3-5 山賊団の討伐後
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砦の役割を果たしていたその洞窟から、ルディアが珍しく余裕のない様子で飛び出してきた。常に氷のように冷徹な彼女にしては珍しく、その真紅に揺れる瞳には明確な動揺の色が混じっていた。血の臭いが立ち込める中、新たな死体を前に背を向けて立ち尽くすヴァルターの無事を確認すると、張り詰めていた糸が切れたように安堵の吐息を漏らし、静かに彼へと歩み寄った。
「何事かと思って来てみたら……」
「ああ、すまない……騒がせたな」
ルディアの視線が、ヴァルターの足元に転がっている男へと注がれる。彼女は屈み込むと、男の衣類の質感を確かめるように裏表を調べた。
「この人だけ、装いが違うわね。貴族の類かしら?」
「そうだな、聖教王国の貴族……ではあるな」
「途中で逃げ出していた人ね。単なる山賊の仲間ではなかったということかしら?」
「ああ、やっぱり気が付いてたか……」
「ええ、魔力の高まりを感じたから強い敵でも……幽鬼でも出てきたのかと思ったのよね」
「……すまん。俺の……怒りに反応するのか?」
「そうね……フィデラもそうだったわね……」
ルディアの呟きに、ヴァルターは答えず視線を落とした。足元には、男が抱えていたであろう銀貨が散乱している。
「それで、こぼれた銀貨はどうするの?」
「……袋に移し替えておく……」
ヴァルターが腰を落としたその時、不意に複数の気配が近づくのを察知した。二人は瞬時に目配せを交わすと、相手の出方を伺うべく物陰へと身を潜める。
「……囲まれているわね。手慣れた散開の仕方だわ」
「ああ。だが、この気配……山賊の残党ではなさそうだ。ん? 見知った顔がいるな」
ヴァルターは警戒を解き、物陰から姿を現すと、近づいてくる集団の一人に軽く手を挙げた。相手は一瞬身構えたが、ヴァルターの顔を認めるなり、感激に震える声を上げた。
「……なんと! ヴァルターか!! 貴様生きてたのか!」
「おーい!! 大丈夫そうだ。ここに山賊はいないみたいだ!!」
現れたのは、討伐隊の斥候部隊だった。隊長を筆頭に、手練れの兵たちが次々と姿を現す。だが、彼らがヴァルターの足元に広がる惨状を目の当たりにすると、その表情は歓喜から狼狽へと一変した。
「……なんて数だ……」
「……これを君たち……いや、ヴァルターだけでやったのか? 他に仲間は?」
ヴァルターが傍らのルディアを盗み見る。彼女はふいっと視線を逸らした。「目立ちたくない」という彼女の要望を思い出し、ヴァルターは即座に口裏を合わせることにした。幸い、今回の彼女は返り血をほとんど浴びていなかった。
「……ああ、そうだな。俺が一人で片付けた」
「相変わらずすごい……」
「死亡説が流れてたが、死ぬような奴じゃないな、やはり……」
「だが……その髪の色は。亡者にでも取り憑かれたのか?」
「亡霊に生気を抜かれた人間のようだな……」
「……ああ、そんなところだ。死線を潜りすぎると、色も抜けるらしい」
ヴァルターは自嘲気味に笑った。やはり髪の色がかなり「白銀」に変わったのは目に留まるらしい。思ったより目立つ反応をされたので髪を染めることも考えていた。眼帯で隠している片方の「再生した紅の瞳」は知り合いに見られると大変な事になると思うには十分な反応だった。聖教王国の異端審問官に見つかれば、かなりの大騒ぎになるだろう。
「……お前らは何しに来たんだ? 随分と小規模なようだが……」
「山賊の討伐だ。この近隣を荒らしまわっててな……主に獣王国連合側の隊商だが、困り果ててな……」
「本隊は後ろでゆっくりと移動中だ。我々は偵察しに先行してたのだが、癒し手が「霊がざわつくといわれてなぁ……」」
「まぁ、「霊がざわつく」理由はわかったな」
「これだけ殺されれば……当然でしょうね」
そこかしこに転がる、斬り伏せられ、あるいは首をへし折られた山賊たちの骸。その凄惨な光景に、討伐隊の面々は戦慄しながらも納得の表情を浮かべた。
「フン! 貴族の飼い犬も混じっているな……」
「はぁ、そういうことですか。面倒な案件だなぁ……」
「……この死体だけは、どこぞの谷底へでも放っておけ。我らは何も見なかった」
「ですね。こんな山奥への伝令なんて……気づきませんものね」
現場の「処理」を心得ている彼らの様子に、ヴァルターは安堵しつつ、早々にこの場を立ち去る算段を立てていた。その傍らで、ルディアは興味深そうに討伐隊のやり取りを眺めていた。
やがて、洞窟の中から奪われていた商品の一部を抱え、兎人族の商人たちが姿を現した。入り口付近にうず高く積まれた骸の山を見て、彼らは絶句する。
