12.
開店してから暫らく経つと、銀の装甲を纏った妙な団体客が来店した。先導するのは枯れ草色の髪をした二十代後半ほどの男性だ。
男性が人懐こく笑う。
「俺らが一番乗りだな」
「適当に座れ」と、連れ立ちの三人に声を掛ける。カウンター近くの円卓を陣取った彼らは、二本角が生えた冑を被っており、髪色は定かではない。一人は黒人、二人は白人。顔つきは総じてまだあどけない。
男性の連れ立ちの顔を観察し終え、クロが「何だ」と落胆したような声音で呟いた。
「新入りばっかじゃねえか。今回の遺跡はもしかして外れか?」
クロの隣、カウンター席に枯れ草色の髪をした男性が腰掛ける。
「俺たちにとっては当たりだ。何しろ、合成獣が少ないほど危険が少ないからな」
珈琲を白い陶器に注ぎながら、ステファノが溜め息を吐く。
「古代混乱期の遺跡だと聞き及んでいたので、稼ぎ時だと張り切っていたのですけどね。残念です」
「んー。それが何だかしっくりこねえんだよなあ」
枯れ草色の髪をした男性は刈り上げた頭を乱暴に掻いた。
カウンターに頬杖をつき、クロが問う。
「どういう意味だよ?」
「何て言ったらいいんだかなあ……そう、不気味なんだよ、あの遺跡。静か過ぎるんだ。幾ら規模が小さいとはいえ、合成獣が一匹たりとて居なかったことなんて今までにあったか?」
「ねえな」
クロは即答した。
ステファノがお盆の上に三つ陶磁器を載せて、クロの前に出す。クロはお盆を片手で運ぶと、ぞんざいに円卓の上に置いた。
連れ立ちの三人が陶磁器を手元に引き寄せる。迂闊にも口をつけようとした彼らは思わず息を止めた。静かに陶磁器を下ろし、三人は互いに目配せをして意思の疎通を図ろうとした。
枯れ草色の髪をした男性が振り向き、「諦めろ」と諭した。
「うちの通過儀礼だ。この魔法使いを優先的に雇うには、店主の煎れた珈琲を飲まなきゃなんねえのさ。少なくとも毒じゃねえ。胃袋も通ってるうちに慣れるさ」
心なし顔を青褪めさせた三人へ、ステファノがにっこりと微笑みかけた。
「大丈夫です。あなた方の上司が実践してみせてくれますから」
枯れ草色の髪をした男性がぎぎぎっと、錆びついたゼンマイのような音を立てて顔をステファノに向けた。
「あー。俺は間に合っている。目えばっちり開いてる上、健康状態上々。全く飲む意味なし」
「飲む意味ならあるでしょう。あなたのところの新人は私の煎れた珈琲を毒物であるかのように思っているので、それを否定するためにも飲むべきです」
枯れ草色の髪をした男性が部下三人を早く飲めとばかりに睨みつける。上司に睨まれ、三人は腹を決めたようだ。悲壮な覚悟を露わにし、三人は目配せをして、頷き合った。
元の席で茶番劇ーー部外者の彼にとってはまさに茶番劇なのだが、地獄のように黒く、毒婦のように香り立つ珈琲を目の間にした彼らは真剣だーーを鑑賞していたクロがふと思い立ったように声を上げる。
「飲むんなら順番決めろよ。トイレが一つしかねえから」
この余計なひと言のため、益々三人の顔色は悪化する。最初に飲むのは勇気がいるし、人が飲んだ後は怖さが先行する。
三人の中で最もあどけない顔の白人が口を開く。
「私が最年長ですし、責任もって最初に飲みましょう」
待ったを掛けたのは黒人だ。
「年は関係なかろう。公平にくじ引きで決めたらどうだ?」
「くじが何処に在るんだよ」
ぼそりと悪態を吐いたのが強面の白人だった。ぼそぼそと、彼らの話し合いは険悪さを増しながら続く。
やれやれと、クロは肩を竦めた。
枯れ草色の髪をした男性が陶磁器をそっと遠ざけ、次なる注文を頼む。
「水を一杯くれ」
「何だよ。貧乏くせえな」
「これからまた遺跡に潜るんだ。酒はいただけない。紅茶はがらじゃねえしな」
遠ざけられた陶磁器を男性の手元に押し返しながら、ステファノが「そう言われると何も返せませんね」と肯いた。「否定しろよ」と、枯れ草色の髪をした男性が苦い笑みを浮かべる。そんな彼を無視して、ステファノがクロへ水を持ってくるよう命じる。
「佳子に頼めよ」
「居ないからあなたに頼んでいるのですが、どこに行くとか託けられていませんか?」
「そういや、こいつらが来店してすぐ、水の用意するとか佳子が言ってたぜ」
「注文もされていないのにですか?」
ステファノが怪訝そうに眉を顰めた。
「さあ。そもそも何のための水なんだか分かんねえし」
「それくらい聞いておきなさい」
「ったくよお。何だか手慣れてる感じがしたし、放っておいていいかと思ったんだけどなあ」
そうぼやきながら、クロが席を立つ。
厨房に入っていくクロを見送り、枯れ草色の髪をした男性がにまにまとした顔をステファノに向けた。
「きもい」
「誰がきもいだ。佳子って大和の女の名前だろう。何だ。ついに魔法使いの女を店でも雇うようになったのか?」
「違いますよ。借金返済を速やかにさせるために雇った女性です」
枯れ草色の髪をした男性は目を丸くした。
「借金? お前から金を借り入れるなんてどんな世間知らずなお嬢様なんだよ」
「失敬な。私をなんだと思っているのです」
「業突く張りな守銭奴」と返せば、顎を掴まれ、無理やり珈琲を喉に流しこまれそうになった枯れ草色の髪をした男性だった。




