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アゲイン×2 《クロスツー》  作者: 紺堂 悦文
第六章 地底墳墓のジャック
124/140

弛緩

 



「あの……」

「どうした?」

「あ……、なんでもない」


 革鎧の少女の手を掴み、迅八は歩き出す。革鎧の少女は、何かを言いかけてから下を向いた。


「……そう言えば、君はイーストと知り合いなのか?」

「え、違うけど……なんで?」

「なんか、イーストは君を見て動きが止まった気がしたんだけど」


 初めに襲った四人。

その内の三人を、イーストは躊躇(ためら)う事なく殺した。しかし、目の前の少女だけは、イーストの凶刃から逃れる事が出来た。


「わからないけど……。私の顔を見て、なんか言ってた気がする」


 迅八は、間近でその少女の顔を覗き込む。

 ……黒い、さらさらとしたショートヘア。血で顔は汚れてしまっているが、くりくりとした大きな目が印象的な顔。

 迅八と同じ位の歳に見えたその少女は、急に近づいてきた迅八の顔を見て、喉の奥から小さな悲鳴をあげた。


「ひゃっ……!!」

「知り合いに似てた、とかか? ……まあ、考えてもわからねえな」

「あ、あのっ」

「ん?」

「……手。あの、一人で歩けるから」

「そうかい? ……無理するなよ」


 迅八は、繋いだ手を離して前を向いた。

 今は、地底墳墓 第一階層。——地上への出口は近い。


「…………ねえ、なんで、」

「ん? さっきからなんだよ。はっきり言えよ」

「なんで、助けてくれたの? 」

「……さあ。わかんないよそんなの。けど、そんなもんじゃないの?」

「私たちは、あなたと敵対したのに?」

「……わかんないよ。条件反射だ」






 迅八の足取りは重い。考えなくてはいけない事が、歩みを鈍らせる。


 ニコルとロココ。手術はどうなったのか。

 そして、生命を繋ぐ光と対比するように、浮かび上がる闇。……イーストとウエスト。——時を遡る。


「そんな事、出来るわけねえ……」


 迅八のすぐそばを歩く革鎧の少女は、時おり辛そうに顔を歪めた。致命傷ではないとはいえ、肩の傷は浅いものではないし、迅八自身の傷も同じ事だった。体のどこを動かしても、引き攣(つ)れた痛みが走る。

 しかし、体の中から失ってしまった何かも、破壊された心臓も、今はその場所にあるのを感じる。


 空いている手で首筋を触る。

 ——とくん。動くもの。

 生命を。


 長い夜に襲ってきた考えるべきこと。それらの事柄よりも根源的なもの。……迅八が、考えないようにしていた事。


(……俺は、なんなんだ(・・・・・)?)






