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アゲイン×2 《クロスツー》  作者: 紺堂 悦文
第六章 地底墳墓のジャック
129/140

バイザウェイ

 



「あなたは決断する事になります。さあ行きましょう。陛下達がお待ちです」

「は……?」


 差し込んだ鍵をリネンがひねる。

 ガチャリ。扉が開く音が聞こえ、その光景は迅八の目に飛び込んだ。


「これ……!」

「地底墳墓でご覧になった筈です。……あなたにとって、驚くものでもないでしょう?」


 光が。

 ガス灯とは違うはっきりとした光。

 目が眩(くら)むような懐かしい光。

 迅八が元の世界にいた時は気付かなかったが、迅八の記憶の中の映像は、ほとんど『これ』がなくては成立しない。

 人類の叡智(えいち)。

 人間が生み出した史上最大の発明。


「電力っ……!?」

「更に足元お気をつけ下さい」


 扉を開けた先は、絢爛(けんらん)な王宮とは違うものだった。右手にある壁は崩れかけ、その朽(く)ちた壁に点々と『電球』が並び、灯されている。そして電球が照らす左手側には深い闇が広がっていた。


「本当にお気をつけ下さい。落ちたら死にますよ。……あ、死なないんでしたね」


 扉を開けた先は、地下に広がる空洞と繋がっていた。

 左手側には深い闇が広がり、さわさわと何かの音がする。注意深く歩を進める迅八は、左手側には床が存在しない事に気が付いた。——闇の奥は崖になっていたのだ。


「うおっ。リネン、なんだよここ……」

「地下水脈です。ここから落ちたら、たとえあなたでもただでは済みません」


 迅八が左手の闇に身を乗り出し、下を覗き込む。すると、その頬に涼気を含んだ風が当たり、光を照り返す水面が遠くに見えた。


「コワッ! ……なんだよここ」

「説明は歩きながらです。段差ご注意ください」

「……くかか。なんだこりゃ」


 迅八は、自分の後ろに並ぶクロウが緊張を増してゆくのを肌で感じた。……通路は階段となり、更に下へと降りる。左手の崖に注意を向けながら、右手は常に朽ちた壁を触っている。そこにある光。電球。


「リネンは、これがなんだか解るのか?」

「電球の事でしょうか」

「この電球の電力はどこから……」

「その話は陛下達とお願いします。私はそこにお連れするまでに、違う事をお話します」


 迅八が一歩足を踏み出すと、下へと降りる階段が新しく補強されている事に気付いた。それに比べて補強されていない右手の壁は、触るとぽろぽろと粉を落とす。


「……かつて、この地に存在した遺跡の上に王宮は作られました。私たちが今居る遺跡(ここ)の、最深部にあった『象徴』。——それに名付けを行った者が初代ロンダルシア王であり、この地を支配する血統の始まりです」


「象徴? なんの話だ……?」


「玉座の間に浮かんでいた水晶の玉を覚えていますか? あれがロンダルシアの『象徴』です。象徴は形を変えて、世界各地に存在します。それに名付けを行った者が、その地の支配者となるのです」


「なんだよそれ。まるで……」


「ゲームみたいですか? 私はそれをやった事がありませんが話は聞いています。クロウ猊下(げいか)、迅八さんには説明していないのですか?」


「このガキが『その地の王』になる事なんてありえねえ。なんですぐ忘れるニワトリに無駄な事を教えなくちゃいけねえんだ」



 ——コツ、コツと。リネンの踵は石の上に音を鳴らす。電球の明かりに惹かれるように、小さな羽虫が耳をよぎる。歩を進め、深度を増すほどに空気は冷たさを帯び、やがて地下を流れる川の音が、迅八達の耳に大きく聞こえてきた。



「……元々ここには完全な遺跡があったようです。しかし、過去にあった天変地異のような大きな力で地形が変わりました。深く穴が穿(うが)たれ、地上を流れるロンダルシア大河の水が地下に流れ込んだのです。この地下水脈はずっと外まで続き、王都ロンダルシアを分断している大河と合流します」


