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竜血の復讐姫 ~魔女に育てられた少女は「悪」を狩り、世界を浄化する  作者: 藤明
四話 三人の聖従士

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4-3 幽鬼

― 街道の脇での野営にて


 深い森の帳が下りる頃、街道の喧騒から少し離れた巨木の根元で、ささやかな焚き火が爆ぜた。

 犬人族の少年はルプス・ティル、少女はリィリィと名乗った。最初は怯えていた二人だったが、ルディアたちが思いのほか「まとも」に、一人の意志ある存在として接してくれることに気づき、次第に強張った表情を和らげていった。……もっとも、それ以上に目の前で焼かれ始めた「半分凍った猪の肉」の芳香が、彼らの胃袋と心を掴んだのかもしれないが。


「ねぇ、なんで肉なのにカチコチだったの? 焼く前は匂いもあまりしなかったし……」

「ああ、ルディアが「凍る」魔術を使ってくれたからな……三、四日はもつ」

「魔術師だったのか……あんなに凄い剣を振るってたのに……。一人で何でもできるんだね」


 ルプスは驚きと羨望の眼差しをルディアに向ける。焚き火の照り返しのせいか、それとも純粋な称賛に気恥ずかしくなったのか、ルディアの頬は微かに朱に染まっているように見えた。


「それで……何があったんだ?」


 ヴァルターが、焼け上がった肉を切り分けなに亡者はがら静かに本題を切り出す。


「村で……妹を奴隷として売るっていう話を聞いて、慌てて逃げ出してきたんです。あいつら……悪名高い『鷲獅子の三従士』も来ていて……」


 ルディアがスープをかき混ぜていた手を止め、ぴくりと眉を動かした。ヴァルターはこれから起こるであろう感情の嵐と波乱を察し、半ば諦めたような溜息を吐きつつ、先を促す。


「子供の奴隷と言う事は……親が借金していたとか、親が犯罪を犯したとかではないのか?」

「いえ、そんな話は一度も。ただ、村外れに『瘴気溜まり』が発生し始めて……亡者がたくさん出るようになったんです。最初は村総出で武器をもって戦っていたんですが、一人、また一人と殺されていって……」


 ルプスが悔しげに膝の上で拳を握りしめる。


「瘴気がひどくなったのは、三従士が村に来るようになってからなんです。あの人たち、亡者を倒せるのは自分たちだけだって威張り散らして、やりたい放題で……。退治する代わりに金と食料をよこせって言うのに、一向に亡者は減らないんです!」


「なるほどな……火事場泥棒に近い、たちの悪い英雄気取りか」


 ヴァルターは頷いた。聖教王国の『壁の外』にある鷲獅子卿の領地。その評判の悪さと腐敗ぶりはかねてより聞き及んでいたが、目の前の少年の証言は、それを裏付けるに十分すぎるほどだった。


「それで山越えを?」

「はい、妹が売られて……酷い扱いをする人たちって話で……」


 妹のリィリィも、震える声で兄の言葉を継いだ。


「「鷲獅子卿」の勢力がいる町に行くと……行ったっきり音沙汰が無かったり……おもちゃにして、虫のように殺されたとか……色々な噂が……」

「……なるほど……」


 ルディアが携帯式の木の食器に熱いスープを注ぎながら、どこか冷めた疑問を投げかける。


「ねぇ、ヴァルター。奴隷と言うのは「資産」じゃないのかしら? 本で読んだ知識なんだけれども、優秀な奴隷は金貨十枚で取引されるとか読んだことがあるわ?」

「……ああ、それは「帝国」や「獣王国連合」の一部の国での話だな。聖教王国では、亜人種を家畜のように扱う者が多い。特に獣人は……家畜以下、ただの使い捨ての道具かもしれん……」