「はっ、ぜっ、ぜっ、ハア……」


 迅八は、自分の少し後ろを歩いている声を聞く。

 それは、千年の大悪魔が漏らしている喘(あえ)ぎだった。魂の再生と回復術を、同時に行っているようだが、迅八よりもよほど酷い。普通の人間ならとっくに死んでいる状態。

 迅八は、クロウと同じ傷を負いながら、彼よりも早く回復する。特になにもしていないのに。


「……いいじゃねえか。得だ」

「え? ……なに?」


 思考を先に進ませない為だけの言葉。

 それに対して少女が問う言葉に、迅八は何も返さなかった。




・・・・・・・・・・・・




 地底墳墓 第一階層。遺跡の入り口付近。

 不死者達の叫び声が、数時間前よりも少なくなっている。ティー達の救済の跡。

 迅八が振り返れば「日本人」が二人いる。本当に普通の、可愛らしい二人の少女。

 二人を見る迅八の前で、ティーの口が開いた。


「……ねえジン、聞きたい事があるわ。ジャック……ヴァンパイアロードについて、あなた何を言おうとしていたの?」

「そうだ! ……ティー、ジャックは、」


「おいジンパチ、こっちに来い」


 喘ぐクロウに手招きされ、少し離れた場所で迅八とクロウは向き合った。


「なんだよ?」

「ジャックの事だが、黙っておけ」

「なんで? ……ジャックは悪い奴じゃない。それさえ分かって貰えれば」

「考えろ。考えろよ小僧。……ジャックは、あいつはなんでこんな場所にいる? 知られちゃ不都合な事があるんじゃねえのか? あいつはヴァンパイアだぞ」


言葉を詰まらせた迅八に向けて、ティーの口が開く。


「あなた達、なにを話しているの? ……聞かせなさい」

「あ? ……コラ女。なんの勘違いだ? なんで俺様がテメエなんぞの言葉に答えなくちゃいけねえんだ。せっかく繋いだ命を捨てるのか?」

「あなた達には助けてもらったわ。それは感謝してるの。……けど、それとこれとは話が別よ」


 地底墳墓 第一階層入り口。

 地上の篝火と星の光が照らす、外への出口。

 クロウとティーの間で唐突に密度を濃くする空気、それを押しのけるように……聞こえる。剣戟(けんげき)の音が。


「……ジンパチ、この魂は、……あいつが居やがるッッ!!」


 憤怒を隠さぬ大悪魔が出口に跳ぶと、それだけで血が飛び散った。

 一足先に地底墳墓から出たクロウを迅八は追う。遺跡の底、闇の中から這い出た迅八の目の前に、その光景は飛び込んだ。






 ————————————————






「これは……。ティー、どうなってるんだっ!?」

「ああっ、……ああっ!!」

「みんなっ!!」



 震える手は軋(きし)む。

 バラバラの光景、屍山血河(しざんけつが)の惨劇。

迅八はこの光景を何回も見た。

映画で見た。漫画で見た。ゲームで何度も見た光景が、迅八の前に広がる。そして、それどころか迅八がこちらの世界の現実でも、何回か見た光景。

一つだけ違うのは、倒れている人間達の顔。


「……みんな、あ、ああっ!!」


 ティーがゆっくりと迅八から離れると、這うような速度で足を動かす。元の世界の仲間の元に。


 迅八は見る。

 死体達の顔を。

 ……元の世界で、何回も何回も通り過ぎた、名前を知らない通行人達の顔を。


(……う、あ、)


 倒れる。

 おそらく、言葉を出せば倒れる。

 知らない。ここで死んでいる屍達の事を、迅八は何も知らない。


 すぐそばで転がっている死体を見た。

 自分よりも歳上に見えるその男は、二本の剣を持っていた。高級そうに見える剣。使い込まれた鎧。

 いかにも熟練の冒険者といったその男の顔は、よくよく見てみれば、元の世界で何回も見た『普通』の男の顔だった。


(……なんなんだ? この世界は)


 迅八は思う。

 自分はまだ、この世界に来てから半年も経っていない。この世界で何年も過ごしたら、どうなる?

 こっちの世界、意味の分からない世界は美しかった。しかし、すぐそばにいつでも地獄がある。


(俺もいつか、こうなるのか?)


 迅八は死なない(・・・・)。

 おかしな世界で目覚めた時には不思議な力を持っていた。

 だが、理由なんてわからない。明日になったらこの力は消えていて、普通に死んでしまうのかもしれない。傷口が全て開いてしまうのかもしれない。


 ティーと革鎧の少女が泣いている。

 そこらに散らばる人間の残骸の中で、涙を流す二人の声が、迅八に届く。


(俺が死んだら、シズは……)


