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アゲイン×2 《クロスツー》  作者: 紺堂 悦文
第六章 地底墳墓のジャック
123/140

デッドヒートクロスツー

 



 目の前で繰り広げられる、規格外の魔術戦。大地がえぐれ、翼を持たぬ人間が空を飛ぶ。

 そのあまりにも常識外の光景は、『太陽』のジークエンドの激情を冷静へと向かわせた。


(これは、巻き込まれたら死ぬぞ……!!)


 たった一人で広範囲の大地に影響を及ぼす転生者、デッドエンドウエスト。そして、対するは伝説の真魔の使い手。

 ——タンッ。ジークエンドは跳び上がり、迫り来る岩を躱(かわ)す。魔力で強化した足はその体を数メートルの高さへと運ぶ。しかし、宙に跳んだジークエンドよりも高い場所で、空を飛ぶ少女。


「……生上(きあ)げーーっっ!!」


 ぶわおんっ!!

 シズが両手を上げると天に向け風が吹く。その気流に乗ったシズの髪が荒れ狂う。そして、その一筋ひとすじに、青い光が。


「あははははっ……、なあに? きあげ(・・・)って」

「水で冷ますと怒られる、ですっ!! ……もやしは、やっっ、ですっ!!」


 シズが手を振るうと、えぐられた大地に割れ目が走る。切りつける刃。


「……あなた、なんで、飛んでるの?」

「魔術、です!!」

「……ジークエンド」


 ——ドンッ。地面を蹴りつけたウエストのドレスが宙に跳ぶと、ジークエンドの目には再び白い背中が見えた。

 ジークエンドの腹を目掛けて、真っ直ぐに伸びてくる回し蹴り。負傷した右腕でそれを受け止める。


「っっ!!」

「ねえジークエンド。あの子、なに言ってるの? ……まさか、気付いてないの? 魔術で、生者が飛ぶことなんて出来ない」

「ぐっ……なんの事やら」


 後ろ向きに突き出された白い足。

 振り返る顔の中で、そこだけは赤い唇。

 空っぽの少女はジークエンドに向けて、その唇を歪めた。


「……あれ、『真魔』? ……イーストが求めてる事も出来るかなぁ。可能性、あるかなぁ……」

「貴様らは、ここに何をしに来たッ!!」

「時を、遡(さかのぼ)る……。私たちが欲しいのはそれだけ。千年の大悪魔なら、願いを叶えてくれるかなあって」

「……っ!!」

「ん。……なにその反応。なんか、知ってるぅ?」

「世迷い言を……ッ!!」

「どこが世迷い言? 過ちを取り返すの……明確でしょ」

「そんな事は出来んっ!!」

「出来る、出来ない……違うの。やるの。この世界なら、ある。……あるんだよ。『よくある』の」


 話を打ち切るように、ジークエンドがサンフラウを振るう。それから逃れたウエストに、上空から真魔の刃が襲う。

一筋、二筋、……線は交差し、地面に出来た升目(ますめ)の中で、闇色のドレスは踊る。


「どうしよう……。真魔。殺す訳にいかなくなってきた。イーストに怒られちゃうかも……」


 ウエストは攻撃の手を止め、何かに迷っているように見えた。追撃するべきか否か、ジークエンドも同じように考えていた時に、ぞくりと。

 また、暗くなった(・・・・・)。



「…………あ、イースト」

「なんだコレは……!」



 先程と同じ感覚がジークエンドを襲う。星の光も、月の明かりも、変わらず地底墳墓に降り注ぐ。だが、暗くなった。

 ウエストは、地底墳墓の入り口を見る。


「イーストが泣いてる。行かないと……」

「よそ見か。小娘ッ!!」


 一瞬の好機。ジークエンドが考えるよりも先に振るったサンフラウ。そこから伸びる紅蓮の炎が、横薙ぎにウエストを襲う。すると地面から突き上がる壁(・)。ウエストは大地を変性させ、己を守る盾を作りあげる。


「……無駄」

「『紅炎剣(プロミネンス)』!!」


 炎は溶かす。土を溶かし、石を焼き、ウエストの身に迫る。闇色のドレスに触れた瞬間、炎は全身に広がった。

 炎の中で少女が踊る。ジークエンドは瞬(まばた)きの時間を置かずに駆け出した。


「……言ったはずだ。好きか? 八つ裂き!!」


 ——全力で首を狩る!!

