王サマ
アルトが書き込んだ紙を迅八が覗く。そこには歪んだ菱形が描かれていた。
左側が細長く伸び、右側はまるで砕けたように小さなカケラが幾つも描かれている。
「……この、左側の伸びてるとこが魔界だ。ここに魔都ジューダスがあり、右側の諸島が東方連合だ。コルセアという島が筆頭国になる」
「連合……。色んな国が集まってるの?」
「そうだ。だが、南の国も同じようなもんだ。それぞれの地方には『象徴』があり、それに名付けた者がその地の支配者となる。余が本当に支配しているのはこのロンダルシア地方だけで、南部の他の地方は余の下についているだけだな」
アルトが紙の上の東方諸島を丸で囲むと、『4』と書き込んだ。同じように、魔界を丸で囲み『7』と書き込む。
「なに? この数字」
「待て待て。どうせだから全部書き込んでしまおう」
魔界の少し右寄りに『1』
北の大地に『2』
南部に『3』
東方諸島に『4』
西に大きく『5』
菱形の真ん中に『6』
魔界の奥に『7』
「……これが、七つ国評議会の席次だ。
上から、ディアライン、ランドワース、ロンダルシア、コルセア、ピレネー、大自由貿易都市——そして、戦敗国のジューダスは、最も序列が低い七番目だ」
「これはどういう順番なの?」
「ワールドクエストの時に戦果を打ち立てた国だ。……サジタリアが守り通した姫君が嫁いだ国が、魔王を討伐した国という事になっている。もうその時は、サジタリアの国は無かったからな」
「あのじいさん、本当に勇者だったんだな……」
「お前な、サジタリアが本気になったらとんでもない事になるぞ。ほんとにじいは怖いんだから……」
「なんで、戦ってた魔界の都までここに加わってるの?」
「余が評議会を作った訳じゃないからわからんが……。ただ、魔王を打ち倒したからといって、魔界の全勢力を滅ぼした訳じゃないし、そんな事は無理だ。……強大な敵が再び牙を剥かないように、轡を噛ませたかったんだろ。自由に口を開けられないようにな」
アルトは喋りながらも常に手を動かしている。
書き込んだ国名の横に、再び違う数字を書き出した。
「これは?」
「……現在の、本当の力関係だ。そんな事は無いと思いたいが、戦争したらどこが勝つかだ」
1 ロンダルシア
2 ランドワース
3 コルセア
4 ピレネー
5 ディアライン
6
7
「……6と7は? つーかロンダルシア凄いじゃん。これ本当に?」
「嘘だ」
無表情なクロウが口を挟む。
「……おうコラ愚王。ちょっと興味深え話だから黙ってやってたのに、俺様をコケにするのか?」
「冗談だよ。……けどな、嘘じゃないんだが、希望的観測が含まれている。まず、大自由貿易都市とジューダスが、なぜこの中に含まれていないのかだが、大自由貿易都市は戦争に巻き込まれて兵力は出しても、自分達が攻め込むなんてしない。商人の都市だからな。……それと、ジューダスがもしも戦争なんか起こしたとしたら、当然ワールドクエストが再び発令される。だからここに書いていないんだが、戦争したとしたら強いぞ。一国同士の戦いだったら勝てる国は無いだろう」
国名の横に書かれている数字。
それを見ていた迅八は、アルトに向かい問いかけた。
「そんなに強いのか?」
「国民がほとんどクロウみたいな国だぞ。国同士、一対一の戦いで勝てる訳ないだろ」
「……そうか」
迅八は、数字が書かれた紙をじっと見つめたあと、クロウの事を見た。
「全員お前か……。それはキツイよな」
「おうコラ小僧。俺様をあんな所でくすぶってる陰気な奴らと一緒にするんじゃねえぞ」
「そういや、おまえ以外にも悪魔っているんだよな。魔界ってどんなとこなの?」
「……そのうち、お前にもわかるかもな」
それ以上、口を開こうとしないクロウを置いて、アルトは話を続けた。
