デッドヒートクロスツー
目の前で繰り広げられる、規格外の魔術戦。大地がえぐれ、翼を持たぬ人間が空を飛ぶ。
そのあまりにも常識外の光景は、『太陽』のジークエンドの激情を冷静へと向かわせた。
(これは、巻き込まれたら死ぬぞ……!!)
たった一人で広範囲の大地に影響を及ぼす転生者、デッドエンドウエスト。そして、対するは伝説の真魔の使い手。
——タンッ。ジークエンドは跳び上がり、迫り来る岩を躱す。魔力で強化した足はその体を数メートルの高さへと運ぶ。しかし、宙に跳んだジークエンドよりも高い場所で、空を飛ぶ少女。
「……生上げーーっっ!!」
ぶわおんっ!!
シズが両手を上げると天に向け風が吹く。その気流に乗ったシズの髪が荒れ狂う。そして、その一筋ひとすじに、青い光が。
「あははははっ……、なあに? きあげって」
「水で冷ますと怒られる、ですっ!! ……もやしは、やっっ、ですっ!!」
シズが手を振るうと、えぐられた大地に割れ目が走る。切りつける刃。
「……あなた、なんで、飛んでるの?」
「魔術、です!!」
「……ジークエンド」
——ドンッ。地面を蹴りつけたウエストのドレスが宙に跳ぶと、ジークエンドの目には再び白い背中が見えた。
ジークエンドの腹を目掛けて、真っ直ぐに伸びてくる回し蹴り。負傷した右腕でそれを受け止める。
「っっ!!」
「ねえジークエンド。あの子、なに言ってるの? ……まさか、気付いてないの? 魔術で、生者が飛ぶことなんて出来ない」
「ぐっ……なんの事やら」
後ろ向きに突き出された白い足。
振り返る顔の中で、そこだけは赤い唇。
空っぽの少女はジークエンドに向けて、その唇を歪めた。
「……あれ、『真魔』? ……イーストが求めてる事も出来るかなぁ。可能性、あるかなぁ……」
「貴様らは、ここに何をしに来たッ!!」
「時を、遡る……。私たちが欲しいのはそれだけ。千年の大悪魔なら、願いを叶えてくれるかなあって」
「……っ!!」
「ん。……なにその反応。なんか、知ってるぅ?」
「世迷い言を……ッ!!」
「どこが世迷い言? 過ちを取り返すの……明確でしょ」
「そんな事は出来んっ!!」
「出来る、出来ない……違うの。やるの。この世界なら、ある。……あるんだよ。『よくある』の」
話を打ち切るように、ジークエンドがサンフラウを振るう。それから逃れたウエストに、上空から真魔の刃が襲う。
一筋、二筋、……線は交差し、地面に出来た升目の中で、闇色のドレスは踊る。
「どうしよう……。真魔。殺す訳にいかなくなってきた。イーストに怒られちゃうかも……」
ウエストは攻撃の手を止め、何かに迷っているように見えた。追撃するべきか否か、ジークエンドも同じように考えていた時に、ぞくりと。
また、暗くなった。
「…………あ、イースト」
「なんだコレは……!」
先程と同じ感覚がジークエンドを襲う。星の光も、月の明かりも、変わらず地底墳墓に降り注ぐ。だが、暗くなった。
ウエストは、地底墳墓の入り口を見る。
「イーストが泣いてる。行かないと……」
「よそ見か。小娘ッ!!」
一瞬の好機。ジークエンドが考えるよりも先に振るったサンフラウ。そこから伸びる紅蓮の炎が、横薙ぎにウエストを襲う。すると地面から突き上がる壁。ウエストは大地を変性させ、己を守る盾を作りあげる。
「……無駄」
「『紅炎剣』!!」
炎は溶かす。土を溶かし、石を焼き、ウエストの身に迫る。闇色のドレスに触れた瞬間、炎は全身に広がった。
炎の中で少女が踊る。ジークエンドは瞬きの時間を置かずに駆け出した。
「……言ったはずだ。好きか? 八つ裂き!!」
——全力で首を狩る!!