 一閃、呼吸を止め二連。

 渾身の力で振るわれる魔剣は、プロミネンスの炎を切り裂く。そこに感じる手応え。……当たっていない。


「なに……!?」


 炎は消える。

 溶けた壁。その内側には、地面に空いた穴があった。

 すると、離れた場所に土塊(つちくれ)が盛り上がった。


「……やっぱり届かないねジークエンド。……けど、お気に入りの魔装具(ドレス)。……燃えちゃった」

「きっ……さまッッ」

「イーストの所に行かなくちゃ……」

「待てッッ!!」

「邪魔。……生かしておいてあげるから、ね? 邪魔しないで」


 ウエストの身を包む闇色のドレスは燃え尽きた。

 その下から白磁の指が伸びる。篝火に照らされた少女は美しく、おぞましく。

 蜘蛛のように指をくねらす。


「……またねジークエンド。……きっと会うわ。その時は、八つ裂きにしてね。……あと、シズ(・・)」

「待つ、ですっ!!」

「友達になれるといいね。……久しぶりに楽しかった。……また会お」


 ウエストの足元で地面が空く。

 ——ひゅおん。美しく嗤(わら)う少女の残像は、白磁の影を引きながら、地面の中に落ちる。

その後には元の静寂と、遠くもうひとつの戦場から響く怒号が残った。


「追いかける、ですっ!!」

「待てシズッ!」

「なんで止める、です!?」

「認めねばならん。……助かった」






 ジークエンドは己の体を見下ろし状態を確認する。ボロボロの右腕、幾つもの切り傷。せり上がる吐き気を飲み下すと口に広がる鉄の味、——内臓にもダメージがある。


「……ダメだ。あれは強すぎる」

「関係ないっ、ですっ!!」

「待て。師匠を放っておいていいのか?」

「あっ!」

「なんだその反応は。忘れていたのか? ……不孝な弟子だな」


 青色の光はゆっくりと明滅する。

 それと共に、シズの体は地に降りた。


「ししょー! ししょうっ! コルテッッ!! ……ジークエンド!! ……どうする、です!?」


 コルテにすがりつき、すすり泣くシズの声。その声に冷静を取り戻したジークエンドは、足取り重くそこに向かう。……倒れている義弟(コルテ)の元に。


(…………)


