白銀と悪魔
地底墳墓、黄金の朝焼けの少し前。
空に輝く白銀に向かい、地上より飛翔する影があった。
「……おうコラ、てめえなんのつもりだ。なんで俺達の周りをうろつきやがる」
「おや。……偶然だな」
十二使徒第三位、白銀のアグリア。
皮膜の翼を広げるクロウに対し、なんの緊張もせずに天を見つめている。
空の只中。それよりも高い遥かな星の光を。
「空の散歩には良い晩だ。どうだ? 付き合わないか」
「答えろ。てめえは何故俺達を監視する。何を企んでやがる」
「散歩だ。…お前こそ何を企んでいる? お前はなんであの少年を助ける」
「てめえこそ何故人間共を助けねえ。今まで下で殺し合ってたバカ共を何故止めなかった!!」
「…お前、何を言ってるんだ? 何故私がそんな事を?」
「ぬ……!!」
「自分が何を口にしているのか解ってるのか? 千年の大悪魔」
アグリアはクロウを見ず、天から降る光を浴びていた。その白銀の声は歌うように空に溶ける。
「随分とお優しい事を……。丁度良い、ここらではっきりさせておくか。貴様、何故皆殺しにしない? 何故本気を出さないんだ?」
「てめえは何を言ってやがる……」
「何かの戦いに巻き込まれたのだろう? なんで貴様が傷を負っている。あの少年がやられる前に全員殺せばいいだけだろう」
アグリアと対峙しているクロウの体は全身ひどい傷を負っている。アグリアには、なんで大悪魔がここまで追い詰められたのかが理解出来なかった。
「以前私と戦った時も本気を出さずに逃げ出したな。そろそろはっきりさせておくか……」
ざきん。ざきざきんっ。
アグリアの背中で白銀の翼が動き出すと、それらはゆっくりと切っ先をクロウに向けた。
「……てめえは何を言ってんだ。確かにこの俺様は強え。そりゃもう超強えわ。…だがな、今の世界の転生者はおかしな奴らばっかりだぞ」
「何故私に本気を出さなかった? 貴様、まさかとは思うが……」
白銀の目に刃の鋭さが乗った。
「私を嘗めているのか?」
「ちょ、まてまてまてまて……!! なんか前にもこんな事あったぞっ!!」
「私のような天使にも、家族みたいな者がいる。愚弟が世話になったな。…一応、敵討ちしておくか」
「まさか、……『漆黒』の事か!!」
「カザリアは倒したのに、何故私には本気を出さずに逃げ出した。…ほう。考えてみたら腹立たしい。貴様は確か、見逃したとか言っていたな」
「や、やめろ!! アレをやったのはジンパチだし、女なんかと本気でやりあえるわけねえだろがっ!! 」
「女なんか? …さらば悪食。貴様が復活したらまた会おう」
それは雲ひとつない夜空に稲妻が走るように襲いかかった。アグリアの背後に展開した数十の銀色の板は、螺旋を描きながらクロウに突き進み、その寸前でピタリと。…取り囲むように動きを止めた。
「うひぃっ!! て、てめやめろ!! 天使がなんの理由もなく暴力振るっていいと思ってやがんのか!!」
「…おまえ、本当に悪魔か? まともに話を聞かせる気はないのか」
白銀の剣が眼前に迫っているのにクロウからは魔力の揺らぎを感じない。アグリアはそれに軽く苛立ちを覚えた。
十二使徒第三位、白銀のアグリアが、相手にされていない。
「……本当に話にならん。どうすればお前は口を開く?」
「だ、だいたいテメエはなんでそんなに俺様を気にしやがる!! 別にいいじゃねえか、すぐに喧嘩腰になるんじゃねえわっ!!」
「……なら、こういうのはどうだ」
クロウを取り囲むように浮いていた剣が道を開ける。アグリアはゆっくりとクロウに近付くと、その鼻先、唇と唇が触れ合う寸前で動きを止めた。
「なっ……!!」
「ふぅ。お前、相当な好色らしいな。幾つもの伝説が残ってるぞ」
ふっ……。首筋に吹きかけるように薄桃色の唇から細い息が出る。
「話したくさせてやろうか? …お前の事も、あの少年の事も、私が知りたい事を全てお前が話すなら、お前にも与えよう。閨の中での会話が好きなのだろう?」
「てっ………………!!」
「我々天使にとって肉体など入れ物に過ぎん。…この入れ物はお前が好きにしていいぞ。悪い話ではあるまい」
「てっっっ…………………!!」
「好きなように使え。……壊れても気にするな」
「てえええええめえええええっっ!! くおの、バカタレがああああああああっっ!!」