「……でだ。なんでロンダルシアが一位なのかだが、これはもう単純に経済力だな。技術も進んでいるし練兵にも金を注ぎ込んでいる。……情報戦では優位に立ってるし、文化的戦争も仕掛けてる。いやあ、流石は賢王が治める国は……」
「わかったよもう……凄い凄い」
上機嫌に麦茶を飲んだアルトが次の話に移ろうとした時に、迅八の頭の中に疑問が浮かんだ。『文化的戦争』——聞きなれない言葉。
「……文化的戦争って、なに?」
「ん? …ああ、文化で他国を侵食する裏の戦争の事だな。この国から発信する芸術に影響された他の国は、ロンダルシアに敵対したくなくなる。…民族性や愛国心を薄れさせる、水面下の戦争の事だ」
「そんなのあるの? 初めて聞いたよ」
「ん…………、そうか。次の話に移ろう」
アルトは手に持った黒い棒を置くと、手近な布で指を拭った。その指で紙の上の国名を弾いた。
「ランドワースは紛うことない強国だ。なんせ北の皇帝は各地の象徴に自分で名付けを行っている。北の大地は本当に皇帝が一人で支配しているんだ。強固なカリスマ性で国民をまとめ上げている。
…コルセアは色んな島が独自の文化を歩んでいる。その気風で育った戦士たちはとんでもない猛者揃いだが、恐らく次の大戦が起きるとすれば、そういう戦いじゃなくなる。さほど脅威じゃないだろう」
「剣を使わない戦いっていう事か?」
「使わないとまでは言わないが、……腕力でどうにかなる争いじゃなくなるだろう」
腕を組む大悪魔はその紙を見下ろす。
何も口を挟まず黙ってアルトを観察している。
「そして聖都ピレネーだが。……ここも教皇を守る騎士団なんかが有名なんだが、やっぱり大した脅威にならん。コルセアと同じ理由だな」
「ねえねえ、聖都っていう位だろ? ここは天使と関係あるのか?」
「……あるといったらあるし、無いと言えば無いだろう。関係が深いのは確かだが、ピレネーの信仰の対象は天使ではなく、かつて実在していたという『神』だ」
「は? ……神って、神さま?」
「そうだ。幾つかの文献に神についての記述が残ってるんだが、この世界には神が実在していたらしいぞ」
「じゃあクロウひょっとして神さま見た事あるの!?」
「あん? 俺も神だぞ。確かどっかの地方では俺様を祭り上げてるわ」
「寺田迅八、多分我々が思っている神とは違う。その位凄い奴が過去に居たって事だろ。……多分な」
「多分って、なに?」
「……天使も悪魔も実在する世界だぞ。ひょっとしたら、……ま、人間のやる事に口出ししないんだったら余はなんの文句もない。…次だ」
淡々と話を続けるアルトと黙ってそれを聞いているクロウの横で、迅八は考えを整理する事に必死だった。……ずっと気になっている事が、頭の中にあった。
「……そして、席次一位のディアラインだが。ここはそんなに国力がない普通の国だ。ワールドクエストに関わっていなかったら評議会入りはしていないだろう。ただ、歌曲グランソシエで有名だな」
「じゃあ、今の所はロンダルシアが一番強いのか?」
「希望的観測を入れればな。実際は全くわからん」
「なんで? …それなりに納得したんだけど」
「余が知らない情報だってあるだろうからな…。
いいか、まずランドワースは転生者の根城だ。ひょっとしたら陰では物凄い技術を開発してるかもしれん。
そして大自由貿易都市は商人ギルドのグランドマスターが一応代表なんだが、この婆さんもまた食えない奴でな……。こんな事考えたくないが、商人ギルドが実は戦車を開発してたとしても余は驚かん」
「戦車って! なんで商人ギルドがそんなもんを……」
「自衛の為の技術は絶っっ対に開発してるはずだ。……死の商人とかにならないだろうなあの婆さん」
「ひょっとして、……この世界、危ないの?」
「だから本当に危なくなる前にロンダルシアが先んじる。絶対的な強国となり、睨みを利かせる。……戦争なんてごめんなんだよ。余はハーレム作って適当にやりたいんだよもー……」
