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竜血の復讐姫 ~魔女に育てられた少女は「悪」を狩り、世界を浄化する  作者: 藤明
三話 狩られる山賊達

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3-3 崩壊する山賊団

§ § § § § §


― 野盗のアジトの前で


 切り立った天然の洞窟を土台に、稚拙な石積みを重ねた砦の周囲には、鋭く削り出された木の杭が防壁として張り巡らされていた。

 即席のバリケードとはいえ、それなりの人数を投じて築かれたことが見て取れる。魔獣や低位の亡者の侵入を防ぐには十分な規模だが、よく見れば小動物が容易に通り抜けられるほどの隙間が至る所にあるお粗末な造りだった。


「あれが、野盗の根城ね?」

「そ、そうだ。お、俺はこれで……」


 捕まった山賊がその場から逃げようと後ずさりをする。ルディアが不思議そうに無垢な子供のような瞳で山賊を見る。


「? 逃がすわけないじゃない」

「え?」


ゴキッ!! という鈍い音が静寂を打った。


 ルディアが案内してきた山賊の首をひねってへし折る。ヴァルターから音も血の出ない殺し方を伝授され実行していたのだが、あまりに淀みない、水の流れのような死の執行に、兎人族の少年には何をやっているかわからなかった。目の前の男が、突然首を後ろに向けて崩れ落ちたようにしか見えなかった。


「へ?」

「……容赦ないな……」

「そう? 野盗が心を入れ替えるのは物語の中だけ。そうジークが言っていたわ」

「……まぁ、たしかにそうだな……」


 ヴァルターは人生経験からルディアの発言は過激だが、大筋その主張に合意していた。……だが、いい年ごろの見た目麗しい娘さんが、眉ひとつ動かさずに人間を屠る様を見せつけられると、育ての親である「狩人のジーク」とやらは一体どんな英才教育を施したのかと、本気で問い詰めたくなった。


 先ほどまで、命乞いをしていた山賊が物言わぬ存在となったことで、兎人族の少年が文字通り目を丸くしていた。


「……死んだの?」


「ああ」

「……なんで殺したの?」

「……騒がれては困る……」


ルディアは無機質な瞳を少年に向けた。


「そうねぇ……どちらにしろ逃げた先でまた人を襲い、また盗みを働くでしょうね」

「……そうなの?」

「一度「楽」を覚えた人間はまた同じことをするらしいわ。師匠の教えね」


「……静かに」


 ヴァルターが手をあげて会話を断ち切った。三人は音を殺して身をかがめ、砦を一望できる岩陰へと移動した。ヴァルターがルディアから手渡された折り畳み式の遠眼鏡で、陣容を精査する。


「結構な規模だな」

「三十人から五十人ってとこかしら?」

「……そうだな。それくらいだと予想できる。もっと多そうだけどな……」


 ルディアが山賊たちの動向を見守りながら呟くように問いかける。


「彼らは……私の仲間たちの敵……になるのかしら?」

「そうだな……防具を見るに寄せ集めだが、持っている武器が聖教王国で見かける軍用品だな……」

「……あなたはあの人たちを全員殺すことを止める?」


 ルディアの問いに、ヴァルターは薄く笑った。


「いや、俺も野盗は殲滅する主義でね……もっとも報酬が出ればだが……」

「報酬はあの中よね……」

「だな……運び込まれたものが……多々あるようだな……馬も接収してるな。馬具は荷馬用か……」


 ヴァルターは、敵の数を聞いても微塵も怯まないルディアに、改めて底知れぬ畏怖を覚えた。ルディアの眷属になる前のヴァルター、「百人切り」と揶揄された実力でも三十人と聞くと及び腰になり、相当の覚悟が必要だった。

