弛緩
「あの……」
「どうした?」
「あ……、なんでもない」
革鎧の少女の手を掴み、迅八は歩き出す。革鎧の少女は、何かを言いかけてから下を向いた。
「……そう言えば、君はイーストと知り合いなのか?」
「え、違うけど……なんで?」
「なんか、イーストは君を見て動きが止まった気がしたんだけど」
初めに襲った四人。
その内の三人を、イーストは躊躇う事なく殺した。しかし、目の前の少女だけは、イーストの凶刃から逃れる事が出来た。
「わからないけど……。私の顔を見て、なんか言ってた気がする」
迅八は、間近でその少女の顔を覗き込む。
……黒い、さらさらとしたショートヘア。血で顔は汚れてしまっているが、くりくりとした大きな目が印象的な顔。
迅八と同じ位の歳に見えたその少女は、急に近づいてきた迅八の顔を見て、喉の奥から小さな悲鳴をあげた。
「ひゃっ……!!」
「知り合いに似てた、とかか? ……まあ、考えてもわからねえな」
「あ、あのっ」
「ん?」
「……手。あの、一人で歩けるから」
「そうかい? ……無理するなよ」
迅八は、繋いだ手を離して前を向いた。
今は、地底墳墓 第一階層。——地上への出口は近い。
「…………ねえ、なんで、」
「ん? さっきからなんだよ。はっきり言えよ」
「なんで、助けてくれたの? 」
「……さあ。わかんないよそんなの。けど、そんなもんじゃないの?」
「私たちは、あなたと敵対したのに?」
「……わかんないよ。条件反射だ」
迅八の足取りは重い。考えなくてはいけない事が、歩みを鈍らせる。
ニコルとロココ。手術はどうなったのか。
そして、生命を繋ぐ光と対比するように、浮かび上がる闇。……イーストとウエスト。——時を遡る。
「そんな事、出来るわけねえ……」
迅八のすぐそばを歩く革鎧の少女は、時おり辛そうに顔を歪めた。致命傷ではないとはいえ、肩の傷は浅いものではないし、迅八自身の傷も同じ事だった。体のどこを動かしても、引き攣れた痛みが走る。
しかし、体の中から失ってしまった何かも、破壊された心臓も、今はその場所にあるのを感じる。
空いている手で首筋を触る。
——とくん。動くもの。
生命を。
長い夜に襲ってきた考えるべきこと。それらの事柄よりも根源的なもの。……迅八が、考えないようにしていた事。
(……俺は、なんなんだ?)
「はっ、ぜっ、ぜっ、ハア……」
迅八は、自分の少し後ろを歩いている声を聞く。
それは、千年の大悪魔が漏らしている喘ぎだった。魂の再生と回復術を、同時に行っているようだが、迅八よりもよほど酷い。普通の人間ならとっくに死んでいる状態。
迅八は、クロウと同じ傷を負いながら、彼よりも早く回復する。特になにもしていないのに。
「……いいじゃねえか。得だ」
「え? ……なに?」
思考を先に進ませない為だけの言葉。
それに対して少女が問う言葉に、迅八は何も返さなかった。
・・・・・・・・・・・・
地底墳墓 第一階層。遺跡の入り口付近。
不死者達の叫び声が、数時間前よりも少なくなっている。ティー達の救済の跡。
迅八が振り返れば「日本人」が二人いる。本当に普通の、可愛らしい二人の少女。
二人を見る迅八の前で、ティーの口が開いた。
「……ねえジン、聞きたい事があるわ。ジャック……ヴァンパイアロードについて、あなた何を言おうとしていたの?」
「そうだ! ……ティー、ジャックは、」
「おいジンパチ、こっちに来い」
喘ぐクロウに手招きされ、少し離れた場所で迅八とクロウは向き合った。
「なんだよ?」
「ジャックの事だが、黙っておけ」
「なんで? ……ジャックは悪い奴じゃない。それさえ分かって貰えれば」
「考えろ。考えろよ小僧。……ジャックは、あいつはなんでこんな場所にいる? 知られちゃ不都合な事があるんじゃねえのか? あいつはヴァンパイアだぞ」
言葉を詰まらせた迅八に向けて、ティーの口が開く。
「あなた達、なにを話しているの? ……聞かせなさい」
「あ? ……コラ女。なんの勘違いだ? なんで俺様がテメエなんぞの言葉に答えなくちゃいけねえんだ。せっかく繋いだ命を捨てるのか?」
