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011:神社の石灯篭群

 心が軽ければ、足取りも軽い。もう俺を束縛するものはこの地にはない。


 始業式初日から授業が始まり、どんなものかと身構えていたが、ついていける内容だったため安心した。


 元々勉強はそこまで嫌いではない。高校受験だって難なくクリアできた。一方でエスカレーター式の進級ができるこの学園の同級生はといえば、十人十色の反応を示し、開始十秒で寝る猛者もいた。まぁ、鹿波なんだけど。


 友達も何人かできた。


 お調子者の西野とか。あとは最初に話しかけてきた委員長みたいな女子とか。


 驚くべきことに龍族たちも交友的で、社交になんら影響もないトークで俺と親交を深めてくれた。どうやら俺は偏見によって、彼らを勘違いしていたらしい。触れあってみれば本当に優しくて面白い連中だった。


 それに俺のことも知らない。あの事件のことも。それが唯一の救いだ。誰かが分け隔てなく接してくれると、かつて所属していた部活で、レギュラーメンバーたちと訓練に明け暮れていた頃を思い出す。


 五限目で授業は終わる。これでも早い方で、普段は六限目まであるとか。


 昇降口付近で俺たちを案内してくれたあの男の教師が担任となった。ホームルームでは部活のことにも触れたが、人数的なものもあり、数が少ない。野球部の顧問をしているらしく、熱烈な勧誘を全員にしていたのが印象的だった。生徒の反応は微妙なものだった。所属している西野は同調して重ねてお願いしていた。


 失ったと思っていた日常を、新天地で会得した俺は心弾んだ。野球部でもいい。かつて所属していた部活は、やはり特殊だったようで、リストには無かったのも救いだ。俺はもう二度と、あの競技に携わるつもりはなかったから。


 放課後となると、西野から野球部の勧誘を受ける。まずは説明会。今日行われるらしい。


 ものは試しともいうし、かなり気分が良くなっていたので参加する意思表明を出そうとした刹那、


「ダメに決まってんだろ。やることがあるんだから」


 と鹿波の謎のカットが入る。理不尽だ。鹿波の睨みを受けた西野は、怯えて引き下がる。


 理由を尋ねようとするも、鹿波に襟首を掴まれて強制退席。俺がなにをしたっていうんだ。


 昇降口を過ぎた辺りで解放される。なにを言っても止まらず、抵抗も無意味と思えるほどの膂力に驚いていた俺に、やっとまともな言葉が通達される。


「すぐに帰って、寝ておくといいよ」


「お、おい待てよ。まだ日が高いのに、もう寝るのか?」


「そうでなくちゃ身が持たない。………それがお婆ちゃんからの通達。今日、あんたを渡良瀬家の務めに参加させることにするってさ。だから今のうちに休んでおきな。起こしに行ってやるから」


 これからなにが始まるというのだろう。


 鹿波の目は、この時だけは殺意を孕んではいなかった。どちらかといえば、複雑な心境を表していた。できるものなら関わらせたくない。そんな目だ。






   -------------






 その夜のこと。


 宣言どおり鹿波に叩き起こされた。


 時計を確認すれば午後八時を示している。夕飯を食べそびれたが、彼女から言わせれば心配はないという。お勤めと称する行事がある日は、必ず遅らせるらしい。


 鹿波は今朝とは違って、別の制服を着ていた。昨日と同じものだ。私服然としていた印象が、厳粛に引き締まる表情をする影響もあってか、別のなにかに見えた。礼装、あるいは戦闘服かと錯覚する。


