第94話:来訪者(2)
「ポーラ! ちょっといいか!?」
カローンナがイヴァン・メルビスと屋敷の中に入って行ったのをしっかりと見届け、俺はすぐに裏庭で魔法の練習をするポーラの元へと向かった。
本当はレオを誘った方が良かったのかもしれないが、レオとカレンはまだ買い出しから戻ってきていないようで、仕方なしの選択だった。
「は、はい!」
女の子座りで魔道書をペラペラとめくり、何かをつぶやいていたポーラは、突然声をかけられて驚いて飛び上がった。
どうやって飛び上がったの? ってレベルでだ。
「ど、どうしましたか?」
不自然なくらいに動揺するポーラだが、それだけ集中していたということだろう。
少し、申し訳ないことをしたな。
「その……な、カローンナに客人がきたんだ」
「お客さん……ですか」
それが自分にどう関係があるのだとポーラは首をかしげる。
確かに、ポーラには全くもって関係ないことだ。
けど強引に巻き込ませてもらう。
「客人はイヴァン・メルビスっていう色白の男なんだが、心当たりはあるか? 明るめの茶髪とブルーの瞳が特徴的だ」
「いえ……心当たりはないですね。その人がどうかしたんですか?」
「初対面のはずなのに俺のことを知っている様子だった。あと、カローンナの古い知り合いみたいだ」
「それって……!」
気づいた様子のポーラに、頷きを返してその気づきが間違いでないのだと肯定する。
「俺たちの敵である可能性がある」
「やっぱり……」
アビゲイルがバベルの教会で名乗ってもいない奴の名前を知っていたという前例から、そのイヴァンという男も同様に俺たちがかつてあったことのある魔王軍幹部なのではと推測するポーラ。
俺も同じ推測をしていたが、その段階は1つ踏み込んでいる。
どこかで聞いたことのある声にケビンに似たヘラヘラとした調子の話し方。
さらには俺のことをボウズと呼んだ。
思い当たるのは奴しか居ない。
「2人は話をするために屋敷の中に戻っていった。多分だが、応接間か執務室だ」
疑いを確信に帰るための証拠を取りに行こうと誘うと、ポーラは思いの外ノリノリで「行きましょう!」といった。
屋敷の扉を開け、音が鳴らないようにそっと閉めると、足音を殺しながらまずは応接間へと向かった。
ポーラと顔を見合わせてうなずき合い、扉に耳を当てて室内の音を拾おうと試みると、応接間は全くと言っていいほど無音だった。
人の話し声どころか、布ずれや足音すら聞こえない。
だから、もう執務しかありえないと判断し、抜き足差し足でカローンナの執務室へと向かった。
執務室の前にたどり着くと再び顔を見合わせてうなずき合い、俺は立ったままの姿勢で、ポーラはしゃがんだ姿勢で揃って扉に耳を当てた。
「で、結局お前は何の話をしに来たんだ」
中から、僅かにではあるが、扉越しでくぐもった声が聞こえてくる。
カローンナの声だ。
立て続けに、イヴァンの声がする。
「相変わらずせっかちだなぁお前は。まぁ……な、そこも含めて、俺はお前のことが好きだったぜ?」
自虐気味に笑うイヴァンの声を聞き、ポーラが「あれ?」と首をかしげる。
「この人の声、私もどこかで聞いたことがあります」
ハッとした様子でポーラが言う。
本当は何か言葉を返すのが正解だったのだろうが、俺たちが部屋の外で会話をする間も、部屋の中ではカローンナとイヴァンの会話が進んでいってしまう。
だから、俺はポーラに無言を返して再び意識を扉に当てた耳へと集中させた。
「私は自分より弱い奴に興味は無いな」
「何言ってんだよ。お前が俺よりも強かったのはフラガラッハがあったからだろ?」
「バカ言え。お前は偉そうなこと言えないだろ。なにせ、お前も私の眷属としてフラガラッハの力を分け与えられていたんだからな」
お〜っとぉ?
また知らない話が出てきたぞ?
えーっと、なんだっけ?
眷属としてフラガラッハの力を分け与えられていた?
何それ。聖剣の力って他人に分け与えることができるの?
