3-4 全滅する山賊団
山賊の首領が偉そうに武器を掲げ、勝ち誇った顔でヴァルターに剣先を向ける。
「武器を捨てろ!この兎共の命が惜しくないのか!!」
ルディアは山賊の首領の言葉に首を傾げていた。ヴァルターもまた、武器を手放す気配を微塵も見せず、まるで舞台上の喜劇でも眺めるような冷ややかな視線を首領に送っていた。
「? あら? 何を言っているの? ヴァルターわかる?」
「え?……ああ。要約すれば、武器を置いて、大人しく俺たちの言うことを聞け、と言っているんだ」
「なぜ? 今は殺し合いの最中でしょう?」
「……まぁ、そうなんだが」
ルディアの言葉には、皮肉も挑発もなかった。ただ純粋な、決定的な価値観の乖離。その異常なまでの静寂に、首領は人質の喉元にさらに深く剣を押し当てた。
「え? あれ? 言葉が……意味が通じてないのか? 俺、喋ってたの共通語だよな?」
「お頭。言葉はわかってるみてぇだ」
「半獣の俺らでもわかるぞ……」
参謀格の男は、背筋を這い上がるような戦慄を覚えていた。目の前の侵入者たちは、人質という「交渉の切り札」を、道端の石ころ程度にしか認識していない。ヴァルターと視線が合うと、彼は他人事のように肩をすくめて見せた。
「……お頭、脅しに屈する奴らではないかもしれん……」
「んなバカな。兎の子供がいるだろ? 子供を助けるくらいの奴らだろ? 子供にお願いされてここまで来たんじゃないのか? 違うのか?」
思い通りの展開にならない首領は、顔を真っ赤にして懇切丁寧に怒鳴り散らした。
「ちっ! 武器を捨てろ! これは警告だ! 武器を捨てないと、この兎の親が死ぬことになるんだぞ?? お前たちが助けに来たこの兎の親たちが死ぬんだぞ?? いいなっ! お前たちが武器を地面に捨てなかったら、この兎を殺す、いいな? 大人しく捕まっておけ! 野郎ども! やれっ!!」
命令を受け、捕縛用の縄を手にした山賊たちがルディアに肉薄する。だが、ルディアは忠告を気にすることなく近づいてくる山賊を容赦なく袈裟切りにし吹き飛ばす。山賊の肉体は防具ごと両断され、鮮血をまき散らしながら後方へ転がっていった。その現実離れした光景は、その場を恐怖と混乱に陥れていた。
「なっ!?」
「……あ、あれ? 動くなっていってんだろ?」
「お、お頭? こいつら……」
「まさか……人質なんてどうでもいいのか?」
ルディアが足を止め、混乱している山賊たちに疑問を抱き始め、兎の親子、ヴァルター、山賊の首領、山賊たちを順番に眺めて行き、ようやく合点する。
「ああ、やっと理解したわ! 物語によくある『卑怯な悪党が人質を取るシーン』ね! 実際に見るとこんな風になるのね」
その場にいた全員の動きが止まった。山賊だけでなく、人質の兎人族も、そしてヴァルターまでもが呆然と彼女を見つめる。
「……ルディア、それは挑発にしか聞こえないぞ」
「え? 挑発なんてしてないわよ。……ただ、傷つけないように助けなければいけない状況、ということかしら?」
「……まあ、一般的にはそうだな」
「でも、私たちにその必要があるの?」
「……俺たちには、必要ないな」
山賊の首領は、今抱えている兎人族の商人に人質の価値はないことを悟る。それよりも彼らが大事そうにして保護しているキャロの方……そちらに価値を感じていた。
「ちっ!!」
山賊の首領は持っていた兎人族の首を剣で掻き切り、少年の方へ向かう。首を切られた兎人族の男性は必死に傷口を押えるが、抑えた手から血が流れ落ちて行く。
「あ、あなたっ!!」
「旦那さまっ!!」
「え?! 父さん!!!」
兎人族たちが絶叫する。一瞬、ヴァルターがそちらに目を奪われてしまい、山賊の首領への初動がわずかに遅れた。
「しまった! そっちか??」
山賊の首領は、二人と正反対にいた、茫然として立ち尽くしていたキャロを無理やり抱きかかえて人質にする。キャロは何が起きたか分かっていないようだった。
「えっ!?」
この部屋にいた人の殆どは展開についていけて無かった。だが、唯一ルディアだけは場の雰囲気や空気を無視して動き出し、いや、既に「動き終えて」いた。
「止まれ! 止まらないと!! このガキを!! あれっ?」
いつの間にか、ルディアは首領の真横に立っていた。山刀を振りかぶった完璧な殺害の間合い。彼女は至近距離で、平然と問いかける。
「なぜ止まる必要あるのかしら?」
「……へ? あ、あの……なんで? 動いて……いらっしゃるのでしょうか?」
「人質を取るなんて……卑怯者……悪者のすることよ?」
「は、はい? あの……止まらないと……殺しちゃうんですけど?」
「そうよね。殺す前に、会話する前に切ればよかったのね……反省するわ……」
ズザンッ!!!