 二人は背負っていた大きな荷物を下ろし、戦闘態勢を取る。不安そうに兎人族の少年が二人を仰ぎ見る。


「大丈夫……なの?」


不安げに仰ぎ見る兎人族の少年に、ヴァルターは短く応じる。


「ああ。今の俺たちなら、問題ない」


 砦の出入り口は一つ。ヴァルターが退路を断つ策を練っていると、ルディアが好奇心に満ちた口調で囁いた。


「色々試したいの。騒動にならない限り、手を出さないでね」

「……承知した」


 ルディアは兎人族の少年にいつも通りの淡々とした声をかけた。


「あなたは……隠れるか逃げるなりしなさい。ついてこられても安全を保障できないわ」

「わかりました……気を付けて……」


 二人が見守る中、ルディアが木のやぐらの見張り台を音も無くこっそりと登って見張りの山賊に近づき、後ろから組み伏せたと同時に首をへし折る。すぐさま音も無く飛び降り門番の背後を取ると口をふさぎ、門番が持っていた短剣で喉を掻き切った。死体は音を立てぬよう慎重に茂みへと引きずり込まれる。

 ……自分の武器を使わない「ヴァルター式暗殺術」の訓練は彼女の中で続いているようだった。


 遠くで物陰に隠れながら見ていた兎人族の少年は驚きが隠せなかった。


「……お姉ちゃん……すごい、暗殺者だったの?」

「狩人だな……まぁ、人も狩れる狩人だが……」

「……人も……」


 砦の中に入ってもルディアの「ヴァルター式暗殺術」のテストは続く。後ろから組打ち、相手から剣を奪い喉を掻き切り、首を持っては折りながら地面にたたきつけ、歩哨に見つからないように死体を物陰に引きずっていく……彼女は返り血を浴びずに作業を進められることに、どこか上機嫌ですらあった。


「……本当に教えた通りに実践しているな……恐ろしい……」

「おじさんが教えたの?」

「……ああ、そうだ……おじさん……おじさんか……」


 そんな死が迫る非常時の中、見張りをさぼり、砦の粗雑な木のテーブルの前でカードゲームに興じる山賊の一人が違和感に気が付く。


「おい、なんかおかしくないか?」

「ん? なんだ?」

「そんな事を言って……手札から目を外させる気だな?」

「いや、そうじゃなくて……おおっ!?」


 不意に、山賊の一人の首を後ろからへし折られる、異変を察知して立ち上がろうとした二人が武器を取ろうとするとするが、一人はルディアが投擲した短剣が眉間に突き刺さり、そのままフラフラと立ち尽くす。


「てめっ!ぐほっ!」


 最後の一人は発声を止めるのには間に合わず、ルディアは奪った剣で首を一突きする。死体を剣が刺さったままゆっくりと地面に降ろそうとするが、眉間に短剣を深々と受けた山賊の体がバランスを崩して倒れ込んだ。


 ガッシャン……ガラガラガラ……


鎧の金属片とガラクタがぶつかり合う、不快な音が砦内に響き渡る。

 

「あっ……」


ルディアが小さく声を漏らす。


「おい、何の音だ?」

「おい、何やってんだよ!」


 天然洞窟の砦から山賊が二人気だるそうに出てくるが、姿が見えると同時にルディアの自前の剛弓から放たれた特製の矢が、彼らの頭蓋を粉砕し、まるで殴られたかのように吹き飛んでいく。矢によるものとは思えないほどの衝撃だった。


「すごい!!」

「……傍から見るとバリスタの射撃みたいだな……あんなの受けてたのか、俺は……」


 ヴァルターの研ぎ澄まされた感覚が、砦内の何人かの山賊が唐突に動き出したのを捉えていた。


「ここまでだな……お前は隠れていろ。見つかるなよ? 出てきたら死ぬと思え?」

「わ、わかりました……」


 兎人族の少年を残し、ヴァルターが盾を構えながら入り口の方に物陰を利用しながら小走りでルディアに近づいていった。


「あら? 手伝ってくれるの?」

「さすがにあれだけの音を立てれば……全員引きずり出されるだろう」

「そうね。人間は倒れるときは魔獣より大きな音を立てるのね……」

「まぁ、じゃらじゃらと金物を身に着けてるからな……」


 ヴァルターは壁に立てかけてあった槍を無造作に掴むと、そのまま天然の砦の二階部分から様子を見ようと覗きこむ山賊に向けて槍を投擲する。胴体を狙おうとしていた槍が予想以上に浮かび上がり狙った位置より上に命中し、山賊を吹き飛ばし派手な音が響き渡る。投げた当人が威力に驚いていた。


