第96話:車は走る、どこまでも
道無き道、草原の上をかなり揺れながら走るミニバン。
その揺れはかなりのもので、俺は原因不明の吐き気に襲われて逃げるように眠った。
とはいえ、いつまでも続くと思った草原はいつまでもは続かず、楔国を出発して6時間ほど経った頃にふと目を覚ますと、周囲の景色は草原の青々としたものから砂肌がむき出しの荒野へと切り替わっていた。
「驚いたな。山とかそういう自然のものが何も見えないじゃねぇかよ」
窓にもたれかかりながら外を眺めるレオは感心した様子でそう言った。
確かに、どこを見回しても辺りに山のようなものはなく、地面に生える草たちはどれもが枯れてしまっていて命という物がほとんど見当たらなかった。
周囲に川のようなものも見当たらない事から、単に水分不足でそうなっているのだとよく分かる。地面のひび割れているくらいだしな。
だが、感心する事にそんな状況でも生きられる生物がいるというのが世界の面白いところだ。
目を覚ました時には車の揺れも幾分かマシになっていて、吐き気はすっかりと収まっていた。
だから再び眠りにつく事なく、他の皆と同じように外の景色を眺めていたのだが、突然ミニバンが急ブレーキをかけて止まった。
「どうした?」
何気ない調子でレオが聞くと、ニコラウスはため息をつきながら前方を指差した。
「また出たよ」
「またか」
そんな簡潔なやり取りをすると2人は剣を手にミニバンから降りた。
シロとカレンの様子を見ていると、2人はそんなそぶりを見せない。
(何があったんだ?)
気になり、覗き込むようにフロントガラス越しの景色を見ると、前方に岩のような塊が見えた。
というか、岩があった。
どっからどう見てもただの岩であるそれに、レオとニコラウスは剣を構えて警戒しながら近づいていく。
「な、なぁ。あれ何してるんだ?」
隣に座るポーラがいつの間にか気持ちよさそうに寝ていたから、代わりに前に座るカレンに聞いた。
「何言ってるの。今日1日でもう4回目の遭遇じゃない」
「いや、俺寝てたから見てないんだって」
「確かに。そういえば1回目の時に1人だけ車から出てこなかったわね」
気づかなかったわ。てっきり怖気づいたのかと。
なんて何故か煽ってくるカレン。
お前、ますますレオに似てきたな。
レオの方がまだ丸いくらいだぞ?
「私もニコラさんから聞いて今日初めて知ったんだけどね、あれはイワガメっていうモノらしいの」
「イワガメ?」
なんだそれ。初めて聞いたぞ?
イシガメの間違いじゃ無い?
まぁ、目の前の岩はイシガメみたいな小ささじゃないけどな。
「イメージでは土人形の亜種って考えて問題ないと思うわ。どうやら、生き物っていうよりは岩でできた亀って感じらしいの」
なんだそれ。
全くもって言っていることがわからんぞ。
と、カレンの言っていることがよくわからずに悶々としていると、目の前で信じられないことが起こった。
突然、大岩の下部にひょっこりと4本の足が生えたのだ。
正確には、折りたたまれていたと思われる4本の足を伸ばし、岩が立ち上がった。
足は外側が岩のようになっており、内側は泥の塊みたいなものが流動しているな。
どうなってんのアレ。
初めて見る異質な物体に困惑する中も、岩は変化をする。
突然岩の一部がピラリと剥がれ、真っ赤な目が2つ現れる。
すると、その目のしたのあたりがぱっくりと裂け、裂け目の奥で足の裏側のように泥が流動しているのが見えた。
「え、何あれ、生き物?」
「だから土人形の部類だって言ってるでしょ」
呆れた様子でカレンは言う。
え、いや……俺、土人形も生き物として認識してたんだけど?
だってあれ、魔物じゃん。
魔物ってことは生きてるでしょ。
「で、2人だけ出て行ったってことはアレは弱いのか?」
「弱いわね。攻撃してこないもの」
攻撃してこない魔物を倒しに行ってるのかよ。
なんか可哀想だな。
つーか、あのイワガメとかいうよくわからん物体はそもそも魔物なのか?
