4-5 闇の深い村
投稿設定ミスってしまい、4-4 脅かされる村 と同時に投稿してしまいました。
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―村長の館で
鷲獅子の三従士は思い思いに食卓でくつろいでいた。犬人族の給仕が食事を持ってくるが、貧相な盛り付けと乏しい具材を見て、隠そうともせずげんなりとした様子だった。
「……本当に、この村には何も無いんだな……」
「水で薄めた野菜スープか……肉が食いたい……早く都に戻りたい……」
聖従士のまとめ役、ミザールが、他の二人と同様に不機嫌を隠さずスープを乱暴にかきこむ。
「そう言うな。あと二日の辛抱だ。後続の輸送隊が食料を持ってくればの話だがな。……それにしても、塩気まで薄い。嫌がらせか?」
「ゼファー様も人が悪い。こんな辺境、もっと端役にまかせればいいものを」
「「例の実験」が主任務なのを忘れるなよ」
「はいはい、わかってますよ。本当に、実験動物の世話は面倒だ」
野菜のスープを飲み干した聖従士の一人が、自前の干し肉を不味そうにかじりながら質問を投げかけた。
「逃げ出した者の二匹の回収はどうなった?」
「捜索隊の早朝からの足取りを考えれば……もうそろそろ、捕らえて戻ってくる頃なんだがな」
ミザールは進捗が気になり、部屋の隅で小さく控えていた老年の村長に、鋭い視線を向けた。
「おい、村長、どうなんだ? 探索隊の報告はあったのか?」
「い、いえ。恐れながら、未だそのような報告は……」
この村を統べる犬人族の村長は、縮こまるように肩を窄めて答える。ミザールは、かつての村長の、たとえ媚びていてもどこか堂々としていた雰囲気が消え失せ、見るからに何かに怯えている様子に、わずかな疑問を抱いた。
「どうした? 先ほどから様子がおかしいぞ、村長」
「それが……実は……」
「隠さず言え」
「……村の者たちの間に、謀反の動きがある……という不穏な噂を耳にしまして。……おそらく、近日中に……」
聖従士が意外な表情を浮かべニヤつきだす。
「謀反だと?我らに対してか?」
「クククッ……。身の程知らずにも程がある。面白い、退屈しのぎにはなりそうだ」
「好きにさせたらいい。我らに歯向かう奴は皆殺しにする。いいな? 村長。殺されるよりも生き延びる方がマシ……そう私は思うのだがね……違うか?」
「……おっしゃる通りかと。……ただ、その、今回奴隷として献上する娘たちは人気がありまして……」
「だったら、直ぐに新しく作る事だな。繁殖は得意だろう? 獣人たちは?」
「はははっ!!」
聖従士たちの下品な高笑いに、犬人族の村長の口元が、わずかに、激しく歪んだ。
「お前も十分な金を渡されているんだろう? こんな湿気た村から離れて、さっさと都会にいけよ」
「俺もアンタの立場だったらそうするんだけどなぁ~」
「説得して辞めさせても……どちらにしろ、この村は「瘴気」に飲まれる……覚悟を決めるんだな」
「そんな……。あまりに……」
村長は生まれた時からこの村の村長として生きるために育ってきた。祖先たちがこの土地を守るために死力を尽くし、時には権力に媚びてきた……彼らの様な「異教徒」の「奉公人」にはわかるまいと思い、彼は背中に隠した拳を、爪が食い込むほどに強く握りしめていた。
屋根の上でそのすべての会話を盗み聞きしていたルディアは、村長の家の屋根の上から羽毛が舞い降りるような軽やかさで、音も無く飛び降りた。庭の暗がりから窓越しに中を改めて覗き見ると、村長の家で控えていた犬人族の使用人たちの何人かが、先ほどの「孤児院での秘密会議」の参加者たちであることに気が付いた。
(……これ、どうしたものかしらね……)
ルディアは、自分の足元に心配そうに寄り添ってついてきていた、半透明な「幽世の友人たち」を軽く指先でつついた。すると周囲の景色が陽炎のように歪み、彼女の姿は、現世のいかなる瞳からも視認することが不可能な領域へと沈み込んでいった。
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リギーラは、苦虫を噛み潰したような顔で、低い声を漏らした。
「……何もかも、筒抜けか……」
「やはり村長は、俺たちを売ってあちら側に寝返っていたか!」
孤児院の大広間に音もなく戻ってきたルディアの報告を受け、犬人たちは激しい動揺に包まれていた。恐らく今この場にいるメンバーに「裏切り者」はいないと判断した彼らは、声を荒らげての激しい討論を始めていた。
だが、ルディアの冷徹な目には、別の光景が映っていた。その場にいる一部の犬人族たちに、凄まじい憤怒と憎悪の感情を露わにした「犬人族の亡霊」たちがしつこく憑き纏っているのが、嫌でも気にかかっていた。
(このドロドロとした感情は ……恨み……よね……?)