一閃、呼吸を止め二連。
渾身の力で振るわれる魔剣は、プロミネンスの炎を切り裂く。そこに感じる手応え。……当たっていない。
「なに……!?」
炎は消える。
溶けた壁。その内側には、地面に空いた穴があった。
すると、離れた場所に土塊が盛り上がった。
「……やっぱり届かないねジークエンド。……けど、お気に入りの魔装具。……燃えちゃった」
「きっ……さまッッ」
「イーストの所に行かなくちゃ……」
「待てッッ!!」
「邪魔。……生かしておいてあげるから、ね? 邪魔しないで」
ウエストの身を包む闇色のドレスは燃え尽きた。
その下から白磁の指が伸びる。篝火に照らされた少女は美しく、おぞましく。
蜘蛛のように指をくねらす。
「……またねジークエンド。……きっと会うわ。その時は、八つ裂きにしてね。……あと、シズ」
「待つ、ですっ!!」
「友達になれるといいね。……久しぶりに楽しかった。……また会お」
ウエストの足元で地面が空く。
——ひゅおん。美しく嗤う少女の残像は、白磁の影を引きながら、地面の中に落ちる。
その後には元の静寂と、遠くもうひとつの戦場から響く怒号が残った。
「追いかける、ですっ!!」
「待てシズッ!」
「なんで止める、です!?」
「認めねばならん。……助かった」
ジークエンドは己の体を見下ろし状態を確認する。ボロボロの右腕、幾つもの切り傷。せり上がる吐き気を飲み下すと口に広がる鉄の味、——内臓にもダメージがある。
「……ダメだ。あれは強すぎる」
「関係ないっ、ですっ!!」
「待て。師匠を放っておいていいのか?」
「あっ!」
「なんだその反応は。忘れていたのか? ……不孝な弟子だな」
青色の光はゆっくりと明滅する。
それと共に、シズの体は地に降りた。
「ししょー! ししょうっ! コルテッッ!! ……ジークエンド!! ……どうする、です!?」
コルテにすがりつき、すすり泣くシズの声。その声に冷静を取り戻したジークエンドは、足取り重くそこに向かう。……倒れている義弟の元に。
(…………)
必死でコルテの胸を押さえるシズを見る。
コルテの血で顔を赤く染めたシズの目の下、そこからゆっくりと黒線が消えてゆく。そして、その消えた跡を辿るように、再び涙が線を作った。
「……よくやったシズ。おまえ、どうやった?」
「なにが、です?」
「どうやって治した?」
ぽろりぽろりと涙は湧いて出る。
シズは美しい顔をくしゃくしゃに歪め、年相応の少女の顔で答えた。
「わからない、です。魔術、です?」
「……さっきの、空を飛んでみせたのもか?」
「違う、です?」
「制御できていないし、理屈もない。ジンと同じ……」
「……がはっ! ……はっ、は……!」
「ししょー!?」
コルテの口から、ひときわ大きな呻きと血の塊が出た。その血はコルテを抱えているシズの顔にかかったが、シズはそれに構わずその背中をさすっている。
「……命は繋いだな。呼吸は出来ている」
「もう大丈夫……です?」
「おそらく死ぬ事はない」
更にぐしゃりとシズの顔が歪む。
ぽろぽろと大粒の涙を再びこぼし、コルテの顔に頬を押し付ける。
「うーー! しんぱいした! です!!」
「……なんだおまえ。本当に恋人か?」
「そういう話じゃない! です!!」
「ふむ。そうだな。……そういう話じゃないな」
ジークエンドは、いまだ意識を失ったままのコルテを担ぎ、シズの事を立ち上がらせた。……その時の彼は、もういつも通りの顔だった。
「馬車に戻るぞ。さすがに、この状況で戦闘には参加できん」
「クーロンとアマレロ、どうするです? おにいちゃんたちも、大丈夫です?」
「……大丈夫かどうかは分からん。だが、クーロンとアマレロは強い。それにおまえの兄はアゼルを守ると言ったはずだ」
ジークエンドはシズの答えを待たずに歩き出す。
馬車は丘の上に停めてある。シズの真魔でどれだけの回復が為されたのかも、調べなくてはならない。本当に危険はないのかどうか。
(目の前でこいつを死なせる訳にはいかん ……ッ)
ジークエンドは憤怒と混乱から抜け出したと思っていた。こんなに取り乱したのは久しぶりだった。