 必死でコルテの胸を押さえるシズを見る。

 コルテの血で顔を赤く染めたシズの目の下、そこからゆっくりと黒線が消えてゆく。そして、その消えた跡を辿るように、再び涙が線を作った。


「……よくやったシズ。おまえ、どうやった?」

「なにが、です?」

「どうやって治した?」


 ぽろりぽろりと涙は湧いて出る。

 シズは美しい顔をくしゃくしゃに歪め、年相応の少女の顔で答えた。


「わからない、です。魔術、です?」

「……さっきの、空を飛んでみせたのもか?」

「違う、です?」

「制御できていないし、理屈もない。ジンと同じ……」

「……がはっ! ……はっ、は……!」

「ししょー!?」


 コルテの口から、ひときわ大きな呻きと血の塊が出た。その血はコルテを抱えているシズの顔にかかったが、シズはそれに構わずその背中をさすっている。


「……命は繋いだな。呼吸は出来ている」

「もう大丈夫……です?」

「おそらく死ぬ事はない」


 更にぐしゃりとシズの顔が歪む。

 ぽろぽろと大粒の涙を再びこぼし、コルテの顔に頬を押し付ける。


「うーー! しんぱいした! です!!」

「……なんだおまえ。本当に恋人か?」

「そういう話じゃない! です!!」

「ふむ。そうだな。……そういう話じゃないな」


 ジークエンドは、いまだ意識を失ったままのコルテを担ぎ、シズの事を立ち上がらせた。……その時の彼は、もういつも通りの顔だった。


「馬車に戻るぞ。さすがに、この状況で戦闘には参加できん」

「クーロンとアマレロ、どうするです? おにいちゃんたちも、大丈夫です?」

「……大丈夫かどうかは分からん。だが、クーロンとアマレロは強い。それにおまえの兄はアゼルを守ると言ったはずだ」


 ジークエンドはシズの答えを待たずに歩き出す。

 馬車は丘の上に停めてある。シズの真魔でどれだけの回復が為(な)されたのかも、調べなくてはならない。本当に危険はないのかどうか。


(目の前でこいつを死なせる訳にはいかん ……ッ)






