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竜血の復讐姫 ~魔女に育てられた少女は「悪」を狩り、世界を浄化する  作者: 藤明
四話 三人の聖従士

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4-9 国境越えを決意する村人たち

§ § § § § §


— 翌朝


 夜の帳が白み始め、朝霧が立ち込める村に静寂を切り裂く絶叫が響いた。


「な、なんだこれはっ!!」


 昨晩、強奪した酒を煽って泥のように眠りこけていた兵士の一人が、跳ねるように飛び起きた。視界に飛び込んできたのは、昨日まで笑い合っていた同僚たちが冷たい骸と化し、血の海に沈んでいる地獄絵図だった。

 男は、喉元までせり上がる吐瀉物をこらえ、恐怖に突き動かされるように館を飛び出した。しかし、外で彼を待っていたのは、無残な肉塊と化した見張り兵の姿だった。男が震える手で槍を構え、周囲を警戒したその瞬間、村のあちこちから堰を切ったように怒号と悲鳴が上がり始めた。


 犬人族のルプスとリィリィは叫び声に気が付き、慌てて雑魚寝になっていたベッドを飛び出す。表へ駆け出すと、聖教王国の兵士だけでなく、村長の親族や、昨夜まで権勢を振るっていたこの村の重鎮たちの家族が、家の前で腰を抜かし、狂ったように泣き叫ぶ光景が広がっていた。


 二人は、あまりの惨状に魂が抜けたように立ち尽くしていた村の守衛に駆け寄り、その袖を引く。


「おじさん! これは?一体なにがあったの?」

「どうしたの? なにがおきたの?」

「あ、ああ、お前たちは無事か……殺しだな……惨殺……ともいえるのか……はは……こんな事は戦場以外で拝めるとは思わなかったよ……」


 怯える犬人族たちに続々と運ばれる兵士の死体。その胴体には深々と短剣が刺さり、それに紙が括り付けられていた。そこにはどす黒く変色した血で文字が描かれていた。


「でっちあげ……妻殺し……」

「強姦……恐喝……無抵抗な民の殺害……」

「子供が見るもんじゃないが……書いた人間は「正義の裁き」を下したと思っている感じだな……それにしても酷いが……名前が書かれてるのか?」


 聖教王国の残り少ない兵士が黙々と死体を広場に集めていた。犬人族たちの中からも、恐怖に麻痺した有志たちが運搬に加わり始める。しばらくすると、村長やその息子であるリーダー格のリギーラなど、犬人族も並べられていた。


「え? リーダー?」

「リギーラ?? 嘘でしょう!?」


 ルプスとリィリィは思わず尊敬していたリギーラの死体に近づく。そこには、他の者よりもはるかに多い、執念すら感じる血の罪状がびっしりと記載されていた。


「……仲間殺し……罠にはめて抹殺……同族への謀略……」

「ああ、なんてことだ。これがあの男の本当の姿だったというのか?」


 守衛が思わず兄妹に見せないように紙を取ろうとするが、リギーラにだけ、紙が幾重にも括り付けられていた。罪状の後ろに、見覚えのある犬人族の名前が書き連なっていた。


「なんだこれは……」

「……え? 父さんの名前? 母さんの名前も??  『騙し討ちにより口封じ』 ……って……」

「不自然だった亡者襲撃事件……これが本当だったら……彼が息子たちを亡者に襲わせたのか……本当だとは思えん……」

「……本当……みたい……」


 ルプスは紅に染まった瞳で自分の傍らを見る。ぼんやりと犬人族の霊が浮かんでいた。


「どういう事だ?」

「見えるんです。この目で……父さんと母さんが……殺された人たちが本当だって伝えてくるんです」

「え? 父さんと母さんがいるの!? どこっ!?」


 ルプスは、姿を見ることができないリィリィの手を引き、両親の霊がいる場所へと導いた。しかし、伸ばした指先は虚しく虚空をすり抜けるだけだった。


「そうか……ここにいるのね……」


 リィリィは崩れ落ちるように泣き出してしまう。両親の霊は一瞬微笑んだ後、なにかをつぶやき霞のように消えていく……


 ルプスは虚空を見つめた後、目に涙をためた。

「聖教王国の兵士たちを頼れって……導いてくれるって……」


 守衛はルプスの瞳の色に気が付く。今まで見たことものない紅の色に染まっていた。

「……紅の瞳……御伽噺の……あの世が見える目か……」


 犬人族たちは集められた死体を前に呆然とし、泣き崩れる者……突然起きた悲劇に悲しみの感情が蔓延していた。


「いったい誰がこんなことを……」

「「死神」だ。紅の瞳をした死神の女がやった……」

 

