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第33話 ブロック大会前日

いよいよ明日から、夏のブロック大会が始まる。

明日は集合時間が早いこともあって、今日はお昼過ぎに練習が終わった。拓哉コーチは「ゆっくり休んで明日の準備をするように」と言っていたけれど、せっかく時間があるんだからと、杏子の家で壮行会という名のパーティーをすることになった。無事に期末テストもクリアできたことだしね。


集まったのは、明日団体戦に出るレギュラーメンバーと、一年生。

「みなさん、よく来てくださいました」

玄関を開けると、おばあちゃんが温かい笑顔で迎えてくれた。

一通りの挨拶を済ませたあと、おばあちゃんは少しはにかみながら付け加えた。

「杏子がいつもみなさんのことを話してくれています。仲良くしてくれて本当にありがとう。今日はゆっくりしてくださいね」

オレと紬以外は、まだ挨拶に毛が生えた程度のやりとりしかしてなかったし、まゆとあかねは完全に初対面だ。杏子がいつも目をキラキラと輝かせて話すおばあちゃんに、部員たちの動きがピタリと止まり、視線が一斉に集まっていた。誰も目を逸らさなかった。


「おばあさん、めちゃくちゃ会いたかったんです!」

冴子さんがハキハキとした声で応じる。

「今年、うちの部活をガラリと変えて支えてくれているのは、つぐみと杏子の二人なんです。特に杏子はおばあさんの教えをずっと受けていたと聞いて、みんなもう、今日を楽しみにしていました」


リビングの隣の、襖で分けられていた二つの部屋が繋げられていた。和室ではあるが過ごしやすいように、畳に跡がつかない簡単な対策を施して、テーブルと椅子が全員分ちゃんと用意されている。


テーブルの上には手作りのお菓子や軽食が所狭しと並べられ、香ばしい匂いが部屋中に漂っている。

冴子さんが持ち前のリーダーシップを発揮し、素早く全員を二手に分けて綺麗に席へと誘導していく。

そのまま冴子さんがおばあちゃんに最初の乾杯の挨拶をお願いしようとしたが、おじいちゃんが嬉々として割り込んできた。

「みなさん、最後にはわしのとっておきの紅茶もあるから、期待しててくれ。ま、ざっくばらんに行こう。それじゃ、乾杯っ」


それを合図に、みんながそれぞれ目の前のものを摘まみ、持参したお菓子をテーブルに広げる。

みんなおばあちゃんの話を聞こうと、おばあちゃんを取り囲んだ。

それを見てぶーたれたおじいちゃんの相手は、当然杏子だ。ま、かわいそうだから、オレも手伝ってやろう。


おばあちゃんの周りでは、やはり杏子の小さいときの話や、弓道の話で持ちきりになっている。おばあちゃんが杏子の小さい頃の恥ずかしい話を始めそうになると、すかさず杏子が飛んできて慌てて止めに入っていた。


残されたオレは、一人でクッキーを食べている紬を捕まえ、一緒におじいちゃんの相手をする。

おじいちゃんは、弓とは全く関係のない杏子の自慢を始めた。永遠に続くかと思わせるほど色んなことを褒めちぎり、『靴の脱ぎ履きの美しさ』の話が始まったときには、さすがにうんざりしてきた。

「おじいちゃん。杏子が弓を好きな理由は、煩わしいこと、嫌なこと、余計なこと、全部消えて、弓だけになるって言ってたけどさ。本当はおじいちゃんのことを考えなくて済むからじゃないの~?」