「あなた達には助けてもらったわ。それは感謝してるの。……けど、それとこれとは話が別よ」
地底墳墓 第一階層入り口。
地上の篝火と星の光が照らす、外への出口。
クロウとティーの間で唐突に密度を濃くする空気、それを押しのけるように……聞こえる。剣戟の音が。
「……ジンパチ、この魂は、……あいつが居やがるッッ!!」
憤怒を隠さぬ大悪魔が出口に跳ぶと、それだけで血が飛び散った。
一足先に地底墳墓から出たクロウを迅八は追う。遺跡の底、闇の中から這い出た迅八の目の前に、その光景は飛び込んだ。
————————————————
「これは……。ティー、どうなってるんだっ!?」
「ああっ、……ああっ!!」
「みんなっ!!」
震える手は軋む。
バラバラの光景、屍山血河の惨劇。
迅八はこの光景を何回も見た。
映画で見た。漫画で見た。ゲームで何度も見た光景が、迅八の前に広がる。そして、それどころか迅八がこちらの世界の現実でも、何回か見た光景。
一つだけ違うのは、倒れている人間達の顔。
「……みんな、あ、ああっ!!」
ティーがゆっくりと迅八から離れると、這うような速度で足を動かす。元の世界の仲間の元に。
迅八は見る。
死体達の顔を。
……元の世界で、何回も何回も通り過ぎた、名前を知らない通行人達の顔を。
(……う、あ、)
倒れる。
おそらく、言葉を出せば倒れる。
知らない。ここで死んでいる屍達の事を、迅八は何も知らない。
すぐそばで転がっている死体を見た。
自分よりも歳上に見えるその男は、二本の剣を持っていた。高級そうに見える剣。使い込まれた鎧。
いかにも熟練の冒険者といったその男の顔は、よくよく見てみれば、元の世界で何回も見た『普通』の男の顔だった。
(……なんなんだ? この世界は)
迅八は思う。
自分はまだ、この世界に来てから半年も経っていない。この世界で何年も過ごしたら、どうなる?
こっちの世界、意味の分からない世界は美しかった。しかし、すぐそばにいつでも地獄がある。
(俺もいつか、こうなるのか?)
迅八は死なない。
おかしな世界で目覚めた時には不思議な力を持っていた。
だが、理由なんてわからない。明日になったらこの力は消えていて、普通に死んでしまうのかもしれない。傷口が全て開いてしまうのかもしれない。
ティーと革鎧の少女が泣いている。
そこらに散らばる人間の残骸の中で、涙を流す二人の声が、迅八に届く。
(俺が死んだら、シズは……)
そこで泣いているティー達のように。
妹は、絶望の声をあげる事になる。
「……俺は死なねえ」
倒れている男の元に歩を進める。
この男が何を思って死んだのか、迅八には分からない。敵なのか味方なのか、それすらも知らない。
ただ、それでも。
迅八は、その男の握っている剣を離させ、胸の上で手を組ませてやろうと思った。
「…………は、ふ」
「え」
掴んだ手から伝わる熱。
薄く聞こえる呼吸。
「……ティー」
「おっ……おい。ティーッ、生きてる奴がいるぞ!! おまえを呼んでるっ!!」
「……リョウマ!?」
涙を流すティーがその男に駆け寄った。屈み込み片膝を突くと、袴の切れ目から出てくる太もも、——そこで、リョウマと呼ばれた男の背中を支える。
「……………ティー」
「リョウマ! ……リョウマ、しっかりして!」
その声に重なるように、ひときわ大きな剣戟音が響いた。迅八はそちらを見る。クロウが消えた方向を。
「ここは、まだ戦場って事かよ……。 ティー、おまえはそいつらと一緒に居ろ!」
「あ、待って!!」
そちらに向かい、飛び出そうとした迅八を押し止める声が響いた。革鎧の少女。
「ここはまだ危険だ。お前らも警戒しろ!!」
「あの、本当にありがとう。えと、わたしの名前……」
「今度聞かせてくれッ」
————ひゅんっ。
闇にかき消える様に少年は消える。
残された少女は、その背中を目で追った。
「…………行っちゃった」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
揺らめく篝火と星の明かりが道を照らす。
ぼんやりと揺れる道の端では至る所に転がっている。……かつて生きていた塊。元の世界の人間。