 生存していた兵士が、苦虫を噛み潰したような顔でつぶやく。誰も「紅の瞳をした女」に心当たりがなかった。


「……ちょっと待ってくれ、誰がやったとしてもいいんだ……この村は、大丈夫なのか? 鷲獅子卿の怒りを買わないか?」

「……」


 誰もが最悪の未来を予測し、不穏な空気が流れる中、昨晩、森の瘴気溜まりにいた兵士が意を決して前へと進み出た。


「みんな聞いてくれ! 聖教王国の兵士……いや、元兵士よ! それにこの村の住人たちよ!」


 悲嘆に暮れていた犬人族と、生き残りの兵士たちが、必死の形相を浮かべた彼の言葉に注目する。


「明日の日中、夕方には「鷲獅子卿」の奴隷移送部隊がこの村に到着する。それまでに我々は、この村から脱出、一刻も早く逃げなければならない!」


「え? なんで?」

「どう言うことだっ!」

「なんで村を出なきゃいけないの!?」


 犬人族の村人や聖教王国の兵士たちが混乱しだし、抗議の声を上げる。


「昨晩、三従士が「全員」殺された。おそらく、到着した奴隷移送部隊の声が鷲獅子卿まで届く。その後どうなるか……皆、自分の頭で考えてくれ!」


 広場に集まった人間がざわつき蜂の巣をつついたような騒ぎになる。鷲獅子卿の三従士、彼らの死体に気づいた者たちから順に愕然とし沈黙していく。


「……そうだ、非がなくとも、鷲獅子卿は容赦をしないだろう! この村の全員が、良くて奴隷、もしくは絞首刑、首をさらされるだろう! そして、我々聖教王国の兵士も同様だ! 責任を取らされ牢獄、奴隷落ち……そうなってしまうだろう!」


「そんな!」

「俺たちはどうするんだ!?」

「どこへ逃げればいいのっ!?」


「逃げよう!! 山の向こうへ! 国境付近に「開拓村」があるそうだ!! そこまで死に物狂いで逃げ延びるんだ!」

「外は瘴気溜まりだらけだぞ!」


「それは大丈夫だ! 伝説の「救済者」様が消し去ってくれる! 道中の亡者も魔獣も打ち払ってくれたらしい! 今日、できるだけ収穫物をもって、その足で明朝出立だ! 死体はそのままにしておけ!! 時間稼ぎになる! 作物の種や農機具も忘れるなよ!! 生きるために必要なものは全て詰め込め!」


 犬人族たちは兵士の大量の遺体と、強いと評判、普通の人間なら敵わないはずの聖従士の遺体を見た後、行動に移し始める。


 残された数人の兵士たちも、表情が蒼白になりながら武器をかき集め、村の広場に集めていく。行動するにつれ、諦めを捨て、新たな希望、生にしがみつく表情が浮き出ていた。



 ルプスとリィリィは並べられた遺体を前に言葉がなかなか出なかった。


「これ全部、ルディアとヴァルターがやったのかな……」

「ヴァルターは荷物を準備してから出ていったわ……」

「ルディアが一人でか、すごいな……」


 ルプスは二人だけでの山越えは厳しいと思っていた。しかし、村の仲間たちと、武器を持った兵士たちが手を取り合う姿を見て、「これなら大丈夫だ」と確信した。


「おい!ルプス! リィリィ! ボーッとするな! 本当に周囲に亡者の気配がない! 今のうちに収穫を手伝え!!」

「はいっ!!」

「わかった、今行くわ!!」


 二人は大きな籠を抱え、仲間たちの喧騒の中に飛び込んでいった。

 その力強い後ろ姿を、朝日に溶けて消えゆく亡霊たちが、静かな満足をたたえて見守っていた。




§ § § § § §


― 村はずれの森で…… 


 ルディアとヴァルターは村の周辺の大量の瘴気溜まりを浄化し、次の町へと歩みを進めていた。彼らの肉体と精神の回復力は人の域を超えていたため、夜通しの暗殺と浄化という過酷な労働の後でも、まったく疲労を感じていないようだった。


