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第37話 ブロック大会個人戦予選

団体戦優勝の余韻がまだ胸の中に残る、ブロック大会二日目。

栞代は、あかねたちと共に、観客席で見守る。今日は花音部長も近くにいるし、杏子のおじいちゃんとおばあちゃんもすぐそばだ。

……やかましくなりそうだな。

栞代は内心で苦笑した。

もちろん、弓道の試合だ。おじいちゃんだって、さすがに騒いだらあかんことぐらいは分かってるだろう。……と思いたい。

栞代は小さく息を吐き、射場へ視線を向けた。

杏子は吹っ切れただろうか。

個人戦が始まるのだ。

団体戦の一本は、前から後ろへ渡っていく。

大前の杏子が作った静かな流れを、瑠月さんが受け取り、冴子さんと沙月さんが繋ぎ、最後につぐみが締める。締めると同時にまた杏子に繋げていく。

それは、一本ずつ別々に放たれているはずなのに、どこか一本の長い矢のように見えた。

けれど、個人戦は違う。


周りの気持ちに敏感な杏子にとって、みんなのために引けばいい。

自分の一本が、誰かを支える。そう思えるなら、杏子は迷わず弓を引ける。

けれど、同じ理由で、しんどくもあったはずだ。

自分が外せば、後ろに重さを渡してしまう。自分が崩れれば、チーム全体を揺らしてしまう。

杏子はきっと、そういうものまで全部拾ってしまう。だけど、それは今までの練習量が支えてくれる。


今日の個人戦は、まるで逆だった。

中てても、外しても、すべて杏子一人に帰す。

その意味では、楽なはずだった。杏子はただ、杏子の射をすればいい。


けれど、勝ち進めば、そこに仲間がいるかもしれない。

つぐみが、瑠月さんが。

冴子さんも沙月さんも。

個人戦はひとりで戦うものだ。だからこそ、杏子は誰かを傷つけることから逃げられない。

あいつが怖いのは自分が負けることじゃない。自分が勝ち進むことで、大好きな先輩や仲間の『今日』を終わらせてしまうことなんだ。だから、自分が身を引いて誰も傷つけない道を選ぼうとする。


でも、そこから逃げちゃダメだ。逃げることが必要な時だってあるけど、今回ばかりは違う。

ただ、正しい姿勢で引く。杏子がずっと大事にしてきたことを貫いて、杏子は杏子のまま、あそこに立っていてほしい。

結果がどうなろうと、それぞれが受け止めなきゃいけない。それは杏子も同じなんだぞ。だからお前も、結果から逃げるなよ。

栞代は膝の上で、そっと拳を握りしめた。


昨日の団体戦予選が『個人戦の一次予選』を兼ねていたため、今日光田高校から出場するのは、杏子、つぐみ、瑠月さん、冴子さんの四人だ。

惜しくも一次で敗退してしまった沙月さんは、今日は、花音さんの横で、四人を見守っている。

二次予選は、四射のうち三本を的中させることが突破条件だ。最初のステージといえども、集中力を欠けば瞬く間に脱落してしまう。


まずは、二年生のエースである冴子さん。四射中三本の安定した射を見せ、見事に二次予選を突破した。続く瑠月さんも、プレッシャーを跳ね除けるように静かに三本を的中させ、見事に予選通過を決めた。

『よしっ』

オレが小さくガッツポーズを作ると、隣で見ていた沙月さんもホッとしたように胸を撫で下ろしていた。


そして、つぐみ。

彼女の射は、昨日の団体戦からさらに一段階、鋭く研ぎ澄まされているようだ。県大会では動揺して崩れてしまったが、雲類鷲麗霞うるわし れいかさんに挑戦するためにも、絶対に負けられないという強烈な決意が、観客席のオレたちにもビリビリと伝わってくる。

つぐみは四射全てを見事に的中(皆中)させた。


最後に、杏子。

杏子が射位に進み出た瞬間、道場の空気がスッと変わった。昨日の団体戦で、圧倒的な実力を見せつけた無名の少女に、多くの関係者が注目しているのが分かる。

だが、当の杏子は周囲の喧騒など全く見えていないようだ。静かに息を吸い込み、静かに弓を引くその姿には、昨夜の宿舎で見せた『同門対決への葛藤』など微塵も感じさせない。