 そこで泣いているティー達のように。

 妹は、絶望の声をあげる事になる。






「……俺は死なねえ」


 倒れている男の元に歩を進める。

 この男が何を思って死んだのか、迅八には分からない。敵なのか味方なのか、それすらも知らない。

 ただ、それでも。

 迅八は、その男の握っている剣を離させ、胸の上で手を組ませてやろうと思った。


「…………は、ふ」

「え」


 掴んだ手から伝わる熱。

 薄く聞こえる呼吸。


「……ティー」

「おっ……おい。ティーッ、生きてる奴がいるぞ!! おまえを呼んでるっ!!」

「……リョウマ!?」


 涙を流すティーがその男に駆け寄った。屈み込み片膝を突くと、袴の切れ目から出てくる太もも、——そこで、リョウマと呼ばれた男の背中を支える。


「……………ティー」

「リョウマ! ……リョウマ、しっかりして!」


 その声に重なるように、ひときわ大きな剣戟音が響いた。迅八はそちらを見る。クロウが消えた方向を。


「ここは、まだ戦場って事かよ……。 ティー、おまえはそいつらと一緒に居ろ!」

「あ、待って!!」


 そちらに向かい、飛び出そうとした迅八を押し止める声が響いた。革鎧の少女。


「ここはまだ危険だ。お前らも警戒しろ!!」

「あの、本当にありがとう。えと、わたしの名前……」

「今度聞かせてくれッ」


 ————ひゅんっ。

 闇にかき消える様に少年は消える。

 残された少女は、その背中を目で追った。


「…………行っちゃった」






 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・






 揺らめく篝火と星の明かりが道を照らす。

 ぼんやりと揺れる道の端では至る所に転がっている。……かつて生きていた塊。元の世界の人間。


 迅八は知らない。

 先程までは、地底墳墓の近辺には光が溢れていた。魔術によって作り出された光が、そこかしこを照らしていたが、今はその光は消えた。

 ぼんやりと見える乾いた大地は鮮血を吸って染まる。迅八は知らない。もしも、ここに光が溢れているとしたら、どれほどの光景が広がっているのかを、迅八は知らない。


 走っているのか歩いているのか、分からない速度で先に進む。鮮血の荒野には『障害物』が散らばっていた。


 手。

 足。

 胴。

 頭。

 よく分からない、なにか(・・・)。


 踏まないように避けながら進む迅八の目に、遠く見える篝火の揺らめきに映された巨大な剣が見えた。


「アマレロ……? なんでここに!?」






 ————————————————






「七星、二門……!!文曲《ぶんぎょく》!!」


 大剣は、軌跡を描き闇を切る。

 その場を照らす星の明かりと、月の光を断ち切るように。

 弧を描き、高速で繰り出される右と左から襲う剣。分厚い鋼の塊が、地上の大気を震わせる。


「……うほ。当たらねえけどな。ほんとバカみてえにデカい剣だ」


 大剣豪(・・・)は、それを避けるのではなく間合いを詰めた。アマレロのすぐ前に迫る、痩せぎすの男の嗤(わら)い顔。


「耐えられるか? ……散り菊・灯篭松葉《とうろうまつば》』ッ!」


 弾ける白光の花が散る。

 爆ぜる光は前に向かって繰り出される。対象一体だけを切り刻む、圧倒的斬撃。


「うほほほほほほほはははっ!! おまえの首を刈り取ったらすぐそこの岩の上に置く。その前であの女を剥(む)いてやるぞ。……ウハハハハっ!!」

「ぬ、おおおおおおっ!!」


 アマレロは、離れた場所で膝を突くクーロンを見た。

 致命傷には遠いが、浅くない傷を負っている。


(……やりやがるっ! 出すか〜? 本気ッ!)