だが、彼は完璧に冷静を取り戻せた訳ではなかった。馬車に向かう途中、気付かなかった事は二つ。
一つ。
後ろをついてくる足音が聞こえない。……桃色のコートを着た少女は、昏い目つきでずっと地底墳墓の入り口を見ていた。
「…………顔覚えた。あの女、絶対にコロス」
二つ目。
暗い夜。星空の下で。
煌めく星々の中に、異質な輝きがあった。
いつもの彼なら、きっとどこかの瞬間で気付いていた。しかし、この時はずっと気付かなかった。
星空の中で、ひときわ輝く白銀。
銀色の翼を広げた天使は、静かに地上の戦いを見下ろしていた。
————————————————
——青と白の閃光。光の爆心地から二体の影が伸びる。瞳を守る為に己の前に掲げた手。その指の隙間からクロウは見た。
「なん、だ!? もう一体、影がっ……!!」
光の中心には三体の影が見えた。耳をつんざく轟音が床を叩く。迅八が振るった青い力、——その力の余波で、クロウの体は壁まで吹き飛ばされた。
「オオオオオオオッッ!!」
永遠に続くような光の奔流は、突然終わった。
——フワォン。
静かに消えてゆく音、回復しない視界。
再び闇が戻った大広間、緑色の視界の中で、揺れる松明の明るさだけが、ぼんやりと時の経過を知らせる。……その時、クロウの腹に、刺し貫かれる傷みが走った。
「ぐがっ!! ……痛えええっ!! なんっだこりゃ!!」
心臓剣を生成する為、クロウと迅八の心臓は穿たれた。いまだクロウの肝臓は再生されないし、たった今、新たに出来た腹の傷。
「いてえええ……。はっ…はっ。ジンパチッ!?」
吹き飛ばされて、這いつくばる体。顔だけを前に向ける。……ゆっくりと戻ってゆくクロウの視界。そこに見える。
迅八の腹に突き刺さり、貫通した漆黒の剣。ぼたり、ぼたりと、迅八の口から血が流れる。
相対するイーストの体からも血が吹き出す。
しかし、両断されると思っていた体は、袈裟斬りの傷から血を噴出させても、致命傷には届いていない。
「ジンパチッ!!」
「あ、は……っ! ごぶっ!」
ごぶり。迅八の口から血は溢れ出す。
破壊された心臓と、腹に突き刺さるイーストの剣。
その剣を握るイーストの右手が、何かを確かめるように動いている。……右、左。迅八の腹の中をかき混ぜるように、その剣は動く。
そして、それが動く度に迅八の中で音がした。ぶち、ぶちゅ、パチン。何かが千切れる、致命的な音。
「……あっ、ああっ! 腹、あっ!!」
「迅八ィ……なんだ今のは。凄い、初めて見る巨大な力……。やっぱり、おまえらが、……持ってるんだろ? 時を、……遡るッッ」
迅八の超回復は、凄まじい早さで回復を続ける。
穿たれた心臓、その胸に繊維が編み込まれる。
「なんで……!? てめえ、なんで、生きてる!? ソードオブハートは届いたはずだッ!!」
「……言ったはずだ。致命傷は届かないんだ。……なんでだと思う? 分からないんだよ」
イーストの左手が伸びる。
ヒゲで覆われた顔の奥、空っぽの目。……それが初めて焦点を結ぶ。錆色の髪の下から、イーストは、はっきりと迅八を見た。
「迅八……」
「おっ……! おおおオオオッ!!」
——ブチ、ブチブチッ!!
かき混ぜられる腹に構う事なく後ろに跳ぶ。
あの左手に捕まれば、心は恐怖に飲み込まれる。迅八にはそんな直感があった。
「クロウッ!!」
「……おうクソガキ。あいつは、ありゃあなんだ? テメエの世界じゃあんな奴は珍しくねえのか? なんであいつは死なねえ!?」
「知らねえよ、珍しくない筈ねえだろ……!」
ぶつぶつと呟き続けるその男は、今はしっかりと迅八の目を見ている。その目。
致命傷には至っていないが、イーストの体中で、無事な所は一つもない。満身創痍の体はゆっくりと迅八達に近づいてくる。倒れそうな体、しかし、その目。
「迅八……」
「……コオオオオオッ!!」
やられる前にやる。
振りかぶった青い光を、再び敵に叩きつける。
「心臓剣……。果断 迅ッ!!」
一呼吸を細分化した、一瞬よりも短い狭間の時間。青白い剣は一閃となり、袈裟懸けにイーストの体を襲う。
(ここだっ! 確実に当たるはずだッッ!!)
