外伝 憂鬱小屋
ロンダルシア大河を上流へ向かい進むと、枯れた大地は再び草原へと至る。
川の形に沿うように歩いてゆくと美しい森があり、森に入りしばらく進むとその小屋はあった。
…うら寂しい小さな小屋。
サグラダがそこに辿り着いた時には、燦々とした日の光が優しく小屋を照らしていた。
窓にはカーテンも何もなく、覗こうと思えばすぐに中が覗ける。
サグラダは覗く気はなかったが、入ろうとした時に目に入ってしまった。…少女の美しい体。
「うほっ。ガキの癖して……」
…闇色のドレスを着ていた少女は、下着姿で小屋の中にいた。
白い肌。どこまでも美しいその肌をもっと見ようと身を乗り出して、すぐにそれを後悔した。
美しい肌の上に走る傷。暗い傷。
小屋の中にいるのは普通の少女ではない。攻略組最凶、デッドエンドの片割れ。
「……あらららら」
懐から紙巻き煙草を取り出し火をつける。
フィルターも何もないそれは、キツい香りと重みで肺を刺す。窓枠の下に座り込み、家の壁に背中をつけたまま、そこでサグラダは煙を吸い込んだ。
サグラダが使ったマッチは一般の人間はあまり使わない。元の世界でのマッチは安全面での色々な技術が用いられていたが、この世界のマッチはまだそこまで発展していない、というか、マッチを発展させるつもりの転生者はなかなかいない。それならライターを作った方がいいからだ。
「…ライター欲しいな。買いに行くか」
お尋ね者の身の上では自由に転生者達の前には出られない。サグラダのような人間を相手にする闇の商人も居るが、サグラダはロックボトムを敵に回してしまった。
ロンダルシア地方、あるいは南の国ではどこに奴らの息がかかっているかが分からない。
「……しばらくこの国離れるか。ったく。早まったかなぁー」
デッドエンドイースト&ウエスト。
彼らは想像以上に滅茶苦茶だった。
あの時の、地底墳墓の冒険者達の顔を思い出す。
「……………………………ほ」
冒険者達の絶望に歪んでいた顔。
そして、迅八達に囲まれた時に、自分が感じた絶望。絶対に死ぬと思った。
「……うほ、うほほほほ……、うはははははははははははははははははッッ!! ……たあーのしーい」
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血まみれの寝台の上、下着だけ履いた男が、窓から差し込む光に照らされている。
その錆色の髪の男の目は、ぼんやりと部屋の隅を見つめていた。
「お前ら、俺の事置いてったくせにそんな格好でなにしてんだ?」
小屋に入ってきたサグラダの声に構わず、下着姿の少女は詠唱を続けている。
男の右腕は肘の辺りでぶくぶくと泡立ち、淡い光に包まれていた。
「おいウエスト。…なんだ、まさかイーストがやられたのか?」
「待ってて。もうすぐ終わるから」
サグラダはもう一度紙巻きを取り出しそれに火をつけると、木造の小屋の中、転がっていた椅子を立てて背もたれに体を預けた。
……部屋の中には憂鬱が充満している。
ベッドの横に置いてある台には、裁縫で使うような普通の針と糸、そして、人間の肘から先が転がっていた。
人間の肉体の色を超えた蒼白。モノになった腕。
「いっったそーう。……おい、まさかくっつかねえのか」
「ちょっと黙ってて」
イーストの右腕。
そして、その体。
傷がついていない場所など、どこにもない。
肩の肉はえぐられ、へこんでいた。
腹の部分には巨大な縫い目がある。
右足と左足で微妙に長さが違う。
大小様々な、過去の傷の跡。
「ほんっとに暗いなお前らは……」
闇色の下着姿のウエスト。
戦闘の傷は見えない美しい肌。
だが、もっと古い傷が幾つもついている体。
「あいたたたたた……。暗っ。お二人とも暗い過去をお持ちのようで……」
ウエストの手首や腕、その肩を見ていたサグラダは呆れた声を出した。
「なんでお前ら裸なんだ? やっぱり出来てるのか」
「それイーストが嫌がるからやめて。……冗談でもイライラする」
「うほほ……」
「イーストの事お風呂入れるの。……イースト、行こう」
「もう治療は終わったのか?」
「……駄目。頑張ったんだけど、骨がくっつかない。イースト、無茶しちゃ駄目なんだよっ」
「………………役に、立たないか」
「細かい傷を洗わないと……」
ウエストはイーストの左肩の下に体を入れると、部屋の奥へと消えて行った。
「ははは……暗っ。この世の果てみてえな場所だな」
小屋の中には、ほんの少しの荷物以外には何もない。サグラダはその中で近くにあった鞄を開けると、無造作に中身を漁った。
「下着と、食料と……あ?」
鞄の底から出てきた、一冊の本。
「漫画? …こっちの世界のもんだな」
パラパラとそれをめくり、暇潰しに読み始める。
…女騎士が仲間と旅をする物語。
眼鏡の魔術師、大剣使い、格闘家、ナイフ使い、彼女達が色々な所で敵を倒す物語だった。
「へー。……普通だったら微笑ましいんだけどなあ。ウエストがここで読んでると思うと、暗いねえ……」
流し読みしていると、思ったよりも興味深い。