迅八は知らない。
先程までは、地底墳墓の近辺には光が溢れていた。魔術によって作り出された光が、そこかしこを照らしていたが、今はその光は消えた。
ぼんやりと見える乾いた大地は鮮血を吸って染まる。迅八は知らない。もしも、ここに光が溢れているとしたら、どれほどの光景が広がっているのかを、迅八は知らない。
走っているのか歩いているのか、分からない速度で先に進む。鮮血の荒野には『障害物』が散らばっていた。
手。
足。
胴。
頭。
よく分からない、なにか。
踏まないように避けながら進む迅八の目に、遠く見える篝火の揺らめきに映された巨大な剣が見えた。
「アマレロ……? なんでここに!?」
————————————————
「七星、二門……!!文曲!!」
大剣は、軌跡を描き闇を切る。
その場を照らす星の明かりと、月の光を断ち切るように。
弧を描き、高速で繰り出される右と左から襲う剣。分厚い鋼の塊が、地上の大気を震わせる。
「……うほ。当たらねえけどな。ほんとバカみてえにデカい剣だ」
大剣豪は、それを避けるのではなく間合いを詰めた。アマレロのすぐ前に迫る、痩せぎすの男の嗤い顔。
「耐えられるか? ……散り菊・灯篭松葉』ッ!」
弾ける白光の花が散る。
爆ぜる光は前に向かって繰り出される。対象一体だけを切り刻む、圧倒的斬撃。
「うほほほほほほほはははっ!! おまえの首を刈り取ったらすぐそこの岩の上に置く。その前であの女を剥いてやるぞ。……ウハハハハっ!!」
「ぬ、おおおおおおっ!!」
アマレロは、離れた場所で膝を突くクーロンを見た。
致命傷には遠いが、浅くない傷を負っている。
(……やりやがるっ! 出すか〜? 本気ッ!)
それは出来ればやりたくない。
すぐそこで自分を見ている奴がいる。
クーロン。短くもない付き合いの女が。
「……おい、てめ〜よう。あんまり調子に乗るなよ。後悔する事になんぞ〜」
「うほっ! 凄っ! ……おまえ、それ最高だな。そんなに分かりやすい負け惜しみ、なかなか言えねえよ」
「お? お〜ほれ、来たぞ。後悔がよ〜」
その言葉を聞いたサグラダの動きは素早かった。
灯篭松葉を即中断、目の前に立つ巨躯の男の肩に手をかけ、その体を乗り越える。——ふわり。
宙に浮く体をすぐに反転し、後ろを確かめる。すると、すぐ目の前に迫る赤い右手があった。
「うははははっ!! ……クロウ、きやがったかッ!!」
「カウザルクロウッッ!!」
「うほっ! おまえ、毎回毎回、不意打ちしやがって……」
「あたりめえだ。俺は、」
「なあーにが悪魔だ。この偽モンが。……よう正義の味方っ。おまえ汚ねえから寄るんじゃねえよッ!」
クロウが繰り出した拳を、散り菊が真っ向から迎え撃つ。刀と拳の応酬。あり得ない光景。
「アシッドオッ!!」
「……ッ!!」
魂喰らいにより蟲龍から奪い取った技。酸のブレスがサグラダを襲う。広範囲に撒き散らされたそれは、サグラダの肌を灼きつけた。
「うおっ、あっづ!! いいいてええええ!!」
「くかかかかかかッ……。おめえみたいなチョロチョロ鬱陶しい蚊トンボには、こっちの方が合ってるみてえだなっ!!」
視界の端で膝を突くアマレロとクーロン。それをクロウは確かめた。
「……この蚊トンボにやられたのか? やはりこいつも強え。なんなんだ、最近の転生者は!?」
自分ほどとは言えないまでも、この世界でもかなりの強さを持つはずのロックボトムが、為す術もなくやられている。
クロウは、自分の目の前の蚊トンボの剣術、——そして素早さは、侮れるものではないと認めた。
「糸オッ!!」
「……は、ふははっ!」
撒き散らされるブレスと糸。
破壊力ではなく、当たる事と足止めを目的とした攻撃は止む事なく続く。
「うっほっ。だが『後悔』にゃ程遠いぞクロウ。今度はこっちの番だ。……散り菊・牡丹やなぎ、」
「ほれ、後悔がまた来たぞ。……くかかかかかかッ!!」
……ぞくりと。
クロウの攻撃を避ける為に、宙に跳んだサグラダの体。見下ろす大悪魔の嘲笑が、影で隠れた。
——自分よりも上空に、月の光を遮るものがある。
「……迅八ッ!?」
「うううううらああああああッ!!」
斬ッ!
