009:不審者同然
龍ヶ棲町に越して三日目の朝。
昨日の朝は殺意混じる素敵なモーニングコールで起床したが、三日目の朝は祖母が購入してくれた目覚まし時計が猛威を発揮する。
心臓が破裂するかと思うほどの警告音。いや、それは錯覚で、目覚まし時計のアラームだった。気合を入れて枕元に置いておいたのが失敗だった。離しておけばまだこんな目には遭わなかっただろう。
スイッチを押してアラームを止め、過敏になってしまった精神を深呼吸で落ち着けようとしたところに、また新たなアラームでビクンと肩が跳ねる。
昨日登録した鹿波から無料通信アプリ内のトークの着信音だった。たった一言「起きろ」とだけ。カチコミされないだけ、まだマシかもしれないが。
「………心臓に悪すぎる」
また激しくなった動悸をなんとか収めて、やっと布団をたたむところから始められた。
押入れに収納し終えると、壁にかけられている制服を見る。こんな田舎町ではあるが、学生には正式に制服が用意されていたのだから驚きだ。
急ぎで用意したそれは、昨日の夕方に帰宅した頃にはすでに届いており、里子を中心としたお手伝いさんチームにより俺の背丈に合わせた袖丈つめ作業が一気に敢行される。着せ替え人形のごとくズボンからブレザー、シャツまで袖を詰められた。
夕飯前にそれらが終わると、急ぎで入学式の準備に取り掛かる。昼過ぎには届けられた鞄や教材、学園のパンフレットや写真のない学生手帳、案内に従って一式を揃えていく忙しさに目を回した。
夕飯後に自室に戻れば、今朝まで空だったそこに家具一式が揃えられていたので唖然とする。そして折り畳まれた段ボール箱の残骸の数々。里子曰く、届いた荷物はすべて収納しておいたとのこと。
ただし、なかには見たくないものが飾られていたので、廃棄処分予定だった段ボール箱をひとつ組み立てて、すべて収納して押入れの奥に隠した。すぐ捨てるとなにか追及されそうだったからだ。
よって今この自室は、やっと生活感のある部屋に完成したのである。
あとは登校するだけだ。着替えてから下に降りると、祖母は「いいじゃないか」と感嘆していた。昨日の作業は祖母自ら参加したので見ているはずなのだが、登校日に見る姿は格別なのだという。大間は一瞥しただけで終わった。ちなみに鹿波はすでに登校しているらしく、姿がなかった。
朝食を済ませ、鞄を持って玄関へ。里子と祖母が見送りに来てくれる。
そこだけなぜか少しだけ照れながら「行ってきます」と言うと、ふたりとも嬉しそうに「行ってらっしゃい」と返してくれた。
学校の場所は鹿波に案内してもらっている。商店街の途中で道を分岐し、しばらく歩けば三階建ての校舎が見えた。龍ヶ棲学園という小中高合同の学校だ。昭和に設立されてから、ずっとこの体制だったらしい。小学生が各学年を合わせても百人もいないからだ。中学生も高校生も同じく。
ここでもやはりと言うべきか、田舎特有のネットワークがあるからか、登校中に感じる疎外感を噛みしめた。
というのも、単位さえ取れれば進級、進学できるシステムなのだから、十二年間は知った顔といつも一緒にいるのだ。こんな田舎では、むしろ転校、転入する方が不思議だろう。
ただ見られているだけならいい。そんな仕打ちは東京で受けた。
追加でヒソヒソと小声で話しているのが、どうもメンタルに来る。できることならここでターンして逃げ帰りたいところ、保護してもらった上に養子縁組し、生活に必要なものすべてを揃えてくれた祖母に申し訳なくて、どうしても逃げることができない。
ここには人間だけでなく、龍の頭をする人間まで生徒として登校している。慣れないが仕方ない。逃げるのは余程のことがあってからでいい。