最後まで読んでみると、女騎士が南の辺境の町に辿り着いた所で物語は終わっていた。
全体的に明るい話だった。戦いを題材として扱っているが、コメディとして描かれている。
「なんだよ。気になるじゃねえか。…続きはどうなるんだよ。誰が書いてんだこれ……」
「続きまだ出てないの。…勝手に読まないで」
「お? ……おおっ!?」
思ったよりも時間が経っていたらしい。再び姿を現した二人は全身水で濡れていたが、体の汚れは綺麗に落とされていた。
そして、サグラダが驚いた事。
「イースト……お前思ってたのと違う顔してんだな。女みてえじゃねえか」
ざんばらに長く伸びていた髪と一体化していたヒゲが、綺麗になくなっている。
ヒゲを剃られたイーストは、奥二重の下、切れ長の目でぼんやりとサグラダを見た。
…サグラダが想像していたのと違う、中性的な顔立ち。伸び放題の髪が隠す頬は痩せていて、不穏な空気を醸し出しているのは変わらない。
だが、肉がついたらもっと優しそうな顔になるのではないか、そんな事を思った。
「デッドエンドイーストだとは思えねえな。若い時はモテたか? うほほ……」
「イーストはかっこいいんだよっ」
「そうかもな。…ほれ、早く服着ろよ」
イーストの事を褒められたと思い、ウエストは嬉しそうに笑っている。
この少女が初めて見せる表情を、サグラダは意外に思った。
「ほー。お前も普通に笑えるんだな」
ウエストは荷物から服を取り出しイーストに手渡した。イーストは無言でそれを受け取ると、片手だけで器用にそれを身につけた。
「……………ウエスト。ボタンを留めてくれ。……サグラダ。あいつらはどうなった」
「どうなったじゃねえよ。お前ら俺を置いて逃げやがって。俺だって逃げたから知らねえよ」
「イースト可哀想だったんだから仕方ないじゃんっ」
「うほっ。…なーんだそりゃ」
ウエストも闇色の下着の上に、ドレスとは違う黒いワンピースを着てからリボンで髪を二つに分けた。
「さて、提案なんだけどよ。ちょっとこの国出ようぜ」
「まだ私たちと一緒に来るつもりなの?」
「うほほ……。つれねえ事言うなよ。楽しくやろうぜ。イーストの腕、ヤバいんだろ?」
「腕、か……」
「大丈夫だよっ。私、イーストの手になるから」
「おいおいふざけんな。イーストの戦力が落ちたら俺だってまずい。もう誰かに追われててもおかしくねえぞ。……だったらまず、大自由貿易都市に向かうってのはどうだ? あそこだったら義手職人もいるだろうし、俺達を相手にする商人もいるだろ。
それに自由貿易都市での争いはご法度だ。町中でハデにドンパチ仕掛けられる事もなさそうだ」
「イースト、どうするの?」
「……それも悪くない」
「時間遡行は?」
「…………クロウは、過去に戻る事など出来ないと言っていた。隠してるのか、あいつが知らないだけなのかは分からないが、あいつらが未知の力を持ってる事には変わらない」
「あはははは……私も気になる子が出来たから」
「可能性の一つとして、他の事と平行して進める。……時々会いに行くか」
「……おい、お前ら時間を超えるなんて本気で言ってんのか?」
「この世界にならある……。クロウ以外の線も、今まで通り情報を集める。あの二人は高い可能性の一つだ」
「時を遡る? 過去に帰りてえのか? …俺は頼まれてもごめんだね。ウエスト、お前もそんな事考えてんのか?」
「私は、イーストが望む事をやるの」
床に座り込んだウエストは、ベッドに腰掛けるイーストの足に寄りかかるようにしていた。
「ま、ほとぼり冷めるまで大人しくやろうぜ。うほほほほ……。仲良くしてくれよ」
「私サグラダ嫌い。なんかやだ」
ウエストは、必要以上に体重をかけないように、愛おしそうにイーストの足を触っている。
「はあ……。全くなんなんだよお前らは。もっと明るく出来ねえのか? ウエスト、お前なんでこんな辛気臭い奴にはなついてるんだ?」
「イーストは、パパみたい……」
「俺はお前の父親じゃない」
「知ってるよ。……お父さんには、会いたくない。もうあの世界には、帰りたくないの」
暗い部屋の中に、憂鬱は燦々と降り注ぐ。
紙巻きの煙を深く吸い込んでから、サグラダはゆっくりとそれを吐き出した。
「…ま、楽しくやろうや」
「そうだね。私もあの子と仲良くしたいなあ…。あはははは……」
「………………頭が痛い」
「だから、暗いんだよお前は……。ウエスト、この漫画他にはないのか?」
「昔のがどっかにあるかも……。読みたいの?」
「人生は長い暇潰しだよ。楽しく楽しく……。うほほ。今日は俺の歓迎パーティでもやろうぜ」
「やだ」
「うほほほほほほ……。つれないねえ」
「酒なら幾らでもある。……勝手に飲め」
「うははっ……お前らは本当に疲れるぜ」
暗い小屋の憂鬱な日差しは、ベッドに腰掛けるイーストを斜めに照らしている。
その首に光る二つのネックレス、その片方に通された指輪が時折揺れて、その度にイーストはそれを触った。
「お前、それよ………」
「…………なんだ」
「……なんでもねえ。暗いねえ」




