表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
4/50

第4話 同じことば

その日の夜、ベッドに入っても、栞代の耳の奥にはあの初めて聞いた弦音が響いていた。

瞼を閉じれば、静寂を支配する杏子の一片の無駄のない、研ぎ澄まされ、それでいて流れるような姿が鮮明に蘇る。


たまらず起き上がり、栞代は部屋の姿見の前に立った。

記憶の中の杏子の動きをなぞるように、見よう見まねで両腕をゆっくりと持ち上げる。バスケで鍛え込まれた体幹が、弓道特有の未知の重心を必死に支えようと軋む。指先まで神経を尖らせて、何度も、何度も、見た動きを、そのままなぞる。少しでも違えば、やり直す。何度も、何度も。


翌日の放課後。練習が始まる前の短い時間、道場の隅で、栞代は思い切って切り出した。

「杏子、オレ、ちょっと練習してみたんだ。見てくれるか」

「えっ?」

杏子の目が丸くなり、花が咲いたように顔がほころぶ。だが、その直後、ふっと光が消えるように表情が曇った。眉を下げるその変化に、栞代は少し戸惑いながらも、昨日部屋で繰り返した動きをゆっくりと始めた。


両足を開き、息を吸いながら腕を上げていく。

杏子の視線が、全身を隈なく這うように辿っているのがわかる。口元をきゅっと結び、瞬きすら忘れたような真剣な眼差しだ。


見よう見まねの動作を終え、栞代はゆっくりと息を吐き出した。

……どうなんだろ。焼き付けた杏子の動きと、(たが)わぬはずなんだけど。

所詮は素人の見様見まねだ。やっぱり違ってたのかな。

不安に駆られた、その瞬間だった。


不意に、視界いっぱいに杏子が迫ってきた。ドンッ、と栞代の胸に小さな身体が勢いよく飛び込んできた。

「お、おいっ!?」

バランスを崩しかけた栞代の背中に、杏子の小さな腕がギュッと回される。

「ごめん、すっごく嬉しくて……っ」

制服越しに伝わる杏子の身体は、微かに震えていた。


杏子はそっと身体を離すと、ほんのり赤くなった目で栞代を真っ直ぐに見上げた。

「私もね……昔、一人で隠れて練習してたことがあって」

言いながら照れくさそうに、えへへ、と笑う。

「弓の練習は、もっと大きくなったらって言われてたけど、早く練習したくて」

こみあげてくるものを抑えるように、杏子は二、三度、大きく息を吐いた。


「おばあちゃんにバレた時、絶対に怒られるって思って目をギュッと瞑ったんだ。そしたら……怒る代わりに、今みたいに、ぎゅってしてくれて……今、栞代の動きを見てたら、その時のこと思い出しちゃった」

杏子の瞳が、滲んでいく。


「……そ、そうなのか」

栞代は戸惑いながらも、黙って杏子の言葉を待った。

「栞代、バスケやってたからだね。ぎこちなさはあるけど、身体の軸がしっかりしてる。体幹が強いんだね。すごく綺麗だったよ。感動しちゃった」


そ、そうなのか。良かった。安心した。栞代は首の後ろをポリポリと掻いた。

「……お、おう」


「ねえ」

杏子が少し背筋を伸ばし、自分に言い聞かせるように真剣な声色になった。

「おばあちゃんと同じことを言うよ。これからは、必ず一緒に練習しようね。慣れるまで、一人では絶対にしないで」

その真っ直ぐな言葉と、制服の袖を掴む手の強さに、栞代は、胸の奥がじんわりと温かくなる。

「ああ、分かったよ」

栞代は照れくささを誤魔化すように、ふっと笑って応じた。


「ふふっ」

「なんだよ、また」

「だって、わたしもおばあちゃんと同じセリフが言えて、ほんっとに嬉しいんだもん。栞代、ありがとー」


目を潤ませたまま満面の笑みでそう言うと、杏子はもう一度、栞代の腕をギュッと掴んだ。

「ほんと、思い出しちゃった」

栞代は黙って頷いた。


「おばあちゃんと一緒に練習できるようになったもん。わたしと一緒だね。……栞代の弓道、始まったんだね」


こんな嬉しそうな顔されちゃ、こっちまで嬉しくなるな。

「ところで、杏子、何歳の時から練習始めたんだ?」


杏子は、首をかすかに傾けた。

背の高い栞代を見上げながら、ほんの少し顎を上げる。

そのまま、目を細め、唇の両端を上げた。


「……ひ・み・つ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