 ジークエンドは憤怒と混乱から抜け出したと思っていた。こんなに取り乱したのは久しぶりだった。


 だが、彼は完璧に冷静を取り戻せた訳ではなかった。馬車に向かう途中、気付かなかった事は二つ。


 一つ。

 後ろをついてくる足音が聞こえない。……桃色のコートを着た少女は、昏い目つきでずっと地底墳墓の入り口を見ていた。


「…………顔覚えた。あの女、絶対にコロス」






 二つ目。

 暗い夜。星空の下で。

 煌めく星々の中に、異質な輝きがあった。

 いつもの彼なら、きっとどこかの瞬間で気付いていた。しかし、この時はずっと気付かなかった。


 星空の中で、ひときわ輝く白銀。

 銀色の翼を広げた天使は、静かに地上の戦いを見下ろしていた。






 ————————————————






 ——青と白の閃光。光の爆心地から二体の影が伸びる。瞳を守る為に己の前に掲げた手。その指の隙間からクロウは見た。


「なん、だ!? もう一体、影がっ……!!」


 光の中心には三体(・・)の影が見えた。耳をつんざく轟音が床を叩く。迅八が振るった青い力、——その力の余波で、クロウの体は壁まで吹き飛ばされた。


「オオオオオオオッッ!!」


 永遠に続くような光の奔流は、突然終わった。

 ——フワォン。

 静かに消えてゆく音、回復しない視界。

再び闇が戻った大広間、緑色の視界の中で、揺れる松明の明るさだけが、ぼんやりと時の経過を知らせる。……その時、クロウの腹に、刺し貫かれる傷みが走った。


「ぐがっ!! ……痛えええっ!! なんっだこりゃ!!」


 心臓剣を生成する為、クロウと迅八の心臓は穿(うが)たれた。いまだクロウの肝臓は再生されないし、たった今、新たに出来た腹の傷。


「いてえええ……。はっ…はっ。ジンパチッ!?」


 吹き飛ばされて、這いつくばる体。顔だけを前に向ける。……ゆっくりと戻ってゆくクロウの視界。そこに見える。


 迅八の腹に突き刺さり、貫通した漆黒の剣。ぼたり、ぼたりと、迅八の口から血が流れる。


 相対するイーストの体からも血が吹き出す。

 しかし、両断されると思っていた体は、袈裟斬りの傷から血を噴出させても、致命傷には届いていない。


「ジンパチッ!!」

「あ、は……っ! ごぶっ!」


 ごぶり。迅八の口から血は溢れ出す。

 破壊された心臓と、腹に突き刺さるイーストの剣。

 その剣を握るイーストの右手が、何かを確かめるように動いている。……右、左。迅八の腹の中をかき混ぜるように、その剣は動く。

 そして、それが動く度に迅八の中で音がした。ぶち、ぶちゅ、パチン。何かが千切れる、致命的な音。


「……あっ、ああっ! 腹、あっ!!」

「迅八ィ……なんだ今のは。凄い、初めて見る巨大な力……。やっぱり、おまえらが、……持ってるんだろ? 時を、……遡るッッ」


 迅八の超回復は、凄まじい早さで回復を続ける。

 穿たれた心臓、その胸に繊維が編み込まれる。


「なんで……!? てめえ、なんで、生きてる!? ソードオブハートは届いたはずだッ!!」

「……言ったはずだ。致命傷は届かないんだ。……なんでだと思う? 分からないんだよ」


 イーストの左手が伸びる。

 ヒゲで覆われた顔の奥、空っぽの目。……それが初めて焦点を結ぶ。錆(サビ)色の髪の下から、イーストは、はっきりと迅八を見た。


「迅八……」

「おっ……! おおおオオオッ!!」


 ——ブチ、ブチブチッ!!

 かき混ぜられる腹に構う事なく後ろに跳ぶ。

 あの左手に捕まれば、心は恐怖に飲み込まれる。迅八にはそんな直感があった。


「クロウッ!!」

「……おうクソガキ。あいつは、ありゃあなんだ? テメエの世界じゃあんな奴は珍しくねえのか? なんであいつは死なねえ!?」

「知らねえよ、珍しくない筈ねえだろ……!」


 ぶつぶつと呟き続けるその男は、今はしっかりと迅八の目を見ている。その目。

 致命傷には至っていないが、イーストの体中で、無事な所は一つもない。満身創痍の体はゆっくりと迅八達に近づいてくる。倒れそうな体、しかし、その目。


「迅八……」

「……コオオオオオッ!!」


 やられる前にやる。

 振りかぶった青い光を、再び敵に叩きつける。


「心臓剣……。果断 迅ッ!!」


 一呼吸を細分化した、一瞬よりも短い狭間(はざま)の時間。青白い剣は一閃となり、袈裟懸けにイーストの体を襲う。


(ここだっ! 確実に当たるはずだッッ!!)


 首の付け根から両断しようと振るった剣の軌道が、迅八の目の前でズレた(・・・)。

 ——斬ッ!!

 今までで一番の手応え。確かに断ち切った。

 びしゃりと撒き散らされた血が迅八の顔にかかる。目に入り込んだそれを迅八が拭おうとした時、声は聞こえた。


「……ベイビーソング」


 ——さすっ。

 撫でるように振るわれる優しい剣が、迅八の体を通り過ぎる。ゆったりとおりてくる、『睡眠』。


「ああっ……、あっ、おっ……!」


 迅八の意識が薄れると同時に、青白い剣は輝きを失ってゆく。反射的にその剣を己の太ももに突き刺した。……ざく。眠気を痛みで塗りつぶす。


「ぐっっ!! ……いってええ!! なんで、なんで届かねえ!?」


 ゆっくりと、青白い光が収まる。

 やがて長大な剣の明滅は消え、それはちっぽけなナイフに戻った。

 ナイフを突き立てた己の太もも、そこから少し離れた場所には『腕』が落ちていた。迅八が断ち切った、イーストの右肘から先が。


「なんでだっ!? なんで、剣がズレる!?」

「……あ、腕、が」


 ゆっくりと動き出すイーストから逃れるように、迅八は後ずさる。すると、イーストは断ち切られた己の右腕を拾いあげた。その腕を太ももで挟む。


「なにしてんだ……」


 目の前の男がどう動いても対処出来るように、迅八も落ちていた迅九郎を拾いあげる。

 そんな事に構わず、イーストは太ももで挟んだ右腕と、断ち切られた肘の断面を合わせた。……いつの間にか、左手に何かを握っている。


 ————ばづん。


 ————ばづん。


 何回も左手の道具からその音が響く。

 肉に食い込むような音が終わった後、腕は汚らしく接合していた。からん。用済みになった道具を、イーストは放り投げる。


「おまえ、それ……!!」

「……便利だろ。ホチキス(・・・・)」


 接合されたイーストの右腕は、手のひらを外側に向けていた。落ちていた漆黒の剣をその右手に握らせる。

 がらん。がらん。……何回やっても掴めない右手を見て、イーストはため息を吐いた。


「ダメだ……。もう、役に立たない」


 大した事でもなさそうに、そう言った。













「ジンパチ。……外に出るぞ」


 クロウは混乱に襲われてはいたが、その場の者の中では一番冷静だった。


(ヤバいぞこいつ……!! 何もねえんだったら真っ先に逃げる相手だ)