「……これは!!」
「……全部殺したのか……」
「戦場跡の様ですな……」
「すごかったんだよ! 音もなく忍び寄って!!」
興奮する少年を嗜めるように、兎人族の夫人がその頭を撫でる。討伐隊の隊長が兜を脱ぎ、商人たちに歩み寄った。
「おお、ロット・ラット商会の会頭ではないですか! ご無事で何よりだ」
「はい、ありがとうございます。二人のおかげで命を繋ぎ止めることができました」
「二人? ……やはり……本当に二人でこれほどの数を……」
事情聴取が始まり、喧騒が広がるのを余所に、ルディアは我関せずといった様子で黙々と矢の回収を始めていた。特製の矢尻は山賊の肉体を深く貫いており、それを引き抜く光景は、どこか神秘的でいて月下に舞い降りた精霊のようでもあり、あるいは慈悲なき死神のようにも映った。
「あの娘、狩人なのか?」」
「さすがに一人では……」
「矢の刺さり方が尋常ではないな……魔術か?」
「魔術師でしょう。ただならぬ気配を感じます……さしずめ「宵闇の魔術師」ですかねぇ……」
「そうだな、魔術師か……」
「もう、何が何やらですね。理屈を考えるだけ無駄でしょう」
「あとは後続隊の『首脳陣』たちに、この死体の山をプレゼントとして押し付けようじゃないか」
「同感だ……」
先遣隊のメンバーは、眼前のありえない光景と、あまりに浮世離れした二人の存在感に、頭の整理が追いつかないまま、ただ呆然と立ち尽くしていた。
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事後処理に追われる討伐隊と商人たちを背に、ルディアとヴァルターは、最低限の路銀が入った袋を一つ手に取ると、街道を外れた山道へと足を進めていた。
「いいの? あの人たち、昔馴染みだったのでしょう?」
ルディアが、夕日を反射する宵闇の髪を揺らしながら問いかける。
「構わない。あそこにいれば、さらなる面倒事に巻き込まれるのが落ちだ」
「……その袋のお金だけで、足りるの?人間の街で過ごすには、もっとたくさん必要なのでしょう?」
「ああ。これだけあれば、鷲獅子卿の城塞に辿り着くまでの宿代と食いぶちには困らないだろう。それにある程度の足りなかった旅装も買えるはずだ」
「武器は新調しなくても良いものね……あ、矢尻だけは特製のものをお願いしたいのだけれども」
「ああ、その辺は金貨も頂戴したから大丈夫だろう……」
「え? 金貨なんていつの間に……」
「ルディアが兎人族の家族に囲まれて、女神様のように拝まれていた隙だよ。……ほら、これが聖教王国の金貨だ」
ヴァルターが指先で弾いた金貨が、夜闇の中で鋭い黄金の輝きを放つ。ルディアはその硬貨を手に取り、刻印をなぞりながら、しばらく真剣な面持ちで熟考に耽った。
「……人間たちの世界は……野盗を襲えばお金に困らない世界なのね。魔獣を相手にするより遥かに安全だわ」
あまりに無垢で、かつ徹底的に効率を重視した「略奪者」としての発言に、ヴァルターは深い溜息をついた。
「……はあ……そんな真似ができる奴は、人間にはそうそういない……いないんだ……」
ヴァルターは呆れながらも、道徳観が欠落した「異形の娘」の思考に、不思議と毒気が抜かれるのを感じていた。懐に収まった、強奪した大量の路銀。隣を歩く世間知らずで美しい「死神」……
(……まあ、こういう旅も、そう悪くはないか)
彼は口元に微かな苦笑を浮かべると、再び鷲獅子卿の城塞都市へと続く、長く険しい道のりへと一歩を踏み出した。
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その頃、静寂を取り戻した山賊の砦では、兎人族の少年キャロが商品の運搬を手伝いながら周囲を見渡していた。
「あれ……?ルディアとヴァルターは?さっきまでそこにいたのに」
「あら?そういえば、あの方たちのお姿が見えないわね……」
キャロの言葉に、共に作業をしていた母親も手を止め、怪訝そうに首を傾げた。その様子を横目で見ていた討伐隊の斥候が、帳簿に羽ペンを走らせながら、気怠そうに親指で山道を指し示した。
「あっちに行きましたね、二人なら用事があるからと言って、そこにあった小さめの銀貨の袋を一つ持って行っちゃいましたよ?」
「な、何だと!?何故それをすぐに報告しない!」
会話を聞きつけて血相を変えた討伐隊のリーダーが、地響きを立てるような足取りで斥候に歩み寄った。
「え? だって、あの人たち怖いですもん……」
「馬鹿者が! あれほどの功労者だ、討伐組合に連れ帰らねば報告が面倒になるだろうが!」