おばあちゃんの教え通り、ただ「正しい姿勢で引くこと」だけを体現し、四射全てを中心に吸い込ませた。いつもの杏子だ。


「また、皆中を出したのか……」

オレのすぐ横で観戦していたおじいちゃんが、なぜか少し心配そうに呟いた。

「え? おじいちゃん、外さなかったから良かったじゃない」

オレが不思議に思って尋ねると、おじいちゃんは頭を抱えた。

「昨日、ぱみゅ子に電話したじゃろ? あいつ、今までずーっと中ててきとるからな。一本外しても通過できる予選なら、最初から三本中ったら、四本目は『わざと外せ』って言ったんじゃ。ずっと中て続けるプレッシャーで潰れるのが心配でな〜」


「はぁ!?」

オレは呆れて声が出た。

「おじいちゃん、あのね〜、杏子はね〜……」

「おじいちゃん。そんな意識して外したり中てたり、そんなことができる競技じゃないのよ、弓道は」

オレの言葉を遮るように、おばあちゃんが優しく、けれどピシャリと諭した。

「あたるかどうかはただの結果なだけ。結果を考えたら、杏子の弓道は成立しないの」

――あっ。

おばあちゃんのその言葉を聞いて、オレは昨夜の食堂での、杏子との会話を思い出した。

『おばあちゃんが、わたし何も言ってないのに、正しい姿勢だけ、ねって』

そうか。おばあちゃんは、おじいちゃんのこのトンチンカンなアドバイスを横で聞いて、杏子の弓がブレないように、あの『魔法の言葉』を改めて伝えてくれたのか。

おばあちゃん、グッジョブ……。


結果的に、杏子は昨日の夜、一番欲しかった言葉をおばあちゃんから聞くことができたのだ。オレは、ヘンテコなことを言ったおじいちゃんにも感謝したくなった。

やっぱり、おじいちゃんもおばあちゃんも、杏子には絶対に欠かせない存在なんだ。オレは、目の前でシュンとしているおじいちゃんを見て、思わずクスッと笑ってしまった。



会場では、他校のエースたちも順当に二次予選を突破していた。

鳳泉館ほうせんかんの矢野慧は、昨日の団体戦の悔しさを晴らすように、余裕の皆中。川嶋女子の日比野希も、静かな緊張感の中で正確無比な射を連発している。

桜台の桑原美香、城南学院の宮崎澪も。


そして準決勝。

ここでも、四射中三射以上の的中が必要だ。

冴子さんは一本一本の重みが増す中で、惜しくも二本目と四本目を外してしまい、ここで敗退となった。


一方、瑠月さんは堅実に三射を中て、見事に準決勝も突破した。

最後の一本を放った後、静かに深呼吸をするその姿に、他校の観客からも称賛の声が上がっていた。鳳城高校との練習試合での試練を経て、瑠月さんは本当に強く、逞しく変わったんだとオレも胸が熱くなった。


そして、杏子とつぐみは、準決勝でも全ての矢を正確に的の中心へと放ち、見事に皆中で決勝進出を決めた。

つぐみは矢を放つたびに「誰にも負けない」という闘志を漲らせていた。

一方、杏子は昨日の予選から、いまだに一本も外していない。県大会の決勝で敗れたのも、心を乱されて矢を落とした『失』によるもので、事実上、的を外す射はまだ一度も無かった。自然体で、ただ「正しい姿勢」だけを追い求める姿から、オレは目が離せなかった。おそらく、見るもの全てのを魅了したことだろう

他校のエースたちも健在だ。

矢野慧、日比野希、桑原美香、宮崎澪といった強豪たちが、次々と決勝への切符を手にしていく。

結果として、光田高校の杏子、つぐみ、瑠月さんを含む、総勢十二名で決勝が行われることになった。


瑠月さんは静かに呼吸を整え、つぐみは鋭い決意を瞳に宿し、杏子は相変わらずの穏やかな表情で自分の弓を見つめていた。


これから始まる決勝は、射詰方式。一本ずつ引き、中て続けた者だけが残っていく。

外せば、その時点で優勝争いから一歩退くことになる。どこまで続くか分からない、残酷な極限の競射だ。

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