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第21話 マネージャー入部

西に傾き始めた五月の陽が、弓道場の床に細長い光を落としていた。着替えと準備体操を終えた部員たちが、それぞれ弓や矢の手入れに取り掛かり、静かに練習が始まろうとしていた時だった。

道場の入口が開き、拓哉コーチがひとりの女生徒を連れてやってきた。


「みんな、ちょっと手を止めて聞いてほしい」

コーチの声に、全員の視線が入り口へ向く。

……なんだろ?

栞代も手を止め、目を瞬かせた。コーチの隣には、緊張した面持ちで杖をついた、小柄な女生徒が立っていたからだ。


「今日からマネージャーとして入部することになった、雲英きららまゆさんだ」

一瞬の沈黙の後、道場がざわついた。

「えっ? マネージャーの話、昨日の今日でもう?」

栞代が驚いた。

「展開早っ……」

つぐみも続く。

驚く部員たちを前に、コーチは穏やかな笑みを浮かべて続けた。

「実は、彼女はずっと弓道に憧れていたそうなんだ。身体に少しハンデがあって、遠慮していたらしい。だが、最近の朝練でみんなの姿を見て、『自分にはできなくても、何かお手伝いできることはないか』と、自ら相談しに来てくれた」


その言葉に、栞代は嬉しくなった。

自分にはできなくても、手伝いたい……。めっちゃいい子やな。


「まゆさんには、長く立っているのが難しい事情がある。だから、練習中は椅子や車椅子を使うことになる。声も大きく出し続けるのは負担があるから、筆談も使う。みんな、そのつもりで接してほしい」


コーチがまゆに優しい目を向ける。

「みんなでしっかり支えていこう。今日は私が一日付きっきりで教えるが、主に的中数のチェックをお願いしようと思う」


コーチの紹介が終わると、まゆがゆっくりと一歩前に出た。

「よろしくお願いします……」

声は小さく、頬も緊張で赤くなっていた。

けれど、杖を握る指先だけは、しっかりと力が入っている。

……芯の強そうな子だな。

細身の身体を杖で支えながらも、彼女の背筋はピンと真っ直ぐに伸びている。そして何より、その透き通った瞳には、はっきりとした強い意志が宿っているように、栞代には見えた。


その澄んだ瞳が、ふと一点で止まる。

栞代が視線の先を見る。

そこには、杏子がいた。まゆは、まるで憧れの人を見るような熱を帯びた瞳で、じっと杏子を見つめている。

そして杏子もまた、応えるように目を逸らさず、まゆの姿に釘付けになっていた。

言葉なんて一言も交わしていないのに、通じるものがあるみたいだ。

栞代は、その不思議で静かな空気を邪魔してはいけないような気がして、思わず息を潜めた。


「わたしが勧めました!」

不意に、一年生のあかねがすくっと手を挙げて立ち上がり、誇らしげに胸を張った。

「わたしの親友なの。みんな、よろしくお願いします!」

と身体を折るように頭を下げた。

その声で魔法が解けたように、花音部長が「よろしくお願いしますね!」と明るく声を掛け、他の部員たちも次々と温かい挨拶を交わした。

「三年生が居なくて良かったな。またちょっかいかけられたら大変だ」

冴子が沙月の方へ身を寄せ、声を落とす。

「そいえば、昨日から居ないね」


その後、道場の隅にまゆのための机と椅子が用意され、さっそく部員全員の名前を早く覚えてもらうための「ゼッケン作り」が始まった。発案者はあかねだ。

「これ、名前だけだと味気ないな。一言メッセージも書き加えようか!」

花音の提案に、部員たちがわいわいと群がり、勝手にコメントを書き足していく。本人に拒否権はないようだ。


栞代は、完成していくゼッケンを見て吹き出しそうになった。

「国広花音、優しい部長。と言わないと恐い」

奈流芳瑠月なるかるか、初見で読めたの一人だけ」

「三納冴子、クラスと部活は別人格」

「松島沙月、黄金のサウスポー」

「小鳥遊つぐみ、中てるの命」

「杏子、おばあちゃんの言うことしか聞きません」

「柊紬、それは、わたしの、課題では、ありません」

「秋鹿あかね、まゆに近づくにはわたしの許可がいるからな」

まゆに覚えてもらうためだから、あかねには必要ないのに、さっさと自分で記入していた。


いや、杏子と紬のやつ、的確すぎるだろ……。

心の中でツッコミを入れつつ自分のゼッケンを見ると、そこには『栞代、陰口叩くやつは許さない』と書かれていた。間違ってはいないが、もうちょっとマイルドにしてほしかった。


ふと見ると、男子部員たちがなぜか妙に張り切り、まゆにアピールするようなメッセージを書き込んでいた。

「俺ってこんなに面白いんだぜ?」

「困ったら呼んでくれ!」

「荷物運び担当、いつでも空いてます!」

「的中チェック、俺の分は甘めで!」

余計なものばかりだ。

「ちょっと! あんたたち、調子に乗りすぎ! それ完全に引いてるからね!?」

花音が呆れて注意するが、男子たちはどこ吹く風だ。

「だから、わたしのゼッケンが必要なんですっ」

あかねが男子を睨みながら吠えた。

まゆはそんなカオスな状況を見て、ノートに隠れて、小さく肩を揺らしてクスクスと笑っていた。


賑やかな時間は終わり、練習が再開された。

部員たちが、黙々と矢を放ち、一年生たちは体力作りと基礎練習に励んでいる。

栞代は自分の基礎練習をこなしながら、チラリと杏子を見た。杏子も他の一年生と同じ基礎メニューをこなしているが、その横顔は試合の時と変わらず真剣そのものだ。


そして道場の隅では、まゆが静かにみんなの姿を見つめ、コーチと相談しながらノートに何かを書き込んでいる。


練習後。花音と瑠月がコーチのもとへ足を運び、真剣な顔でメンタルトレーニングの具体的な方法について相談していた。二人の声は低く、コーチを見る目は真剣だった。

最後の大会まで、もう時間は多くない。

その後ろ姿を見つめながら、まゆもそっと頷いていた。


……なんか、いい感じになってきたな。

栞代は心地よい疲労感の中で、道場の中をもう一度見渡した。

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