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アゲイン×2 《クロスツー》  作者: 紺堂 悦文
第六章 地底墳墓のジャック
133/140

迅八とクロウ 2

 



「……満足か? アルトリウス」

「痛い痛い……。じい、なんとかしてくれ。首っ、首ちょっと切れたぞもう……!」

「チッ……あのヒヨコが。どうせだったら切り落とせば良かったものを」



 迅八がいなくなり二人だけの部屋の中で、サジタリアとアルトは向かい合っていた。

 手鏡を覗いて顔を歪めるアルトに向かい、サジタリアは吐き捨てる。



「良かったな。全部お前の描いた通りに進んどるぞ。医者は手に入ったし、千年前の知識を持っているだろう魂食様も手に入った」

「おいおい……。じいだって協力しただろう。その言い草はどうなんだ」

「……魂食様達を殺すつもりだっただと? そんな事は聞いていないぞ」


「あ? …甘い事言ってんじゃねえよ伝説の勇者」



 手鏡の角度を変えてアルトは己の顔を見た。

 転生し生まれ変わった体。元の世界、本当の顔の面影すら残っていない。


「殺すつもりなんてない。仲間にしたかったのは本当だ。だがな、仲間にならなかったら? ……Bプランを考えるなんて俺の世界じゃ当たり前だ。

 それともお前、クロウがランドワースに渡ったとしても良かったってのか? 皇帝のカリスマにやられてロンダルシアの敵として立ち塞がったら、お前は恩人と戦えるのか」

「……本当に気に食わんな貴様。ひょっとしたらお前を一番に殺さなくちゃいけないのかもしれんな」

「俺はこの世界に必要な人間だよ。それは解ってるだろう」

「……気に食わん」


 サジタリアはすっかりぬるくなってしまった麦茶を喉の奥に流し込むと、そこで初めて気付いた。

 …喉の渇き。自分が緊張していた事を。


「しかし、余にも誤算があったな。嬉しい誤算か悪い方なのかはよく分からないが。寺田迅八……くくっ」

「お前呑(の)まれてたじゃろ?」

「ん? ……首の傷(コレ)の時か? 驚きはしたがビビったって程じゃないな」

「違う。その後じゃ。……中々の気を出しとったぞあのヒヨコ」

「…………は。ビビった、かも。最近のガキは怖いな」


 手鏡をしまいアルトも手元の茶を飲み干すと、迅八が帰り際に言った言葉を思い出した。

 そしてその時の目つき。



「……ふぅ。ニコルとロココか。その亜人の親子、じいは見た事あるのか?」

「いや、ないな。…狐人の娼婦とその娘だと」

「へえ……。なんだ、あいつは娼婦の親子を愛人にしてるのか。まあ狐人は美形が多いからな……。しかし、余は親子まとめて相手にするような変態に、女の事で文句言われたのか?」

