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第20話 ミーティング

連休明けの朝。緊張の連続だった遠征の翌日ということもあり、弓道部の朝練は休みだった。

だが、杏子の朝はいつもより少し早かった。昨日、試合であまり弓を引けなかったことで、なんだか身体がムズムズして落ち着かなかったからだ。結局、登校前に中田先生の道場に寄り、じっくりと一時間ほど弓を引いてから学校へ向かった。

朝から一緒にドライブしたから、おじいちゃん、ご機嫌だったな。

それと、やっぱり、弓を引くと一日がスッキリと始まる。

そんなことを思いながら教室の席につくと、隣の栞代がジト目でこちらを見ていた。


「杏子、お前……さては朝から引いてきたな?」

「えっ! わ、わかる?」

「道着の微かな匂いと、そのスッキリした顔を見れば分かるっつの。お前は本当に弓道バカだな」

呆れたように笑う栞代に、杏子は「えへへ」と返した。

「おじいちゃんの嬉しそうな顔が目に浮かぶわ」


入学して一ヶ月。学校生活にも慣れてきたが、今、一年生たちには初めての試練が迫っていた。二週間後に迫る「中間テスト」だ。

しかも今年のスケジュールでは、テスト直後に地区予選が控えている。勉強と部活の両立という、高校生としての試練の時期が始まろうとしていた。


放課後。部員たちは弓道場ではなく、視聴覚室に集められていた。遠征メンバーと、一年生全員が参加するミーティングだ。


「えー、連休中の練習試合、お疲れ様。今日はその振り返りをして、地区予選への課題を明確にしておきましょう」

滝本顧問の指示で、男女別に分かれての話し合いが始まった。

女子チームの輪の中で、部長の花音が口を開く。

「旅館でも話したけど、一番の課題は『二順目で崩れたこと』だよね。特に私たち女子は、最初杏子ちゃんが大前として完璧な流れを作ってくれたおかげでリードできた。でも、それで『勝てるかも』って欲が出ちゃって……自滅した」


「そうですね……。さすがにあそこは、体力的な問題より、集中力とか、メンタルの部分が大きいですよね」

冴子が悔しそうに同意する。

「だけど、逆に言えば、二巡目外しまくって動揺したあと、よくあそこまで立て直したよ」

「おお、さすがつぐみ。前向きやんっ」

栞代が軽く拍手する。

すると、瑠月が静かに口を開いた。

「うん。反省もだけど、これからだよね。帰ってからいろいろと調べてみたの。これからは、メンタルを鍛えるために、まず『練習ノート』をつけるのはどうかな?」

「ノート?」

「うん。練習内容や反省点を毎日記録するの。自分の課題を可視化すれば、試合中も冷静になれるんじゃないかって……」

瑠月の提案に、杏子はハッとした。予備メンバーになっても決して腐らず、チームのみんなのためにメンタルトレーニングの方法を調べてくれていたんだ。

瑠月さん、すごいっ。

「それ、すごくいいと思う!」花音が身を乗り出した。「じゃあ、それに加えて、日々の的中率も部として共有しよう。今までもコーチに言われて一応は付けていたけど、きっちりとしたものではなかったし」

「練習中は当然練習に集中したいし、だれが記録を付けるのかって問題がありますよ」

つぐみが現実的な指摘した。

覚えておくのはほんとに苦手だな、と杏子がぼんやりと思っていたら

「杏子なんか、的前は別世界にワープしてるから、結果なんて絶対に覚えてないっすよ」

つぐみから飛んできた流れ弾の指摘に、杏子は頰を膨らませた。でも、その通りなんだよなと、杏子は俯いた。

瑠月が優しく微笑んだ。

「一年生に協力してもらって、基礎練習の合間に記録を取ってもらうとか、私が少し考えます。一年生のみんな、いいかな?」

「はいっ、もちろんっ。オレ、記録係やります!」

栞代が元気に手を挙げ、他の一年生たちも次々と賛成した。


話し合いの後、花音がまとまった意見を滝本顧問に報告する。

「はい。ちゃんとまとめましたね。それから、中間テスト前後の練習方針について、説明しますね」

先生の言葉に、杏子は持っていたペンを握り直した。

「テスト一週間前から部活は全面禁止なんだけど、今年はテスト直後に地区予選があります。学校側と交渉して、『放課後の時間制限付き』で練習を許可してもらいました」

「おぉー!」

「ただし!」滝本顧問が優しく微笑み、部員たちを見渡した。「同じ教科で赤点を二回連続で取った時、あるいは教科は違っても、二回で三回赤点を取った時は、練習に参加することはできなくなります。当然試合にもでられません。この次の期末テストは県予選の後です。全国を目指すなら、赤点は絶対に回避すること」