いや、聖剣が全てそうだと決まったわけじゃ無い。
もしかしたらフラガラッハだけかもしれない。
それに眷属って……イヴァンがカローンナのかつての部下だったってことか。
……いや、イヴァンが魔王軍の人間だったのなら、それは当然か。
カローンナはかつて魔王ノクターンとして魔族を率いていたわけだしな。
……けど、そうなるとカローンナは魔王時代に聖剣を持っていたことになるな。
確かに、ピースはカローンナが魔王の座から引きずり降ろされて聖剣フラガラッハを失ったとか言っていた。
なら、やはり魔王軍が聖剣を保持しているということで間違い無いのか。
ウィークがフラガラッハを持っている線がますます濃厚になってきたな。
けど、話を聞く限りじゃあフラガラッハを持っている可能性が高いのは魔王時代のカローンナを倒したというミカドリョウスケという人間? だな。
うーん。なんか話がややこしくなってきたぞ。
てか、ミカドって聞き覚えある響きだな。
どこで聞いたっけ?
「まぁ、何でもいいが、もう一度だけ言うぞ」
気だるげに言ったカローンナは言葉を区切り、ドスを聞かせ、続きの言葉を吐いた。
「早く本題に入れよ」
ハハハハハ。と、楽しくなさそうなイヴァンの笑い声が執務室に響き、扉伝いで聞こえてくる。
まるで、こみ上げる制御不能な感情を抑え込むような、そんな笑い声だった。
「大方の見当はついている。どうせ、また勧誘に来たんだろう?」
悟った様子のカローンナの言葉に、俺の心臓が跳ねた。
執務室の中からは呆れた様子のイヴァンの声が聞こえてくる。
「全く。あんたには敵わねぇよ」
つまり、イヴァンの目的はカローンナのいうとおり、カローンナを勧誘することだったようだ。
どこに?
そんなの、限られている。
人類側か魔王軍側か。
中立の立場にいる元勇者で元魔王のカローンナという女性を、戦力として欲しがるのは人類も魔王軍も同様だろう。
けど、今のところの可能性としては魔王軍の可能性が濃厚だ。
理由はうまく言えないが、本能的に俺の芯のあたりがイヴァンは敵だと警告音を発している。
だから、イヴァンは敵として、魔王軍としてカローンナの勧誘をしに来た。
「ただ、少し違う。勧誘は勧誘だが、これは最後通告だな」
「ほう?」
「アビゲイルの奴がテンション上がっちまって、予定よりも早くこっちの準備が整っちまった。だから、人類への総攻撃を12月31日の夜。正確には、1月1日の午前零時に変更ってことになった」
(……っ! アビゲイルの名前が出た! 間違いない! イヴァンは魔王軍の人間だ!)
だから……えーっと……。と、迷うように声を零しながら言うべき言葉を探るイヴァン。
何度か意味の無い「えーっと」を繰り返したのち、最後には諦め、取り繕うことなくこう述べた。
「今ならまだ間に合う。魔王軍に戻ってきてくれ」
「断る」
食い気味での即答だった。
「どうしてだよ! 再編の完遂はアンタが望んだことだろ! これ以上、勇者ルールによる犠牲者を出したく無いと、アンタが語ったことだろ!」
「その考えが間違っていたのだと、私は気付いた」
怒鳴るように言葉を紡ぐイヴァンに、カローンナは諭すように言う。
「倒すべきは勇者認定課だ。人類じゃ無い」
「同じことだろ! 俺たちがやろうとしているのは、アンタが最初に思い描いた革命だ! 勇者認定課の幹部である各国の国王を殺し、勇者ルールが機能しない世界を作ることだ! 勇者認定課を倒そうという思想は一緒じゃ無いか! 何が違うんだ!」
「そう。そこを履き違えている。各国の王を殺す必要は無いんだ。あいつらは幹部でも何でも無い。末端職員だった。倒すべきは勇者認定課の中枢で踏ん反り返って甘い蜜ばかりをすすっている老ぼれたちだ」
「……っなら! 魔王軍に戻ってきて俺たちの指揮を取ってくれよ! また一緒に革命を目指そう……!」
「それはできない」
「どうしてだよ!」
すぅと、カローンナが大きく息を吸うのがわかった。
そして、決して大きくは無い、けれどハッキリと通る女性にしては低めの声で、カローンナは静かに言った。
「私は私で、革命の計画を立てている」
「っ!」
思わず、扉から耳を離してしまった。
絶対に聞いてはいけない話を聞いてしまったのだと、そう思ったからだ。
カローンナのいう中立という立場が、俺の思っていた中立という立場とは意味合いが異なるのだとわかり、心臓が暴れる。
俺は、中立という立場はどちらにも属さない、どちらの味方もしないという立場を指すのだとばかり思っていた。