「愛人じゃないじゃろ。なんかよく分からんが、世話してやっとるらしいぞ」

「は? …愛人じゃないのか?」

「だからそうだって言っとるじゃろ」

「……じゃあなんで余にあんな事を言ったんだ?」




 ・・・・・・・・・・・・・・・




『……まあ、何はともあれ建設的な話し合いが出来たな。近い内にこっちから接触する』


『おいアルト』


『ん?』


『お前は俺とクロウを道具だと言い切ったな。それは問題ねえ。そこまで本音が聞ければ安心出来る位だ』


『いやだなあー。あんなの言葉のあや(・・)じゃないかあ。余はお前ともクロウとも仲良くしたいと思って、』


『聞けよ。……けどな、お前、今回ニコルとロココさんの事も道具として扱った訳だよな。ジャックの所に行かせる丁度良いエサとして』


『……なんだ? まだ大人の話がしたいのか?』


『また俺の仲間を道具として扱ったらお前を殺す』


『…あ?』


『お前を殺す。俺は、絶対に約束を破らねえ』




 ・・・・・・・・・・・・・・・




「あいつあの時マジで言ってたよな?」

「言っとったな」

「国王だよ?」

「愚王じゃな」

「出来ると思うか?」

「やりそうな気配はあった」



 扉を閉められた部屋の中は、地下の涼しさからは切り離され、発電機の放熱により再びゆっくりと熱がこもる。…じっとりと湧き上がる熱。


「なんじゃお前。汗かいとんのか?」


「…………暑い」





 ————————————————




 宮殿へと続く階段を登り扉を開けると、粘りつくような熱気が迅八の肌にまとわりついた。


「暑っ。……クロウどこ行っちゃったのかな」

「お疲れさまでした迅八さん」


 扉の脇で迅八の事を待っていたリネンが頭を下げる。…黒と青を混ぜたような、深い紫色の髪。

 染めた訳ではない自然な発色のその髪を見て、先ほどまでいた『和室』が遠い世界のように思える。


「……遠い世界か」

「どうなさいましたか?」


 きらびやかな宮殿の廊下で向かい合っているグルグル眼鏡。その眼鏡の奥の鋭い目。

 冒険者に相応しい鎧の所々から、下に着込んだ服が見える。女らしいレースがあしらわれて可愛らしいが、腰に下げた無骨な剣。


「リネンも、人を殺した事が…」

「あります。なんでしょうか」

「……なんでもない」



 リネンに先導され宮殿の外へと向かう。

 足音を吸い込む高級な敷物。

 複雑な模様が織(お)られたそれを見て、迅八は久しぶりに元の世界の自分の生活を思い出した。



(遠い世界……)



 幾つかの曲がり角を越えて外へ辿り着くと、眩しく照り付ける日差しに眉をしかめた。

 その視線の先、腕を組んで門柱に寄りかかっている男。


「クロウ……」

「迅八さん。本日はありがとうございました。陛下からお聞きになってるとは思いますが、近い内に再び。……では失礼します」


 リネンはそれだけ言い残し、また宮殿の中へと戻っていった。その姿が見えなくなると、迅八もまたクロウへと向かい歩き出した。


「おうクソガキ。で?」

「……腹減ったよ。メシ食い行こうぜ」




・・・・・・・・・・・・




 ……王都の噴水広場。

 活気と芸術が溢れるロンダルシアの日常。

 音楽に乗り町は踊る。大道芸人達のいつもの喧騒と、笑いながらそれを見ている見物客。


 迅八達は屋台のそばの長椅子(ベンチ)に座り、自由貿易都市で食べたようなおにぎりを頬張った。


「クロウ。お前はアルトと何話してたの?」

「ん……。なんかごちゃごちゃと言ってやがったが、つまりは俺の知識を期待してたみてえだな」

「知識? …お前に?」

「おうコラ小僧。てめえは本当にこの俺様を……」

「冗談だよ。ほら、キュウリ一枚やるから」

「ナメてんのかテメエはっ!! …もらっておくがな!!」

「だ、駄目だよ! 一枚だけだって!!」


 幸せそうにキュウリを頬張るクロウに、迅八は屋台で買ったお茶を注いで渡してやった。


「んっ、ぐっ……。ぷはっ!

 ……アレ見ただろ。ハツデンキ? それから出るデンリョク? まあよく分からねえがおめえらの世界のエネルギーだろ? 」

「ああ、そうだよ。そういやその話を出来なかったな」

「いや、なんも分かってねえらしいぞ。あれっぽっちのエネルギーじゃ『転移魔法陣』は動かねえらしい。そもそも壊れてるかもしれねえが……。ま、ああいう世界中にある謎のもんも、俺様だったら理解出来ると思ったみてえだな」