その言葉に、あちこちから「うっ……」と絶望の呻き声が漏れた。杏子もサッと顔から血の気が引いた。

「それから、この時期の練習はあくまで『自由参加』です。特に一年生は、特別な理由がない限り参加しなくていいですからね。まずはしっかり勉強して、学生の本分を果たすように」


ミーティングの後、弓道場に向かう道すがら、栞代が言った。

「今日の話だとさ、やっぱりマネージャーが居たらって思うよな。一年でさ、もうすでに辞めちゃった人に声かけてみないか? マネージャーならやってくれる人も居るんじゃね?」

それに対してつぐみが猛抗議する。

「いや、そんな辞めた人間当てにすることないって」

「つぐみ、厳しすぎるわ。競技としてはイヤでも、マネージャーならしてくれるかもしれんやん」

「いや、だったら、辞める時ににマネージャーならやるって言うやろ。相談されたんならまだしも、こっちから頼んでやって貰うなんて、絶対にあかんわ。手抜くぞ」

「そやけど、お前も練習には集中したいって、言ってたやん」

「辞めた連中に頼むぐらいなら、私が記録つけるわ」

つぐみがここまで言うなんて、辞めた人を頼るのが本当に嫌なんだな。きっと、つぐみ自身も過去に何度も辞めようかと悩んだ時期があったんだ。だから、安易に辞めた人を当てにすることが許せないのかもしれない。杏子は、怒っているつぐみの横顔をぼんやりと見つめていた。

「なんだよ、杏子、お前は栞代派だから、なんでも栞代に賛成かよ?」

「え? いや、その……」

「おい、つぐみ、言い過ぎやろ」

栞代がピタリと立ち止まり、つぐみと対面した。険悪な空気に、あかねが割り込んだ。

「まあまあ、お二人さん、熱くなりなさんな」一触即発の二人の間にスッと割って入ったあかねが、おどけた調子で続けた。「杏子が困ってるで。『わたしの為に争わないで』ってな」

「お……」

「ま……」

まるで恋愛ドラマの三角関係みたいなセリフだ。杏子はたまらず吹き出した。杏子の笑いにつられたのか、栞代とつぐみも毒気を抜かれたように表情を緩ませる。

「求めよ、さらば与えられん、やで」

あかねがドヤ顔でその言葉を残して、弓道場に向って歩き出した。


弓道場に全員が揃った。

「あれ? そういえば今日、コーチ見ないですね」

準備運動をしながら、冴子が首を傾げる。

「ミーティングにも居なかったよね。でも、コーチのことだから、きっとこっそり見てるよ」

花音が呟く。

「ほんと、コーチの先祖、絶対に忍者やな」

栞代の呟きに全員が深く頷く。

コーチが不在でも、滝本顧問がしっかりと見守っている。

杏子は自分の練習の合間に、栞代や紬たちの基礎練習を見て、丁寧にアドバイスを送る。その後、ふたたび自分の練習に戻り、シュパッと矢を的に吸い込ませた。


「……なあ」

後ろで見ていたつぐみが、信じられないという顔で声をかけてきた。

「杏子、お前もしかしてどっかで秘密の特訓でもしてんの?」

「あ、えっと……」

杏子が頬を掻きながら答える。

「実は今日の朝、中田先生の道場で一時間くらい引いてきたんだ」

「えっ!?」

周囲にいた部員たちも一斉に驚きの声を上げた。

「杏子、学校の練習だけじゃなくて、道場にも通ってんの!?」

「ひぇ〜、ストイックすぎる……」

「やっぱ次元が違うわ……」

口々に、驚きの声を出す部員たち。

しかし、杏子自身はきょとんとしていた。

そうなの? 楽しいからしてるだけだけど。

勉強より、ずっと楽しいもん。


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