「……私たちは、明日の夕方にはこの村を立つ予定よ。約束通り、村の周囲の瘴気溜まりだけは消しておくわ。……でも、それで時間的に、あなたたちの計画は大丈夫かしら?」
「俺に聞かれても困る。……ルディア、君の方がその道の専門家だろう?」
「そうなのよね……。私はいつも師匠の背中について回っていただけだったから……。手順は知っているけれど、時間はそれなりにかかるわ」
犬人族たちは、再びリギーラを中心に、目前に迫った破滅への対抗策を話し合い始めた。ルディアの「筒抜けである」という衝撃的な事実を受け、恐怖でしり込みする者、決起の時期をずらすべきだと主張する者、あるいは絶望して大人しく従うべきだと説く者……さらなる混沌とした議論が渦巻いていた。
ルディアとヴァルターは犬人族の集団から離れ、彼らが聞こえない様に小声で打ち合わせをする。
「ルディア、彼らを見捨てるのか?」
「……出来るだけの事はやるわ……」
「まぁ、瘴気溜まりを消せるのなら……それだけでも十分だな」
ルディアは傍らに置いた荷物の中から、静かに装備を入れ替え始めた。魔獣や亡者などの巨大な敵を討伐するための重装から、気配を殺し、一撃で命を刈り取る「暗殺」用の身軽な得物へと切り替えていく。ヴァルターはその意図に即座に気づいた。
「……もしかして殺すのか? 鷲獅子卿の手勢を」
「ええ、そのつもり、それに、この件に関わっている者は全員殺しておいた方が良いでしょう……他の村でも同じように悪さをしているみたいだし」
「本気か? 敵味方の見分けがつくのか? たかが数分の盗み聞きで得た情報だけで?」
「ええ、問題ないわ。……本当に悪さをした、救いようのない人間には、『怨霊』と化した亡霊たちが黒い影となって、片時も離れず憑き纏っているもの」
「……なんだと?」
「ヴァルター、あなたも一度、その眼帯を外して世界を見てはどう? 私が見ている景色がわかるわ」
ヴァルターは促されるまま慌てて眼帯を外し、紅に染まり霊視のできる目で村の者を改めて見てみる。すると村人たちの背後に、ドス黒い影が数十体憑りついているのが見えた。
「……なんて事だ……」
「誰を裁けばいいか、一目瞭然でしょう?」
「しかし……理由も告げられずに殺害されれば……残された村人も困惑し、さらなる混乱を招くだけだぞ」
「大丈夫よ。霊が教えてくれるもの……始末した者の横にメモを残そうと思うの……」
「……?」
ヴァルターは、ルディアの言わんとしていることの狂気混じりの合理性を、すぐには理解しきれなかった。
「殺された理由として、その者が犯した具体的な罪状を書いて死体の横に置いておけばいいでしょう?そうすれば、生き残った人たちも納得するはずだわ」
「なっ……」
あまりに突拍子もなく、それでいて淡々と残酷な粛正を、無邪気なまでの笑顔で言い放つルディア。その姿に、戦場を幾度も潜り抜けてきたヴァルターでさえ、背筋に冷たい戦慄が走るのを覚えざるを得なかった。
一方、ルディアの血を飲んだことで霊視の力が覚醒し始めていたルプスは、ヴァルターと同様に、信じていた仲間の何人かに取り憑く「不吉な影」を見て激しく困惑していた。彼は恐怖と疑念が入り混じった表情で、ルディアの裾を掴んで駆け寄ってくる。
「ルディア……これは一体なに? 仲間の何人かに、すごく嫌な、黒いモノがついてるんだ!」
「ええ、見えるようになったのね……「私が行動を起こす」と知ったら……みんなが我先にと教えてくれるようになったの」
「何を教えてくれるっていうの??」
「誰が「なに」を……どんな汚い『裏切り』をしたかをね……」
ルプスは、ルディアがどこか冷笑を浮かべながら発する言葉の意味を測りかね、さらに困惑を深め、泣きそうな表情になっていく。
「でも、悪さって……なんで……リギーラの周りに、父さんと母さんの霊が纏わりついているの?? あれって、父さんと母さんだよね? なんであんなに怒ってるの!? なんで二人とも、あんなに怒った顔をして、リギーラの喉元を掴んでいるの!?」
ルディア自身、犬人族のリーダーであるリギーラの周りに、あまりにも大量の亡霊が、まるで憎しみの塊のように憑き纏っていることに疑問を抱いていた。だが、少年の言葉を聞いた瞬間、パズルのピースが完璧に組み合わさるのを感じ、その凄惨な真実を理解した。
「……そう。そういうことだったのね」
「この村の闇は、俺たちの想像以上に深いようだな」
村を救うと熱弁を振るう若き英雄の背後で、その「英雄」に売られ、犠牲となった者たちが、絶え間なく呪いの言葉を吐き続けている。この村の歴史に何ら関係のないはずの二人の目には、義憤に燃える発言を繰り返すリギーラを、何重にも取り囲み、食い千切らんばかりに怨嗟を向けている亡霊たちの姿が、異様なまでの不気味さを持って映り込んでいた。




