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竜血の復讐姫 ~魔女に育てられた少女は「悪」を狩り、世界を浄化する  作者: 藤明
四話 三人の聖従士

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4-4 脅かされる村

― 瘴気に脅かされる村


 ルディアとヴァルターは犬人族の村の手前まで差し掛かっていた。道中、彼らはたまに街道を徘徊している亡者を一閃のもとに討ち取り、淀んだ瘴気溜まりを浄化しながら歩を進めてきた。実際、村の周囲を観察すれば、戦闘能力を持たない一般の農民にとって、この場で農作業に従事することがいかに死と隣り合わせの無謀な行為であるかが嫌というほど理解できた。それほどまでに、襲撃の頻度は常軌を逸していた。

 だが、時折不自然な動きで這い出てくる亡者の姿を除けば、そこにはごくありふれた、のどかな田園風景が広がっている。黄金色に染まりつつある穂が風に揺れるその平穏さが、そこに潜む不気味な違和感を際立たせていた。


「収穫できる状態だな……」


 ヴァルターが周囲の畑を見渡し、ポツリと呟く。


「そうね、実りきる前に採らないとダメって聞いてたのだけれども……獣に食い荒らされないのね」


 二人の何気ない観察を聞き、同行していた犬人族の兄妹、ルプスとリィリィは耐えきれないといった様子で、悲しげに顔を伏せた。


「亡者のせいで獣も寄り付かないんだ。その代わり僕たちも外に出られない……」

「外にいた亡者は私たちじゃ倒せないの。パパもママも死んでしまったわ……」


 沈痛な告白の最中にも、陰に潜んでいた亡者が数体、音もなく躍り出る。しかし、ルディアの剣閃はそれ以上に速かった。一瞬にして骸へ還る亡者たち。その騒ぎを聞きつけたのか、村の木柵に設けられた物見台から大きな声が飛んだ。


「ルプス! リィリィ! 無事だったのか!!」

「「シーッ!」


 ルプスは慌てて口元に指を当てた。


「おじさん! 声が大きい」

「すまん! そうだった!」


 守衛の男は驚愕に目を見開き、すぐさま重い門が開けられる。犬人族の守衛もかなりやせ細っていた。誰が見ても、彼らが凶暴な亡者の群れと渡り合えるような状態には見えなかった。


「そちらの方たちが助けてくれたんだね……二人とも、すぐに隠れなさい、村長の家には近づかないように。今、村が大変な事になっているんだ」

「どうしたの? 私たちが逃げたから?」

「それもあるが、君たちが逃げたのがきっかけで、くすぶっていた火種が燃え上がったんだ」


 守衛の一人が、不審な視線でヴァルターとルディアの装備を値踏みするように眺めた。


「あんたたちは……見るからに手練れの魔獣討伐者だよな? 亡者を打ち払ってほしいのは山々だが……今の村には、あんたらに払えるような報酬が出せないな……」


 その言葉を聞き、ルプスとリィリィが、それまで忘れていた現実を思い出したかのように、不安げにヴァルターたちを仰ぎ見る。


「あっ! 報酬……」

「そうか、助けてもらうには、お金が必要なのね……」


 ヴァルターは困惑するルプスとリィリィの頭を、自らの大きな手で、乱暴ながらも慈しむように優しく撫でた。


「子供はそんなことを気にするな」

「……そうね、私たちの目的でもあるから。報酬はいらないわ」


 ヴァルターは歓喜の表情を浮かべる子供たちの向こう側、村の中心部で、鷲獅子卿の紋章を背負った兵士たちが笑い声を上げながらたむろっているのを発見する。


「……鷲獅子の兵士がいるな」

「……そうね……」

「突然キレて襲うなよ?」

「わかっているわよ。……けれど、ここ、嫌な村ね」

「なんでだ? 普通の村に見えるが……」

「臭気というのかしらね……良くない霊が大量に漂っているわ……」

「そうなのか……」


 ヴァルターがそっと眼帯を上げると、確かにそこには黒い怨霊のような影が淀みのように溜まっていた。


 一行は、二人がいた孤児院まで目立たないように物陰で姿を隠しながら移動をする。ルプスとリィリィが孤児院の宿舎に到着すると、二人は堪えきれずに駆け出し、建付けの悪い扉を勢い良く開けた。その瞬間、薄暗い部屋の中から割れんばかりの歓声があがる。