 だが、今は逃げられない。

 最下層では、まだジャックの戦いが続いている。

 しかし、この場所でイーストの相手は出来ない。冷静に見て、押されている。

 だが外に出れば、こことは違う戦い方が出来る。空を飛べる自分たちの優位性が強く発揮できるし、大魔術も効果的に使える。


「外で仕切り直す。あの女共も邪魔だッ!!」

「……いいや。逃げねえ」


 離れた場所、広間の隅ではティーと革鎧の女が身を寄せあっている。


「あいつらは動けねえ。……俺たちが外に行って、イーストがついてくる保証もねえ。それに、」

「なんだよ!!」

「イースト。……あいつには、背中を見せたらもう二度と勝てねえ。なんかあいつはそういう相手だ。そんな気がする」

「こんのバカタレがっ!! そんな事言ってる場合じゃ……!!」

「クロウ……。千年の、大悪魔……」


 ざり。イーストはクロウに向き直る。外側を向いた右手がひくひくと動く。


「時を遡(さかのぼ)る……。出来るんだろ?」

「だあ〜かあ〜らっ! テメエはなんだ! 何をしに俺たちの所に来やがった!?」

「過去を変える。……出来るだろ? よくあるじゃないか……」


 その言葉に迅八が反応した。


「過去を、変えるって……」

「ありとあらゆる力を持っている千年の大悪魔。だったら、出来るんじゃないのか? 悪魔は願いを叶えるんだろ? 叶えてくれ……」

「クロウ、そんな事、出来るのか!?」

「出来る訳ねえだろが。このクソバカ共がっ!!」


「出来る。出来るんだ。出来るんだよ……!」



 這いつくばるクロウの見ている前で、いつの間にか、胸を押さえて涙を流す男。迅八も、顔を歪めてイーストの様子を見ていた。



「……願いを叶える為には対価が必要なんだろ? そして、悪魔は人間の魂を求める」

「だから、テメエは……!」

「……捧げる。何十、何百、何千、何万、何億……。この地上の全ての魂をお前に捧げてもいいぞ……!! 俺の命も捧げるッ!!」


 びしゃり。血を撒き散らし、怨念を撒き散らし、形を持った地獄は進む。

 魔術によって爛れた肌から汁を垂れ流し、爛々と輝く目からは涙を垂れ流し、血の混じる唾液をぶしゅぶしゅと垂れ流すその男。


「……失ったもの。それの為なら全てを捧げるッ!! 永劫の苦しみに落ちる事になっても、あいつが流す涙を止めに行くんだ……!!」













 息を呑む迅八とクロウの前で、地獄は踊る。訳の分からない悔恨(かいこん)を叫ぶ完全な狂人。

その時、イーストのすぐそばで、床が盛り上がった(・・・・・・)。


「なっ! ……なんだよコレ!」


 足を引きずり、迅八は後退する。

 すると土塊(つちくれ)の中から、人の形をした彫像が突き立った。


 その中から現れた、闇色の下着だけを身につけた少女。迅八よりも年下に見える、突然の乱入者。


「なんだ!? おまえ誰だッッ!!」

「……イースト。大丈夫? ひどい怪我。……大丈夫、大丈夫だから、イースト……」

「ウエスト……」

「もう平気だよ。私が居るから。一回帰ろ」


 少女はイーストに近寄るとその体をそっと抱きしめる。足元の土が盛り上がると、二人の体を包み込んだ。


「イースト、待ちやがれッッ!!」

「ジンッ。……やめなさい、行かせるのよ!」


 今まで固唾を飲み戦闘を見ていたティーが叫ぶ。イーストとウエストの体を包み込む土は肩まで届く。残った顔が、ゆっくりとティーを見た。


「あなた……、どっかで見たことあるね。……私のこと、知ってるの?」

