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第15話 練習試合終了

すっかり着替えを済ませ、荷物をまとめた光田高校の面々は、長い一日を終えた心地よい疲労感とともに、鳳城高校の正門を抜けた。

傾きかけた西日が、アスファルトに部員たちの長い影を落としている。さて、宿舎へ向かおうと歩き出した、その時だった。


「あれ? おじいちゃん、どこにおったん?」

最初に門のそばに立つ二人の人影に気づき、声を上げたのは、先頭を歩いていた栞代だった。

声に釣られて拓哉たちが視線を向けると、少し猫背で穏やかな笑顔の老紳士が、栞代を見て嬉しそうに目尻を下げた。

「おー、栞代~。ぱみゅ子が試合するってのに、応援しに来ないわけにはいかないだろう?」

「栞代ちゃん、こんにちは」

隣に並ぶ祖母も、穏やかで柔らかい口調で微笑んでいる。拓哉の目から見ても、その声のトーンや、ふんわりとした優しさが滲み出る佇まいは、驚くほど杏子にそっくりだった。

気づいた杏子が小走りで駆け寄り、祖母にぴたりと張りついた。


「おばあちゃん!」

杏子の弾んだ声に、さっきまで試合の緊張で張り詰めていた部員たちが、興味津々といった顔で集まってきた。

杏子の祖母のことは、つい先ほども話題に上っていたばかりだ。実際に会うのは栞代以外初めてだが、祖母が纏うその空気感は、まるで「未来の杏子」そのものだった。


拓哉が歩み寄り、深く頭を下げた。

「杏子さんの弓道に対する姿勢、本当に素晴らしいです。お祖母様の指導の賜物ですね」

「いいえ。中田先生の指導です。私はあくまで、補助をしているだけで……」

「いや、あの射形を貫けるのは、おばあさんの教えがあるからこそだと思います。私も学生時代、中田先生には救われたことがありましてね」

拓哉が懐かしそうに語ると、祖母は少し驚いたように目を丸くしつつも、丁寧に耳を傾けてくれた。


祖父母を中心に、和やかな会話が弾む。祖母の柔らかい存在感が皆の緊張を解きほぐし、時折挟まる祖父のとぼけた相槌が笑いを誘う。杏子も、祖母の隣で心底幸せそうに目を細めていた。


やがて、今日のうちに帰るという二人が帰路につく時間になった。

祖母は杏子の手をそっと両手で包み込む。

「今日の姿、本当に美しかったわ。杏子ちゃん、慌てずにね。焦らずに、自分のペースで」

「うん……」

祖母の温かい手のひらから力をもらうように、杏子が深く頷く。

「いやあ、それにしても、相手の最後の子……雲類鷲麗霞って言ったかな? あの娘、めちゃくちゃ凄かったなあ」

「おおっ。やっぱりさすがおじいちゃん。違いが分かるんだなあ」

栞代が感心したように深く相槌を打つ。

「もちろんじゃ。すっごい美人じゃったなぁ……」

シリアスな顔から一転、デレデレと目を輝かせる祖父に、栞代はすかさずツッコミを入れた。

「おじいちゃん、感心するとこ、そこじゃないでしょ!」

部員たちが一斉にドッと笑い声を上げる。張り詰めた一日を終えた光田高校弓道部は、心温まるひとときとともに、笑顔で祖父母を見送った。

--------

この日の遠征の宿泊先は、鳳城高校から少し離れた場所にあった。

「明日は早いから、あんまり夜更かしするなよ」

拓哉が軽く釘を刺したものの、大部屋からは高校生らしい賑やかな声がしばらく漏れ聞こえていた。だが、極限のプレッシャーの中で戦い抜いた疲労は大きかったのだろう。思っていたよりも早く声は止み、宿に静かな夜が訪れた。別室で、拓哉は滝本顧問と向き合い、今日の総括を始めていた。

拓哉の脳裏に強く焼き付いているのは、あの「二巡目の崩れ」だ。体力的な余裕は十分にあったはずなのに、『勝てるかもしれない』という欲がプレッシャーに変わり重圧に呑まれてしまった生徒たちの青ざめた横顔。きっと、向かいに座る滝本も同じ光景を思い返しているはずだ。


「それにしても」と、拓哉は重い口を開いた。

「残念ながら、鳳城とはまだ絶望的な距離があります。一番の差は技術じゃない。……メンタルですね」

女子は杏子とつぐみという二本の柱がいたから持ち直せたが、チーム全体としての精神力は、絶対王者に遠く及ばない。


「だからこそ、私に、ひとつ提案があります」

拓哉は滝本の目を真っ直ぐに見据え、はっきりと言葉にした。

「大学時代の同期に、深澤という男がいまして。現在、専門のメンタルコーチとして活動しているんです。……彼を、このチームに招き入れたいと考えています」

大学時代、拓哉がどん底で苦しんでいた時、彼は「力になりたい」とずっと手を差し伸べてくれていた。あの頃の拓哉は自らのちっぽけな意地でそれを撥ね除けてしまったが、今はもう、自分の矮小なプライドにこだわっている場合ではない。(今の私だけの力では及ばない)生徒たちを救い、勝たせるためには、間違いなく彼の力が必要だった。


ちっぽけなプライドを捨て、指導者として他者に助けを求める覚悟を決めた拓哉に対し、滝本は深く頷き、言葉を返した。「……メンタルコーチの導入ですね。私も賛成です」


「今年の女子は、地区予選突破はもちろん、本気で全国大会出場を目指せる器です。そのためにも、専門的な『心のケア』は必須になりますね。……心のケアといえば、実は一つ、拓哉コーチにだけはお伝えしておきたいことがありまして」


滝本はふと声を落とし、手元の湯呑みを見つめた。

「私……杏子とは、彼女がまだ幼い頃に会っているんです」

「え?」

拓哉は思わず聞き返した。

「変な先入観を与えたくなくて黙っていましたが、まさか、あそこまでの射ち手になっているとは知りませんでした。あの時……中田先生が、私にこうおっしゃったんです」

滝本は、恩師の言葉を反芻するように静かに語る。

「『あの子は普段ぽんやりしていて鈍感そうに見えるが、その本質はとても繊細な子や。だから、ゆっくりと見守ってやらなあかんで』と」

「繊細……」

拓哉の脳裏に、今日一日、杏子にぴったりと張り付いて離れなかった栞代や、他校の生徒を威嚇するように睨みつけていたつぐみの姿がフラッシュバックした。

(なるほど……)

彼女たちは、理屈ではなく直感で、杏子の内側にある「ガラスのような脆さ」を理解し、無意識のうちに壁となって彼女を守っているのだ。そして、今日夕暮れに出会った祖父母の存在も。


「今は、お祖父様とお祖母様、そして栞代たちがあの役割を担ってくれていますが……」「ええ。我々も、彼女のその繊細な部分を、決して壊さないように見守っていきましょう」


地区予選まで、もう時間はない。

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