「ルプス! 生きてたのか!」

「良かった!!」

「リィリィ!! もう戻ってこないかと!」


 二人が仲間の犬人族たちに揉みくちゃにされ、荒っぽい歓迎を受けている間、室内には奇妙な静寂が生まれ始めていた。ただならぬ緊迫感が部屋に漂っていたのだ。


「リギーラ、痛いよ!」


 リィリィを潰さんばかりに強く抱きしめていたリーダー格の青年、リギーラが、指摘されて抱きしめる手を緩めた。その顔には、深い悲哀と後悔の色が混じり合っていた。


「……リィリィ、そのまま逃げた方が良かったかもしれない」

「どうしてそんなこと言うの?」

「明後日なんだ、奴隷を移送するの……」

「え?」

「奴隷商人が来るって……おそらく護衛の兵士を大勢連れて……リィリィ、君は明後日まで隠れていな」

「でも、私はもう死んだことにして、この村にいない事になってるんでしょう?……本当に大丈夫なの?」

「大丈夫だ。俺が必ず守ってみせる」


 ルディアとヴァルターが、一歩遅れて部屋へ入る。大人数が身を寄せるその広間には、幼い子供から血気盛んな若者、さらには「大人」の犬人族までがひしめき合っていた。明らかに、何か別の重大な案件を話し合っていた最中であることは、その場の重々しい空気から明らかだった。一人の壮年の犬人族が、部外者である彼らに気づき、用心深く前に進み出てくる。


「そちらの方は?」

「あ、山越えの道で兵士と亡者から守ってもらったんです」

「とても強い討伐者なの。亡者の吹き溜まりを消してくれるって!」


 ルプスとリィリィの言葉に、一瞬、密談をしていた犬人族たちが呆然と立ち尽くす。しかし、ヴァルターが醸し出す歴戦の猛者の風格、そしてルディアの凛とした立ち振る舞いと装備の美しさに、場には一気に「希望」という名の納得が伝染していった。


「……本当に、そんなことが可能なのか!?」

「消せるのか、亡者が出てくるアレを?」

「聖職者じゃなくても消せるのか?」

「なぁ、噂の「竜殺し」じゃないのか?」


 疑念と希望が入り混じる中、リィリィが胸を張って言い切った。


「ここに来るまでにも、道を塞いでいた瘴気を消してくれたの! あの恐ろしい幽鬼だって、赤子の手をひねるみたいに簡単に倒したのよ!!」

「幽鬼を!?? 街道に幽鬼が出たのかっ!?」

「だ、大丈夫なのか?」

「ちょっと待って、この村にお金なんかない……報酬は払えないぞ……」


 歴戦の傭兵の姿、それに一見してもわかる魔法の剣で固めた装備……犬人族の兄妹の言葉を本当と判断するには時間がかからなかったが、当たり前のように報酬まで考えが行きつき、しり込みし始める。


 ヴァルターはそんな重苦しい空気を察し、隣のルディアをちらりと見る。視線を受けたルディアは、何食わぬ顔で平然と言い放った。


「報酬は必要ないわ。報酬はとれるところから取りなさいと教えられているの。あなたたちのような者から奪う趣味はないわ」

「……だ、そうだ。安心しろ」


 ルディアの臆さない、凛とした態度。そして、俗世の汚れを感じさせない透き通るような雰囲気は、彼らが僅かに知る高貴な「聖職者」そのものに見えた。ただ、その実戦的な装いがあまりに常識を逸脱しているため、彼らは激しく戸惑っている様子だった。


「……『聖人』様なのか?」

「そのわりには、あの豪華な衣装を着てないぞ? 狩人だよな?」

「『聖人』だったら高額な寄付を要求するはずだが……」


 ルディアが不思議そうに村人たちを見る。「聖人」という言葉も、書物では見かけるが初めて耳にして聞く言葉だった。高額な寄付という概念も、彼女が育った環境には存在しなかったものだ。


「私は「聖人」ではないわね。私たちは山の向こう……獣人連合国から来たの。そっちでは瘴気を消す仕事があるのよ?」

「……そうだったのか……そんな職業が……」

「知らなかった、半獣人が、あまり迫害されていないとは聞いていたが……」

「やはり、この村を捨てて山越えをした方が良いのか……」


 ヴァルターは内心、あちらでもそんな仕事はないはずなのだが……と突っ込みたかったが、今それを言っても混乱するだけだと口をつぐんでいた。


「ちょっと待て、ってことは、瘴気溜まりとおさらばできるってことか?」

「農作物が収穫できれば……」

「借金が返せる……子供たちを売り払わなくても大丈夫だな」

「だが、あいつらがこちらの言う事を聞くと思うか? 金を返しても「奴隷契約」は無かったことに……できるのか?」


 一瞬の歓喜は、瞬く間に絶望へと塗り替えられていく。全員が力なく肩を落とし、教会の隅に沈痛な表情が広がっていく。状況を完全に呑み込めていないルディアとヴァルターが視線を合わせ、確認し合う。彼らは話の分かりそうな年長の犬人族たちに向け、詳細な説明を促した。