「最後本音出てたぞお前っ!」
「悪いのか? 愛する女達と遊んでたいんだよ。悪いか?」
「え。そんな開き直られても……」
「異世界転生したらハーレム作る為だったらなんでもやるんだ。悪いか?」
「いや、え……」
「くかかかかかか……」
「寺田迅八」
アルトは真面目な顔になり迅八に向き直った。
金髪碧眼、女のような顔だが、強い眼差し。
「……人間は、それぞれが主人公だ。余は余の物語を進める。お前はどうする? この世界でなにをする?」
「…俺は」
地底墳墓の黄金の朝焼け。
迅八はジャックに言われた言葉を思い出す。
お前の使命はなんだ。
人を救う事に命を賭けた医者は、迅八に問い掛けた。
「寺田迅八。お前はまだ何も見つけてないのか?」
「俺は……」
「なんだ」
「……俺は、クロウと一緒に行く」
「…あん?」
その時アルトリウスの目に、確かに落胆は浮かんだ。
「……クロウが余に協力するというからお前もやるのか」
「違う。そういう意味じゃねえ」
「…………」
「俺はクロウに助けてもらったんだ。ジークエンドさんにも、クーロンにも、コルテにも、アマレロにも、……アゼルにも」
「で?」
「俺の妹もみんなに助けてもらってる。みんながいなくちゃ、俺は多分、体は死なないかもしれないけど、……もう心は死んでいた」
「だから、なんだ?」
「だから、俺はみんなに恩を返す。みんなの事を、俺が守れるようになるんだ。…あの人達の為だったら、俺が代わりに血を流すよ」
迅八は自分の横に座る悪魔を見た。
「クロウ、お前にはあと百メートル位デカい恩が貯まってる。……だから、お前の事も俺が守れるようになるんだ」
「……ジンパチ、俺が誰様だかわかってやがんのか?」
「クロウ。……違ったっけ?」
「く、…………か」
……千年の大悪魔は顔を歪めた。アルトの目には、思わず笑いそうになったのを消したように見えた。
(……なるほど。面白い奴らだ)
やはり、自分の目は間違ってはいなかった。
オズワルドの町に現れた謎の転生者、おかしな体を持ち千年の大悪魔と結ばれた転生者。
亜人国成立の影の立役者であり、ロックボトムと出会ったおかしな二人。
(こいつらは、絶対にランドワース、……転生者ギルドには渡せん)
先んじてこいつらと接触出来たのは大きな幸運だった。幸いこの転生者はあまり頭が回らない。
口八丁手八丁でなんとか……
そこまでアルトが考えた時に、…びゅおん。音が鳴った。
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光に照らされた部屋の中でその影は突然動いた。荒々しくうねる髪。明滅する青い燐光。
「え」
「…で。お前さっきから何を自分の言いたい事ばっかり喋ってんだ?」
「な……」
「小難しい事をウダウダと……。だからなんだ? そりゃこっちのセリフだぜ」
……立ち上がっていた迅八を、アルトは見上げるようになっていた。
電気の光を背負うその姿は黒い影のようにアルトの前に立つ。迅八の右手から伸びる黒い闇。そこからゆらゆらと立ち昇る黄金の陽炎。
陽炎を放つ真紅の鎬はアルトの首筋にピタリと押し当てられている。
「やめっ……!」
「なにがハーレムだ。別に悪くはねえよ。……ただな、その金を別の所に使えっての。偉そうな事を並べても事実は変わらねえぞ。楽園には食事も出来ない人がいっぱいいる」
「お、お前に分からないだけで、それにも意味が、」
「だからなんだ」
「くかかかかかか……。あらららら。知らねえぞ。くかかかかかかっっ!!」
アルトの首筋にちらりと痛みが。
食い込む刃は少しずつ少しずつ、その肉に抉りこむ。
すると、入り口の扉を強く開く音がした。
「待て。……お前なにやっとんじゃヒヨコ、」
ざきんっ!