 それは出来ればやりたくない。

 すぐそこで自分を見ている奴がいる。

 クーロン。短くもない付き合いの女が。


「……おい、てめ〜よう。あんまり調子に乗るなよ。後悔する事になんぞ〜」

「うほっ! 凄(スゴ)っ! ……おまえ、それ最高だな。そんなに分かりやすい負け惜しみ、なかなか言えねえよ」

「お? お〜ほれ、来たぞ。後悔(・・)がよ〜」






 その言葉を聞いたサグラダの動きは素早かった。


 灯篭松葉を即中断、目の前に立つ巨躯の男の肩に手をかけ、その体を乗り越える。——ふわり。

 宙に浮く体をすぐに反転し、後ろを確かめる。すると、すぐ目の前に迫る赤い右手があった。


「うははははっ!! ……クロウ、きやがったかッ!!」

「カウザルクロウッッ!!」

「うほっ! おまえ、毎回毎回、不意打ちしやがって……」

「あたりめえだ。俺は、」

「なあーにが悪魔だ。この偽モンが。……よう正義の味方っ。おまえ汚ねえから寄るんじゃねえよッ!」


 クロウが繰り出した拳を、散り菊が真っ向から迎え撃つ。刀と拳の応酬。あり得ない光景。


「アシッドオッ!!」

「……ッ!!」


 魂喰らいにより蟲龍から奪い取った技。酸のブレスがサグラダを襲う。広範囲に撒き散らされたそれは、サグラダの肌を灼きつけた。


「うおっ、あっづ!! いいいてええええ!!」

「くかかかかかかッ……。おめえみたいなチョロチョロ鬱陶しい蚊トンボには、こっちの方が合ってるみてえだなっ!!」


 視界の端で膝を突くアマレロとクーロン。それをクロウは確かめた。


「……この蚊トンボにやられたのか? やはりこいつも強え。なんなんだ、最近の転生者は!?」


 自分ほどとは言えないまでも、この世界でもかなりの強さを持つはずのロックボトムが、為す術もなくやられている。

 クロウは、自分の目の前の蚊トンボの剣術、——そして素早さは、侮れるものではないと認めた。


「糸オッ!!」

「……は、ふははっ!」


 撒(ま)き散らされるブレスと糸。

 破壊力ではなく、当たる事と足止めを目的とした攻撃は止む事なく続く。


「うっほっ。だが『後悔』にゃ程遠いぞクロウ。今度はこっちの番だ。……散り菊・牡丹やなぎ、」

「ほれ、後悔(・・)がまた来たぞ。……くかかかかかかッ!!」



 ……ぞくりと。

 クロウの攻撃を避ける為に、宙に跳んだサグラダの体。見下ろす大悪魔の嘲笑が、影で隠れた。

 ——自分よりも上空に、月の光を遮るものがある。



「……迅八ッ!?」

「うううううらああああああッ!!」



 斬ッ!

 サグラダが振り返り、見上げた空には月が存在しなかった。

 月を隠すように重なっている、明滅する青、燃え上がる黒い髪。鮮血の翼を広げた暗黒の太陽。


 交差するように地に落ちた体は、迅八とサグラダ、両者の明暗を分ける。


「ふぅ、ふゥッ……!!」


 迅八は、手に持った刀を大きく振るう。

 刀を濡らす露(つゆ)を飛ばすように弧を描き、星空の下で黒刀は踊る。

 ——チンッ。

 迅九郎が鞘に収まる音と同時に、サグラダの体からは血が吹き出した。


「うっぐはああああああああッ!!」

「あの時の借りは返したぞ……!!」


 目の下から伸びる黒線は明滅する。

 それでも、怒りは消えない。

 ニコルを、自分の大切な仲間を……!!






「……おいクソガキ。おまえ今、決まった……!!って思ってただろ」

「本当に思ってねえわっ!! お前、時々そういう事言うのやめろって!!」






 ————————————————






(うほ、うほほははは……。たあーのしーい。これ、大ピーンチじゃねえか……!!)


 膝を突くサグラダを見下ろす幾つもの目。


(流石に、多すぎだろ。うほほほほっ!!)