「どういうことだ? 金で解決できない契約とは」

「……あいつら……「鷲獅子卿」の聖従士たちは、金じゃなくて、「奴隷」が欲しいだけなんだ……」

「周りの村の連中も同じような事をされてるらしい……」

「商人の動きがおかしいんだ、こっちにこれない様にしてる……だから色々と不足している……食料、物資……情報もな」


「なるほど……」

 

 ヴァルターはどうやら「鷲獅子卿」の勢力に、この村が良いように搾取されている……そう聞こえた。湧き上がる不満が犬人族に再燃する中、犬人族のリーダー格、リギーラはテーブルを叩く。


「やはり、明日中に決起するしかない!このまま指をくわえて待っていても、俺たちに未来はない。全滅を待つだけだ!」

「本気かリギーラ? 相手はあの、人を人とも思わぬ兵士たちだぞ。俺たち素人が勝てるはずが……」


「いいか? あいつらは、夜、しっかりと寝る。酒を提供して……そこを襲うんだ」

「そんな博打、上手くいくのか?」

「幸い、奴ら人族は俺たちに比べて夜目が利かない。村の明かりをすべて消して闇に紛れれば、俺たちに勝機はあるはずだ!!」


「やった後はどうするんだ!?」

「このままあいつらに搾取されて飢えて死ぬか、奴隷として売られてゴミのように捨てられるか、今戦って生き残るかのどちらかだ」


 犬人族の農民たちが、恐怖に声を震わせながらリギーラに問いかける。


「……ばれないのか? 鷲獅子卿に? バレたら……俺たちの家族は、全員皆殺しだぞ」


「やつらを殺した後は、収穫物をもって山を越える。獣王国連合側に亡命する」

「亡者が徘徊している山道を、女子供を連れてか?」

「今まで、畑にすら満足に出られなかった俺たちがか……」


 ヴァルターは、あまりにも無計画で無謀すぎるやり取りに呆れ果て、口を挟む気も失せてその場を静観していた。


「それなら、ヴァルターとルディアがやっつけてくれるって!あの兵士たちも、亡者も!」


 ルプスが純粋無垢な期待を込めて発言する。リィリィも隣で、当然のことのようにうれしそうな笑顔を浮かべていた。


「……え? 本当か?」


 困惑に揺れるリギーラの視線と、すがるような村人たちの目に、ヴァルターがぶっきらぼうに答える。


「ああ……俺たちは瘴気溜まりをつぶす……それでいいんだよな?」

「ええ、数か所は感じているわ。明日中には終わらせられるかしらね……」


 ルディアの返答に犬人族が戸惑い、呆然とする。彼女は犬人族の頭上の空間を見つめ、困惑した表情を浮かべていた。


「……それなら……。あれ? 俺の計画はどうすれば……」


 拳を振り上げ、自らの命を懸けた革命を説いていたリギーラと、それに応えようとしていた若者たちは、出鼻を挫かれたような格好で混乱していたが、やがて村人たちの間に歓喜の輪がじわじわと広がっていった。


「山を越えられるなら……生き延びられそうだ!」

「行けそうだな! 村のみんなに伝えてくる!!」

「村長には伝えるなよ!!」

「わかってる!」


 ルディアが醒めた目で、盛り上がる犬人族たちを見ていた。ヴァルターは気になったので顔を寄せ、小声で彼女に耳打ちする。


「……何を考えている?」


「……無理よね……」

「無理とは?」

「……この人たちが、鷲獅子卿の兵士や三従士とやらに歯向かって……闇討ちをしたとしても勝てるのかしら?」

「厳しいな、かなり死ぬと思うが……下手すれば怒りを買って皆殺しにされるだろうな」

「……それで、本当にいいのかしら?」


「彼らの選択だ。瘴気溜まりを消すのだけは手伝えればいいのか?」

「……そうね……ちょっと相手の様子を見てくるわ?」

「……おい、一人で大丈夫なのか?」


「そうね、一人なら気が付かれることは無いと思うわ」

「あ、いや、見つかる心配はしていない……全員もれなく紋章を持っているぞ?」

「大丈夫……さっきはいきなり見たから……心の準備が……」

「……ヤバそうだったら派手な音を立ててくれ。すぐに駆けつける」」

「わかったわ」


 ルディアは、ヴァルター以外に気づかれる事も無く、無音でその場から姿を消した……


 ヴァルターは内心、正義感が強すぎる人間は真っ先に破滅するという巷の話は、あながち嘘ではない気がしていた。そして、先ほどから必死に暴動を焚きつけている青年リギーラの言動に、拭い去れない違和感を覚え始めていた。



§ § § § § §


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