「お婆ちゃん」


 俺を連れて一階に移動すると、縁側で茶を啜る祖母に声をかけた。その傍らには大間もいて、月光を浴びながら悠然としている。


「今日、こいつをお勤めに出す。それで試すから」


「………済まないね。手間をかけて。だがね、辰はやる子だ。きっとお前の力になってくれるよ」


「どうだかな。この小僧が鼻垂れどころか涙を流して逃げ帰ることも予期できるアベッ!?」


「黙りな白馬鹿蛇。辰には素質がある。一眼でわかった。あの馬鹿娘にはなかったものだ。………辰。以前も言ったが、直感に従いな。いざという時ならなおさらだ。渡良瀬の血の囁きに耳を傾け、なにを示しているのか早急に理解するんだ。きっと、これまでのお前の経験が糧となる。その時は拒まず受け入れることだね。まさしくそれは自分の写し身となる。自信を否定していては、なにも始まらない」


 また大間が余計なことを呟くので、祖母の鉄拳制裁が頭にヒットする。


 祖母のアドバイスは人生そのものを見通した生き方───とは思えない。まるでこれから始まる行事に向けてへの生還方法を説いているようだ。


 俺自身を否定する行為がなにを示しているのかはわからない。


 けれど今の俺は「わかった」と適当な返事を返す他なかった。


 挨拶を済ませた鹿波は、普段着にしたジャージ姿のままである俺を強引に家から叩き出す。


 外に出る。昼の陽気とは違い冷えた夜気を思い切り取り込み、気持ちを切り替えた鹿波はそのまま隣の神社へ入った。


 東京だろうが田舎だろうが、神社の造りはそう変わらない。礼儀作法の一通りを叩き込まれているのだろう。鹿波は鳥居で一礼し、通路の端を歩く。社を素通りすると、裏手にある、渡良瀬家の自室からは見えない場所に出た。


「なんだ………これ」


 思わず声が漏れた。


 神社の造りは些細な部分の違いはあれど、ほぼ同じだったはずが、表からでは見えない部分からはまるで違う。


 おびただしい量の石灯篭がすし詰め同然に並んでいたからである。


 十や二十なんでものではない。百、二百………いや、もっとある。


 どれも同じ形状ではない。大きなものがあれば小さなものがある。


 だがどれも決まって橙色の火がなかで灯っていた。不思議なことに風が吹いても火は揺れず、ずっと燃焼を続けている。


「こっちだ」


 鹿波は石灯篭の群れのなかを進む。


 恐怖───あるいは無意識の抵抗感からか、俺はすぐには動けなかった。


 中学一年生の夏に一度だけ、同級生に誘われて墓地で肝試しをしたことがあった。それなりに恐怖を覚え、足取りが遅くなったことを今でも覚えている。しかしこの異常としか言えない風景を前に、肝試しで感じた恐怖など比較にもならない。


「置いていかれたいのか」


 鹿波が強く言う。


 叩き起こされた時からそうだったが、昨日の朝のような荒々しさを感じない。


 あの時は余裕もなくただただ八つ当たりをする女のように感じたが、今は違う。厳しい戦いに臨むことを義務付けられた戦士。それも往年の。


 そこでやっと歩き出す。未だに進める足は重い。


 周囲を観察してわかったことだが、この石灯篭群は碁盤状の配置で群れを形成している。ひとつのマス目に大量に敷き詰められ、線が通路を意味している。だがとてもではないが十三、あるいは十九の目では足りない。


「九九利」


「………なんだよ」


「いい加減、教えてくれ。こんなところに連れてきて、なにをしようってんだよ」


「まぁ、いいか。………あれ、見える?」


「え?」


 石灯篭群の右上隅を示す鹿波。指の先にあったものはひとつの目立つ石灯篭。


「………緑色の、火?」


「やっぱりの見えるか………いや、なんでもない」


 俺がなにかを尋ねる前に遮断した鹿波は、石灯篭群の中央にある、木造の建造物を目指して歩き出した。


やっと戦闘シーンに入ります。


なんとも不気味な空間ですね。石灯篭は見たことがあると思いますが、それが百個以上もあるとなると逆に違和感しかありません。


いったいなにをするのかといえば、やっと龍ヶ棲町の秘密の一部が明かされるわけですな。


日を跨ぎましたが、まだ更新を終えるつもりはありません。もうちょっとやります!


現在最新話を書きながらの更新作業です。なかなか大変ですこれ。

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