だが、カローンナはそうではなかった。
きっと、カローンナのいう中立の立場というのは、どちらにも属さない、独立した立場のことを指していたのだ。
より分かりやすく言うのなら、カローンナは魔王軍側でも人類側でもなく、第三勢力として楔国の長の地位に立っていた。
確かに、革命を起こすには楔国という国、街はもってこいの場所だろう。
革命の内容はわからないけどな……。
毎年全国各地から候補勇者たちが集められることで、有望な人材を得る機会というものが他の国よりも多い。
さらには初心者の候補勇者が多いということもあり、補助をするような店が多い。
道具屋だったり武器商であったり、とにかく、武力を蓄えるには良い言い訳がある。
きっと、最初にこの国に来た時の、カローンナの鍛えてやるという誘いは品定めをするという意味合いだったはずだ。
決してこれらの思考が全て正しいわけでは無い。
ただ、考え出すと止まらなかった。
もう全てが全て、そうなのだとしか考えられなかった。
だらしなく開いた口から声が溢れ出しそうになり、軽い口を慌てて両手で押さえ、声を我慢する。
ポーラに視線を向けると、ポーラも同じようにして声を我慢していた。
真っ青に顔を青ざめて、俺に視線を向けながら。
「……どう……し……たの?」
「「ひぃぃ!」」
突然かけられた声に、俺もポーラも驚きで思わず叫んでしまった。
そんな俺たちを不思議そうな表情で見つめながら、声をかけてきたシロは首をかしげる。
いつも朝食後は気まぐれでどこかに行っているのにこういう時にばかりさらっと姿を表すのは何なんだよお前!
って叫びたくなるのをこらえる。
「誰だ!」
執務室の中から、刺すようなカローンナの声が聞こえてきた。
俺は近づいてくる足音から逃げるために、慌ててポーラと白の手を取り、走った。
とりあえず俺の部屋に3人で逃げ込むと、シロには「カローンナと客人の話を盗み聞いていたから怒られると思った。シロを置いておいたらシロが疑われると思ったから連れてきた」と、間違ってはいない説明をして、かなりひどい扱いではあるがそのまますぐに部屋から追い出した。
「さっきの話、聞いたか?」
確認のためにポーラに聞くと、
「はい。聞いてしまいました。しっかりと」
と震えた声を返された。
「ど、どうしましょう。私たちけ、消さ……」
「大丈夫だ。きっと、大丈夫だ。とりあえずレオたちが帰ってくるまで待とう。もう帰ってきてもおかしく無い時間だ」
強がってそんなことを言ったが、俺も体の震えが止まらなかった。
屋敷に残っている人間から考えて、盗み聞きをしていた人間が俺たちだということはすぐにバレるはずだ。
しかも、内容が内容なだけに、きっと俺とポーラの元に口止めにやってくる。
相手はカローンナだ。
そして、イヴァン・メルビス。
魔王軍の人間だと思われる人物。
話を聞く限りだと、イヴァンもカローンナと同じように瞬間移動が使えるはずだ。
しかも、おそらくだがイヴァンはカローンナとそう強さは変わらない。
2人がかりで勝てない相手が2人もいる。
(ここに来られたら……勝てるわけが無い……)
そう思うと恐怖で体が震えた。
だが、そんな俺達の心配を他所に時間は過ぎ、レオとカレンが買い出しから帰ってきた。
部屋の外で2人の話し声が反響するのを確認し、勢い良く扉を開けて2階に上がってきた2人をそのまま俺の部屋へと引き込む。
「何すんだよ!」
「ちょっとどうしたのいきなり」
と、レオとカレンの2人は各々の反応を見せたが、俺とポーラの表情を見て、僅かに沸いたであろう苛立ちをすぐに抑えた。
「どうした」
レオの問いかけに、何から答えるべきかと悩む。
カローンナが敵だったというべきか?
いや、多分レオは「だから最初からそう言ってるだろ」とか言ってくるはずだ。
けど、すぐにカローンナが敵だったことを伝えて準備をし、この国から出ていかなければならない。
レオがつっかかってこないように説明するには……そうだ!
「カローンナが本性を現した」
悩んで言葉を選んだ甲斐あり、レオは力強く頷き、「わかった」といった。
本当、コイツはこういう時の理解力が凄いから助かるよ。
さすがは俺たちの勇者だ。
「いいかお前ら。今すぐにこの国から出て行く。2分以内に準備をしろ。おそらく街の入り口に検問があるが知ったこっちゃねぇ。強行突破だ」
ちょっと話が走り過ぎじゃない? とか思いました?
俺はちょっと走り過ぎかなぁと思っています。
気をつけます。