 だが、この位あいつら(・・・・)が来ればどうとでもなる。

 寺田迅八は、確かに侮れない。おかしな爆発力がある。

 千年の大悪魔は言うに及ばず、竜殺しや串刺しも驚異的だ。それでも。


「……イースト一人の方が戦いたくねえな。ま、すぐにあいつらが来る。そしたらお前ら、……うほほはははっ!! 皆殺し、」

「あいつとやるのは俺も嫌だよ。けどあいつ逃げたぞ」

「……え?」






 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・




「なに言ってやがんだお前。デッドエンドイーストは逃げねえ。絶対に引かねえ。あいつが…」


「いや、逃げたっていうか、……なんか急におかしくなって帰ったぞ」




 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・




「……ば、バカ言ってんじゃねえよ迅八。デッドエンドイーストのそばにはいつもウエストが居る。こう言っちゃなんだがな、イーストよりもウエストの方が強い。下手したら俺でもヤバくなるイカれた女だ。あいつらが……」


「いや、だから。ウエストってなんていうか、あの、その……、可愛い子だろ? 下着だけしかつけてないっつーか」

「くかかかかかかっ。てえーめえーは、あんな状況でそんな事を考えてやがったのか?」

「ち、違えよ!」




 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・




「……ちょっと聞かせろよ迅八。お前が言ってるイーストって、アレか? なんかブツブツ言ってる奴か? ……ウエストってアレか? ガキのくせしてそそる女か?」


「うん。そうそう」

「やっぱりおめえ思ってたんじゃねえか!! くかかかかかか!! アゼルに言ってやるからなてめえっ」

「別にあいつは関係ねえだろって!!」




 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・






 ……ふう。

 サグラダは一つ息を吐いた。

 それから立ち上がるとゆっくり伸びをした。

 首の骨をポキポキと鳴らす。

 ——よし、散歩に行こう。

 そんな感じでこう言った。


「さあーてと。……よし、後悔したから帰るわ」

「……待ちな。あんた逃げれると思ってんのかい? まだあたしの事を剥いてないんじゃないかい?」


 すぐ後ろから聞こえるダークエルフの声。ふざけた事を抜かす大剣豪を、周りの者が取り囲む。


 ——ドンッ!!

 音と共に大気が割れるような錯覚。

 サグラダは全魔力を集中、爆発させた。


「散り菊、……牡丹柳ッ!!」


 本気の全力の更に上。

 ——この場から逃げられなければ確実に死ぬ!!

 射程距離内の全てを切り刻むその剣撃は、その場の人間全てを襲った。しかし、それよりも前に動き出していた悪魔が言う。


「くかかかかかか!! そんなのにハマると思ってやがるか? このバカがっ!!」

「影縫いッ!!」


 サグラダは、仕込んでいた短刀を全て投げつけ、クロウの足、腕、その末端だけに集中させる。ダメージを与えるのが目的ではない。——なんとかこの場に足止めする……!!


