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アゲイン×2 《クロスツー》  作者: 紺堂 悦文
第六章 地底墳墓のジャック
128/140

領土

 



 この世の贅(ぜい)。その全てを。


 相も変わらずきらびやかな宮殿。

 初めてここを訪れた時に通されたのと同じ部屋で、クロウはやはりその時と同じ言葉を口にした。


「……バカバカしい宮殿だ」


 窓から望める川の向こう。

 ゴチャゴチャとして汚い楽園。

 川を挟み、明と暗がはっきりと分かれている町。

 有力国家 七つ国の一つ、『愚王』が治める町、王都ロンダルシア。


「おいジンパチ。早く終わらせて早く帰(けえ)るぞ」

「そうしたいもんだな」


 迅八達は報告の為にやってきた。

 ——『切り裂き(ヴラッド)』と呼ばれるヴァンパイアロードを消せ。その指令の結果報告。


「どうしよ。まずいよなやっぱ。けど、ジャックと戦うなんて出来ないよ。あいつは良い奴だ」

「それ以前におめえじゃ勝てねえよ。俺様だって、理由がねえならあんな奴とやりたくねえわ」


 しかし、王の命令だ。

 迅八の世界とこの世界は違う。

 王が一方的に命令するのも、それを言われた人間が命令を果たすのも当たり前の世界。

 今日も華美なテーブルの上で、上等な茶が口をつけられないまま冷めている。

 迅八はクロウと二人きりの部屋で、地底墳墓での戦いを思い出した。




 ・・・・・・・・・・・・・・・




 迅八達がロンダルシアに帰り着いた時、外壁の前には転生者ギルドの人間達が集まっていた。

 戦いの生き残りを救助しに行く為だ。時刻はまだ朝早い。


『クロウ、こいつらなんでもう知ってるんだ? いつ集まったんだよ』

『……アグリアだろ』

『そういや覗き女がどうとか言ってたけど、お前、何を話してたの? イエリアも帰ってこねえし、ティー達の事は本当に大丈夫なのか?』

『黄色いのは知らねえよ。鉄面皮は袴(はかま)女達を保護してる。話してたのは……まあ、色々だよ』


 迅八と冒険者達が交差する時、場に一瞬、緊張が生まれた。迅八にとってはさっきまで戦っていた相手の仲間だ。そして、あそこでの情報が持ち帰られているとするなら、自分達が敵とみなされてもおかしくはない。


『……おい、寺田』

『あ? 誰だよお前。なんで俺の名前知ってんだ』

『みんな知ってるよ。俺達はな』


 板金鎧を着込んだ男が迅八の前に歩み出た。周りの者たちと比べて、全体的に汚れて(・・・)いる。一人だけ顔に疲れを浮かべているその男に、迅八は警戒した。


『……お前、ひょっとして地底墳墓に居たのか?』

『居たよ。寺田、お前と戦ったぞ』

『まだやるつもりなのかテメエ』

『そんなつもりはない。元々なんでお前と戦う羽目になったのか、誰も理解出来てない。……それより、ティー達はどうした? 無事だよな?』

『……十二使徒が一緒に居るから平気だよ。それより、そこを通してくれよ。怪我人がいるんだ』


 振り返ると迅八の仲間達が馬車から降りようとしている所だった。まだ静寂に包まれている王都の朝が、火薬の匂いを孕(はら)みはじめる。


『……通せよ。俺の仲間も気が立ってる。こんな状況で余計なイザコザはお互いごめんだろ』

『…………』


 板金鎧の男が仲間達に声をかけると、転生者ギルドの人間達は、地底墳墓に向かい動き始めた。


『……おい、あとな。お前らまだジャックになんかしようとしてんのか?』

『そんな状況じゃない。仲間を助けに行くだけだ。……それと、ちょっと聞きたい事がうるんだが』


板金鎧の男がそこまで言った時、迅八の体が後ろから強く押された。


『痛ッ!!』

『うーーっっ!! 邪魔、ですっ!!』

『ちょ、シズやめろよ。兄ちゃん、いま大事な話を』

『あっ!!』


 板金鎧の男はシズの姿を見て体を硬直させた。


『みんな疲れてる、です。帰るっ!!』

『わか、わかってるから!!』

『ちょ、ちょっとキミ、えと、……俺は君に助けてもらって』

『じゃまーーっっ!!』

『お、俺たち帰るから!! おい、本当に通してくれよ!!』


 迅八達は、板金鎧を残して王都の外壁をくぐった。

 後ろの方から板金鎧の男の声が聞こえた気がしたが、その内容までは聞き取れなかった。






 ——あの日から一週間。

 いつ王の元に行けばいいのか。

 なんて言えばいいのか。

 迅八が考える内に時は過ぎた。


 ロココは順調に快復しているように見えた。迅八はジャックの事を信用していたが、もしも何かが起きたらすぐにジャックの元に連れて行けるよう、緊張する夜は続いた。


『母さん……』


 寝ずにロココのそばに居るニコル。

 それを見守るアゼル。

 水しか飲めなかったロココがスープを食べられるようになり、寝ずに看病を続けていたニコルが、母親の隣で自分も眠れる様になった頃。——冒険者ギルドのグルグル眼鏡、リネンはやってきた。