サグラダが振り返り、見上げた空には月が存在しなかった。
月を隠すように重なっている、明滅する青、燃え上がる黒い髪。鮮血の翼を広げた暗黒の太陽。
交差するように地に落ちた体は、迅八とサグラダ、両者の明暗を分ける。
「ふぅ、ふゥッ……!!」
迅八は、手に持った刀を大きく振るう。
刀を濡らす露を飛ばすように弧を描き、星空の下で黒刀は踊る。
——チンッ。
迅九郎が鞘に収まる音と同時に、サグラダの体からは血が吹き出した。
「うっぐはああああああああッ!!」
「あの時の借りは返したぞ……!!」
目の下から伸びる黒線は明滅する。
それでも、怒りは消えない。
ニコルを、自分の大切な仲間を……!!
「……おいクソガキ。おまえ今、決まった……!!って思ってただろ」
「本当に思ってねえわっ!! お前、時々そういう事言うのやめろって!!」
————————————————
(うほ、うほほははは……。たあーのしーい。これ、大ピーンチじゃねえか……!!)
膝を突くサグラダを見下ろす幾つもの目。
(流石に、多すぎだろ。うほほほほっ!!)
だが、この位あいつらが来ればどうとでもなる。
寺田迅八は、確かに侮れない。おかしな爆発力がある。
千年の大悪魔は言うに及ばず、竜殺しや串刺しも驚異的だ。それでも。
「……イースト一人の方が戦いたくねえな。ま、すぐにあいつらが来る。そしたらお前ら、……うほほはははっ!! 皆殺し、」
「あいつとやるのは俺も嫌だよ。けどあいつ逃げたぞ」
「……え?」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「なに言ってやがんだお前。デッドエンドイーストは逃げねえ。絶対に引かねえ。あいつが…」
「いや、逃げたっていうか、……なんか急におかしくなって帰ったぞ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「……ば、バカ言ってんじゃねえよ迅八。デッドエンドイーストのそばにはいつもウエストが居る。こう言っちゃなんだがな、イーストよりもウエストの方が強い。下手したら俺でもヤバくなるイカれた女だ。あいつらが……」
「いや、だから。ウエストってなんていうか、あの、その……、可愛い子だろ? 下着だけしかつけてないっつーか」
「くかかかかかかっ。てえーめえーは、あんな状況でそんな事を考えてやがったのか?」
「ち、違えよ!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「……ちょっと聞かせろよ迅八。お前が言ってるイーストって、アレか? なんかブツブツ言ってる奴か? ……ウエストってアレか? ガキのくせしてそそる女か?」
「うん。そうそう」
「やっぱりおめえ思ってたんじゃねえか!! くかかかかかか!! アゼルに言ってやるからなてめえっ」
「別にあいつは関係ねえだろって!!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
……ふう。
サグラダは一つ息を吐いた。
それから立ち上がるとゆっくり伸びをした。
首の骨をポキポキと鳴らす。
——よし、散歩に行こう。
そんな感じでこう言った。
「さあーてと。……よし、後悔したから帰るわ」
「……待ちな。あんた逃げれると思ってんのかい? まだあたしの事を剥いてないんじゃないかい?」
すぐ後ろから聞こえるダークエルフの声。ふざけた事を抜かす大剣豪を、周りの者が取り囲む。
——ドンッ!!
音と共に大気が割れるような錯覚。
サグラダは全魔力を集中、爆発させた。
「散り菊、……牡丹柳ッ!!」
本気の全力の更に上。
——この場から逃げられなければ確実に死ぬ!!
射程距離内の全てを切り刻むその剣撃は、その場の人間全てを襲った。しかし、それよりも前に動き出していた悪魔が言う。
「くかかかかかか!! そんなのにハマると思ってやがるか? このバカがっ!!」
「影縫いッ!!」
サグラダは、仕込んでいた短刀を全て投げつけ、クロウの足、腕、その末端だけに集中させる。ダメージを与えるのが目的ではない。——なんとかこの場に足止めする……!!