「……槍の軌道……速度が……」

「随分大きな音ね。こういう時は音を立てちゃダメなんじゃないの?」

「くっ……俺も練習が必要だな……」


 砦の中から何やら怒声の様な大きな声が響き渡り始めていた。山賊たちが「招かれざる死神」の存在に気づいたようだった。



§ § § § § §


ー 山賊のアジトの中


 山賊の天然洞窟の砦の中は、混乱と焦燥に包まれていた。明朝の撤退に向けて選別作業を急いでいた最中、屋外から響いた轟音と叫び声が、彼らの逃走計画を打ち砕こうとしていた。


 例外なく山賊の首領と貴族の伝令役も、金目の物を背嚢にぎっしりと詰めていた。


「なぁ、今の音、かなりでかかったんじゃないか?」

「喧嘩でもおっぱじめたか?」


 参謀は重要そうな書類を袋に詰め込みながら苛立ちを露わにした。


「ったく、この非常時に……班長たちはなにをやってるんだ………おい、ガトゥ。様子をみに行け! 喧嘩なら首を撥ねてでも止めさせろ!」

「俺っすか? 俺も……」

「小遣いは多めに渡すから行ってこい! お前じゃ物の価値はわからんだろう?」

「へ~い」


 ガトゥと呼ばれた山賊は、参謀の目を盗んで机の銀貨を数枚掠め取ると、鼻歌まじりに部屋を出た。


「お~い、なんかあったのかぁ? おーい?」


 外に出たガトゥは、異様な静けさに違和感を覚えた。いつもなら下品な笑い声が絶えない広場が、今はただ風の音しか聞こえない。


「あれ~? おっかしいなぁ……ん……血の匂い? 狩りにでも出てたのか?」


 ガトゥが太陽に照らされた屋外に出る。まぶしさで目を手で覆う。ふと足元に何かが当たる。見慣れた山賊仲間の切り離された「腕」だった。


「え?」


 目が光に慣れるにつれ、そこにある光景が鮮明になる。折り重なるように積み上げられた、物言わぬ仲間の死体の山。

 次の瞬間、ガトゥの視界が唐突に一回転した。熱い痛みが首を走り、意識だけが宙を舞う。崩れ落ちる自らの体を感じながら、彼はポケットからこぼれ落ちた硬貨が、虚しく地面を叩く音を聴いていた。


「あったわよ! 見たことのない銀貨! 聖教王国の銀貨よね?!」

「……これから丸ごと頂くんじゃないのか?」


 ガトゥの薄れゆく意識の中に、男女の声が聞こえた……それと、自分を見下ろし殺意を放つ小さな兎人族の少年の影が焼き付いた。



§ § § § § §


 砦の最深部、淀んだ空気が漂う作戦会議室で逃げる準備にあわただしい山賊たちが行き交っていた。地図を広げ、次の逃走計画を練っていた参謀格の男が、不意に動きを止めた。羽ペンの先からインクが滴り、羊皮紙に黒い染みを作る。彼は獲物を狙う獣のように鼻を鳴らし、周囲の空気を探った。


「……血の匂いだな……」


 その一言で、荷造りに追われていた十人ほどの山賊たちの動きが凍りついた。彼らはこの男の直感が、幾度となく一団の窮地を救ってきたことを知っている。誰もが呼吸を殺し、音を立てぬよう慎重に、傍らの粗末な剣や斧の柄を握り締めた。


「静かすぎる……」


 傍らにいた貴族の伝令が、青ざめた顔でガタガタと震え出した。彼は保身のために首領の腕にすがりつく。


「探索者か……厄介な討伐者か? それとも魔術師か? 眠りの雲の魔法かもしれん……ワシの身の安全はどうなる!?」


 首領がうっとうしそうに、すがる手を撥ね退けた。


「わかりませんって……なぁ、もしかして例の大部隊か?」

「いや、あれはかなり遠い……『転移の魔術』でもない限りここにはいないだろ」

「腕利きの斥候、魔術師だけ先に到着……の可能性はあるな」

 