ルディアは近くにいた山賊の首領を剣で横なぎに両断する。あまりの速さで振りぬいたため頭を吹き飛ばしていた。あまりの剛力と速度に、首領の頭部は両断中に衝撃で弾け飛び、壁に生々しい血の華を咲かせた。その凄惨な光景に、生存者たちは息を呑む。
彼女は山賊の首領の言葉で動きを止めることは一切無かったが、怒りは感じているようだった。血がかからない様に山賊の死体を蹴り飛ばすと山賊の体は勢い良く吹き飛び、岩盤にたたきつけられ激しい音を立てる。彼女の目の色は深く紅く染まっていた。
ヴァルターもまた、相手が呆然としている隙に女性の兎人族の腕をわしづかみにしていた山賊の上半身を横なぎに切り飛ばし、返す刀で他の兎族の人質を拘束していた人間たちを切り飛ばしていく。あまりの速さに山賊たちは対応できず、成す術もなく骸へと変わっていった。
「な、何なんだよ! お前らは!! 化け物めッ!!」
「ひ、ひぃっ!!」
数十人もいたはずの山賊たちだったが、残るは参謀格と数人の山賊だけになっていた。
「くそっ!! かくなる上は!!」
「あ!」
「! 毒?」
参謀格が懐から取り出した赤色の薬品を勢いよく飲む。参謀格の目が金色に染まっていく。それと同時にルディアは容赦なく、超人的な速度の一撃で袈裟切りにして胴体を両断していた。速度に乗った斬撃で吹き飛ばされた死体は、膨れ上がり何かになろうとし切断した断面から触手の様なものが一瞬伸びるが、あっという間にしぼんで肉塊と変わっていく。
「えっ? ……なにかしら……今の」
「……変異しかかってたな……変異する薬なんてあるのか?」
ルディアとヴァルターが異様なものを見て思わず立ち止まっていた。
「さ、参謀……」
「奥の手が……」
「ば、化け物……」
「に、逃げ……ガフッ!」
残りの山賊は隙をついて逃げ出そうと入り口に殺到するが、ルディアが山賊が落とした槍を拾い投げて突き刺し、ヴァルターが背後から剣で切り付け、文字通りの殲滅を行っていた。ルディアが部屋を見回し、兎人族以外に動いている生物がいないのを確認する。
「部屋に敵はいないようだな……」
「……そうね……」
「母さん!!」
「キャロ……良かった、無事で」
少年に縄を解かれた母親が息子を抱きしめた後、すぐさま倒れている夫のもとへ駆け寄った。
「……あ、あなた……」
「父さん!! 父さんは!? 大丈夫なのっ?!」
「……私は……もうダメだ……ありがとう……二人の戦士……」
「助けてくれたことには感謝します……ですが……ですがっ……」
兎人族の婦人は訴えかけるような目でルディアとヴァルターを見る。素人から見てもルディアが見捨てたも同然だった。ヴァルターも強硬策に出るのならば立ち回りを上手くやって……救出は出来たとイメージしていた。ただ、子供の目の前で肉親が殺されるのを見たのは不憫だと思っていた。
「……命があっただけ、幸運だったと思うんだな」
「……そうね……」
ヴァルターがふとルディアを見ると、悲しんでいる兎の親子を見て、若干涙目になり、目が赤くなっている様に見えた。怒りの感情だけでなく、悲しみでも目が変異するのに驚きを覚えた。
「あ! 父さん!! 大丈夫!! 薬、薬があるよね魔法の!!」
「ああ、商品の……魔法の薬があればっ! どこにっ!!」
兎人族の婦人と解放された兎人族たちが山賊の荷物を漁り始める。その行動を息も絶え絶えな兎人族の商人は力なく制止する。
「無駄だよ……使われてしまった……山賊たちに……」
「そんなっ!!」
「ダメなの? もうっ?」
ヴァルターはもう手遅れと思いつつルディアを見る。彼は彼女を責める気は全くなかったが、険しい表情になっている彼女の心情が気になっていた。すると、彼女は静かに口を開いた。
「……ちょっと実験してみようかしら……」
「……なにを……だ?」
「どれくらいの効力があるか……試してみる必要があると思うの……」
「まぁ、それでいいんじゃないか? だが……いいのか?」
「……彼の口を開けさせて」
「わかった」
ヴァルターがぐったりして横たわっている兎人族の口を上向きにし固定する。兎人族の婦人が困惑し始める。
「な、なにを?」
「騒ぐな……死なないかもしれない……確証はないが……」
ルディアが持っていた魔法の短剣を腰から抜いて優しく自分の指を切りつける。傷をほんの少しつけ、息も絶え絶えな兎人族の口に一滴ほど垂らす。そのあと、水筒の水を口に流し込む。
「一滴だけ……こんなに少ないのは初めてだけれども……」