「お前わかるの!?」

「さあ……」

「さあ、ってなんだよ」

「よくわからねえ」

「は?」

「……覚えてねえのか知らねえのか、よくわからねえ」



 噴水から撒き散らされる水は、焼けた土の上ですぐに陽炎を登らせる。ほんの少しの涼気を求めて人々は迅八達の前を行き交う。



「……お前さ」

「んだよ」

「聞いちゃいけないかなって思ったんだけど、…怒らないで欲しいんだけど」

「んじゃ聞くな。俺はムカつけばすぐ怒るよ。知ってんだろが」

「その剣、あの、……ワルギリアって」

「ジンパチ。……やめとけ」



 迅八の目に映るクロウの顔は、いつもと全く変わらない。つまらなそうに人々を見ながらおにぎりを頬張っている。


「ん、ぐ、むぐ、……」

「あのさ」

「むぐ、むぐ……」


「アゼルも、ジークエンドさん達も、お前も、多分なんか、色々あるんだろうけど」

「むぐ、むぐむぐ…」



「…………」

「むぐ、むぐむぐ、もしゃ、もしゃ」




「…………」

「むぐ、…………」





「…………」

「………………」






「…………………」

「……なんだよ」



「ん?」

「色々あるんだろうけど、なんだよ」

「…いや、なんかよくわかんなくなっちった」

「て、テメエはバカか……」

「口悪いなあ……。バカって事ないじゃん」




 音楽は町を彩る。

 王都にはいつも声が響いている。

 子供の嬌声(きょうせい)も、仕事する男達のがなり声も、恋人達の睦言(むつごと)も、声にならない小さなものも。…その全てが町を彩る。


「色々言ったけどさ。この世界ではここはいい町なんだろ? ……あいつ、アルトは凄いんだろうな」

「……ふん。ジンパチ、おめえは結局あいつになんて返事したんだ?」

「え? …だって、ジークエンドさん達もそうらしいし、お前も協力すんだろ? だったら俺だってそうするよ」

「俺のはテキトーに言っただけだ。ちっとだけ道化に付き合ってやっただけだよ。…テメエは自分で考えられねえのか?」

「考えてるに決まってるだろ。考えた結果だよ。それに、俺はお前の事を信じてるから」

「あ? ……なにをたわけた事を」

「だって、結局お前ロココさんの事を助けてくれたし、俺の事も心配して助けに来てくれたじゃん」


「…………はぁー。あーはいはいそうですか」

「心配してくれたんだろ?」

「もうそれでいいわ……。んで? おめえはなんて言われたんだ? 何を求められた?」



 汚れた指を綺麗に舐めて、クロウが迅八に問いかける。迅八はほんの少し間を置いてから喋り出した。



「あー……。なんか、ロンダルシアは凄い国なんだけど、凄腕の転生者が少ないんだってさ。冒険者として成長した奴は転生者ギルドの本拠地ランドワースに行く事が多くて、冒険者にならない凄腕は大抵トムとかキリエみたいに商人ギルドに所属するから、大自由貿易都市に行くんだって」