 ヴァルターが突きつけた冷徹な事実確認に、兄妹は今一度、深い絶望の表情を浮かべて俯いた。


「そんな……」

「やっぱり、逃げ出して正解だったろ? あのままいたら、リィリィは……」

「……うん……」


 意気消沈し、今にも消え入りそうな二人に、ルディア特製の薬草スープと、肉汁あふれる猪の骨付き肉が振る舞われた。二人は瞳に大粒の涙を溜めながら、貪るように肉に食らいつく。


「……食料すら事欠いていたのね」

「近くに瘴気溜まりができれば、戦う術のない者は外に出られなくなるからな」


 ヴァルターは一息ついたところで二人に質問をする。


「それで二人はこれからどうする? このまま山を越えるのか? 村に戻るか?」

「村に戻るなんて無理です!奴隷にされるか、逃げた罰で兵士たちに八つ裂きにされます……」

「でも、兄さん、亡者に襲われたらおしまいだわ!あんなに足が速いなんて知らなかったもの!村での『亡者ごっこ』とは全然違ったわ!」


 ヴァルターがルディアに視線を送り、無言で判断を仰ぐ。彼自身は引き返して送り届けるのも選択の一つと考えていたが……


「どうする? この二人をこのまま……」

「……一緒に村まで行ってもらうわ。道案内と、あなたたちの村の状況を知りたいわね……」


 ヴァルターはルディアの発言の意図を直感で理解した。この数か月の付き合いで、復讐対象や悪漢に対しての容赦は一切ないが、普通に暮らしている人間に対しては寛容、もしくは「お人よし」の部類になる人間だ。言い回しこそ事務的で突き放したような言い方だが、彼女の心は既に、この小さな兄妹を救い、元凶を断つ方向で決まっているのだ。


「……そ、そんな……」

「兄さん戻りましょう……私のために死なないで……」

「リィリィ……わかった……」


 ヴァルターは食べ終えた骨を地面に埋め、ルディアを真っ直ぐに見据えた。


「ルディア、改めて方針の確認だが、「鷲獅子卿」の紋章の装備を持った人間は全部殺すのか?」

「ええ、そのつもりだけど?」

「……わかった。そういう事だ」


 ルディアの即答に、犬人族の兄妹は一瞬呆然とした表情を浮かべる。だが、先ほどの一方的な「鷲獅子卿の兵士」の惨殺っぷりを見ていたのですぐに納得をする。


「ありがとうございます……! 本当に、ありがとうございます!」

「ほ、本気なの? 兵士だけじゃなくて、聖従士も、しかも三人ですよ?」


 ヴァルターが最後のスープをゆっくりとすすりながら、世間話でもするかのように答える。


「まぁ……本気だろうな……」

「ええ、いい腕試しになるわ」


 自信に満ち溢れた、あるいは復讐心に突き動かされたルディアの様子に少しばかりの不安を覚えたヴァルターは、荷物の隠しポケットに入れていた「あるもの」を取り出した。


「その前に……ちょっといいか?」


 ヴァルターは先ほどの兵士の死体から取り外した、「鷲獅子の紋章」をルディアの眼前に突き出した。彼女は目を見開き、一瞬にしてその鳶色の瞳が、燃え盛るような真紅へと染まり上がる。


「な、なにをするの!! それを私の前に出さないで!!」


「やはりな……目の色が変わってるぞ……これから実戦だ。この紋章を見ただけで怒りで暴走されると困る。冷静になれ」

「……あ……ご、ごめんなさい……ぜ、善処するわ……」


 ヴァルターは心底呆れた表情をルディアに向ける。彼女は気まずそうに目をそらし、喉の奥から噴き上がる黒い殺意を必死に抑え込もうとしていた。しかし、一度火がついたその瞳は、なかなか元の美しい鳶色には戻らなかった。


(……こりゃダメだ、先が思いやられるな)