『王から召喚命令が下りました。サジタリア閣下もお呼びです』


 そして迅八は、案内された宮殿の部屋の中で、冷めた茶を見つめている。




 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・




「……おうジンパチ」


 その声で我に返る。


「どうすんだおまえ。怒られたら(・・・・・)。結局ジャックを消してねえぞ」

「はは。どうするか」

「知らねえよ。おめえの事だろが」

「うーん。けど、決めてる事もある」

「あんだよ」


 あの日と同じ様に、贅沢な青いステンドグラスからは青い光が降り注ぐ。それに照らされた少年の髪。うねり巻きあがる髪が。


「ジャックは俺の恩人だ」

「で?」

「ジャックの敵は、俺の敵になるだろうな」


 黒線は伸びる。その目から下へ、身体中に伸びる。


「悪いけど、そうなったら付き合ってもらうぞクロウ」

「ふざっけんじゃねえわ。けどま、俺様は初めっから言ってんぞ。『こんな国は滅ぼしてもいい気分になってる』」

「……はは。さすが千年の大悪魔。怖いカオすんなよ」

「おめえもひでえカオになってんぞ」


 冷めた茶を飲む。

 気に入らないもてなしだが、こんな高級な茶は二度と飲めなくなるかもしれない。


「けどよう。おめえ良いのか?」

「なにが?」

「俺様は構わねえよ。俺は理由がありゃ徹底的にやる。他のもんは気にしねえ。皆殺しだ。……だが、てめえもそうなのか? 気にしねえのか」


 その言葉に迅八が答える前に、訪問者はやってきた。


「……失礼します。アルトリウス陛下がお呼びです。閣下(かっか)もそちらにいらっしゃいます」

「あ……リネン」


 扉を開けて入ってきたのは、冒険者ギルドのグルグル眼鏡、リネンだった。


「おうグルグル。またあのいけすかねえ場所に俺様をご案内するつもりか?」

「いいえ、クロウ猊下(げいか)。本日は内々の話をする予定なので、別室を用意してあります。猊下と寺田迅八さんにはそちらにご足労願います」

「内々の話をする予定って事は、テメエは内容を知ってやがるんだろ? 言え」

「ご容赦ください。……こちらへどうぞ。ご案内いたします」



 リネンに先導され宮殿内を歩く。

 通り過ぎる女官は迅八達を見ると、恭(うやうや)しく頭を下げ、ドレスの裾(すそ)を持ち上げた。


「……なんかさあ。みんなメイドさんみたいなもんでしょ? その割りにはどの人も綺麗だし、着ている服もいいもんだよね」

「陛下の趣味でしょう」


 熱砂の国の宮殿は、熱い大気に包まれている。

 女官達の着ている服はどれも所々を露出させていて、豪華であり美しいが、宮殿内を歩くのに似つかわしくない服装とも言えた。露出が多すぎるのだ。


「あ。あれなんていうの? かっこよくないアレ。踊り子が着けてそうな」

「飾(かざ)り袖(そで)です」


 青い布で胸を隠し、足首が締まった白いズボンを履いている女官。

 向こう側が透けて見えるベールを顔に着けているその女官の二の腕には、肘から伸びているように見える長い布が垂れ下がっていた。


「あれでしょ? 腕振り回すとクルクルなるやつでしょ? 新体操のリボンみたいな……」

「申し訳ありません。あなたの言っている事が理解出来ません」

「……おうグルグル。なんで女官がそれぞれ違う格好してやがる? なんの意味がある」

「陛下の趣味でしょう」


 煌(きら)びやかな宮殿を進めば、所々に調度品は並べられる。通路の途中にある黄金の輝きを放つ台、その上に置かれていた陶器を何気なく触ろうとした迅八に、前を進むリネンが振り返らずに言った。


「……砂漠の迷宮で出土された、年代不明のロンダルシア彩陶です。国宝級の美術品なので値段をつけられるものではありませんが、無理矢理つければ一億はくだりません。……触るのなら、お気をつけ下さい」

「なっ、だっ! だあっっ!!」


 すぐに手を引っ込める。

 なんの模様も描かれていないただの壺に見えたそれは、日の光を斜めから見ると、まるで虹のような色が表面に浮かんだ。


「なっ、なんでそんなもんをこんなとこに置いておくんだよっ!!」

「陛下の趣味でしょう」

「趣味って……!!」

「は……、美しくねえ宮殿だな。イラつくぜ」


 風を取る為に大きく開かれた窓からは、色とりどりの花が見える。枯れた大地の真ん中の享楽の都。

 独自の美意識を持つ千年の大悪魔は、眺めていたその景色を不愉快そうに吐き捨てた。



「……この先です。足元ご注意下さい」


 曲がり角の先には階段があった。

 上に行く階段を登ろうとした迅八に、リネンが声をかける。


「迅八さん、こちらです」

「……下?」


 地下へと続くその階段。

 壁に埋め込まれた魔光石が照らす地下へと続く道。リネンに先導され、迅八たちはその階段をゆっくりと降りてゆく。

 迅八達が幾らか進むと、空気に冷たい物が混じり始めた。大気に含まれた熱気は薄れ、振り返ると外の光は小さくなっている。


「……おい、これ結構進んでんじゃねえのか?」

「高低差で言えば数メートルです。さ、着きました」


 目の前には両開きの大きな扉があった。

 リネンが鍵穴に鍵を通し、それをひねる前に振り返った。


「寺田迅八さん。この先であなたは決断を強いられます」

「は? ……なんの事だ」

「かと言ってここまで来たら引き返す事は許されません。アルトリウス陛下はあなたに目をつけました。そして、あなたは結果を出した……」

「だから、なに言ってやがんだ」

「あなたの決断は誰にも決められません。ですが、この先で見聞(みき)きした事は誰にも喋ってはいけません。あなたの仲間の命に関わりますよ」

「……リネン、てめえ」

「待てジンパチ」


 いつの間にか、千年の大悪魔も迅八の横に並んでいた。人間形態の顔が歪み、犬歯が鋭く尖りだす。

 リネンが手の中に握り込んだ鍵をひねると呆気ない音がした。

 カチャリ。運命の開く音。


「……行きましょう。陛下達がお待ちです。ようこそ寺田迅八さん。——日本国領土、ロンダルシアへ」






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