4-2 犬人族の兄妹を助ける討伐者たち
まだ小さめな、大人になり切れていない二人の犬人族の獣人がこちらの方に向かって全力で走っていた。その後ろからは亡者の群れが執拗に彼らを追っていた。
「……せっかく奇麗に拭いたのに……」
「まぁ、後味悪くなるしな……」
ルディアとヴァルターは街道から走ってくる息の上がった獣人の二人とすれ違うと、襲い掛かってくる亡者の群れを片っ端から風を切り裂くような連撃で切り飛ばしていく。あっという間に亡者の群れが切り刻まれ幽世の世界に偽りの肉体が還っていく……
亡者の咆哮が途絶え、群れが近づいてこない事を悟った犬人族の兄妹は足を止め、肩で息をしながらへたりこむ。
「はぁ、はぁ、はぁ……あ、ありがとうございます!!」
「はぁ、はぁ……助かり……ました……あっ!」
二人はお礼を言うと同時に剣の血を葉で拭う二人に近づこうとするが、彼らごしに馬に乗った兵士の集団の姿を認める。
「はぁ、はぁ……に、逃げないと! はぁ、はぁ……奴隷にされちゃうっ!!」
「ご、ごめんなさい! 私たち行きます!!」
足がもつれた犬人族の少女が転び、兄が抱き起しているうちに、馬に乗った二人の兵士が狭い街道を塞ぎ、逃げ場のないように後ろから遅れてきた四人が展開し挟み込まれていた。犬人族の兄妹は怯えるように後ずさりし、ルディアとヴァルターの近くまで肩を寄せ合って近づいてくる。
「やっと追いついたぜ。逃げ足の速い駄犬どもめ」
「おい、お前ら、そこのチビどもをこっちに渡せ!」
「くせぇな……亡者がいたのか……」
騎馬から兵士たちが乱暴に飛び降り、そのうちの一人が慣れた手つきで太い捕縛用の縄を取り出し、不気味な笑みを浮かべてにじり寄る。
「どうする? ルディア?」
「困ったわね、事情が分からないわね……どういう事かしら?」
兵士たちは、自分たちを前にしても微塵も恐れを見せない二人の落ち着き払った態度と、洗練された旅装、そして何よりヴァルターの抱える過剰な武器の種類を見て警戒し始めた。
「……その装い……討伐者か、厄介な……」
「やり合いたくはないな……」
「まぁ、あれだ、ほら! いいから渡せばいいんだよ! 分かるだろ? 貧乏な村の子だ。口減らしに親に売り払われたんだよ!」
その言葉に、犬人族の少年は裂けんばかりの大声で反論した。
「嘘だ!! 僕たちの親はいない!! 瘴気に、亡者にやられて死んだんだ! 村の連中が勝手に決めたんだ!!」
社会のドロドロとした裏側に疎いルディアが、ヴァルターに助言を乞うように視線を向ける。
「……聖教王国では親がいない場合は、その地域の代表が保護、もしくは孤児院が引き取ることになっているが……」
「シルヴィには事情が分からないものには首を突っ込むな……って言われているのよね」
「手を出さないのか?」
「……そうねぇ……ただ、あまり良くないモノが憑いているのよねぇ……」
ルディアは兵士の周りにまとわりつく「嫌なモノ」の存在を認識して困惑していた。兵士たちの注意がルディアに惹きつけられている隙に、兄妹は街道を外れた茂みの方へ決死の覚悟で逃げだそうとした。しかし、兵士の一人がそれを逃さず、槍の石突を鋭く突き出した。その一撃は、兄の脇腹に正確に命中した。
「ぐあっ!」
「兄さん!!」
みぞおちに衝撃を受け、少年は息を詰まらせてその場にうずくまる。兵士は逃亡を許さないという執念以上に、虐待を楽しむような歪んだ憎しみを乗せ、槍の柄や石突で、無抵抗な少年の体を乱暴に殴打し続けた。
「逃げんじゃねぇよこの野郎!! 手間かけさせやがってっ!!」
「いや!!止めて!お願い、止めてぇ!!!」
妹が泣きながら覆いかぶさって兄を庇うが、兵士は嘲笑いながら槍の柄で彼女を簡単に払いのけ、地面へと吹き飛ばした。
その惨状を黙って見ていたヴァルターが、思わず一歩踏み出す。
「……やりすぎだ」
「あ? 楯突くのか?」
「ちっ! この人数差で勝てると思ってんのか??」
残った四人の兵士も殺気を帯びて抜剣する。そのうちの一人が、まったく動じないヴァルターとルディアの威圧感に気圧され、本能的な防衛本能から、背負っていた厚い「盾」を素早く構え、二人へ向けた。
「……ねぇ、あなた達……その盾の紋章は?」
全く兵士に対して興味を示さなかったルディアの問いに、意気揚々と兵士たちは答える。
「ああ、知っているだろう? 鷲獅子卿ことゼファー・グリフェン様の紋章だ!」
「控えろ!この紋章が目に入らぬ愚民どもが!」
「最初から出しておけば良かったな!」
「さすが、ゼファー様の威光!」
その瞬間、世界から音が消え、空気が凍りついた。
兵士たちは盾の紋章を見た事により、ルディアたちが動きを止め、恐れていると致命的な勘違いをしていた。紋章付きの盾を持った兵士がこれ見よがしにと盾を背中から取り出して構え、二人を嘲笑う。
だが、ヴァルターだけは、隣に立つ少女から溢れ出した本物の「恐怖」を感じ取っていた。
みるみるとルディアの瞳が鶯色から鮮烈な真紅へと染まり、異様な威圧感が周囲を巻き込む。犬人族の兄妹は恐れおののき腰を抜かす。異変を察知した周囲の鳥が一斉に羽ばたき、兵士の乗ってきた馬が嘶き、我先にと森の奥へ全力で逃走していった。