「なぁ、確認だが、鷲獅子の紋章をつけたもので、悪さをしていない者はどうするんだ?」

「大丈夫よ。霊が教えてくれるわ」


 ヴァルターが自身の周りを紅の瞳で見つめてみる。


「それなら……俺の周りにも、今まで斬ってきた連中の怨霊が大量に憑いているんじゃないか? 俺には何も見えないんだが……」

「霊が付きまとうのは相当恨まれていないと……それに、あなたに付きまとっていた霊はあなたが昏睡している間に浄化しておいたわ」

「……なるほど、そういうことが……通りで最近体が軽いはずだ……」

「先ほどの聖従士ほどではなかったわね」

「……そりゃ光栄だ」


 街道沿いの高台から彼らが見下ろした先には、犬人族の村を目指して無骨な足音を響かせながら行軍する「鷲獅子卿」の「奴隷移送部隊」の姿があった


「それで、「あれ」はどうするつもりだ?」

「そうね、少しは足止めに協力しようかしら?」

「……皆殺しにするのか?」

「霊の導きによるわね。戦闘になるとよくわからなくなるのよね……選別しやすいから、夜襲をかけましょう。霊も教えてくれやすいわ」

「……わかった……」


 ヴァルターは、鼻歌でも歌うかのような気軽さで夜襲を提案する彼女に、言葉にできない恐怖を覚えた。昨夜、旧友の遺体の前で震えながら涙していた少女と、目の前の「死神」が、どうしても同一人物には思えなかった。



§ § § § § §


― 国境の開拓村で……

 

 白黒猫娘のフィデラは、街の討伐者組合に立ち寄り情報を得た後、ルディアの足跡をたどって暫定国境にある村に来ていた。まだ開墾されたばかりで、丸太の木柵に囲まれたその村は、魔獣と隣り合わせの極限の生活を強いられているのは直ぐに予測できた。

 何かと便利な「塩」を手土産に村の小さな酒場、寄り合い所で彼女は情報を集めていた。


「やっぱり、ここにいたんですね!!」

「ああ、ふらっと立ち寄ってくれてなぁ……」


 酒場の店主が気さくに答える。女将も料理を作りながら話に入ってくる。


「一週間ほど前かしらねぇ……この辺の「魔獣」や「亡者」を片っ端から退治してくれてね……狩人のエドたちも助けてもらったみたい。報酬も料理と、持ち運べる野菜でいいって言ってくれて、大変助かったわ」


(……ルディア様らしいですね……)


 フィデラは、目の前に運ばれてきた料理の香りに思わず舌なめずりをした。しかし、極度の猫舌である彼女は、熱々のスープに何度もふーふーと息を吹きかけ、慎重に口に運ぶ。その瞬間、懐かしくも力強い味が口いっぱいに広がった。


「このお肉、すごく美味しい! 何の肉ですか?」

「ああ、「雷角雄鹿」の魔獣の肉だな。狩ってくれたものを無償でもらってしまってね」

「しかも「凍結」の魔法をかけてくれてね、全然腐らないんだよ。信じられるかい?」

「え? 凍結の魔法……使えるようになったんですね……」


 フィデラは驚きに目を丸くした。ルディアは元々、身体を動かす訓練は好んでも、小難しい魔術の理論や新しい呪文の習得にはあまり乗り気ではない質だったからだ。

(……やっぱり……シルヴィエラ様は本当に殺されたんでしょうか……)


 フィデラは挨拶を済ませると、村を出立する。街道を走りながらも亡者の気配を感じているが無視して突き進んでいた。


 ふと、目の前の街道で戦闘をする音が聞こえ始める。無視して突き進もう、一瞬そう考えたが……

(いけないわ。ルディア様なら、きっと迷わず助けに入るはずよ……)


 視線の先には、この亡者や魔獣が蔓延るようになった街道には似つかわしくない集団がいた。魔獣の群れとの戦闘になっているようだった。

(正規の兵団じゃないわね……。移民? それとも難民の集団かしら?)


 白黒猫娘のフィデラは両目を紅の瞳に染めると、片手に半月刀、片手に蛇節鞭を抜き放った。彼女は風を切り裂く人外の速度で、その渦中へと突撃していった。


§ § § § § §


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