第93話:来訪者(1)
「痛ぇ……」
「ん……んぅ……」
カローンナに蹴られて痛む腰をさすりながら起き上がると、隣に寝かせられていたポーラもちょうど同じタイミングで起き上がった。
気絶した俺たちが寝かされていたのは庭の硬い砂の上だったが、葡萄の蔓が巻き付けられた鉄製の網状トンネルのおかげで影になっていて日は当たっていなかった。
「ようやく起きたか」
起き上がった俺たちを見て、突っ立ったままタバコを吸うカローンナが言う。
「俺たちはどのくらい寝てたんだ?」
「小一時間だな。で、どうだ? 体はもう動くか?」
手のひらをグッパーと握ったり開いたりしてみて、体の感覚を確かめる。
立ち上がり、軽く頭を回して首の凝りをほぐし、腕を回してみる。
問題は無かった。
「俺はもう大丈夫だ」
「私はまだ無理そうです」
一度起こした体を再び寝かせ、両目を瞑って深く息を吐きながらポーラは言う。
そのポーラにカローンナは「無理する必要はない」といい、続けざまに説教を始めた。
「いいかお前ら。キノクニの魔王城に乗り込むと、さっきみたいな瞬間には腐るほど遭遇することになる。つまり、仲間のピンチだ。だがな、さっきのお前たちみたいに、互いを助けようとするのだけは絶対にしちゃいけない。結末は全滅だからだ」
だから、仲間が殺られそうになった時は、絶対に助けようとせずに見捨てろ。
そうしないと、より多くの人数が死ぬことになる。
被害を最小に抑えるためにも、仲間がピンチになったのならその仲間を囮にして逃げろ。
絶対に助けようとするんじゃない。
「……ですが!」
「私が魔王軍だったら、お前はもう死んでるぞ」
被せるように言ったカローンナの言葉に、ポーラは黙る。
カローンナの言っていることを納得はできないが理解できているからだ。
もちろん、俺もカローンナの言葉は理解できる。
人を助けるなんて大層なこと、強くもない人間がやっていいことじゃあない。
弱い人間は助けられる側で、決定的瞬間に助ける側に回ろうと行動してしまえば、それ自体が隙となり、足かせとなり、命取りとなる。
だから目の前で誰かが殺られそうになっているのだとしたら、自分自身の心臓を潰すほどの思いで見棄てなければならない。
魔王の居城は幹部もいるわけで、俺たちよりも圧倒的に格上の敵ばかりが出てくる。
当然、俺たちの方が弱いわけで、一瞬も気が抜けない。
もしも気を抜こうものならすぐに命を落とすことになる。
だから、最悪の結末にならないためにも、仲間は見棄てなければならない。
わかってはいるが、納得したくない話だ。
「もう11時になるか。ポーラは体が動くようになり次第、魔法の練習をするといい。ケイタはこれから1時間、私と対瞬間移動の戦闘訓練だ」
タバコを足元に捨ててそれをつま先で踏み潰すと、カローンナはしっかりとそのゴミを拾って上着のポケットに入れ、「行くぞ」と歩き出した。
ついさっき俺とポーラがやられた場所に移動するということだった。
だから俺は無言でカローンナの後を追った。
基本的に、俺たちはカローンナに1対1で順繰りで戦闘の訓練をしてもらっている。
毎日2人ずつ、一方は屋敷を出てすぐの庭で直接訓練を受け、もう一方は1人での個人的な訓練。それを交代交代で朝から晩まで続ける。
残りの2人は買い出しであったり家事であったりの雑務をやる。
雑務が特にない時は裏庭の土人形相手に1人で戦闘訓練をしたり、ひたすら剣の素振りをしたり、まぁそんな毎日を送っている。
カローンナによる俺たちの訓練はそれぞれがテーマに沿って計画されているわけだが、レオが疑似聖剣の操作、カレンが刀を用いた最速の戦闘、ポーラが魔法操作、俺が対瞬間移動戦闘といった具合に、俺は見事に魔法使い役としての役割を治療師であるポーラに取られてしまっている。
それは、正直言って仕方のないことだ。
俺は魔法を使う術を祖父から教えられていないが、どうやらポーラは魔法を使うための触媒である魔道書というものを俺の祖父から与えられたらしく、俺が使うことのできない魔法を使うことができる。
使える魔法の系統は回復だか再生だかなのだからポーラとしては役割から逸脱しているわけではないが、それでも、その主たる方法が原始的な治療ではなく魔法を使った治癒であることに変わりはない。
俺としてもかなり妬ましいところはある。
けど、そんな妬みなどに浸って落ち込んでいる暇はない。
俺は聖剣フラガラッハを使っていると思われる魔王軍幹部、ウィーク・ドミネーターへの対抗策として鍛え上げられている。
その訓練は苛烈そのもので、考えるよりも先に体を動かさなければすぐにでも命を落としかねない。
本当は魔法を使ったりしたいものだが、自分にはそれができないのだと痛いほどわかっているし、何よりもウィーク・ドミネーターの強さをわかっているが故、対抗策が必要だと思っている。
だからこそ、俺は魔法使い役として魔法の訓練をするわけじゃなく、1人の候補勇者として魔王軍の幹部と戦うための特訓を受け入れている。
あれ、ウィークって初代魔王に食われるだか潰されるだかして死ななかったっけ?
