領土
この世の贅。その全てを。
相も変わらずきらびやかな宮殿。
初めてここを訪れた時に通されたのと同じ部屋で、クロウはやはりその時と同じ言葉を口にした。
「……バカバカしい宮殿だ」
窓から望める川の向こう。
ゴチャゴチャとして汚い楽園。
川を挟み、明と暗がはっきりと分かれている町。
有力国家 七つ国の一つ、『愚王』が治める町、王都ロンダルシア。
「おいジンパチ。早く終わらせて早く帰るぞ」
「そうしたいもんだな」
迅八達は報告の為にやってきた。
——『切り裂き』と呼ばれるヴァンパイアロードを消せ。その指令の結果報告。
「どうしよ。まずいよなやっぱ。けど、ジャックと戦うなんて出来ないよ。あいつは良い奴だ」
「それ以前におめえじゃ勝てねえよ。俺様だって、理由がねえならあんな奴とやりたくねえわ」
しかし、王の命令だ。
迅八の世界とこの世界は違う。
王が一方的に命令するのも、それを言われた人間が命令を果たすのも当たり前の世界。
今日も華美なテーブルの上で、上等な茶が口をつけられないまま冷めている。
迅八はクロウと二人きりの部屋で、地底墳墓での戦いを思い出した。
・・・・・・・・・・・・・・・
迅八達がロンダルシアに帰り着いた時、外壁の前には転生者ギルドの人間達が集まっていた。
戦いの生き残りを救助しに行く為だ。時刻はまだ朝早い。
『クロウ、こいつらなんでもう知ってるんだ? いつ集まったんだよ』
『……アグリアだろ』
『そういや覗き女がどうとか言ってたけど、お前、何を話してたの? イエリアも帰ってこねえし、ティー達の事は本当に大丈夫なのか?』
『黄色いのは知らねえよ。鉄面皮は袴女達を保護してる。話してたのは……まあ、色々だよ』
迅八と冒険者達が交差する時、場に一瞬、緊張が生まれた。迅八にとってはさっきまで戦っていた相手の仲間だ。そして、あそこでの情報が持ち帰られているとするなら、自分達が敵とみなされてもおかしくはない。
『……おい、寺田』
『あ? 誰だよお前。なんで俺の名前知ってんだ』
『みんな知ってるよ。俺達はな』
板金鎧を着込んだ男が迅八の前に歩み出た。周りの者たちと比べて、全体的に汚れている。一人だけ顔に疲れを浮かべているその男に、迅八は警戒した。
『……お前、ひょっとして地底墳墓に居たのか?』
『居たよ。寺田、お前と戦ったぞ』
『まだやるつもりなのかテメエ』
『そんなつもりはない。元々なんでお前と戦う羽目になったのか、誰も理解出来てない。……それより、ティー達はどうした? 無事だよな?』
『……十二使徒が一緒に居るから平気だよ。それより、そこを通してくれよ。怪我人がいるんだ』
振り返ると迅八の仲間達が馬車から降りようとしている所だった。まだ静寂に包まれている王都の朝が、火薬の匂いを孕みはじめる。
『……通せよ。俺の仲間も気が立ってる。こんな状況で余計なイザコザはお互いごめんだろ』
『…………』
板金鎧の男が仲間達に声をかけると、転生者ギルドの人間達は、地底墳墓に向かい動き始めた。
『……おい、あとな。お前らまだジャックになんかしようとしてんのか?』
『そんな状況じゃない。仲間を助けに行くだけだ。……それと、ちょっと聞きたい事がうるんだが』
板金鎧の男がそこまで言った時、迅八の体が後ろから強く押された。
『痛ッ!!』
『うーーっっ!! 邪魔、ですっ!!』
『ちょ、シズやめろよ。兄ちゃん、いま大事な話を』
『あっ!!』
板金鎧の男はシズの姿を見て体を硬直させた。
『みんな疲れてる、です。帰るっ!!』
『わか、わかってるから!!』
『ちょ、ちょっとキミ、えと、……俺は君に助けてもらって』
『じゃまーーっっ!!』
『お、俺たち帰るから!! おい、本当に通してくれよ!!』
迅八達は、板金鎧を残して王都の外壁をくぐった。
後ろの方から板金鎧の男の声が聞こえた気がしたが、その内容までは聞き取れなかった。
——あの日から一週間。
いつ王の元に行けばいいのか。
なんて言えばいいのか。
迅八が考える内に時は過ぎた。
ロココは順調に快復しているように見えた。迅八はジャックの事を信用していたが、もしも何かが起きたらすぐにジャックの元に連れて行けるよう、緊張する夜は続いた。
『母さん……』
寝ずにロココのそばに居るニコル。
それを見守るアゼル。
水しか飲めなかったロココがスープを食べられるようになり、寝ずに看病を続けていたニコルが、母親の隣で自分も眠れる様になった頃。——冒険者ギルドのグルグル眼鏡、リネンはやってきた。
『王から召喚命令が下りました。サジタリア閣下もお呼びです』
そして迅八は、案内された宮殿の部屋の中で、冷めた茶を見つめている。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「……おうジンパチ」
その声で我に返る。
「どうすんだおまえ。怒られたら。結局ジャックを消してねえぞ」
「はは。どうするか」
「知らねえよ。おめえの事だろが」
「うーん。けど、決めてる事もある」
「あんだよ」
あの日と同じ様に、贅沢な青いステンドグラスからは青い光が降り注ぐ。それに照らされた少年の髪。うねり巻きあがる髪が。
