3-2 狩られる山賊たち
霊の逃げゆく先を追い、血の匂いを辿って街道を進んだルディアとヴァルターの前に、無残な光景が広がった。そこにあったのは、獣人王国の商人が好んで用いる堅牢な馬車数台の成れの果てだった。無数の矢が深々と突き刺さり、窓ガラスは砕け散り、扉は乱暴にこじ開けられて積み荷が散乱している。先頭の車両は車輪に丸太を噛まされて横転し、すべての馬車から繋がれていたはずの馬が強奪されていた。
周囲には護衛らしき犬人族、兎人族、獣人と言われる人種の遺体が転がっていた。大量の矢が刺さったあと、それに止めとばかりに複数切り刻まれて刺された跡があった。息をしている者は一人もいなかった。
傍らでは、犠牲となった犬人族の霊が恨めしそうに自分の死体を見ている。傷口から流れる血はまだ新しく、事切れてからさほど時間は経過していないようだった。
「……野盗の襲撃直後だな」
「……弓矢の斉射のあと……崖から襲撃にあった……そんな感じかしら? ……人の気配はもう遠いわね」
ヴァルターはルディアの事を驚きの瞳で凝視する。異形の力のみでないのを改めて思い知らされていた。
「……ああ、そうだな」
ルディアは馬車の御者周辺に突き刺さった大量の矢を見て「狩り」を連想していた。里の者総出で対峙した「家ほどの大きさもあるイノシシの魔獣」狩りを思い出していた。
「まるでイノシシの魔獣を狩る時の私たちみたい」
「……相手が動物ではなく人間だという点を除けばな。獣人族がターゲットなのかもしれんな」
「……なぜ?」
ヴァルターは地面に落ちた一本の矢を拾い上げた。
「矢が聖教王国の軍隊で使用されるもの……それと死んでいる人間が全員獣人なのと、獣王国連合でよく見るタイプの商人の馬車……余り計画的ではなさそうに見えるな」
「……そこまでわかるものなの?」
「ああ、荷馬車に物資が、運びにくいものが大量に残っている。それと普通なら馬車は壊さない……バリケードを築き、足止めをする。それに普通ならば奪った馬車をそのまま使ってアジトなりに持っていく……簡単に言うと衝動的に襲った……慣れていない、無計画な人間か、なりたての野盗たちの仕業になる」
ルディアは感心したように頷きながらも、どこか疑わしげな視線を彼に向けた。
「……まるでやって来たかのような話しぶりね」
「……やってない……野盗狩りする側だった。その辺もベテランの先輩たちに聞いた話だな」
「そう、それで……その、あまり死体の持っているものは触るのは良くない……って聞かされていたのだけれども……宗教的に……」
ルディアはヴァルターの行動を見て困惑をしていた。彼は死んでいる獣人たちの懐をまさぐり小銭の一枚でも残っていないか探る彼だったが、すぐに苦い顔をして手を止めた。
「……残念ながら、現場では信心深く無くてね……価値のありそうなのは根こそぎ持っていかれているな……武器らしきものは全部盗られているな」
「食料はあるわね……お金は持っていないものなの?」
「身包み剥がされたんだろう。……この規模を襲う連中だ、近くに拠点があるはず。やり方はお粗末だがな」
散乱する小麦の袋を眺め、「これを街で売れば路銀になるかしら」とルディアが考えていたその時……目傍らに立つ兎人族の女性の霊が、心配そうにある馬車の座席を見つめていることに気づいた。
ルディアが馬車の椅子をコンコンと叩き中の空洞を確認すると、座席になっている蓋を開ける。
「……こ、殺さないでっ!!」
隠し細工の収納スペースに丸まっていたのは、上品な服を着た兎人族の少年だった。ミュカたちの様に肌が人間に近い「半獣」ではなく、肌まで毛におおわれた「獣人」の少年だった。
「あら? 兎さん?」
「……生き残りがいたか」
震える少年は、恐怖で目を見開いたまま固まっていた。大人たちに「何があっても隠れていろ」と言い聞かされ、暗い箱の中で地獄のような物音を聴き続けていたのだろう。
「……どうすればいいかしら?」
「俺に聞くな……」
「近くの町まで連れて行く……くらいかしら……お金が無いのだけれども……」
「おい、坊主。この先の町に知り合いはいるか?」