「うお?!」
「なんだ?? 鳥が!?」
「馬が!!」
兵士たちは何も感じていないようだった。ただ、馬が突然逃げ出し、犬人族がひれ伏し、ヴァルターが険しい表情を浮かべている……明らかに「何か」が起きた事を察し始める。
「一体、何をし……えっ!?」
突然、爆音が響いた。
鷲獅子の盾を構え、傲慢な笑みを浮かべていた兵士の体が、一瞬にして真っ二つに裂けた。構えていた腕ごと、強固な鋼の盾が紙屑のように断ち切られ、彼は自身の血を盛大に撒き散らしながら、放り投げられた人形のように宙を回転して吹き飛んでいった。
「えっ?」
さらにルディアの悪魔の様な斬撃は続く。意気揚々と盾を構えていた二人が一瞬にして、盾ごと腕を切り飛ばし、返す剣で首を跳ね飛ばす。斬撃に乗った膂力が強すぎるが故、切り飛ばしたものがボールのように吹き飛んでいく。
「な、なにが?」
「ちょっと待て!! 話を……」
ルディアの目が真紅に怪しく光り輝く。兵士が付きだした槍を大根のように剣で切り裂きながら近づいて、胴体を袈裟切りにして吹き飛ばす。
「ま、まてっ!!」
「え? えっ?!」
残った二人の兵士は慌てて腰にさしてあった剣を引き抜こうとするが、一瞬にして手首を両断される。
「ぎゃっ!! 手が、手がっ!!」
「た、助け……お願い……」
二人の兵士は激痛にのたうち回りながらも、這いつくばって逃げようとした。だが、恐怖で足がもつれ、泥にまみれて無様に転がるばかりだった。
「助けないわ!……鷲獅子の聖騎士は……子供たちにも慈悲をかけなかった! 私も慈悲をかける必要はない!!」
ルディアがそう叫ぶと、怯え切った二人の兵士の首が鮮血と共に宙へと舞った。剣をふりぬいた姿勢でルディアは暫く静止し、天を仰ぎ見ていた。
ヴァルターは紅の瞳が普段の鶯色に変わっていくのを見届けた後、声をかける。
「……気が済んだか?」
「……不愉快な気分になるものね……」
「生かしておけば情報源になったんだが……」
「……ごめんなさい……色々と思い出して頭が真っ白になって……」
「それに、ヴァルター……あの人たちの背後、見たでしょう?大勢の、死んでいった獣人たちの怨霊が取り憑いていたわ」
「怨霊?」
ヴァルターが眼帯を外し、赤く染まった左目で兵士たちを見ると、確かに亡霊の様な、不愉快になる何かが付きまとっていた。
惨劇が一段落したのを見て、犬人族の少年が血に染まりながらも、震える声でお礼を言おうとした。だがその声は掠れ、命の火が消えかかるほどに弱々しかった。
「お……姉さ……あり……がとう……」
「ありがとうございますっ! ああ、兄さん……どうすれば……」
少年の傷は内臓まで達している様だった。少年は咳き込み、口から血を吹き出す。ヴァルターが慌てて駆け寄り傷の具合を確かめる。
「……酷いな……手加減を間違えている……内臓が……長くは持たない」
「そんな!!兄さん、嫌だよ、置いていかないで!!」
少女は絶望の叫びを上げる。その悲痛な光景を、ルディアは静かに見守っていた。彼女の目には、かつての自分たちの姿が重なっていた。ルディアはゆっくりと、致命傷を負った少年の傍らへ近づき、憐憫の眼差しを向けた。彼女は一度、深い森の天を仰ぎ見た後、決意を秘めてぼそりとつぶやいた。
「……血を二滴くらいかしら?」
「……ルディア、よく考えろと言われていたのではないか?」
「復讐を……行動を起こしているから……私はもうひっそりと暮らすことは出来ないから……」
ルディアの脳裏には、霊が見せた「隠れ里」での虐殺の映像が、鮮明な痛みと共に焼き付いていた。彼女は悲しみの表情を浮かべながら、震える兄妹を顧みた。
「それは……」
「平和な世界での話だったんだと思う。……生きて行くだけだったら……血で仲間を増やすなんて思わない……増やさなくても大丈夫なんだろうなって……」
「……そうだな……」
ルディアが持っていた魔法の剣を地面に突き刺し、苦しみに喘ぐ少年に歩み寄った。
「離れていなさい……傷を治すわ」
妹が驚きながらルディアを見上げる。
「え? 本当ですか? もしかして奇跡の力が使えるのですか!?」
「いえ……奇跡……ではないわね……呪いかもしれないわ……」
妹が不安そうに見守る中、ルディアは数滴の血を兄へと飲ませる。血を飲んだ他の者と同様に犬人族の少年は首をかきむしりのたうち回る。傷口がまるで逆再生されるかのようにみるみると元の形へ戻り、傷跡さえ残さず治癒していった。
「に、兄さん!! 大丈夫??!」
「げ、ゲホツ!! ……な、なにが……」
犬人族の少年は涙目になってルディアを睨みつけるが、自分の手足が普通に動くのに気が付き、自分の傷を確かめるように起き上がる。
「傷が……お腹が痛くない……本当に治った……」
「兄さん!!よかった、本当によかった!!」
犬人族の少女が、勢いよく少年の首に抱きついた。抱き合って喜ぶ二人の沈黙を破るように、少女のお腹が「ぐぅ〜」と大きな音を立てて鳴り響く。あまりに場違いで、殺伐としていた街道の空気がふっと緩み、その場に小さな、温かな笑いがこぼれた。




