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010:新見珠乃

 茶髪のマッシュボブ。小動物を思わせる、小柄で華奢な少女だ。


 けどなぜだろう。俺はこの女をどこかで見たことがある。でもいったいどこで?


 龍ヶ棲町を訪れたのは二日前。初日は数人しか会っていない。昨日は鹿波に案内されて龍ヶ棲町を歩いたが、こんな女の子に会って自己紹介をした覚えもない。


「あ、あの………どこかで会ったっけ?」


「あ、ごめんね。久しぶりだもんね。覚えてないのも仕方ないよ。お祖母ちゃんから話は聞いてたから、もしかしてって思ったの」


 面識はあったようだ。一方的ではあったが。


「お祖母ちゃん?」


「うん。渡良瀬家の───」


「おーい。俺ぁ私語厳禁だって言っておいたはずなんだがなぁ。そろそろ始まるから、移動するぞー」


 せっかく友好関係を築けそうな希少な人材の名を知れるところだったのに、正門で登校する生徒の案内をしていた教師がやってきて、会話を封じられる。


 全員が俺のことを見て、それから教師を見ると「転入生だ。あとで紹介してやるから我慢しろ」と宥める。


 とはいえ、庇ってくれた少女が「渡良瀬」の名を出した途端、警戒が少しだけ緩んだ。今は敵意はなく、むしろ興味の対象として見られている。まず、そこだけは安心できた。


 教師の先導で歩き出す。列の先頭は俺とあの少女だ。時折俺を見上げては笑っている。それにしても思い出せない。俺はこの子とどこで会って、俺の名を明かしたのだろう。なぜか思い出せそうで思い出せない、スッキリしない感覚に苛まれる。


 この感覚は共有できるものらしく、背後から小声で「なぁなぁ」と声をかけられる。それを読んでいたのか、蚊の鳴く声量でも足音のなかから聞き分けて「西野。喋るなー」と注意する。


 そして始業式が行われる体育館前に来た時だった。


 何食わぬ顔をして現れた鹿波が、しれっと俺の前に割り込む。


「あ、お前………」


「なによ。こちとら色々挨拶があるんだから仕方ないじゃない」


 鹿波は二日連続で着まわしていた制服ではなく、龍ヶ棲学園指定の制服を着用していた。それが珍しくて、それとどこに行っていたのかも気になって声をかけてしまう。


 教師は振り向いたが無言で前を向いた。どうやら教師たちも理解している行事があったらしい。黙認されるのはこの学園でも特別なポジションにある証拠だ。


 始業式は恙なく行われる。小中高合同で。制服を着用するのは中学生からで、小学生は私服で登校していた。ここで全学年の顔合わせとなるのだが、やはりというか、先輩である高二と高三、後輩である小学生と中学生のなかにも龍の頭と尻尾を提げる龍族がいた。なんなら教師のなかにもいるくらいだ。


 現在ライトノベル界隈を賑わせている異世界転生、転移に巻き込まれてしまったのかといよいよ本格的に疑わざるを得なくなっている。辛うじて現実だと繋ぎ止めているのは、俺の過去を知っている数人がこの町にいるからだ。


 校長は人間で、副校長は龍族。もし騒ぎでも起こそうものなら、ファイアブレスでも吐かれるのだろうか。


 始業式は一時間とそこらで終わる。一限目を使いきり、二限目に突入したところで解散。各学年は所定の教室に戻る。


 三限目から授業が始まり、四限目が終われば給食。高校生でも給食を出されるのでは、中学生の頃とはあまり変わり映えがしない。


 二限目は自習という名目の自由時間と化す。久しぶりに会った学友と雑談したりだのと、とりあえず必要なことを済ませて授業をさせるつもりだろう。


 しかし俺はといえば、教室の黒板に貼られた席順のプリントを見て、わ行であることから最後尾であったので教室の後ろの席に座ると、獲物を狩る獣の目で見られる。いつ話しかけるべきか、タイミングを見計らっている。