「いいカオしてるぞダークエルフ。ほら、剥けた」


 牡丹柳の斬撃は、クーロンの赤いジャケットを切り刻む。僅かな布だけを身に纏ったダークエルフが、身体中から血を噴出させる。

 そして、切り裂かれたジャケットの下、懐の中に見えた物。それを見つけたサグラダは斬撃を止めた。


「しかもいいモン持ってるじゃねえか。いただくぞっ!!」


 素早くそれ(・・)をクーロンから奪い取ったサグラダは、散り菊で岩壁を切りつける。

 高速を越えた摩擦、一瞬、炎のように巻き起こった火花で手元の棒に着火した。


 ——トンッ。宙に跳ぶ。

 切りつけた岩壁を垂直に駆け上がる。

 心臓が、ほんの数回鼓動を刻むだけの時間。その数秒の間にサグラダの姿は消え、あとにはチリチリと音を鳴らす物体だけが残された。


「……ッッ!? ダイナマイト……みんな、逃げろ!!」


 迅八が叫ぶよりも先に、クーロンとアマレロは離脱していた。その場に残されたのは、影縫いにより縫い付けられた悪魔だけ。


「おまえ何やってんのっ!?」

「抜け、抜けねえ!! 足、いだっ、いっっだあああい!」

「千年の大悪魔のくせしてそんなのも避けられないの!? 冗談でしょッ!?」

「うるッッせえわあああああッッ!!」

「坊や、早く離れなッッ!!」


 クーロンの声を掻き消すように、閃光と爆音が迅八達を襲った。






 ————————————————






 ……耳が聞こえない。

 揺れる頭の髄(ずい)。

 痺れるような痛み。

 クーロンは噴煙の中で自分の体を見下ろした。


(あ、あンの野郎……!! ほとんど服が飛ばされた)


 特に下半身。布一枚残っていない。

 クーロンは、革や金属で補強された赤いジャケットを脱ぐと、その下の肌着を引き裂いた。


(ああもうっ……鎧着ておけば良かった!!)


 枯れた大地は爆発により大きく穿たれた。

 クーロンは、砂塵(さじん)の中で己の腰に、元は肌着だった布を巻きつける。ゆさゆさと揺れる胸とみっしりと張った尻の布は、窮屈にシワを作った。


「こんな格好じゃ、ほんとにあたしがビッチみたいになってんじゃないかい!?」

「……クーロン! 無事か〜!?」

「アマレロッ、……坊やは、クロウは!!」

「『旋(ワールウインド)』!!」


 噴煙の中で七色の光が舞う。

 旋風は風を叩く。巻き起こった渦が土煙を払う。開けてゆく視界の中、爆心地には一人の少年が立っていた。


 クーロンの目に真っ先に飛び込んだのはその背中。

 広がる翼は十二枚。円を描くように広がる翼は流動しながら常に動く。——翼によって作られた、流動する巨大な盾。

 閃光と爆炎から守るようにして広げられたその翼と、その翼で守られている者。千年の大悪魔。


「ぐっっ、あ、が……ッ!!」


 広げられた盾は爆発の衝撃に耐えたようだった。

 しかし、クロウを守るように広げられた翼から外れた迅八自身の足。そこからとめどなく血が流れ続ける。

やがて、翼はばしゃりと撒(ま)き散らされ消えた。


 翼を失った少年は崩れ落ちる。目の前で膝を突く大悪魔にもたれかかるように。


「クロウ、大丈夫か」

「……大丈夫じゃねえわ。足、伝わってきてんぞ」

「お前に少し、借り、返せたかな……?」

「……二ミリくれえは返された。あと百メートルくれえデケえ貸しがあるが」

「そんなに? 俺、死んじゃうよ」

「……お前は死なねえ」


 クーロンは、その光景を見ていた己の胸の中に、おかしな動悸が生まれたのを感じた。


(……いやあだ〜〜)



「クロウ。 ……俺とお前は二人で一人だ。お前の命は俺の命だ」

「おめえほんとにアタマおかしいんじゃねえのか? 爆発か? どっか打ったのか?」


 暗闇の中で少年は悪魔にもたれかかる。その体をどかそうとしたクロウの右手は、迅八の体に触れることなく、途中で下げられた。













(………ドキッドキ、しちまうんっ!!)


 元々、母性が強かったダークエルフは、己の中に生じた衝動、衝撃、切望にも似た欲求がなんなのか理解出来なかった。——そして、それは後日、シズから教えられる事となる。染められてゆく事になる。