いや、土人形の部類っていうんだから魔物なのか。
うーん。マジで謎な生物? 魔物だな……。
「どのくらいの弱さかっていうと私が一撃で倒せる程度の弱さよ」
何それ。全く基準にならないじゃん。
だってお前めっちゃ強いじゃん。
反応に困る基準で話されても本当に反応に困るなぁ。
「なら、レオ1人でも十分だろ。なんで2人がかりなんだ?」
「レオは疑似聖剣の練習のためにイワガメを倒しに行って、ニコラさんは単純に盲目になっているのよ」
男って馬鹿ね。と、男の俺に向けてカレンは言う。
いつかのように、剣を目の前に掲げて詠唱を始めるレオ。
すると、バベルの時のようにスイッチを押すような音はしなかったものの、レオの疑似聖剣は淡く発光を始めた。
だが、それを見て俺たちは盛り上がることはしない。
何せ、疑似聖剣が淡く輝くその現象を、俺たちはこの数ヶ月で見飽きるほどに見ているからだ。
この後、疑似聖剣の光は少しずつ強くなって行き、やがて、不安定になって電球が切れるように途切れ途切れになって光を失っていく。
そうだ。
レオが疑似聖剣を使えないのは、剣が光をまとってから振るうに至るまでに光が消えてしまうからこそだ。
途中で集中が切れて力が失われるといった感じだろうな。
顛末を見ていると、案の定、レオの剣は途切れ途切れに光を失い、霧散した光は空に溶けるように消え去っていった。
「またダメだったみたいね」
カレンがため息をつく。
そんなに冷たい扱いをしてやるなよと思った。
だって、レオは苦しんでるんだぞ?
一度使えた力を使えることができず、4ヶ月もの間全く成長することなく停滞し続ける。
そんな苦しさをレオは味わっているんだぞ?
周りに置いていかれる焦燥感を感じているんだぞ?
もっと……優しくしてやれよ。
うまくいかなかったことで、レオは膝から崩れ落ち、砂の地面を殴る。
強さの象徴であるレオがそうやって挫ける姿は、見ていられなかった。
一方のニコラウスは、レオが失敗したのを見て代わるようにイワガメへと近づいた。
その顔は、かつてないほどに歪んでいる。
憎悪を滲ませ、額にシワを寄せて泣きそうな顔でイワガメを見ている。
刃の中央に一直線のくぼみがある、炎を纏う剣。
ニコラウスは以前と変わらず、その剣を使っている。
だが、剣に炎を纏わせることはしない。
きっと、イワガメの内部で流動する泥と相性が悪いからだろう。
ニコラウスはイワガメに近づくと、腹下の隙間に剣先を入れ込み、持ち上げてイワガメをひっくり返した。
腹側も足の内側や目の下の口と思われる裂け目の中と同じように泥が流動している。
だが、他の部位とは違って中央に宝石のようなものがあり、そこを中心に渦巻くように泥が流動している。
裏返されたことでもがくイワガメ。
元の位置に戻りたくてどうにかともがいている様子だな。
ニコラウスは裏返ったイワガメに向けて何かをつぶやき、振り上げた長剣を力一杯に振り下ろし、腹の中央にある宝石のようなものを叩いた。
すると、宝石のようなものは砕け散り、泥の流動が止まった。
「死んだ……のか?」
「ええ。死んだのかはわからないけど、あれで倒せているわ」
見ていて。ここからが面白いの。
内部の泥の流動が収まったイワガメを指差し、カレンは言った。
促されるままにイワガメをみると、目を疑う出来事があった。
イワガメの岩の部分がサラサラとした砂になり、吹く風によって飛ばされだした。
その事象はなだらかだが、大方の岩が砂に変わったところで薄くなった岩が割れ、内部の泥が流れ出た。
泥はあっという間に水分を失ってカピカピとした砂に変わり、地面に溶けるように同化した。
「なんだよあれ……」
「わからないけど、イワガメは倒すとああやって地面に同化するの。ちなみに、草原のあたりでは出てこなかったわ」
なるほど。荒野ならではの魔物ということだな。
「あの宝石みたいなのが核になっているのか」
「そうよ。あれを壊せば倒せるの。だから土人形の類だって言ったの」
確かに、核があって壊せば倒せるという性質は土人形そのものだ。
うーん。
楔国のあたりまでは見たことのある魔物とか知っている魔物ばかりだったけど、楔国を出てしばらくして、今こうしてみたことのない魔物が出てきているのか……。
バベルでもそうだったけど、どうやら俺たちが学校教育や国王からの座学で教えられた魔物以外にも魔物は存在しているようだな。
きっと、これから先、キノクニに近づくほどそう言った見たことない魔物ってのが増えてくるだろうな……。
ん? だとしたら、中国とか朝鮮連合国とか、キノクニの近くにある国の人たちは、そんな未知の魔物たちに囲まれて生きているということになるよな……?
何か……違和感を感じる。
「ごめんね。お待たせ」
すっきりしたという様子で、ニコラウスが運転席に乗り込む。
対照的にムスッとした様子でレオはカレンの隣、ニコラウスの後ろへと座った。
「じゃあ、行こうか」
再びニコラウスがアクセルを踏み、ミニバンは唸りを上げて走りだす。
ほとんど砂になったイワガメの残骸を踏みつけ、日が落ちてある程度暗くなった空の下、海岸沿いを目指して西の方角へと走りだす。
この日、ニコラウスは何度か休憩をしながらも、眠ることなくミニバンを走らせ続けた。