とか思っている奴もいるんだろうな。
俺もそう思っていたわけだし。
けど、ウィークは死んでいないのだとピースの口から聞かされていた。
「その……あいつには助けられたよ。ウィークには」
密会の時にそう謝ると、ピースは目を丸くして下品に笑った。
「いやいやいや。アイツ生きているから。ピンピンしてるよ?」
バベル脱出から密会まで、時間は数時間ほどしか空いていなかったが、その間にどうやって確認したんだと疑問に思い、俺はハッとした。
携帯式通信端末を使っていたのだろうが、そうでないのなら、楔国にウィークがいる事になる、と。
迎えが来たからと会計だけ済ませて外に出て行ったピースを慌てて追うと、その姿は消えていた。
魔王軍の幹部が皆、瞬間移動を使えるのだとは到底思えないから、俺の考えは後者が正しく、楔国にウィークがいたのだと考えるのが妥当だった。
そして、楔国にウィークが居たという可能性は、そのまま、ウィークが死んでおらず、生きているということの証明にもなっていた。
聖剣フラガラッハの力で空間の圧縮と拡張を行い、疑似的に瞬間移動を使うことのできる魔王軍幹部ウィーク・ドミネーターが死んでなどいないのだという証明になっていた。
こんな過程があったからこそ、俺はウィークと戦うための、奴を倒すための特訓をしている。
空間圧縮と拡張による疑似的な瞬間移動に慣れ、対応するための特訓をしている。
「じゃあ、やるぞ」
今度は大剣を持たず、鉄製のグローブを、所謂ガントレットというやつを両手につけ、感覚を整えるようにブラブラと手のひらを振るうカローンナ。
その確認の言葉に、俺は長剣を両手で握って構えながら頷く。
「5分間生き残れよ」
カローンナの薄い唇から放たれた言葉は、途中でブレて言葉としての音を失った。
理由は明白で、カローンナが瞬間移動をしたわけだった。
姿を表す場所を探るため、俺は目を瞑って耳に神経を集中させた。
ヴンという、太い丸太を振るった時のような重く鈍い空を切る音が素早く、連続して聞こえてくる。
その音はさっきカローンナがいた場所から順に、俺の右手側に回り込むように移動していき、背後に回るその直前で急に方向転換し、俺のすぐ横へと迫ってきた。
真横に姿を表すのだとわかり、横とびでわずかに距離を開けつつ自分が立っていた場所を目掛けて剣を振るう。
すると、ガギィンという金属同士のぶつかる音が響いた。
「ハッ! やっぱりもうこのぐらいの奴には反応できるんだな」
俺が一瞬前までたっていた場所の、脇の位置に瞬間移動をしたカローンナは、俺の振るった長剣を殴る形でガントレットで受け止めていた。
「そりゃあれだけ何度も繰り返しで経験すれば慣れるさ」
「だったらこれはどうだ?」
カローンナのニヤリとした笑みに呼応するように、剣を受け止める彼女の右腕の背後の空間が拡張される。
押し出されるようにしてガントレットは加速し、力を増す。
そのまま俺は押し切られる形で剣を弾かれ、仰け反ってしまう。
「隙ありだ」
まっすぐに瞬間移動し、俺の目の前に姿を表すカローンナ。
振り切った右腕を引き、その勢いのまま回し蹴りを放ってきた。
「無ぇ……よ!」
慌てて長剣を手放し、腰に据えてあった短剣を抜き取る。
迫る鉄の義足を短剣でなんとか受け止める。
空間の拡張でブーストをかけられていたが、なんとか受け止めることができた。
「ほう。やるようになったじゃないか」
感心したように言うと、カローンナはその顔にレオのような獰猛な笑みを浮かべて見せてきた。
(あ、やばい終わった)
本能的にそう思った。
次の瞬間、義足からガチャリという音がしたかと思うと、追うように銃声が響き、義足のふくらはぎから空の薬莢が2つ飛び出た。
伴う形で、短剣に今まで食らったことのない衝撃が二重で伝ってくる。