怯える兎人族の少年はルディアの優し気な表情と、ヴァルターのぶっきらぼうだが敵意のない問いかけを聞いて震えが少しずつ収まっていく。
「……あなたたちは、あの人たちの仲間じゃないの?」
「ああ、俺らは……違うな」
「……傭兵かしら? 討伐者かしら? 狩人?」
ルディアがヴァルターを仰ぎ見ると、彼は肩をすくめた。
「君の登録はまだだ……旅の者でいいんじゃないのか?」
その時、ルディアの隣に立っていた護衛の霊が、森の奥を鋭く指差した。何かが草木をかき分ける、微かな音が近づいてくる。
「あ……随分近づいてきているわよ?」
「……そうだな。ちょっと坊主、そのまま隠れてろ」
ヴァルターが剣と盾を構える。強化された五感が、森の中に潜む複数の気配を捉えた。
「ちっ、結構な人数じゃないか……気づくのが遅れたか……」
「え? 強い相手じゃないから放っておいたのかと思ってたわ?」
「……君は気が付いてたのか……」
唐突に、森の影から無数の矢が放たれた。
全弾ヴァルターに集中して雨あられと矢が振り続ける。ヴァルターは舞うような動作で盾を操り、剣を閃かせ、雨あられと迫る矢を次々と叩き落としていった。信じられないことに、すべての矢を易々と撃ち落としていた。あっという間に矢の斉射が終わる。矢をはじいた当人は理解が追い付かずに一瞬呆然とした後、慌てて馬車の陰に隠れる。その隣に、一切狙われなかったルディアが悠然と歩み寄る。
ヴァルターは己の掌を見つめ、驚愕していた。この数か月、ルディアという「人外」を相手に稽古を続けていたせいで、自分の感覚が常人の域を遥かに超えていたことに今さら気づいたのだ。
「……矢が遅く感じる……だと? あの量を……」
「遅くても当たったら怪我はするわよ、先端は刃物でしょう? 気を付けて」
「……ああ、そうだな」
ルディアのいつもと変わらない平淡な口調に、ヴァルターは冷静さを取り戻していく。彼は置いていた包丁でも物は切れるよな……と想像する余裕が出ていた。野菜の皮むきを手伝わされた時に指を切った時の事を思い出していた。
「あの人たち、私の事は狙わないのね」
「ああ、まぁ、女性は……そうだな。傷つけると価値がさがるから……」
「言葉を選ばなくても良いわよ。掴まった女性がどうなるかくらい知っているわ。無理やり交尾させられるのよね?」
「……まぁ……そうだな……交尾って……」
山賊たちは離れた位置で大声でやり取りを始める。山賊たちも予想できない事態に困惑し、矢をあれだけ射かけたはずなのに、生きて馬車の陰に隠れられた事に驚愕していた。
「おい、どうなってんだ!! 生きてるぞ!」
「全部弾かれたのか? そんな馬鹿なことがあってたまるか!」
「んな馬鹿な! 当たったから隠れたんだろ? 怪我くらいしてるだろ?!」
「おい、行くぞ野郎ども!! 男が来たら撃て!!」
「了解っ!」
ルディアたちは身を隠し、相手が見えない状態だったが、森の茂みを出て山賊が姿を現し距離を詰めてくるのが足音だけでもわかる。ルディアはふと思い出したようにヴァルターを見た。
「あ、そうだ。あの訓練やってみるわ」
「……あの訓練?」
「ほら、武器が無い状態で相手の武器を使ってやるやつ」
「ああ、無手からの組手と……武器の節約術かぁ……あいつら相手に? 今?」
「大丈夫よ。手を出さないでね」
「あー、逃げる奴がいたら俺もやる。やつらの仲間に知らされたくない」
「分かったわ」
ルディアが一人、物陰からゆっくりと出て一番近くの山賊へと歩いていく。あまりに普通に無防備に歩いてくるので、弓を構えていた山賊たちが戸惑い、リーダー格の男を振り返る。
「あー、お嬢ちゃん……出来るなら武器を捨てて……って持ってないな」
「可愛いじゃねえか」
「……なんでこんなに落ち着いてんだ? 魔法使いか?」
「杖は持ってないぞ?」
「それに、ほら、魔術師はひらひらの服を着るもんだろ? 探索者っぽいぞ?」
「腰に剣も差してるし、弓矢も持ってるだろ?」
山賊たちが油断と困惑に染まっている間にもルディアは一番近くの目標にスタスタと歩いていく。
「お、お? なんだ? 降参……だよな? 武器を外……」
ガンッ!!