「……うほほほほ。美しーい。お前ら仲が良いこって」

「サグラダッ、てめえ!!」


 垂直に切り立った岩壁の上、刀を背負い嗤う男。


「今日はこの辺にしとこうぜ。……長い付き合いになりそうだ。今はイースト達に追いつかねえとな」

「待ちなッッ!!」


 クーロンは跳躍する。

 岩壁を蹴り上げ、僅か三歩でサグラダの元まで駆け上がる。


「シッ!!」


 月に浮かぶ女が串刺しの蹴りを見舞う。

 ——ひゅんっ。

 サグラダは弧を描くように刀を回す。

 鍔(つば)を鳴らして刀を納め、その体は闇に溶けた。


「うほほ、かなり良い女だ。お前は今度ゆっくり剥いてやる。今日はこれで我慢しとくぜ。……じゃあな」


 その言葉を残し、闇の中に遠ざかる気配。己の天秤をクーロンは測る。——こちらの損害と今すべき事。追うのか、追わないのか。


「……ツッ! 高くつくよ……!!」






 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・






 ダークエルフは月を見上げる。

 昂(たか)ぶった己の心を鎮める為に。


「……助かった」


 認めなくてはいけない。

 実際、危険だった。

 サグラダは予想以上の使い手だった。

 そして、コルテの方に現れた敵。

 その姿をクーロンは見ていない。

 しかし、気配だけで感じた。


「ヤバい奴が来てた。コルテはどうなった? ……けど、ジークエンドがコルテを放っておくはずがない」


 岩壁の上に立つクーロンは、体中から血を流し、月の光を浴びてなお美しい。

 荒く吐き出される息が闇に映る。

 それを数回繰り返した後、岩壁の下、自分を見上げている少年の事を見た。


(……運命)


 物事が進み始める予感を。

 この少年と大悪魔は、おそらく運命の中心になる。


 以前クーロンは思った。

 この子をロックボトムに巻き込みたくない。

 しかし、それはひょっとしたら誤解だったのかもしれない。


「運命に、巻き込まれるのはどっちだ? ……フォルテ。あたし達は、どうすればいい?」


 月を仰ぐ。

 両端が欠けた月を。


 月を見上げる彼女は気付いていない。

 サグラダが振るった最後の斬撃により、自分がどうなっているのかを。


 ……そして彼女は気付いていない。

 地上からこちらを見ている少年は、クーロンの顔ではなく別の場所を見ていた。






 ————————————————






「……ねえねえ、クロウさんクロウさん」

「あんだよ」

「まさか、アレが……」

「そーうだあああ……。『秘密の花園(エデンのむこう)』だあ……」

「お〜〜…。なにやってんだかあのバカはよ〜」


地上からクーロンを見上げている三人は、それぞれが、困惑し、邪悪に笑い、呆れていた。


「……だ、ダメだよ。見ちゃダメだって!!」

「チッ、ちと遠いな……。しかし、フン! 『透視三範囲万華鏡(スリーサイ・スカウタ)』!!」

「え、ちょちょ、お前、今なにした? なにしたの?」

「やはり……。外見だけは極上の女だ。ビッチの上に露出狂……。とんでもねえ変態だが」

「ちょ、なに? なに? なになになになに!? なにが見えてるの!?」

「……すーべーて。くきき……」

「や、やめろよ! クーロンの事見るんじゃねえよっ!!」


 両端が欠けた月が、美しいダークエルフを照らしている。岩壁の上で仁王立ち、全裸の女を。


 クーロンを見上げる迅八とクロウがごちゃごちゃと言う横で、アマレロはボリボリと頭を掻(か)いた。


「……なにやってんだか。あのバカはよ〜」


 ——いつの間にか、大きくなった。

 ダークエルフの女を見て、アマレロはほんの少し安堵した。事態の収束と、弛緩した空気を感じ取ったからではない。今、この空気を敵に突かれたら、確実にやられる。


 長い時間、戦いに身を置いていた体は油断なく辺りを警戒する。しかし、感じ取ってもいた。


「……もう平気か。本気を出す程の敵はいないな」

「ん? なにアマレロ? ところで、なんで二人がここにいるの?」

「お〜? なんでもね〜よ。さて、どうするか……」


 もう、本気を出さなくてはならない程の敵は消えた。その事に、アマレロは安堵した。




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