短剣の腹から限界を訴えるような虚しい音が鳴り、結局、耐えられなかった短剣は粉々に砕け散った。
だが、短剣を砕きながらも空間拡張と銃弾で加速したカローンナの義足は止まらない。
恐ろしい速度で義足は俺へと迫り、鳩尾にクリーンヒットした。
さっきよりもエグい吹っ飛び方をして地面に叩きつけられる。
地面に打ち付けた背や後頭部もなかなかに痛かったが、それよりも蹴られた鳩尾が痛くて息ができなくて、ものすごく苦しかった。
「あー。すまん。やりすぎた」
「やりすぎた……って、テメェ…………」
息ができなくて咳き込む俺にカローンナは歩み寄り、腕を引っ張って俺を立たせた。
そのままカローンナに肩を借りて屋敷の玄関へと向かっていると、
「相変わらずだな」
と、どこかで聞いたことのある男性の声がかけられた。
声のした方に俺もカローンナも顔を向けると、そこに、ちょうど門を通って敷地内に入ってきたところであろう1人の男が立っていた。
ひどく色白の、そばかすと三白眼が印象的な男だった。
染めたわけではないであろう自然な茶髪を短く切り揃えて中央で分けたその男は、青みがかった虹彩でしっかりと俺たちを見つめる。
だが、ジーパンにシャツといったラフな格好をしたその男を俺は知らない。
馴れ馴れしく声をかけてきたのを見る限り、俺たちどっちかの知り合いであることは確かだが、俺はその男を知らない。
と、いうことは、必然的にカローンナの知り合いということになる。
顔色を伺うようにカローンナの顔を見て、俺は、すぐに目を逸らした。
この時、カローンナは今まで見たことないほどに冷たい表情をしていた。
まるで羽虫を見るような、冷めた瞳で無関心に男を見ていた。
「1人で立てるか?」
気遣うようなカローンナの言葉に頷きを返すと、カローンナは俺に肩を貸すのをやめ、その代わり、一歩を踏み出して男に近づいた。
まるで、俺を男から守るような立ち位置だ。
「今日はなんの用事だ」
「いや、ちょっと話をしたくてね。せっかくの非番だから来てみたんだ」
非番?
どこかの国の兵士か?
目の色からして米国の人間には見えないけど……。
「久しぶりに俺が飯でも作ってやろうか?」
「要らん」
「ハハハ。冷たいなぁ。まぁ、そこも相変わらずだな」
男は笑いながらカローンナの横を通り過ぎようとした。
だが、カローンナはさせなかった。
ガントレットをはめたままの手で男の二の腕を掴み、睨みつける。
「動くな。この弱々しい腕を折るぞ」
「……そうだな。お前はやると言ったらやる女だ」
カローンナの腕を振りはらい、男は一歩退いた。
「もう一度聞く。今日は何をしに来た」
「だーかーら! お前と話をしに来ただけだって言ってるだろ?」
「本当にか?」
「ああ。本当だ。話が終わったらすぐに帰る。誰かに危害を加えることもしない」
「そうか」
カローンナは身を翻し、男を見ることもせず「来い」といった。
すると、男は「へいへい」と気の無い返事をして、歩き出した。
「ケイタ。今日は個人特訓に変更だ。すまないな」
「あぁ。いや、別に構わないけど」
生返事を返していると、男がすれ違い様に俺の肩を叩いて名乗りを上げてきた。
「俺はイヴァン・メルビスだ。久しぶりだな、ボウズ」
「何をしている。早く来いメイビス!」
カローンナの叱咤を受け、イヴァン・メルビスと名乗った男は呆れた様子で「メイビスじゃねぇ。メルビスだ」と訂正をした。
「全く。お前がそんなんだから皆が面白がって俺のことをメイビスなんて呼ぶんだ」
ケビンとどこか似た雰囲気を持つ色白の男、イヴァン・メルビスのその愚痴に、俺は呼吸を忘れた。
メイビス。
それは、あの密会の時にアビゲイルが店の予約を取るために使っていた名前だ。