「いいカオしてるぞダークエルフ。ほら、剥けた」
牡丹柳の斬撃は、クーロンの赤いジャケットを切り刻む。僅かな布だけを身に纏ったダークエルフが、身体中から血を噴出させる。
そして、切り裂かれたジャケットの下、懐の中に見えた物。それを見つけたサグラダは斬撃を止めた。
「しかもいいモン持ってるじゃねえか。いただくぞっ!!」
素早くそれをクーロンから奪い取ったサグラダは、散り菊で岩壁を切りつける。
高速を越えた摩擦、一瞬、炎のように巻き起こった火花で手元の棒に着火した。
——トンッ。宙に跳ぶ。
切りつけた岩壁を垂直に駆け上がる。
心臓が、ほんの数回鼓動を刻むだけの時間。その数秒の間にサグラダの姿は消え、あとにはチリチリと音を鳴らす物体だけが残された。
「……ッッ!? ダイナマイト……みんな、逃げろ!!」
迅八が叫ぶよりも先に、クーロンとアマレロは離脱していた。その場に残されたのは、影縫いにより縫い付けられた悪魔だけ。
「おまえ何やってんのっ!?」
「抜け、抜けねえ!! 足、いだっ、いっっだあああい!」
「千年の大悪魔のくせしてそんなのも避けられないの!? 冗談でしょッ!?」
「うるッッせえわあああああッッ!!」
「坊や、早く離れなッッ!!」
クーロンの声を掻き消すように、閃光と爆音が迅八達を襲った。
————————————————
……耳が聞こえない。
揺れる頭の髄。
痺れるような痛み。
クーロンは噴煙の中で自分の体を見下ろした。
(あ、あンの野郎……!! ほとんど服が飛ばされた)
特に下半身。布一枚残っていない。
クーロンは、革や金属で補強された赤いジャケットを脱ぐと、その下の肌着を引き裂いた。
(ああもうっ……鎧着ておけば良かった!!)
枯れた大地は爆発により大きく穿たれた。
クーロンは、砂塵の中で己の腰に、元は肌着だった布を巻きつける。ゆさゆさと揺れる胸とみっしりと張った尻の布は、窮屈にシワを作った。
「こんな格好じゃ、ほんとにあたしがビッチみたいになってんじゃないかい!?」
「……クーロン! 無事か〜!?」
「アマレロッ、……坊やは、クロウは!!」
「『旋』!!」
噴煙の中で七色の光が舞う。
旋風は風を叩く。巻き起こった渦が土煙を払う。開けてゆく視界の中、爆心地には一人の少年が立っていた。
クーロンの目に真っ先に飛び込んだのはその背中。
広がる翼は十二枚。円を描くように広がる翼は流動しながら常に動く。——翼によって作られた、流動する巨大な盾。
閃光と爆炎から守るようにして広げられたその翼と、その翼で守られている者。千年の大悪魔。
「ぐっっ、あ、が……ッ!!」
広げられた盾は爆発の衝撃に耐えたようだった。
しかし、クロウを守るように広げられた翼から外れた迅八自身の足。そこからとめどなく血が流れ続ける。
やがて、翼はばしゃりと撒き散らされ消えた。
翼を失った少年は崩れ落ちる。目の前で膝を突く大悪魔にもたれかかるように。
「クロウ、大丈夫か」
「……大丈夫じゃねえわ。足、伝わってきてんぞ」
「お前に少し、借り、返せたかな……?」
「……二ミリくれえは返された。あと百メートルくれえデケえ貸しがあるが」
「そんなに? 俺、死んじゃうよ」
「……お前は死なねえ」
クーロンは、その光景を見ていた己の胸の中に、おかしな動悸が生まれたのを感じた。
(……いやあだ〜〜)
「クロウ。 ……俺とお前は二人で一人だ。お前の命は俺の命だ」
「おめえほんとにアタマおかしいんじゃねえのか? 爆発か? どっか打ったのか?」
暗闇の中で少年は悪魔にもたれかかる。その体をどかそうとしたクロウの右手は、迅八の体に触れることなく、途中で下げられた。
(………ドキッドキ、しちまうんっ!!)
