそぶりも見せない兵士と魔術師が目に留まった。
「私たちはどうすれば……」
「殺すのですか?」
「いえ、殺さないわ。あなたたちには怨霊がついていないから……」
ヴァルターがルディアの興味が失せたような言葉に呆れていた。だが、彼の今後のためにも彼らの行動を縛るために助言を出す。
「……そうだな一つのアドバイスだ。お前たちはこのまま三従士の死と兵士の死を見届けた事を鷲獅子卿に報告したらどうなる?」
三人は困惑した表情になる。誰も答えを持っておらず考え始める。
「え?」
「……死罪になりそうですね……」
「え、私もですか?」
「まぁ、そうなる。お前らは罪人に仕立て上げられるだろう。強さと権威の象徴の三従士が殺された目撃者になるからな。隠ぺいのためにも殺されるだろう」
「そんな……」
「私は依頼でついてきただけなのに……」
ヴァルターは発言が効果的だと見抜き言葉を重ねる。
「ついでに言うと、丁度あの村に残った兵士や村人たちも「罪人」になる予定だ。そうなると……逃げるしかないわけだよな?」
「は、はい……」
「まぁ、今後何をするかは、一旦村に戻ってから話し合えばいい……峠の先、国境の山を越えた先に丁度いい開拓村がある。そこを頼るといい。人手が欲しいと言っていたからな」
「しかし、峠には亡者や魔獣が……」
「俺たちが掃除しながら通ってきた。数日は平和だろうな」
兵士の一人が絶望の中、冷静に未来を分析しだす。
「奴隷商が、奴隷移送部隊が明後日到着する予定なのですが……」
「その前に事を起こすしかないだろうな」
「山越えか……国越えになるな」
兵士の二人は意を決したようだった。
「急ごう」
「わかった……君も」
兵士の一人が魔術師の腕を引っ張る。
「わ、私もですか??」
「一蓮托生だな……魔術師が同行してくれると助かる」
「そんなっ……家族への仕送りが……とばっちり過ぎますよぉ……」
兵士と魔術師は慌てて村へと戻る。気が付くとミザールは息を引き取っていた。彼の霊体は黒い触手に巻き込まれ地の底へと引きずり込まれていった。ヴァルターは幽鬼や亡者との戦いで、怨霊の黒い手を見慣れていたので不思議に思わなくなっていた。
「……キュリアスを埋葬するわ……」
「……知り合いだったのか?」
「ええ、隠れ里によく行商をしにきていた。最近見かけなくなったと思ってたら……あなたも会ったことのあるミュカ……彼女を妻にする……そんなことを言ってたわね……」
ヴァルターは、ルディアが珍しく瞳から涙を貯めているのに気が付く。
「……そうか……彼の魂は見えないようだが……」
「失われた魔術……魂を触媒に瘴気を集める魔法……消えてしまったのかも。何も伝えてくれないわ……」
「なんと言う事だ……酷い話だな」
「ええ……」
ヴァルターは背嚢に括り付けてあったスコップで地面を掘りだす。十人力となった彼があっという間に人を埋めるだけのスペースを作り出す。その間にルディアは遺体を整えていた。
「……なぁ、そいつの周りに瘴気が集まり始めているが……」
ヴァルターの視線の先には息を引き取ったミザールの死体があった。
「そうなのよね、聖従士カルバルの死体にも集まっていたから浄化しておいたのよね……」
「聖従士が呼び寄せるのか?」
「そうかもしれないわ『聖気解放』が呼び寄せるのかもしれないわね」
「なぁ、もしかして……聖気解放が……瘴気の原因か?」
「そうかもしれないわね……それに地面に描かれた魔法陣……それかもしれないわ。書き写しておけば良かったわね……」
ルディアは浄化の魔術を行使する。彼女はキュリアスの魂が輪廻に還るよう祈りを込めながら祝詞を唱える。
「穢れを喰らう不浄なる影よ、我が言霊を楔とし、未練の鎖を解き放て。導きの光よ、この魂を家路へと誘い、星の巡りへ還らんことを……『不浄魂廻帰!』」
魔術を行使すると、ミザールの死体の周囲に集まっていた瘴気や怨霊が打ち払われる。それと同時に一瞬、キュリアスの姿が見えたような気がした。彼は一瞬微笑んだかと思うと、霞のように光の粒子となり現世から消えていった。
「……ミュカにはつらい話ね……」
「ああ、そうだな……」
ヴァルターは、月明かりに照らされ、無表情のまま涙を流す彼女を見て、普通の少女と何ら変わらないと思っていた。
ルディアはしばし目を閉じ、別れの祈りをささげていた。しばらくすると気丈にも立ち上がり荷物を背負い始める。小高い丘から遠目で見ると、村へと必死で走っている兵士と魔術師が見える。
「……かなり大きな騒ぎになるかもしれないな」
「そうね。でもその時には私たちはこの村にはいないわ?」
「まぁ、そうだが……」
「残りの瘴気を浄化したら次の町に行きましょう……」
「ああ、わかった」
ルディアは旧友が眠る土に最後に一礼し、月の沈みゆく森を後にした。