 参謀は即座に最悪の事態を想定し、獣人たちが押し込められている地下檻の番人へと怒声を飛ばした。


「おい、念のため獣人共を出せ!」

「へ? なんでです?」

「壁として使うんだよ! 人質にする! もしかしたら救出隊が……それにしては早すぎる……」

「了解っす!!」


 普段は剃刀のように冷徹な参謀が、隠しきれない焦燥を露わにしている。その「ただ事ではない」空気感に、山賊たちは浮足立った。彼が動揺する時、それは仲間たちの命が散って行く前触れであることを、彼らは経験で理解していた。


「ど、どうすれば?」

「俺たちは……どーすればいいですかぁ??」

「おい、お前ら外の様子を見てこい! 慎重にな」


「へ、へい」


 二人の子分が腰を引かせながら入り口へ向かう。扉の取っ手に手がかけられた、その瞬間だった。

ドォンッ!!

 扉を開けた瞬間、鼓膜を震わせる鈍い打撃音とともに、二人の体が弾丸のように部屋の奥へと吹き飛んできた。頭部は原型を留めておらず、即死だった。


「ひぃっ!?」

「何だ、何が起きた!」


 華奢な体躯には不似合いな、凶悪なまでの巨大な棍棒を軽々と肩に担いでいる少女、ルディアだった。彼女は悠然とした足取りで部屋に足を踏み入れた。その後ろに護衛らしき巨漢の傭兵……ヴァルターがのっそりと、圧倒的な威圧感を伴って追従していた。


「ふ、二人……だけだと?」

「女!?やっちまえ!」


 恐怖を塗りつぶすような怒号とともに、山賊たちが一斉に斬りかかる。ルディアが相手の武器ごと、巨大な棍棒で力任せに粉砕するように打ち返す。対するヴァルターは洗練された動きで相手の攻撃を打ち返し、返す刀で致命の一刺しを加えていく。彼らが一歩踏み出すたびに一人が絶命していった。


「なっ……」

「……冗談だろ……」


 残された数人の山賊たちは、武器を構えたまま震え、後ずさりすることしかできない。ルディアは一息つくと、手元の棍棒を見て不満げに唇を尖らせた。


「美しくないわね……」

「……この部屋の惨状のことか?それとも、転がっている連中の顔か?」


ヴァルターが冷静に問い返す。


「この武器よ。野蛮すぎるわ! ヴァルター。あなたみたいに洗練した動きがいいの!」

「……そんなことを言われてもな」


 ルディアの場違いな感想に、ヴァルターは呆れるが山賊たちの動向には常に気を張っていた。一人がどこかに隠れ、何人かは離れた場所に増援を呼びに行っていると感じていた。


「ははっ……魔獣討伐者組合のいかれ野郎かよ……」

「……最悪だな……「魔竜討伐者」のヴァルターか」

「ヴァ、ヴァルターだと!?単独で魔竜を仕留めたという、あの?」


「あら?あなた、意外と有名人なのね」

「……この辺りのゴロツキの中ではな……」


 手下のほとんどを失い、逃げ場を失った山賊の首領たちは、絶望に顔を歪めた。いつでも逃げられる構えを取るが、この砦の唯一つの入り口が化け物のような二人に塞がれるのを見て絶望をしていた。ルディアは折れかかった棍棒を放り投げ、足元に転がっている二振りの山刀を両手に持つ。すると、部屋の奥の方からもめるような声が聞こえる。


「やめてっ!!」

「なにするんだ!汚い手で触るな!」

「うるせぇ、さっさと歩けッ!!」


 部屋の奥から重々しい木の扉を押し開けるように、兎人族の夫婦に剣を突き付けた山賊たちが出てくる。二人の後を追って隠れていた兎人族の少年が両親を見つけて思わず叫ぶ。


「父さん! 母さん!!」

「キャロ!!!」

「なぜここに来たのっ!」


 兎人族の商人夫婦が驚きと絶望の声を上げる。思わぬ場所からの声に山賊の首領がニヤリと笑う。子分から兎人族の父親を奪う様に抱きかかえ、その喉元に鋭い剣を突きつけた。


「おおっと……そこまでだ、英雄様。……一歩でも動いてみろ、この兎の首が飛ぶぞ。……形勢逆転だな?」


 山賊の首領は勝ち誇ったような笑みを見せた。


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