「おうグルグル。この迷宮……遺跡か。人工のここが元々どれだけのデカさだったのかは知らねえが、空洞に侵食されてやがる。地震で崩れたんだかなんだか知らねえが、そんな事があるのか? なにより千年生きてる俺様がそんな天変地異は知らねえ。……忘れてるだけかも知れねえがな」


「天変地異かどうかは判りません。天変地異の『ような』大きな力かもしれませんし、千年よりも前の事かもしれません。……クロウ猊下。あなたは数十年規模の眠りについていたらしいですが、その間に、我われ人間の世界は発展を続け、歴史も解明が進んでいます。……この世界の歴史は千年よりも前の物は残っていません。それはご存知ですか? ……『千年の大悪魔』猊下」


「……知らねえ。千年前の事なんて憶えてねえわ」


「全く憶えていないのですか?」


「憶えてねえ。……何が言いてえ」


「いえ、何も。ただ、何も憶えていないなんてあるのかと……」


「てめえは生まれてすぐの事を憶えているのか? 憶えてられたとしても、千年経った後でも忘れねえのか?」


「残念です。……とても」



 やがて階段は終わり、地下水脈の流れるすぐ横まで三人は降りた。



「……千年よりも前の事が分からないのです。悠久の時を渡る猊下であれば、何か知っているのではないかと思ったのですが」

「知らねえ。興味もねえ。俺にあるのは面白えとつまんねえだけだ。だいたい、それを知るのになんの意味がある」

「起源を知ろうとするのは人間の本能です」

「俺は悪魔だ。……興味ねえ」



 遺跡の通路は先に続く。

 クロウとリネンが喋り続ける横で、迅八はそれに気がついた。右手を当て続けていた壁に凹凸がある。

 それの表面を確かめるように、土埃(ぼこり)を払うと、鈍く光を反射する物があった。


「……金属の板?」

「その金属板はなんだと思いますか?」


 その板の表面には何かの模様が掘られていた。なんらかの規則性があるその並び。

 そこに書かれているもの、あるいは言葉を迅八は理解出来なかったが、それがなんであるのかは想像出来た。


「……案内板?」

「かもしれません。猊下、これに見覚えは?」

「知らねえ。知ってる文字だとしても崩れすぎてて読めやしねえ」

「この遺跡はかなり古いものだと伝えられています。ひょっとしたら、『かなり』という言葉では収められないものかもしれません。それなのに、この金属板は存在し続けていて、形が崩れてはいますが腐食の痕跡は極めて軽微です。……こんな金属を見たことがない」

「リネン、何が言いたいんだよ」

「……続きは陛下達とお願いします。

 到着しました。ここが『象徴』が発見された場所、——この遺跡の最深部です」

「扉が新しいな……」

「これは後から作りました。元々は扉などなかったのですが、この奥にあるものを隠す為につけたのです。……ようこそ寺田迅八さん。そしてクロウ猊下。日本の領土ロンダルシアへ」