オレがわざとイジワルな突っ込みをしてみると、おじいちゃんは一瞬口が止まった。だがその瞬間、どこでチェックしていたのか、

「も〜、全然違うよ、栞代〜!」

杏子が慌てておじいちゃんを庇うように手を振って現れた。

「おじいちゃんもいるから、わたし、頑張れるんだよ~!」

その杏子の発言で、おじいちゃんのドヤ顔度は最高点に達した。この笑顔。

杏子さあ。そんなに甘やかすから、ますます調子に乗るんやで。

オレがそう言おうと思った瞬間、いつの間にか横に来ていたつぐみがポツリと呟いた。

「杏子のところは、本当に楽しそうだな……」


その後も、おばあちゃんとおじいちゃんを交えてリラックスした一時を過ごした。

そして、最後はやっぱりおじいちゃんの紅茶だ。口にしたとたん「うわ、これおいしい」という声があちこちから聞こえてきた。杏子の顔が誇らしげだ。つられてオレもそんな気分になってきた。おじいちゃんの紅茶は本当に美味しいからな。


おじいちゃんが最後につぐみの前にティーカップを置き、感想を待つようにつぐみの横に座った。

つぐみはおじいちゃんに向かって「おいしいです、ほんとに」と、いつものつぐみらしからぬ素直な表情で伝えた。

そんなつぐみに、おじいちゃんはニッコリと笑う。

「そやろ。いつでもまた飲みにおいで。約束したで」

そう言っておじいちゃんが立ち上がると、つぐみの頬が微妙に赤くなっていた。


おばあちゃんが全員を見回た。

「みんなで力を合わせて頑張ってくださいね。どんな結果でも、全力を尽くせばそれが一番ですから」

その言葉を受けて、瑠月さんが真っ直ぐにおばあちゃんを見つめた。

「――あとはただ、結果なだけ、ですよね」

全員が大きく頷いた。



帰り際、おばあちゃんは一人一人に声をかけてくれた。おじいちゃんはみんなを車で順番に送る道中、ずっと「紅茶のコツは、まだまだあるんじゃぞ!」と熱弁を振るっていた。


最後につぐみを送り届ける時には、オレと杏子の三人でおじいちゃんの車に乗った。

車を降りる際、おじいちゃんが「杏子はつぐみさんのことを本当に尊敬しているんですよ」と伝えると、つぐみは少し照れたように視線を落とし、「……私の方こそ、杏子を尊敬してます」と言った。

なんか、おじいちゃんに対してのつぐみは素直だな。そう思って見ていると、つぐみは少し躊躇うように考え込んだあと、小さく尋ねた。

「あの……さっきのことなんですけど、私、また、ほんとにまた遊びに来てもいいですか?」

おじいちゃんは破顔し、満面の笑みで応じた。

「もちろんじゃ! いつでも美味しい紅茶を飲みにおいで」

「……ありがとうございます」

「必ずじゃぞ」

嬉しそうに微笑むつぐみの横顔を、オレは車内からじっと見つめていた。

オレの家庭も色々と複雑で難しいところがあるけれど、つぐみの家も、いろいろな事情があるのかもしれない。


夜、自分の部屋のベッドに寝転びながら、オレはスマートフォンを開いた。

通知音が止まらない。弓道部のLINEグループには、メッセージや今日の写真が次々と届いていた。

『楽しかった!』『おばあちゃんのお菓子、本当に美味しかったです!』『おじいちゃんの紅茶、また飲みたいです!』と、あかねたちの賑やかな書き込みが溢れている。

まゆからは、『明日、みんなの晴れ姿が楽しみです。わたしにできることは少ないけれど、精一杯応援します』という文字と、可愛いスタンプが送られてきた。


画面をスクロールしていくと、瑠月さんの書き込みが目に留まった。

『杏子ちゃんがおばあちゃんに最高のメダルをプレゼントできるように、明日はもう、絶対に頑張ります』

その後を追うように、冴子さんも沙月さんも『絶対に負けないね!』と熱いメッセージを続けている。


オレはスマホの画面を見つめながら笑った。

レギュラー陣の思いがきっと爆発するだろうな。


「よし……。明日は全力で、みんなの背中を支えるぞ」

オレはスマホを閉じ、静かに目を閉じた。

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