「学年ごとに分かれて整列しろよー。あ、並んでからは私語は慎むようになー」
正門に近付くとガタイのいい男性教諭がいて、ジャージに竹刀と、時代錯誤な容姿で登校する生徒の案内をしていた。生徒たちにとっては馴染みの教師なのだろう。挨拶しながら案内に従って、広々とした校庭を進んでいく。
ちなみに案内はすべて口頭で、プリントの配布はない。
当時か。なんていったって小中高一貫校。進級、進学すれば繰り上がるのでそこに行けばいいし、なにより各学年の生徒が少なくて、クラス分けの必要もない。実にシンプルだ。ここの生徒からすれば。
「あ、あの」
俺にとってはどうにも理解が及ばないので、仕方なく声を張り上げる教師に声をかけることにした。
「お? 見ない顔だな。………ああ、そうか。当主様のところの」
「あ、はい。くと………じゃなくて、渡良瀬辰です。整列しようにも集合場所がわからないんです」
「そうだよな。そりゃそうだ。確か高一だったよな。じゃあそのまま校舎に入ってくれ。高一は一階の入って右側で集まってる。昇降口で上履きに履き替えてくれ」
「わかりました。行ってみます」
熱血漢の精神論で「とにかく行けばどうにかなるんだよ!」なんて叫ばれるかと思ったが、それは偏見だった。案外丁寧な説明を受ける。
小、中学生は校庭に集合しているので、高校生は校舎なのか。
時代を感じる昇降口に来ると、持参した上履きに履き替えてなかに。正面から見て右側には確かに生徒が集まっていた。
「よっす。随分と焼けたじゃねぇか」
「そりゃあ、畑仕事させられりゃこうなるって。鱗のケアとか大変だってのによぉ」
「龍族も大変だよなぁ。脱皮もするしよぉ」
「俺らからすれば人間も龍族も大変だよ。こちとら飛べないし、人龍は能力だって半減するしよぉ」
奇妙な空間が、また増えた。
なんていうか、囲碁と将棋とチェスをひとつの盤上で繰り広げているような混在感。
男もいれば女もいる。五対五の比率。女も頭が龍の人間………っぽい奴がいる。それに今、龍族だの人龍とかいう、区別がつかないワードも飛び出した。じゃあなにか。ここには人間と顔だけ龍の人間だけじゃなくて、もうひとつの超常的生物も存在するってか。
と、その時だ。
「ねぇ、見てよ。あの子」
「見ない顔だね」
「ずっとこっち見てるけど、どこの子だろう」
「え、どういうこと?」
逸早く女子たちが俺の存在に気付いた。波及するように俺を全員が見やる。
まるで異物を見る目だ。また胃がキリキリと痛む。一変した空気が緊張を帯びて、張り詰めた。両者が少しでも異様な動きをすれば、襲いかかりそうな空気。龍の頭をする龍族なる存在が露骨に警戒を示した。
重圧感で押し潰されそうだ。
「ねぇ、あなたは誰? 学年は………もしかして上級生?」
この空気のなかで人間の女子が先に動いた。一歩前に出て俺に話しかける。一見無謀にも見える。田舎町特有のコミュニティの外にいる不審者同然の俺に、あえて声をかけるのだから。
だが無謀は龍族によってフォローされている。両翼の男子と女子によって。最適解の陣形で、俺の奇行をいつでも封殺するだろう。
「俺は………」
「ま、待って! みんな待って!」
「え?」
「辰くんだよね? 玖頸辰くん! あ、いけない。今は渡良瀬なんだった」
「え、えっ!?」
突然俺の名を叫ぶ少女が、龍族のフォーメーションの陰から現れて、俺と尋ねた女子の間に割り込んだ。
なんだか新しいヒロインが登場する予感………?
こんなに連続での更新、大放出を行ったのは初めてです。
かなり書き溜めました。これで半分?
いやいやそんなわけがない。まだあります。まだ更新できます!
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