 ヴァルターは、この先に待ち受ける果てしないトラブルと流血の惨劇を予感し、深く重い溜息を吐いた。



§ § § § § §



 野営を終え、一行は移動を開始するための準備をする。日はまだ高く、森の木漏れ日が地面を照らしていた。移動を続けられる時間だった。


「変な匂いがする……。鼻がつんとするような、嫌な匂い」

「これって、さっきの亡者が出てきた時の匂いじゃない?」


 犬人族の兄妹が耳を立て、不安そうに周囲を警戒する。ルディアとヴァルターはお互い顔を見合わせた後、気配を感じ取ろうとしていたが方向すら掴めていなかった。


「犬人族は嗅覚がいいんだな……」

「……そうね、来たわ。後ろ……大きいわね」


 全員が山道ともいえる街道の、今しがた歩いてきた道を振り返った。そこには、軍馬に跨りながらも、爪が異様に伸びた無数の手足を体中から大量にはやし、もはや人間の原型を留めていない「何か」が、歪な足取りでゆっくりと近づいてきていた。


「な、なにあれ!?」

「化け物……」

「……幽鬼か? 面妖な姿だな……」

「そうね……瘴気溜まりが近いところで……死体をそのままにしたのは良くなかったみたいね……」

「あれって、さっきの鷲獅子卿の兵士の鎧じゃない……??」

「紋章が……」


「逃げるか?」

「あれくらいなら何とかなるわ。隠している左目で見て」

「ああ」


 ヴァルターが眼帯を跳ね上げ紅い瞳で見ると、幽鬼にまとわりつく、霊体の嫌な気配がそこまで大きくないことに気が付く。


「実体以上に何かがまとわりついていると「やばい」モノらしいわ。あれなら大きな亡者と大して変わりがないわ」

「……まあ、大きいだけでも十分厄介なんだがな」


 ルディアとヴァルターは背負っていた背嚢を地面に下ろし、慣れた手つきで魔法の武器を構える。犬人族の兄妹は恐怖で顔が引きつり、声も出なかった。


「何処から斬ればいいんだ?」

「あなたは右、私は左。伸ばして来たものを片っ端から斬り捨てればいいわ」

「……だいぶ……戦術としてはいい加減だな」


 二人が不敵な会話を交わす間にも、多腕馬足型の幽鬼が二人に気が付き突進してくる。足部分である「馬」は現実の軍馬よりも一回りも巨大化しており、駆け出す足音は地面を揺らす地響きとなって鳴り響く。ヴァルターもその物理的な迫力に、一瞬だけ若干気圧される。 


「顔はどこだ!? 馬部分か? 何処を斬れば死ぬ!?」

「霊核は二つ! 頭はあって無いようなものよ! 手足を切り刻んで! 動きを封じて!」

「レイカク?? わかった!」


 二人は突進してくる幽鬼を難なくかわし、獣のような動きでめちゃくちゃに振り回す腕の猛攻をいなしながら相手の十二本もある腕を一本ずつ切り離していく。しかし、切断面からは新たな腕がうごめき出し、おぞましい速度で再生を始めようとしていた。


「ちっ! キリがない!!」

「そのまま休まず手足を切り付けて! 再生が追いつかないほどに!」


 ヴァルターが咆哮と共に大剣を振るい、馬部分の足を根本から叩き切ってその異常な機動力を奪う。幽鬼はバランスを崩しながらも、再生途中の不完全な腕で地面を抉るようにしてヴァルターに掴みかかろうと、おぞましい執念を見せた。


「こんのっ!! しつこい奴め!」


 ヴァルターが大振りで馬部分の残りの足を完全に両断し、腕の迫撃から逃れるために距離をとる。幽鬼は人間の足部分を地面に下ろし、さらに動こうとしていた。ヴァルターはさらに足を斬ろうと構えをとる。


「そのまま!! 近づかないでっ!」


 ルディアの声が響くと同時に、彼女の剛弓から魔力を纏った矢が放たれた。凄まじい風切り音と衝撃と共に矢が幽鬼の胴体を貫通する。動きが止まった隙を逃さず、ルディアは次々と連射し、異形の体を深く縫い留めていった。