「そんなこと、事前に言ってくださいよ……」
「くそっ……確か「秘境の隠れ里」の探索の報告をしていないはずなんだ……カルバル殿はどうなったんだ?」
「追っても無駄ですよ。飛ぶような速さで消えていきましたから」
斥候は呆れた様子で肩をすくめると、再び積み上がる略奪品と銀貨の山に、淡々と整理札を貼る作業に戻った。
「それにしても、正式な報酬はいらないという風でしたね。さすがは『特級討伐者』というべきか」
「これだけの山賊を掃討したんだ、報酬も相当な額になるはずだが……」
「しかし、こいつら、どれだけ貯め込んでやがったんだ」
運び出される略奪品の量は、当初の予想を遥かに上回る莫大なものだった。商人たちも人手不足を補うべく、長い耳を揺らしながら必死に運搬を手伝っている。
「せめて、しっかりとお礼を言いたかったのですが……」
「残念ね。……今度どこかでお会いできたら、その時に返しましょう」
夫人の穏やかな言葉に、会頭ロッコリー・ロットは静かに、だが深く頷いた。彼の脳裏には、先ほど見た信じがたい光景が焼き付いて離れない。
「……『託宣の神子』の話は、本当だったのだな」
「あなた……。やはりあのお方が、そうだったのでしょうか」
「紅に染まった目……奇跡をもたらす血……。言い伝え通りだ」
「なに? タクセンノミコって?」
重い荷物を運び終えたキャロが、純粋な好奇心を瞳に宿して尋ねた。父親は遠い異国の空を見るような目をして、愛する息子に答えた。
「神の啓示をその身に宿し、迷える我ら獣人を救い、導いてくれると言われている尊きお方だ」
「……ふーん。よくわからないけど、すごい人なんだね。あれだけ強いんだもの」
「そうね。凄かったわね」
「また会えるかな?」
息子の問いに、ロッコリーは確信を込めて頷いた。
「ああ……会えるさ……あのお方は滅んだ国に伝わっていた……「ヴァリアス共和国」の……最後の希望だからな」
会頭ロッコリー・ロットは、紅に染まったルディアの瞳を思い返していた。かつては世迷い事だと切り捨てていた『予言』が、いまや真実味を帯びて彼の胸に迫っていた。
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―隠れ里の墓標前にて
深い森の木漏れ日が、山刀で刻まれた木の墓標を照らしていた。
「ルディア」と山刀で刻まれた木の墓標の前で一人の半獣人が泣いていた。
猫と人の間の女性は数刻もすると泣き疲れ、涙も枯れ、焦点の合わぬ瞳で木の葉の隙間から覗く空をあてもなく眺めていた。その時。猫の半獣人特有の鋭い感覚が、隣に漂う異様な、しかしどこか懐かしく温かな気配を察知した。
気が付けば、彼女のすぐ隣に、透き通るような肌を持つ少女の霊が静かに腰を下ろしていた。
「アエラ様……あなたは無事だったのですね……」
アエラと呼ばれた少女の霊は、言葉を発することなく、ただ悲しげに、そして慈しむように微かな微笑を浮かべた。二人はしばらくの間、言葉を交わす代わりに、肩を並べて沈黙の中で墓標を見つめ続けていた。
「ルディア様……死んでしまわれたのですね……」
その絶望に満ちた言葉に、アエラは首を横にふるふると振った。だが、猫の半獣人の目には、少女のその仕草さえも届いていないようだった。彼女は依然として虚空を見つめ続け、その顔色は今にも自ら命を絶ってしまいそうなほどに青白く、生気を失っていた。
少女の霊は、このままでは彼女の心が壊れてしまうことを察したのだろう。半獣人の震える手の上に、自らの透き通った手をそっと重ねた。
物理的な感触はない。しかし、彼女の脳裏に濁流のようなイメージが直接流れ込んできた。それは、月明かりの下で、一人で黙々と、墓を掘り続けるルディアの、力強い背中の残像だった。
「え? ……ルディア様!! 生きておられるのですね!!」
驚きに目を見開いた彼女に、アエラは安心したように隠し砦の方向を指し示した。
「……そうです、非常時にはあそこに集まる……そういう約束でした!私は何に絶望していたのでしょう……。ありがとうございます、アエラ様!」
猫の半獣人は勢いよく立ちあがり、地面に転がしたままの背嚢を背負い『魔瘴気の森』へ勢い良く駆け出す。
アエラはその小さくなっていく背中を、風に揺れる影のように黙って見届けていた。
アエラは里で起きた事のすべてを「白黒猫娘のフィデラ」に伝える事はしなかった。
全てを知った「心優しき狩人」が、復讐に身を焼き、悪魔へと堕ちて行く様を、これ以上見たくはなかったから……
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