首の付け根から両断しようと振るった剣の軌道が、迅八の目の前でズレた。
——斬ッ!!
今までで一番の手応え。確かに断ち切った。
びしゃりと撒き散らされた血が迅八の顔にかかる。目に入り込んだそれを迅八が拭おうとした時、声は聞こえた。
「……ベイビーソング」
——さすっ。
撫でるように振るわれる優しい剣が、迅八の体を通り過ぎる。ゆったりとおりてくる、『睡眠』。
「ああっ……、あっ、おっ……!」
迅八の意識が薄れると同時に、青白い剣は輝きを失ってゆく。反射的にその剣を己の太ももに突き刺した。……ざく。眠気を痛みで塗りつぶす。
「ぐっっ!! ……いってええ!! なんで、なんで届かねえ!?」
ゆっくりと、青白い光が収まる。
やがて長大な剣の明滅は消え、それはちっぽけなナイフに戻った。
ナイフを突き立てた己の太もも、そこから少し離れた場所には『腕』が落ちていた。迅八が断ち切った、イーストの右肘から先が。
「なんでだっ!? なんで、剣がズレる!?」
「……あ、腕、が」
ゆっくりと動き出すイーストから逃れるように、迅八は後ずさる。すると、イーストは断ち切られた己の右腕を拾いあげた。その腕を太ももで挟む。
「なにしてんだ……」
目の前の男がどう動いても対処出来るように、迅八も落ちていた迅九郎を拾いあげる。
そんな事に構わず、イーストは太ももで挟んだ右腕と、断ち切られた肘の断面を合わせた。……いつの間にか、左手に何かを握っている。
————ばづん。
————ばづん。
何回も左手の道具からその音が響く。
肉に食い込むような音が終わった後、腕は汚らしく接合していた。からん。用済みになった道具を、イーストは放り投げる。
「おまえ、それ……!!」
「……便利だろ。ホチキス」
接合されたイーストの右腕は、手のひらを外側に向けていた。落ちていた漆黒の剣をその右手に握らせる。
がらん。がらん。……何回やっても掴めない右手を見て、イーストはため息を吐いた。
「ダメだ……。もう、役に立たない」
大した事でもなさそうに、そう言った。
「ジンパチ。……外に出るぞ」
クロウは混乱に襲われてはいたが、その場の者の中では一番冷静だった。
(ヤバいぞこいつ……!! 何もねえんだったら真っ先に逃げる相手だ)
だが、今は逃げられない。
最下層では、まだジャックの戦いが続いている。
しかし、この場所でイーストの相手は出来ない。冷静に見て、押されている。
だが外に出れば、こことは違う戦い方が出来る。空を飛べる自分たちの優位性が強く発揮できるし、大魔術も効果的に使える。
「外で仕切り直す。あの女共も邪魔だッ!!」
「……いいや。逃げねえ」
離れた場所、広間の隅ではティーと革鎧の女が身を寄せあっている。
「あいつらは動けねえ。……俺たちが外に行って、イーストがついてくる保証もねえ。それに、」
「なんだよ!!」
「イースト。……あいつには、背中を見せたらもう二度と勝てねえ。なんかあいつはそういう相手だ。そんな気がする」
「こんのバカタレがっ!! そんな事言ってる場合じゃ……!!」
「クロウ……。千年の、大悪魔……」
ざり。イーストはクロウに向き直る。外側を向いた右手がひくひくと動く。
「時を遡る……。出来るんだろ?」
「だあ〜かあ〜らっ! テメエはなんだ! 何をしに俺たちの所に来やがった!?」
「過去を変える。……出来るだろ? よくあるじゃないか……」
その言葉に迅八が反応した。
「過去を、変えるって……」
「ありとあらゆる力を持っている千年の大悪魔。だったら、出来るんじゃないのか? 悪魔は願いを叶えるんだろ? 叶えてくれ……」
「クロウ、そんな事、出来るのか!?」
「出来る訳ねえだろが。このクソバカ共がっ!!」
「出来る。出来るんだ。出来るんだよ……!」
這いつくばるクロウの見ている前で、いつの間にか、胸を押さえて涙を流す男。迅八も、顔を歪めてイーストの様子を見ていた。
