第3話 栞代の決意 後編
最後の矢が的に収まる。
遅れて、ざわめきが戻った。
杏子は弓を下ろし、ゆっくりと息を吐いた。道場内のざわめきの中で、静かに心を整えながら神棚に向き直った。
一礼。
矢取りを終え、冴子のもとへと歩いていく。
「冴子さん、ありがとうございました」
冴子の目が、わずかに見開かれる。
頬が熱を帯びていた。
何も言わなかった。ただ、小さく笑って頷いた。
その時、足音が駆け寄ってきた。
「杏子!」
栞代だった。顔紅くし、息が上がっている。杏子の前で止まったきり、ただじっと見つめていた。
しばらくして、絞り出すように言った。
「……すごいな」
杏子はその視線に照れ、はにかむように笑った。
栞代は、堰を切ったように言葉を吐き出した。
「……なんだよ、これ」
「ずっと、やってきたんだな」
「努力してきたんだよな」
「……すげえよ」
「……あの雰囲気の中で、当てるとか。精神力強すぎだろ」」
「全然強くなんかないのよ」
杏子は首を振った。
「ただ、おばあちゃんに言われてるの。
『正しい姿勢で引くことだけ。中るかどうかはただ結果なだけ』
って」
「……でも、それ、できる? 普通」
「何も考えない無心が一番らしいけど、
そこまではなかなかね。
今日はたまたま」
杏子は顔を赤くして頭を掻いた。
「なにがたまたまだよ。たまたまじゃないだろ、絶対」
栞代の声が、少し低くなった。
「でも、きっと栞代が祈ってくれたからだよ」
杏子は栞代の目を真っ直ぐに見た。
「ありがとう」
「いや……杏子の覚悟が、伝わってきたよ」
少し間があった。
「なあ」栞代が、また杏子を見た。
「弓って、楽しいか?」
「楽しいよ」杏子は即座に答えた。
「煩わしいこと、余計なこと全部消えて、弓だけになる瞬間があって。静かで、気持ちよくて、……大好きなの、その瞬間が」
さっきまでの静けさが嘘みたいに、杏子は身を乗り出した。
「栞代も、きっと好きになるよ」
こんなに早口で話す杏子を、栞代は初めて見た。手振りまで入っている。
栞代も杏子につられて、目を瞬かせた。
(……さっきと、まるで別人じゃねえか)
栞代は黙って聞いてきたが、やがてゆっくり頷いた。
「オレ、どこまでできるかわからないけど」
声に迷いはなかった。
「全力でやってみるよ。……教えてくれるだろ」
杏子は大げさに首を振った。
「教えるなんてとてもできないけど」
杏子は、栞代の差し出した手を、そっと両手で包んだ。
「もちろん、わたしにできることは全力で協力するわ」