「う、うがあああ!!!」
兎人族の男性は激しく苦しみ、自身の頭をかきむしった後、目を見開く。目は赤く染まっていく。だが、掻き切られた喉の傷は徐々に煙を出しながら治っていった。
「あ、あなた大丈夫なのっ! なにをしたんですかっ!!」
「父さんっ!!」
「旦那様っ!」
毒でも飲まされたかのような反応を示す夫を見て、婦人は激しい視線をルディアに向けた。ヴァルターは塞がっていく傷の様子を見て呆然としていた。たった一滴だったが、高級な魔法の薬並の効力が発揮されている様に見えた。
「その量で……傷が……治っていくな……」
「一滴で良かったのね……」
「……俺はどれだけ飲まされたんだ……」
「かなり深く切ったから……」
「……そうか……」
傷が治っていく様を見慣れている二人は冷静にその現象を分析していたが、初めて見た兎人族たちは目の前で起きた奇跡のような現象に驚きを隠せなかった。
「治った……」
「これは……神の奇跡……」
「すごい!」
「ああ……なんてこと!! あ、ありがとうございます!!」
「ありがとう、ルディア!!」
キャロのたち、兎人族の目が涙で輝いて見える。兎人族の男性は目を開き自分の喉の傷を触って確かめる。
「え? 苦しくない……痛くない……どうなっている? 私は……死なないのか?」
「そうよ……傷が治っています……旦那様……」
「し、信じられん……神の……使徒様なのか?」
兎人族の男性が立ち上がる……自分の体が動くことを確認した後、深々と一礼をする。それに倣い他の兎人族も一礼をする。ただの一礼ではなく、神に対する一礼に見えた。二人は獣王国連合の風習を詳しく知らなかったのでその行いを理解することは無かった。だが、その敬意の重さだけは伝わってきた。
「血を飲ませる相手はよく考えて……じゃなかったのか?」
「そうね。だけど……実験も必要だった……そうでしょ?」
「まぁ、ルディアがいいのなら……」
ルディアは部屋の奥を見つめ、複数の気配を察知した。
「……あ、囚われた人、まだいるみたい。ちょっと行ってくるわ」
「わかった。俺もちょっと用事がある。後で合流する。兎人たちに口止めはしておけよ」
「ええ、分かったわ。それじゃ」
ヴァルターはこの部屋の侵入時に見かけた一人の、裏をかくように真っ先に逃げ出した「身なりの良い人間」に覚えがあったので、彼の研ぎ澄まされた感覚を使って後を追っていった。
§ § § § § §
貴族の伝令役は一人こっそりと抜け道を使い山賊のアジトを抜け出し、荷物を馬に乗せ、自身も飛び乗って立ち去ろうとしていた。だが、突然首根っこを引っ張られ地面に引きずり降ろされる。恐怖でひきつりながら見上げると巨漢の男が彼を見下ろしていた。
「逃げ足は随分早いようだな」
「ひっ!!」
ヴァルターは聖教王国の伝令を片腕で吊り上げた。その圧倒的な怪力と、もう片方の手に握られた剣に、男は死を予感して震え上がる。
「……ヴァ、ヴァルティウス様……み、見逃して下さい……」
「その名は捨てている。お前たちが何故、この地に関わる? 呪われた地と言っていたはずだが?」
「はひ……そ、祖国統一のため……「栄光なる清浄の大地」を奪い返すためです……」
「祖国のため? どこがだ?」
「不浄な獣人共の補給を断てとの命令です!! 獣人を殺せばこの地は浄化されるのです!」
「聖教原理主義の司教の言葉か? それともゼファー・グリフェンの独断か?」
「聖教団は知りません……かの鷲獅子卿の……」
「やはりゼファーか」
ヴァルターは片方の剣先を貴族の伝令役の首に突きつける。
「補給を断つ……割には随分とあくどい事をしているな……」
「ひっ!! 獣人たちの物資を奪えとの命令ですっ!」
「……強盗、野盗に関わった者は、聖教王国の法律ではどうなるんだ?」
「……事の大きさに関わらず……関わらず……」
「そうだな」
ヴァルターが殺意の籠った目で伝令役の目を覗き込む。
「市中引き回しの上、極刑……だったな」
「で、ですがっ! 汚れた血の浄化をしているのです! 大儀があるのですっ! 獣人の殲滅を行えば、この地は浄化されるのです! 救われるのです!」
ヴァルターは馬の荷袋を剣で突き刺す。すると、中から大量の銀貨が零れ落ちてくる。
「……これが大義の結果か」
「それは……そうです、献金、教会への寄付金です!! ヴァルティウス様? え? な、そ、その目はっ!?」
ヴァルターの目が赤く輝くと同時に絶叫が響き渡った。
§ § § § § §