「……日本の領土? どういう意味だ」


 リネンが両手をかけて扉を開く。

 少しずつ開かれる運命の扉。

 その隙間からは、光が。


 そして、扉が開ききる前に、光と一緒にそれは飛んできた。






「……あいたっ!!」

「くぉーら。なに言ってんじゃお前は。なにが日本の領土じゃ、ふざけとんのかお前……」

「も、申し訳ありません。けど……」

「もっぱつか? もう一発欲しいんか?」

「ひうっ! も、もう言いませんっ!!」


 突然飛んできた拳は、かなり良い音を鳴らしリネンの頭を小突いた。——そこに立っていたのは伝説の勇者。品の良い執事のような老人。


「……つーかこの扉、建て付け悪くて声がダダ漏れじゃぞ。……もっとちゃんとしたの作らんか。あのバカは」

「じ、じいさん。……殴っちゃうの? 伝説の勇者が女に手ぇあげちゃうの!? ていうか、日本の領土ってなんだよ!!」

「わしは全人類に平等じゃ。二人のぞいてな。……魂食様、申し訳ありませぬ。わしから出向かねばならぬものを」

「いい。……それよりもふざけてんじゃねえ。なごませてるつもりか? 」


頭を下げるサジタリアと、腕を組みながらそれに応えるクロウ。迅八は言う。


「おい、シカトしてんじゃねえよ!! 日本の領土ってなに!?」

「ピーピーうるせえヒヨコじゃのー。ワシから言う事なんぞなんもないわ」


 開け放たれた扉の奥から、眩い光が撒き散らされる。そして光の下に見える光景を見たクロウは、再び犬歯を尖らせた。


「これは……、『転移魔法陣』か? 大草原にあったのと同じもんだ」


 その機械(・・)はクロウの目には大草原で見たものと同じに映った。そして、大草原にあったものと同じように、その機械は動くことなく沈黙していた。

 部屋の隅からは低く地を這うような音がする。ブゥン ブゥン……、その音が出ているもの、——発電機。

 迅八がそれに近付いた時に、もう一つの音が奥から聞こえた。


「……なんだよこの音」




 ——ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"




「おうジンパチ。なんだこりゃ。……声か?」

「なんだ? どっかで聞いた事があるぞ。この音……」

「魂食様、奥へ。そちらでお話しましょう」


 サジタリアに先導され、部屋の奥へと進む。そこには天井から足元まで続く、美しい布で作られた暖簾(のれん)があり、それに遮(さえぎ)られた空間があった。


「邪魔するぞい。……ほれヒヨコ。入れ」






 ————————————————






「……ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"」


「は?」



 そこは迅八が元の世界で見たことあるような光景だった。

 床に敷かれた畳(たたみ)。

 真ん中に置かれたちゃぶ台。

 蛍光灯から紐が垂れ下がり、そこに括(くく)り付けられた熊の人形。

 そして、部屋の隅に置かれたテレビ。


「古(ふる)っ! 昭和っ!? ……ていうか、テレビ!?」


 転びそうな勢いで分厚い画面に近寄ると、それは迅八には馴染みがない物だった。

 画面の横に円盤状のツマミがついていて、そこには1から12までの数字が刻印されている。

 迅八はデタラメにそれを回したが、画面はウンともスンとも言わなかった。


「……迅八(シュン バー)。それはただ形を似せて作っただけの家具らしいぞ」

「ジャック、なんでここに!?」


 ちゃぶ台の前であぐらをかき、お茶をすすっている男。——『切り裂き』ジャックは疲れた様子で目を揉(も)んでいた。


「な、なんなのここ……。日本? なんで!?」

「それはそこに居る小日本人に聞け」

「え?」

「……ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"」


 そこで初めて気が付いた。

 迅八に向けて背中を向けているその姿。

 煌びやかな服を着た少年が、何かに向けてずっと声を出している。


 その、声を向けられている道具からは涼しい風が流れてくる。畳に接した台から真っ直ぐ上に棒が伸び、その先には四枚のプロペラが回っていた。触れられない様にカバーで覆われているそのプロペラが高速で回転し、そこから涼風は送られてくる。


「せ、扇風機……」

「ア"ア"ア"ア"ア"……ん?」


 プロペラに向かい声を出していた少年が振り返ると、扇風機から送られる風が金髪をなびかせた。……王宮を彩る金髪碧眼の美しい調度品。その小姓(こしょう)は迅八の顔を見ると、眉をひそめた。


「遅いぞ寺田迅八。待ちくたびれたよ。ジャックの話はつまらなくてな」

「よく言う。帰っていいのだったらすぐ帰るぞ」

「待て待て。冗談が通じないな」

「……それでは、私は失礼致します。閣下、外に居ますので」

「リネン、ご苦労」


 リネンはそう言い残し、部屋から出ていった。呆然とする迅八の横で、クロウが声を出す。


「……はん。よくわからねえが、サジタリア。テメエは俺様を騙したのか? ジンパチはジャック(そいつ)を消せと言われたはずだぞ。なんでこんなとこで茶なんぞ飲んでやがる……」