「……願いを叶える為には対価が必要なんだろ? そして、悪魔は人間の魂を求める」
「だから、テメエは……!」
「……捧げる。何十、何百、何千、何万、何億……。この地上の全ての魂をお前に捧げてもいいぞ……!! 俺の命も捧げるッ!!」
びしゃり。血を撒き散らし、怨念を撒き散らし、形を持った地獄は進む。
魔術によって爛れた肌から汁を垂れ流し、爛々と輝く目からは涙を垂れ流し、血の混じる唾液をぶしゅぶしゅと垂れ流すその男。
「……失ったもの。それの為なら全てを捧げるッ!! 永劫の苦しみに落ちる事になっても、あいつが流す涙を止めに行くんだ……!!」
息を呑む迅八とクロウの前で、地獄は踊る。訳の分からない悔恨を叫ぶ完全な狂人。
その時、イーストのすぐそばで、床が盛り上がった。
「なっ! ……なんだよコレ!」
足を引きずり、迅八は後退する。
すると土塊の中から、人の形をした彫像が突き立った。
その中から現れた、闇色の下着だけを身につけた少女。迅八よりも年下に見える、突然の乱入者。
「なんだ!? おまえ誰だッッ!!」
「……イースト。大丈夫? ひどい怪我。……大丈夫、大丈夫だから、イースト……」
「ウエスト……」
「もう平気だよ。私が居るから。一回帰ろ」
少女はイーストに近寄るとその体をそっと抱きしめる。足元の土が盛り上がると、二人の体を包み込んだ。
「イースト、待ちやがれッッ!!」
「ジンッ。……やめなさい、行かせるのよ!」
今まで固唾を飲み戦闘を見ていたティーが叫ぶ。イーストとウエストの体を包み込む土は肩まで届く。残った顔が、ゆっくりとティーを見た。
「あなた……、どっかで見たことあるね。……私のこと、知ってるの?」
「デッドエンドウエスト……。答えなさい。なんであなた達がここに。……時を遡る!? 本当に、そんな事が出来ると思ってるの!?」
「あなた達、みんなおんなじ事言うんだね。出来る、出来ないが大好きなんだね。……そうじゃないんだよ。やるの」
迅八の心を迷いが埋め尽くす。
こいつらを倒さなくてはならない。
すでに心は決めた。どんな強敵だろうが意味不明の狂人だろうが、自分の仲間に手を出す人間は殺す。しかし、イーストの言葉が何故か頭に残る。
(過去を変える? ……過ちを取り返す?)
雨に濡れた体
胸に刺さったナイフ
……迅八を見て泣き叫ぶ妹、静の顔
(……関係ねえ。もうあれは終わった。俺は、この世界で生きていくんだっ!)
ウエストが迅八を見る。
「……ふうん。あなた、なんかイーストに似てるね。……またね」
イーストとウエストの全身が土に包まれる。土と石で出来た彫像が、大広間の中心に二つ。
——ぼろり。
その彫像が崩れた。
サラサラと、風で巻かれるように崩れてゆく彫像の中には何もない。……残されたのは、床にぽっかりと空いた暗い穴だけだった。
・・・・・・・・・・・・
……静寂が流れる。
その中で、初めに動いたのはクロウだった。
「……どけ。ジンパチ」
魔人形態は、全身余す事なく傷に覆われている。迅八から伝わった傷やクロウ自身の傷、そして、クロウの回復は、迅八ほど異常なものではない。
クロウの状態は、迅八よりも酷いものだった。
床に空いた穴の前でクロウは目を瞑る。少しの間を置いて口を開いた。
「……魂の気配を感じねえ。逃げられた、……いや、帰っていったな」
その言葉に。
無意識の内に、迅八は膝をついた。
「……ハッ、ぜっ、ハア……ッ!! クロウ、なんだあいつ!? なんなんだよアレは!? あんなのアリか!?」
「テメエも似たようなもんだぜ。むしろテメエの方がひでえわ」
「時を、遡るって……! 出来るのか!?」
「なにを言ってんだテメエは。そんな事、できるはずねえだろが。……しかし、あいつには話が通じねえ。あんなのがまた出てきやがったら、面倒くせえな……」