ルディアの掌底が山賊の顎を打ち抜き、その上体を浮かせた。それと同時に、山賊が腰に差していた山刀を抜き、首筋をなでるかのように沿わせた後、素早く翔け抜ける。返り血をあびるという前回と同じ轍は踏まない様に、ルディアの立ち位置と反対から血の飛沫が飛び散る。
「なっ!!」
「何が起きた!?」
混乱する山賊たちの間を、ルディアは風のように駆け抜けた。山刀を横になぎ、切り上げ、また一人と腕と足を切断していく。一瞬にして切れ味の落ちた山刀のボロボロの刃を確認すると、山刀を投げ捨て、今度は仕留めた男から槍を奪い取った。流れるような動作で次の標的の首を串刺しにし、そのまま物言わぬ存在となった体を軽々と放り投げる。
「嘘だろっ?」
「この野郎っ!!」
慌てて山賊が矢を放つが綺麗に「手甲」で打ち払われそのまま投げ槍で胴体を貫かれる。唖然とする山賊に、目も前の山賊から抜き取った斧をもう一方の射手の頭にお見舞いし吹き飛ばす。
わずか数瞬。七人の山賊が物言わぬ肉塊へと変わった。
残された山賊たちは突然あらわれた少女が、「人型の悪夢」のような存在に気が付き、一人が脱兎のごとく逃げようとするが、背後から容赦なくルディアの山賊から奪った剣が一閃して片足を切り飛ばす。
「くそっ!!」
リーダー格の山賊が懐から何かを取り出すが、ルディアの剣の一閃が瓶を持つ腕と体を両断する。手に持っていた薬品の瓶はそのまま地面に落ちて割れた。
「ぐあっ!!」
ルディアが空を舞うように後方へ跳躍し、数メートル後ろに跳躍する。丁度着地地点付近にいた山賊の生き残りの一人が腰を抜かす。ルディアはそんな彼を無視し、山賊が飲もうとしていた瓶の液体が地面に吸い込まれていくのを見て安心して立ち上がる。
「……毒だったのかしら?」
「ひ、ひぃぃっ!!」
ルディアが止めを刺そうと山賊に歩み寄ると、物陰からヴァルターの声が飛んだ。
「まてっ!!」
「えっ?」
ルディアがきょとんした顔をしてヴァルターを見る。
「何故?」
「仲間の居所を吐かせる。まだ殺してはだめだ」
「……なるほど、確かにそうね」
「た、助かった……ありがとう……大男の旦那……」
懇願するような下卑た山賊の目にヴァルターは虫唾が走っていた。足元に転がっている犠牲者たちの惨状を見れば、今すぐ首を跳ね飛ばしたい衝動に駆られる。
「ちっ……」
ヴァルターは手際よく、山賊たちが持っていたロープで、生き残った山賊の腕が動かない様に固く結びつけた。その間にルディアが息も絶え絶えな死にかけの山賊たちのとどめを刺すと同時に、財布がありそうな場所をまさぐっていた。時々、渋い表情で顔を背けている。
「臭い……無いわね……ねぇ、ヴァルター。この人たちのアジトにお金をもらいに行くのはどうかしら?」
「……まぁ、貰うと言うより……奪うんだよな?」
「そうね。野盗退治……物語の定番よね。野盗を退治した後に財宝を荷車に載せて持って帰るやつよね? ここにある残された馬車で! 馬はいないのね……どう運べばいいのかしら? 挿絵では人が荷車を引いていたけれども……」
「……本当に物語好きだよなぁ……」
「山奥の娯楽なんてそんなものしかないわよ? 本だけはたくさんあったわ」
「……そんなもんか……」
ちらりとルディアが生かされた山賊を見る。視線に恐怖を感じている彼は本気で慌てて転ぶように後ろに逃げる。
「待ってくれ!俺は何も持ってねえ!全部お頭がまとめて持ってるんだ!」
「いいわね。案内して頂戴?」
「わ、わかった……命だけは……」
その時、馬車に隠れていた少年が飛び出してきた。目は決意に満ち溢れていた。
「僕も連れて行ってください!」
ヴァルターは困った表情をルディアに向ける。
「どうする?」
「ここに残したら危険かしら?」
「僕は……あなたたちよりも、多少は鼻が利きます。父と母……姉が……連れ去られたんです……」
「……そりゃぁ……気持ちはわかるが……」
ルディアは一瞬迷うが、小さいながらも彼の決意の目を見る。自身の義母が殺されたあの日の光景が、一瞬だけ脳裏をよぎった。
「……残念ながら、あなたが危険になっても、助けないわ。それでも来る?」
「俺はあの座席の箱に戻ることをお勧めする。次に街道を通る連中に拾ってもらう方が賢明だぞ」
兎人族の少年は迷っていたが、ふと崖の上にオオカミの集団がこちらの様子を見ているのが目に入る。よく見ると、彼らの周りにはすでに血の匂いを嗅ぎつけた野獣たちが縄張り争いを開始しようとしていた。
「い……行きます!」
「……わかった」
「この状況じゃ残る方が危険か」
二人は兎人族の少年を守るために移動を開始する。その後ろを、両手を縄できつく縛られた山賊が死に物狂いの形相で追いかけていく。
「ちょっと待ってくれ! 置いていかないでくれ! 道案内が必要なんだろ?」
山賊は足がもつれながら転び、這い上がるように立ち上がる。兎人族の少年は殺意に満ちた表情で彼の行動を見ていた。
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