クロウが大きく平手を振りかぶると、そのままアグリアの頬に向けて叩きつけた。
ばしんっ! ……肉と肉が打ち合う音が空に響く。
クロウの右手、そして、それを迎えたアグリアの左腕。
「いきなり女なんかの顔を殴りつけるのか。調子出てきたな千年の大悪魔。…しかし、ふむ。痛みを与える嗜好を持っているのか。いけ好かんが仕方あるまい。つい防御してしまったが次は受けよう。許せ」
「て、テメエ!! いつもこんな事してやがるのか!?」
「……どんな事だ?」
「情報を得る為に、体を……!!」
「初めてだ。しかし気にするな。いつかはこういう事もあると想定はしていた。……貴様の口を割らせるには暴力は通用しないのだろう?」
「し、してねえのか!? ほ、ほんとだな!?」
「だから、本当だ。…なんだ、乙女が好きなのか? 全く理解出来ない性癖だが、良かったな。私は無垢だ。お前が無残に散らせるといい」
「そ、そうか。良かっ……、ちげえわっ!! そういう意味じゃねえっ!!」
「もうすぐ朝になるし、しばらくするとここには人が大挙してくるだろう。…それまでに済ませよう。貴様も約束は違えるなよ。必ず喋ってもらうぞ……」
「お、おい見ろ!! あんな所でちいせえ子供が誰かにいじめられてやがるっ!!」
「なにっ!?」
「ふんっ!! 『三十六計逃走勝利』!!」
ビカーーッ!!
幾つもの光球がアグリアに襲いかかると、光の渦が白銀を飲み込んだ。
「なっ!! ……貴様、やはり悪魔かっ」
アグリアは突然の攻撃に対抗し、展開していた剣を全て自分の周りに配置する。
宙に浮かぶ体の周り、全方位を防御する刃の鎧。
「て、てめえなんぞに付き合ってられるか!! いいか、もう二度とそんな事するんじゃねえぞ!!」
「貴様ッ! ただで済むと思うなよ……。かかってこい!!」
「う、うるせえバーカやってられっか!! それとな、下に死にそうな女が居るから回収しとけよ!! てめえの好きな子供だぞ!!」
アグリアの灼きついた視界が快復する前に、その言葉を最後に大悪魔の気配は消えた。
・・・・・・・・・・・・・・・
「………あいつ」
視界は未だに快復しない。
地平線の彼方から少しずつ姿を見せる太陽に気付く前に、その声はすぐ近くから聞こえてきた。
「はいはーい。アグリアさあん。やられちゃったねー」
「この声は……」
「ほらほら、危ないから剣下ろしてよ。…いつまでも向けられてると潰したくなっちゃうしさあ」
薄く目を開けると、段々と増してくる朝焼けよりも輝く光が、アグリアの目に入った。
「イエリア……。貴様、なんの用だ。いつから居た?」
「始めから。二人ともよっぽど興奮してたの? 気配消してたとは言え全然気付かなかったね。…それよりさあ、さっさと剣を下ろせっての」
「……ふう。全く……」
ざきん。
イエリアの体から浮かび上がる圧力。
それが本格化する前に、アグリアは展開された翼を背中に戻した。
「お前と話が合わないのは知っている。消えろ」
「ひどっ! ひっどぉーーい!! …折角いい事教えてやろうと思ったのにィ」
「悪食といい貴様といい……。会話が通じる奴はいないのか」
「……おいアグリア。クロウは自分の剣をワルギリアと呼んでいたぞ」
しん。
静謐な空気が広がる黄金の朝に。地上に広がる地獄の上で、イエリアの言葉を境に静寂が広がる。
「……ほう」
「どうすんの?」
「とは?」
「面白くしてくれよ第三位」
アグリアの目の前で笑う光の天使。
笑顔の形に顔を歪ませて楽しそうに笑う。
「……お前、それを私に教えてどうする。何が望みだ」
「ジンの周りが面白くなれば退屈しない。あいつにはもっともっと強くなってもらわないと」
「お前といい、セリアといい、なんであの狂犬と悪魔に入れ込む」
「はははっ。……そういやセリアはなにやってんのお?」
「恐らくあの二人の為に動いている。…天使が悪魔に恋をしただと。笑えんな」
「仕方ない。仕方ないよアグリア。心は誰にも止められない。好きになる相手なんて自分は選べないもんさあ」
「ほう。知ったような口を。お前も誰かを愛するのか?」
「そうなればいいと思ってるんだあ……。だから、面白くしろよ第三位」
地底墳墓 黄金の朝焼け。
迅八の遥か頭上での話。