「ほう……」

「だから、あそこで話したような事情も分かって、自由に動ける奴が欲しいんだってさ」

「どういう事だよ?」

「……多分だけど、例えばどっかで謎の遺跡が見つかった。現地人を送っても理解できない。そこで俺みたいなのがいいんじゃねえのかな」

「なんで遺跡を重要視する?」

「…俺達みたいな転生者から見ると、あれは放っておけない。確かに怪しいどころじゃないよ」

「はーん……。つまり間者か」


「かんじゃ?」

「王属の諜報員って事だろ」

「…スパイの事?」

「くかかかかかか……。テメエもすっかり裏の人間だな。……ま、退屈はしねえしどっかで真魔の使い手の事も知れるかもな」

「それでまあ考えたんだけど、俺もこっちの世界で生きていくなら金が必要だもん。シズの事だって俺が食わせられるようにならないと……」

「まあ別に構やしねえよ。俺だってどこに行けば結魂解除の方法が分かるかなんて知りやしねえ。あの愚王がそれを代わりに調べるってんならいいだろ。……それに」

「それに?」

「……確かに、遺跡の事は俺も気になる」




 クロウはベンチから立ち上がり、近くに置かれた屑かごに手元のゴミを放り込むと、汚れてしまった革のズボンをはたきながら迅八を促(うなが)した。



「ほれ。もう行くぞ」

「ちょ、ちょっと待ってよ」


 残ったおにぎりを頬張り迅八もすぐにその後を追う。


「……確かに、今の世界はだいぶ変わってるぜ。言われてみりゃ俺様が見たことねえもんばっかりだ」

「例えば?」

「ん。……そこのゴミを捨てる箱とかな。細かく色んな変化があるぜ」

「ゴミ箱が珍しいの?」


「そんなもん見た事ねえ。……ま、小汚ねえ町よりはこっちの方がいいが、昔は人間の町でこんなもん見た事がねえ」

「あっ…そういや」

「あん?」

「……そう言えば、なんか俺の世界は、昔はすごい汚くて病気が酷かったとか聞いた事あるような」

「ふーん。ま どうでもいいぜ。退屈はしねえな」

「…なんかさ、クロウって、アマレロと似てるとこあるよね」


「は? なんだ急に」

「なんか、アマレロも言いそうな感じ。……それとさ、なんか二人とも兄貴っぽいじゃん」

「ああっ!? ふざっけんじゃねえわ!! 誰がテメエみたいなチンチクリンの兄貴だコラっ!!」

「あはは……。俺、兄貴欲しかったんだよね」

「テメエ鏡見た事あんのか? このハンサムを捕まえて何をふざけた事を……」

「そういう話じゃねえんだけどなあ」




 賑わいだ喧騒を抜けて大きな橋へ。

 王都と楽園を分けるその境界線を渡りながら、クロウはここまでの旅を思い返していた。


 アゼルの力、シズの力、ロックボトム、伝説の勇者、真魔の使い手。

 収穫祭、異世界癌、……不倶戴天の敵。


 数々の気になる事柄の中で、違和感がなさそうで一番の違和感、転生者。

 ……クロウが眠りにつく前は、今のような世界ではなかった。文明は発展するものだが、その速度が異常な気がする。そしておそらくそれには転生者が深く関わっている。そこまではいい。


 橋を半ば渡り終え、自分の後ろをついてきている迅八を見る。

 迅八は嬉しそうに自分の後ろを歩いている。初めあれだけ敵意を剥き出しにしてきた少年は、自分の事を信頼し、その心を預けてくる。

 しかしクロウはその心が抱えている闇も知っている。そして、それは迅八だけではない気がする。



 目覚めた世界の転生者達は、皆どこか歪(いびつ)だ。何かが欠けていたり、何かが過剰な気がする。……そして、全員強い。

 クロウは、かつてシェリー達の前で迅八が見せた異常性を目の当たりにして、思った事がある。

 その時は何気なしに思った事だが、今再びはっきりとそれを感じ、無意識で口に出した。



「……こいつらの世界は、大丈夫なのか?」











「…ん? なに? なんか言った?」


 後ろから迅八が出した声に返す事なく歩を進める。橋を渡り終え猥雑な楽園に入り、自分達の家へと向かう。

 強い日の光の下でじりじりと焼かれる思考は、一拍遅れてからクロウにその言葉を吐き出させた。



「……自分達(・・・)の家? はっ、めんどくせえ」

「だからお前、さっきから何一人で言ってんの?」


「うーるせえ帰(けえ)るぞ。そういやあよ……ほれっ」

「ん? ……あ、あーーーーっ!?」

「くかかかかかか……。ちょっとこれで遊び行こうぜ」

「おまえ、おまえダメだろってそれ!! どうすんだよ!!」

「うーるせえ。チンケな人間なんぞがこの俺様を騙しやがったんだぞ。こんなもんで済んであいつらは幸運だわ。くかかかかかか……。さてなにするか」

「おまえ、悪いなあ……。マジかよ、それ幾らだと思ってんの!?」

「嫌がらせだ嫌がらせ。……よし、こういうのはパーっと使うぞ。俺様に良い案がある。ほれ、今日は帰るぞ」

「は、はははっ、……うんっ、帰ろう」




 ————————————————




 その頃。

 華美な宮殿では最初にそれに気付いた侍女が、顔を青くして叫びをあげた。


「…ちょっとちょっと!! ここの壺誰か知らない!? こ、国宝級のロンダルシア彩陶がないんですけどっ!?」




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