「なっ? なにが?? 止まった?」

「終わったわ……」


 幽鬼は力なくうなだれ、怨嗟にも似た叫び声を上げる。幽世の肉体が煙を上げて現世から消えていく……残されたのは変形し、ちぎれた兵士の死体と、馬の惨殺死体のみだった。


「……すごいな……心臓を貫いたのか?」

「心臓……そうね。霊核と呼んでいる部分を射抜いたのよ。昔、ジークがそう教えてくれたわ」

「……しかし、まだ周囲に何か嫌なものが集まっているように見えるが……気のせいか?」

「ええ、気のせいじゃないわ。浄化をしないと、瘴気溜まりになるわ……」


 ルディアは死臭の漂う死体の前へと進み出ると、静かに指先で複雑な印を結んだ。魔術師でないヴァルターでもわかるくらいの魔力の高まりを感じ始めると、透き通った声で古の祝詞を唱え始めた。


「穢れを喰らう不浄なる影よ、我が言霊を楔とし、未練の鎖を解き放て。導きの光よ、この魂を家路へと誘い星の巡りへ還らんことを……不浄魂廻帰!」


 次の瞬間、彼女を中心に清らかな白銀の光が溢れ出す。幽鬼がいた場所に漂っていた不浄な気配が、この森に漂っていた瘴気が霧散していく。あまりに神秘的で圧倒的な光景に、ヴァルターは言葉を失い、ただ呆然と立ち尽くした


「……え? なん……だと?」


「お姉ちゃん……すごい」

「神様みたいだ……」

 

 ルディアは、尊敬を通り越して畏怖に近い眼差しを向ける仲間たちの反応に、あからさまに戸惑いの色を見せる。彼女の故郷である「隠れ里」での生活において、今の浄化は生活に根ざした「当たり前」の行動だった。それをここまで珍しがられることに、奇妙な違和感を覚えていたのだ。


「え? どうしたの?」

「本当に消せるとは思っていなかった……」

「? 瘴気溜まりを消さないと大変なことになるわよ?」

「それはわかっている、わかっているんだが……それは魔女の、シルヴィの秘術なのか?」

「そうよ。シルヴィに教わったわ。あと、ジークも使ってたし……里でも使える人がいたのだけれども……」


「……ああ、色々とわかった……だが、なぜ里を襲ったのか……」


 そんな大人たちの深慮をよそに、犬人族の兄妹はルディアに眩いほどの羨望の眼差しを向け、目を輝かせていた。


「お姉さん、村の外の瘴気を消してくれるの?」

「お願いしますっ!! 外に出られれば畑に出られるんです! 水も自由に汲めるんです!」


 熱を帯びた犬人族特有の真っ直ぐな視線に、ルディアは若干たじろぎ、一歩後ずさってしまう。彼女は、かつて師匠である「ジーク」や、魔女シルヴィに向けられていた「救世主」への眼差しが、自分のような存在に向けられるとは思ってもみなかったのだ。


「……規模によるわ……私一人では無理かもしれない」

「規模が小さければ……できるんですね!」

「ほんと!!? また普通に暮らせるの!?」

「保証は出来ないわ……」

「やってくれるの!?」

「やったぁ!! お兄ちゃん、希望が見えてきたよ!!」


 困り果てたルディアが、助けを求めるようにヴァルターに悲痛な視線を送る。しかし、彼はただ「自業自得だ」と言わんばかりに皮肉めいた微笑を浮かべながら、慈悲深く見守るだけだった。


 ヴァルターは彼女たちが住む「隠れ里」が襲われた理由は、「白銀の魔女」だけの問題ではなく、瘴気を浄化できる人材が集まる場所だったのではと推測し始めていた。聖教原理主義の人間が独占している「浄化利権」を守るために滅ぼした……突飛な思考でもないと思い始めていた。


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