 唯一接点のある鹿波はか行であるためかなり離れている。あの少女も離れている。名前は新見(あらみ)珠乃(たまの)。出席番号は一番。俺と対となるから左の最前。これは、自分から話しかけるべきなのだろうが───どうも行動に移せない。


 もし、東京の惨劇を知る者がいたらと思うだけで椅子から立てなくなる。指をさされて糾弾されれば、あの惨状を思い出し、もう外を歩けなくなるかもしれない。


 心臓が鳴る。普通のリズムではない。早鐘のようだ。


 血流に乗せて不安が体内を駆け巡る。知らないのであれば隠さなければ。隠し通さなければ。俺はもう、二度と俺でなくなるかもしれない。


「ッ………」


「おい。不細工」


「あだっ!?」


 冷や汗が頬を伝い、視線を下に向けたその時。鹿波の声がして、束ねた紙を丸めた棒で後頭部を叩かれる。


 衝撃に驚いて、つい伏せがちだった顔を上げると、やはりそこには鹿波がいた。


「なに踏ん張ってんの。トイレの場所は知ってるでしょ。さっき通ったし」


「あ、いや。違う………」


「あ、そう。漏らすのだけはやめてよね。私がいる前でそんなことをしたら、祓ってやる」


「その祓うってなんなんだよ」


「近い内に知ることになるから、今は知らなくても問題ない」


 理不尽だ。またあの殺意を向けられて、襟首に手をやろうとしている鹿波に辟易さえ覚える。


 一昨日なら怯えたが、もう慣れたというべきか。手を挙げても動じなくなっていた。


 ジトッとした視線はいつまで経っても終わらない。が、三十秒ほどの膠着状態の末、「フン」と鼻を鳴らした鹿波の方が自分の席に戻った。珠乃は苦笑しながら話しかけている。できれば俺が話したいのに。


 が、鹿波の奇襲(アンブッシュ)が功を成したようで、タイミングとしては抜群の効果を発揮する。


「おい渡良瀬っ! お前、当主様の孫なんだって!?」


「すげぇなお前。九九利に睨まれて平然とできるなんて、普通じゃねぇよ!」


「東京にいたって本当!? ね、ねえ。もしかして芸能人とかに会った!?」


「新宿とか、原宿とか、渋谷とかに行ったことあるの!?」


「おい女子! 順番守れよ!」


「うるさいわよ男子ども! 東京に知り合いなんていないんだから、現地人の情報がどれだけ大切なのかわからないの!?」


「テメェ鹿波に色目使ってんじゃねぇよ殺すぞ!!」


「東京って言えば利根様でしょ!? 当主様が最近世代交代されて、かなりイケメンの孫が継いだらしいんだけど、見たことある!?」


「えっと、イチマルハチのデパートとか、ミツコシデパートとか、本当にあんな大きいの!?」


「荒川と多摩川って、綺麗らしいんだけど本当!?」


「大間様は相変わらずか? 俺、喧嘩売ったら半殺しにされちゃってさ」


 ………なんていうか、カオスだった。


 クラスの大半が津波のように押し寄せて、我先にと質問をぶつける。なにから答えていいのかわからなかったし、質問の大半が知らない内容だったし、芸能人になんか会ったことがないし。………なかには殺害予告までされたし。なんなのこいつ。


 でもひとつだけわかった。


 この愉快なクラスメイトたちは、あの惨劇を知らない。


 ここは俺にとって、過ごしやすい環境になるかもしれない。


 少しだけ、心が軽くなった気がする。

新キャラ登場です。


なんか知った名前ですね。そういうモチーフがあるからでしょう。


新たな環境は辰にとって過ごしやすいものとなりそうです。セラピーになればいいですね。


さて、次回はいよいよ、シリアスなものとなります。この物語の根幹に触れていきます。


今日が終わるまであと少し。でも構わない。もう何話か更新しちゃええええええ!!

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