元々、母性が強かったダークエルフは、己の中に生じた衝動、衝撃、切望にも似た欲求がなんなのか理解出来なかった。——そして、それは後日、シズから教えられる事となる。染められてゆく事になる。
「……うほほほほ。美しーい。お前ら仲が良いこって」
「サグラダッ、てめえ!!」
垂直に切り立った岩壁の上、刀を背負い嗤う男。
「今日はこの辺にしとこうぜ。……長い付き合いになりそうだ。今はイースト達に追いつかねえとな」
「待ちなッッ!!」
クーロンは跳躍する。
岩壁を蹴り上げ、僅か三歩でサグラダの元まで駆け上がる。
「シッ!!」
月に浮かぶ女が串刺しの蹴りを見舞う。
——ひゅんっ。
サグラダは弧を描くように刀を回す。
鍔を鳴らして刀を納め、その体は闇に溶けた。
「うほほ、かなり良い女だ。お前は今度ゆっくり剥いてやる。今日はこれで我慢しとくぜ。……じゃあな」
その言葉を残し、闇の中に遠ざかる気配。己の天秤をクーロンは測る。——こちらの損害と今すべき事。追うのか、追わないのか。
「……ツッ! 高くつくよ……!!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ダークエルフは月を見上げる。
昂ぶった己の心を鎮める為に。
「……助かった」
認めなくてはいけない。
実際、危険だった。
サグラダは予想以上の使い手だった。
そして、コルテの方に現れた敵。
その姿をクーロンは見ていない。
しかし、気配だけで感じた。
「ヤバい奴が来てた。コルテはどうなった? ……けど、ジークエンドがコルテを放っておくはずがない」
岩壁の上に立つクーロンは、体中から血を流し、月の光を浴びてなお美しい。
荒く吐き出される息が闇に映る。
それを数回繰り返した後、岩壁の下、自分を見上げている少年の事を見た。
(……運命)
物事が進み始める予感を。
この少年と大悪魔は、おそらく運命の中心になる。
以前クーロンは思った。
この子をロックボトムに巻き込みたくない。
しかし、それはひょっとしたら誤解だったのかもしれない。
「運命に、巻き込まれるのはどっちだ? ……フォルテ。あたし達は、どうすればいい?」
月を仰ぐ。
両端が欠けた月を。
月を見上げる彼女は気付いていない。
サグラダが振るった最後の斬撃により、自分がどうなっているのかを。
……そして彼女は気付いていない。
地上からこちらを見ている少年は、クーロンの顔ではなく別の場所を見ていた。
————————————————
「……ねえねえ、クロウさんクロウさん」
「あんだよ」
「まさか、アレが……」
「そーうだあああ……。『秘密の花園』だあ……」
「お〜〜…。なにやってんだかあのバカはよ〜」
地上からクーロンを見上げている三人は、それぞれが、困惑し、邪悪に笑い、呆れていた。
「……だ、ダメだよ。見ちゃダメだって!!」
「チッ、ちと遠いな……。しかし、フン! 『透視三範囲万華鏡』!!」
「え、ちょちょ、お前、今なにした? なにしたの?」
「やはり……。外見だけは極上の女だ。ビッチの上に露出狂……。とんでもねえ変態だが」
「ちょ、なに? なに? なになになになに!? なにが見えてるの!?」
「……すーべーて。くきき……」
「や、やめろよ! クーロンの事見るんじゃねえよっ!!」
両端が欠けた月が、美しいダークエルフを照らしている。岩壁の上で仁王立ち、全裸の女を。
クーロンを見上げる迅八とクロウがごちゃごちゃと言う横で、アマレロはボリボリと頭を掻いた。
「……なにやってんだか。あのバカはよ〜」
——いつの間にか、大きくなった。
ダークエルフの女を見て、アマレロはほんの少し安堵した。事態の収束と、弛緩した空気を感じ取ったからではない。今、この空気を敵に突かれたら、確実にやられる。
長い時間、戦いに身を置いていた体は油断なく辺りを警戒する。しかし、感じ取ってもいた。
「……もう平気か。本気を出す程の敵はいないな」
「ん? なにアマレロ? ところで、なんで二人がここにいるの?」
「お〜? なんでもね〜よ。さて、どうするか……」
もう、本気を出さなくてはならない程の敵は消えた。その事に、アマレロは安堵した。