「ジャックは俺の恩人だ」
「で?」
「ジャックの敵は、俺の敵になるだろうな」
黒線は伸びる。その目から下へ、身体中に伸びる。
「悪いけど、そうなったら付き合ってもらうぞクロウ」
「ふざっけんじゃねえわ。けどま、俺様は初めっから言ってんぞ。『こんな国は滅ぼしてもいい気分になってる』」
「……はは。さすが千年の大悪魔。怖いカオすんなよ」
「おめえもひでえカオになってんぞ」
冷めた茶を飲む。
気に入らないもてなしだが、こんな高級な茶は二度と飲めなくなるかもしれない。
「けどよう。おめえ良いのか?」
「なにが?」
「俺様は構わねえよ。俺は理由がありゃ徹底的にやる。他のもんは気にしねえ。皆殺しだ。……だが、てめえもそうなのか? 気にしねえのか」
その言葉に迅八が答える前に、訪問者はやってきた。
「……失礼します。アルトリウス陛下がお呼びです。閣下もそちらにいらっしゃいます」
「あ……リネン」
扉を開けて入ってきたのは、冒険者ギルドのグルグル眼鏡、リネンだった。
「おうグルグル。またあのいけすかねえ場所に俺様をご案内するつもりか?」
「いいえ、クロウ猊下。本日は内々の話をする予定なので、別室を用意してあります。猊下と寺田迅八さんにはそちらにご足労願います」
「内々の話をする予定って事は、テメエは内容を知ってやがるんだろ? 言え」
「ご容赦ください。……こちらへどうぞ。ご案内いたします」
リネンに先導され宮殿内を歩く。
通り過ぎる女官は迅八達を見ると、恭しく頭を下げ、ドレスの裾を持ち上げた。
「……なんかさあ。みんなメイドさんみたいなもんでしょ? その割りにはどの人も綺麗だし、着ている服もいいもんだよね」
「陛下の趣味でしょう」
熱砂の国の宮殿は、熱い大気に包まれている。
女官達の着ている服はどれも所々を露出させていて、豪華であり美しいが、宮殿内を歩くのに似つかわしくない服装とも言えた。露出が多すぎるのだ。
「あ。あれなんていうの? かっこよくないアレ。踊り子が着けてそうな」
「飾り袖です」
青い布で胸を隠し、足首が締まった白いズボンを履いている女官。
向こう側が透けて見えるベールを顔に着けているその女官の二の腕には、肘から伸びているように見える長い布が垂れ下がっていた。
「あれでしょ? 腕振り回すとクルクルなるやつでしょ? 新体操のリボンみたいな……」
「申し訳ありません。あなたの言っている事が理解出来ません」
「……おうグルグル。なんで女官がそれぞれ違う格好してやがる? なんの意味がある」
「陛下の趣味でしょう」
煌びやかな宮殿を進めば、所々に調度品は並べられる。通路の途中にある黄金の輝きを放つ台、その上に置かれていた陶器を何気なく触ろうとした迅八に、前を進むリネンが振り返らずに言った。
「……砂漠の迷宮で出土された、年代不明のロンダルシア彩陶です。国宝級の美術品なので値段をつけられるものではありませんが、無理矢理つければ一億はくだりません。……触るのなら、お気をつけ下さい」
「なっ、だっ! だあっっ!!」
すぐに手を引っ込める。
なんの模様も描かれていないただの壺に見えたそれは、日の光を斜めから見ると、まるで虹のような色が表面に浮かんだ。
「なっ、なんでそんなもんをこんなとこに置いておくんだよっ!!」
「陛下の趣味でしょう」
「趣味って……!!」
「は……、美しくねえ宮殿だな。イラつくぜ」
風を取る為に大きく開かれた窓からは、色とりどりの花が見える。枯れた大地の真ん中の享楽の都。
独自の美意識を持つ千年の大悪魔は、眺めていたその景色を不愉快そうに吐き捨てた。
「……この先です。足元ご注意下さい」
曲がり角の先には階段があった。
上に行く階段を登ろうとした迅八に、リネンが声をかける。
「迅八さん、こちらです」
「……下?」
地下へと続くその階段。
壁に埋め込まれた魔光石が照らす地下へと続く道。リネンに先導され、迅八たちはその階段をゆっくりと降りてゆく。
迅八達が幾らか進むと、空気に冷たい物が混じり始めた。大気に含まれた熱気は薄れ、振り返ると外の光は小さくなっている。
「……おい、これ結構進んでんじゃねえのか?」
「高低差で言えば数メートルです。さ、着きました」
目の前には両開きの大きな扉があった。
リネンが鍵穴に鍵を通し、それをひねる前に振り返った。
「寺田迅八さん。この先であなたは決断を強いられます」
「は? ……なんの事だ」
「かと言ってここまで来たら引き返す事は許されません。アルトリウス陛下はあなたに目をつけました。そして、あなたは結果を出した……」
「だから、なに言ってやがんだ」
「あなたの決断は誰にも決められません。ですが、この先で見聞きした事は誰にも喋ってはいけません。あなたの仲間の命に関わりますよ」
「……リネン、てめえ」
「待てジンパチ」
いつの間にか、千年の大悪魔も迅八の横に並んでいた。人間形態の顔が歪み、犬歯が鋭く尖りだす。
リネンが手の中に握り込んだ鍵をひねると呆気ない音がした。
カチャリ。運命の開く音。
「……行きましょう。陛下達がお待ちです。ようこそ寺田迅八さん。——日本国領土、ロンダルシアへ」