迅八が気が付くと、ティーがすぐそばに居た。
クロウと同じように、迅八にも無事な所など一箇所もない。
服は破れ、血は乾き、再生した心臓が鼓動を刻む度に鈍い傷みがある。そして、それらが気にならないほどの、迅八の体を襲っている震え。
不退転の決意は揺るぎない。しかし、分かる事もある。——助かった。
「……ティー。なんだったんだあいつは。あんな奴がこの世界には普通に居るのか!?」
「あいつは特別よ。それよりも。……ねえあなた達、気付かなかった?」
「なにを?」
「イーストを包んでいた『影』」
その言葉にクロウが反応する。
「おい女。……おめえ、あれが見えたのか? 」
「……死者の魂とは違う……、はっきりとしない影が」
「おまえら、何言ってんだ? 俺はそんなの分からなかったけど……」
「ジン。あれは、見えない人には見えないの」
「おい。おめえにはなんでアレが見えた? ありゃおそらく普通の人間には見えねえもんだ」
「……さあ。元の世界に居た時からこうだったから」
迅八には影など見えなかった。話を続ける二人を尻目に、己の体の回復を測る。
迅八の超回復は凄まじいが、それでも傷が深すぎる。心臓に鼓動が走る度に、体中に痛みが響く。
クロウの声が届く。
「……あれが、あいつが死なねえ理由かもしれねえな。本当に邪神と契約でも結んでやがるのかもしれねえ」
「そんな事……。ふぅ。けど、目の前で見てしまったものね」
クロウとティーの会話を聞きながら、迅八はその場にいるもう一人の少女を見た。
初めにイーストにやられた四人の生き残り、革鎧の女。黒髪のショートヘア。日本人。
「……大丈夫かい?」
「あっ」
少女は左肩を貫かれていた。それと頭を痛打して血が流れている。しかし、そのどちらも致命傷には至っていない。
革鎧の少女の血に塗れた顔を見て、迅八は己の左手首にいつも巻き付けている布をほどいた。
「顔拭きなよ。それじゃ、前見えないだろ?」
「……あ、ありがとう」
少女が顔を拭く。それは血を塗りたくっているとも言える行為だったが、乾いたかさぶたや目の周りを拭うと少女の顔がよく見えた。
ティーと同じ、可愛らしい普通の日本人。その目の中に見える、迅八に対する怯え。
それを感じ取った迅八は、わざとらしく柔らかい声を出した。
「……お、可愛い顔してんじゃん。あ、それ大切なもんだから、返してな」
「あ、うん」
少女が手渡してくる布を受け取ると、再びそれを左手首に巻き付けた。
ティーと話していたクロウが迅八に向き直る。
「……ふう。で? おうクソガキ。こいつらは敵じゃねえのか?」
「ティー」
迅八は迷う。この少女達に刀を向けるべきなのか。
……ティーは両手をゆっくりと上げると、静かに首を振った。
「待ちなさい。もうそんな気はないわ。この状態でヴァンパイアロードとなんて戦えない。すぐに地上に戻って仲間の確認をしないと」
「……そっか。ならいい。送るよ」
「はあ? おいジンパチ、放っておけ。またなんかに巻き込まれるかもしれねえだろが!!」
「だからだよ。あいつらがまた来たら危ないじゃん。……それに、地上の様子を見ておきたい」
文句を言うクロウに構わず、革鎧の少女の手を迅八は引いた。
「あ……」
「立てるかい? ……君達を地上に送ったら俺たちは最下層に戻る。おい、次はねえぞティー」
少女の手を引き、少年は進む。
少女の手から伝わる震え。それと緊張。
「もう大丈夫だよ。何かがあっても俺が守る」
「あ……」
「君の名前は?」
「え……」
少女は言いあぐねた。どうしようか迷ったのだ。
「まあ別にいい。それと」
少女が自分の名前を口にしようとした時、血まみれの声が聞こえた。
「……また俺の仲間を狙ってきたら殺すぞ」
地底墳墓、迅八達の戦いは終わり、迅八とクロウは地上へと向かう。
地上では何が起こっているのか、迅八はまだ何も知らない。