「申し訳ありませぬ。ですが、まずは話を聞いて頂けませんでしょうか」

「へぇ……。死ね」



 本気。


 一瞬でクロウの腰からワルギリアは抜き放たれた。なんの遠慮もないその一撃は、サジタリアの首へ吸い込まれ、当たる直前で黒い霧に止められた。



「……ジャック、テメエなんのつもりだ」

「こっちのセリフだ。おまえさん、私の前でその行為が許されると思っているのか?」



 ジャックが伸ばした右腕、ローブから出た素手は黒い霧へと変化していた。

 うぞうぞと蠢くそれが、ワルギリアを伝いクロウの体に迫る。


「……吸血鬼風情(ふぜい)が、本気で俺様を邪魔しやがるか? 地底墳墓の続きがしてえのか!!」

「続きは構わんが、待て。……私も救国のサジタリアの名前は知っている。伝説の勇者はおまえさんの剣を避ける事も出来んのか?」


 クロウが振るった剣の先では、サジタリアが微動だにせず目をつむり、その腰には聖剣グランソシエが下げられている。だが、サジタリアはその剣を触ってもいなかった。


「ほう……。抵抗しねえのか」

「やめろよクロウ」

「ジンパチ、おめえも邪魔するのか?」


 クロウの肩を掴む迅八の手。そこに込められた力。


「そんなつもりはねえよ。納得出来なけりゃ好きにすればいい。……なんだよこの部屋、王サマはどこに居るんだ? 日本の領土? 気になる事ばっかりだぞ。……おい、君。そういや名前知らないけど、王サマはどこなんだよ」


 扇風機の前で声を出していた少年は、ポカンとその様子を眺めていた。

 着ている服の胸元を大きく引っ張り、送られてくる涼風を隙間から取り込む。そこから見える鎖骨。細い骨に浮かぶ汗。


「……そんなにカッカすんなよ。座れ寺田迅八。千年の大悪魔もご苦労だった」

「おい、口の利き方には気を付けろ。クロウが本気になったら俺じゃ止められねえぞ」

「だからカリカリすんなって……。これでも口の利き方には気を遣ってるんだよ。普通、王様はこんなにフレンドリーじゃないと思うけど」

「はあ? 王様? 何言って……」

「名前が判らないって言ったな。自己紹介はしたんだけど、じゃあもう一回……の前に。お前に質問がある」


 迅八よりも年下に見えるその少年は、細い体の線の割りに、強い眼差しを持っていた。

 どちらかと言えば女のような美しい顔なのに、男らしい。まだ幼さを残す年頃なのに可愛らしさがない。絢爛な王宮の権力を見せつける為の調度品(・・・)。

 調度品は、激怒し始めている千年の大悪魔の事など気にせず、薄い唇を開いた。


「……おい。日本とアメリカが戦争したらどっちが勝つと思う?」


「は? アメリカ? お前、」


「するとしたら、だ。どっち?」


「お前なんでアメリカ知ってんだ。まさか……」


「まあやったら百パーセント負ける。大体、同盟国だから戦争しないしな。……ところで、中国だったら?」


「おまえ……!!」


「ところで、韓国だったら? 北朝鮮だったら? ……もちろんないよ。ないない。そんな事はない」






「……お前、転生者かっ!?」


「座れ寺田迅八。お前に話がある」



 調度品は人間としての知性を乗せて口を開く。

 ジャックは嫌そうに口を歪めていた。サジタリアも同じだった。

 迅八とクロウは、何かを測るようにその少年の顔を見た。



「座れ寺田迅八。……ロンダルシア国王にして七つ国評議会第三議長、南の国の明けの明星、賢王アルトリウス・ロンダルシアが命ずる。座れ」




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