サジタリアは咄嗟にその剣撃を迎え撃った。
迅八の横に立つ大悪魔、それが抜き払ったワルギリアを。
「こ、魂食さま……!」
「クチバシ突っ込むな梅干し。本当に殺されてえか?」
さっき放たれた剣撃とは違う、本気の更に上。
サジタリアはクロウに大恩がある。
もしも殺されるとしても抵抗しようなどとは考えていなかった。
だが、勝手に体は動いた。己のグランソシエでクロウの剣を迎え撃っていた。
「な、なにをして、」
「うるせえぞ梅干し。……ガキにはガキの言いてえ事があるらしい。黙ってろ」
…文明の光は狭い室内を照らす。
その下で揺らめく影は静かに口を開いた。
「人を煙に巻くような事ばかり並べやがって……。で? テメエが俺達を地底墳墓に向かわせた理由を誤魔化してんじゃねえ」
「は、…はっ!」
「お前言ってたな。本当は、ジャックを殺した事にして、お前の前に連れていけば完璧だったんだろ?」
「そ、そうだ。ジャックは目立ち過ぎていた。あいつは貴重な男だ。転生者ギルドに殺させる訳には……」
「で、完璧じゃなくても良かった訳だろ? …俺達が本当にジャックを殺しても、俺達がジャックに殺されても、……あるいは転生者ギルドがジャックを殺しても、どれか一つでも達成出来れば良かったんじゃねえのか?」
「何を言う! そんな……」
「何をどう言おうが『百億に勝るジャック』の事を、見ず知らずの俺達に頼む理由にはならねえぞ。……お前、本当はジャックを仲間にするのは無理だと踏んでいて、意味不明の奴らが他の国に取られる前に消そうとしやがったな?」
「ジンパチ、そりゃ言い過ぎだろ。誰が死んでもいいように保険打ってただけだろ。賢王サマはな……く、く、く、くくく……。本当にこれだから人間は……」
「な……っ! アルトリウス、貴様!」
「だから動くな梅干し」
グランソシエが押し込まれる。
笑っている大悪魔の凄まじい膂力。
「……だあ〜かあ〜ら、保険打ってただけなんだろうよ。脅威になる奴らが手に入らねえんだったら消えてもらおうって考えてただけで、仲間にしたかったのは本当なんだろ?」
「は……」
「なんだ。言い訳か?」
「ははははははははははははははははっ!!」
ぞぶ。
己の首筋に食い込む刃を、アルトは素手で直接握った。溢れる血に構う事なくそれを首から遠ざける。
「テメエッ」
「そうだ。けどな、やっぱりこう言わせてもらおう。だからなんだ? お前ら王をナメてるだろ?」
掴まれた迅九郎を動かせない。
見た目に似合わない程の力でアルトはそれを握っている。
「余の決断に民の命の全ては乗るッッ!! 千年の大悪魔もオズワルドの転生者も偏屈な医者も、欲しい事は欲しいが絶対必要じゃあない。他の国に渡る位なら殺すっ!! 当たり前の事だっ!!」
立ち上がるアルトに皆の視線が集まる。黒刀は変わらずその手に食い込み、血を流し続けていた。
「王は強くなくてはならない。女を侍らす憧憬の対象であり、手の届かない宮殿から民を睥睨する存在であり、百人を死なせる前に己の手で十人を殺す覚悟を持つ者でなくてはならないっ!!
我がロンダルシアの民の前では千年の大悪魔もオズワルドの転生者も地底墳墓のジャックも道具に過ぎん!! ……解ったら剣を下ろせこの無礼者がッッ!!」
「おっ……」
「く……」
「離れろ下郎ッッ!!」
……アルトリウスの荒い息だけが響く室内に、初めに聞こえたのは大悪魔の抑えるような笑いだった。
「くかかかかかか……。ジンパチ、あと任せた」
「ははは……。はいはい」
その言葉を残してクロウは外へと消えた。
「はっ……! はっ!」
「はははははは……。道具って。ひどいなお前」
「うるさいっ!! お前みたいな転生したてのガキに余の思考が見えてたまるか!!」
「初めっからそう言やいいのに……」
「あ?」
……迅九郎を鞘に納めると、迅八は再びちゃぶ台に向かうように座った。
ため息を一つ吐いてから、サジタリアもその席についた。それを確認してから迅八は頬杖を突き喋り出した。
「で? アルト、……王サマは俺達に何をして欲しいんだ? もう回りくどい話はいいよ」
「な……」
「わかったよ。お前が見えた。……ところでな、やっぱりもうちょっと楽園に金使えるんじゃないの? 頼むよ」
アルトは己の手を見る。
じくじくと溢れ出す血と共に、鈍い痛みが襲う。
……それでも。もしも戦争が起きれば、この数百倍の痛みが民に襲いかかる。
大きく深呼吸をしてから、アルトもちゃぶ台に向かい座り直した。
「おい王サマ。聞いてんのか?」
「…………善処しよう」
……光が降り注ぐ中で話し合いは続く。そして、迅八の運命はここで大きく動き出した。




