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第5話 光田高校弓道部

春の柔らかい日差しが、光田高校の弓道場に差し込んでいた。壁には、埃を被った古い賞状や優勝旗のレプリカが、所狭しと並んでいる。


その中の一枚——

『全国高等学校弓道選抜大会 団体準優勝』

色褪せた文字を、国広花音は箒の柄に寄りかかりながら見上げた。

「……百年の歴史を持つ名門、ねえ」

自嘲気味の声が、静かな道場に落ちる。


隣で雑巾を動かしていた奈流芳瑠月が、手を止めた。

いつもの、柔らかな笑み。

「過去の栄光、ですか」


「そう。五年前までは、県大会の常連やったらしいけどね」

花音は視線を外し、道場の隅へ向ける。

立てかけられたままの弓。

弦は外され、薄く埃をかぶっている。


そのすぐ横で、同級生たちが笑っていた。

的とも弓とも関係のない、どうでもいい話で。


花音は何も言わず、視線を切った。

もう、あてにすること自体やめている。


「滝本先生が倒れてから——全部、止まったんやね」


臨時の顧問は顔も出さない。予算は削られ、名前だけの部員が増えていく。

花音が入部した時には、「部」と呼ぶのも躊躇うような場所になっていた。


「花音部長……」

瑠月の声に、花音は小さく息を吐く。

肩に入っていた力が、ゆるむ。


「ごめん、愚痴やね。でもさ、去年瑠月さんたちが入ってきてくれて、ほんま助かってる」


少し笑う。

「理子たちも、瑠月さんにはさすがに強く出ぇへんし。一応、年上ってわかってるみたいやし」


その言葉に、瑠月は困ったように笑うだけだった。

一歩引いた、その距離。

学年は下のはずなのに——

ふとした瞬間、花音はそこに“順番の逆転”を見る。


「わたしは、もう一度学べるだけで十分ですから」

雑巾を絞りながら、瑠月が言う。


「それに……花音先輩が、ここを守って残してくれたからですよ」

「私一人ちゃうよ」

花音はすぐに首を振った。


「去年の久遠寺部長が廃部を免れようと人数は確保してくれて、それも守る手段だったとは思うけど」

そこで、一旦言葉を切った。


「でも、去年、滝本先生が戻ってきて、拓哉コーチ連れてきてくれた。空気はまだまだやけど、瑠月さんたちのおかげで確実に変わってる」


拓哉コーチが来て、基礎から徹底的にやり直した。徒手練習から、ゴム弓。何度も止められる。

形を崩されて、やり直される。


それに反発した連中は、早かった。道場から姿を消すまで、時間はかからなかった。

「上級生はまだ分らなくもないけど、新入生でも残ったの、瑠月さんたち三人だったから、やっぱりハードだったよね」


「いや、花音さん立派です。私たち一年生に混じって一からやり直したんですから」


「理子たちも、入部した時は結構弓に興味あったんだけどね。やっぱり空気が悪かった」

花音は当時を思い出して、暗い笑いを浮かべたが、すぐに色を変えた。


「……でも、不思議なのは、どの代でも、一人は踏ん張る人がおったことやね」


無理をして、どうにか繋いできた場所。

二代前の部長、月詠沙久が場違いに真剣すぎて、周りが離れて廃部の話まで出たらしい。

それを止めたのが、先代の久遠寺紗綾部長だった。

やる気は問わない、とにかく人数を——。

そうやって掻き集めた部員たちが、今のいびつな形を作っている。花音の代も、その延長線上にあるのだ。


「去年の久遠寺部長は、バイタリティーある人やったからねえ……」

呟きながら、花音は紗綾の背中を脳裏に思い描く。全員揃って、までは無理だったが、あの人は最後に意地を見せてくれた。


『練習参加は自由。選手選考は、部内試合の結果に従う。ただし、指導を受けたいなら基礎からやり直すこと』


拓哉コーチの方針は、はっきりしていた。

曖昧さを許さないそのやり方に、三年生は即座に部を辞めた。紗綾を除いて。

二年生たちは、残って反発することを選んだ。花音を除いて。


誰もいなくなった道場で、花音は紗綾とともに、一年生たちに混じって最初からやり直す道を選んだのだ。


「コーチは本気ですよね。かつて弓から一旦離れたことがある人の言葉には、有無を言わせぬ説得力があります」

「うん。だから私たちも、本気で応えないとね」


花音が箒を置き、居住まいを正した。

「さてと。そろそろ新入生が来る時間だね。私たち、まだ会ってないもんね。今年は、コーチが直々にスカウトしたっていう凄い子が入ってくるんでしょ?」

「ええ。中学の全国大会で準優勝した、小鳥遊たかなしつぐみさん……でしたっけ。楽しみですね。一年生も今日から練習参加ですし」


花音が期待に胸を膨らませて道場の入り口を見つめた、その時だった。

足音と共に、拓哉コーチが姿を現す。だが、その顔にはいつもの飄々とした余裕だけでなく、どこか面白がるような、悪戯っぽい笑みが浮かんでいた。


「花音部長。二年生たちも、準備はいいか」

「はい。小鳥遊さんですよね」

「ああ、彼女も来る。……だが、それだけじゃないぞ」

「え?」

コーチは、背後の入り口を親指で指し示した。

「俺も想像していなかった、『もう一つの衝撃』が待ってる」


コーチの背後では、冴子と沙月が顔を見合わせ、なぜか意味ありげに、にやりと笑っていた。


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