「デッドエンドウエスト……。答えなさい。なんであなた達がここに。……時を遡る!? 本当に、そんな事が出来ると思ってるの!?」

「あなた達、みんなおんなじ事言うんだね。出来る、出来ないが大好きなんだね。……そうじゃないんだよ。やるの」


 迅八の心を迷いが埋め尽くす。

 こいつらを倒さなくてはならない。

 すでに心は決めた。どんな強敵だろうが意味不明の狂人だろうが、自分の仲間に手を出す人間は殺す。しかし、イーストの言葉が何故か頭に残る。



(過去を変える? ……過ちを取り返す?)



 雨に濡れた体


 胸に刺さったナイフ


 ……迅八を見て泣き叫ぶ妹、静の顔



(……関係ねえ。もうあれは終わった(・・・・)。俺は、この世界で生きていくんだっ!)













 ウエストが迅八を見る。


「……ふうん。あなた、なんかイーストに似てるね。……またね」


 イーストとウエストの全身が土に包まれる。土と石で出来た彫像が、大広間の中心に二つ。


 ——ぼろり。

 その彫像が崩れた。

 サラサラと、風で巻かれるように崩れてゆく彫像の中には何もない。……残されたのは、床にぽっかりと空いた暗い穴だけだった。




・・・・・・・・・・・・




 ……静寂が流れる。

 その中で、初めに動いたのはクロウだった。


「……どけ。ジンパチ」


 魔人形態は、全身余す事なく傷に覆われている。迅八から伝わった傷やクロウ自身の傷、そして、クロウの回復は、迅八ほど異常なものではない。

 クロウの状態は、迅八よりも酷いものだった。


 床に空いた穴の前でクロウは目を瞑(つむ)る。少しの間を置いて口を開いた。


「……魂の気配を感じねえ。逃げられた、……いや、帰っていった(・・・・・・)な」


 その言葉に。

 無意識の内に、迅八は膝をついた。


「……ハッ、ぜっ、ハア……ッ!! クロウ、なんだあいつ!? なんなんだよアレは!? あんなのアリか!?」

「テメエも似たようなもんだぜ。むしろテメエの方がひでえわ」

「時を、遡るって……! 出来るのか!?」

「なにを言ってんだテメエは。そんな事、できるはずねえだろが。……しかし、あいつには話が通じねえ。あんなのがまた出てきやがったら、面倒くせえな……」


 迅八が気が付くと、ティーがすぐそばに居た。

 クロウと同じように、迅八にも無事な所など一箇所もない。

 服は破れ、血は乾き、再生した心臓が鼓動を刻む度に鈍い傷みがある。そして、それらが気にならないほどの、迅八の体を襲っている震え。

 不退転の決意は揺るぎない。しかし、分かる事もある。——助かった。


「……ティー。なんだったんだあいつは。あんな奴がこの世界には普通に居るのか!?」

「あいつは特別よ。それよりも。……ねえあなた達、気付かなかった?」

「なにを?」

「イーストを包んでいた『影』」


 その言葉にクロウが反応する。


「おい女。……おめえ、あれが見えたのか? 」

「……死者の魂とは違う……、はっきりとしない影が」

「おまえら、何言ってんだ? 俺はそんなの分からなかったけど……」


「ジン。あれは、見えない人には見えないの」

「おい。おめえにはなんでアレが見えた? ありゃおそらく普通の人間には見えねえもんだ」

「……さあ。元の世界に居た時からこうだったから」


 迅八には影など見えなかった。話を続ける二人を尻目に、己の体の回復を測る。

 迅八の超回復は凄まじいが、それでも傷が深すぎる。心臓に鼓動が走る度に、体中に痛みが響く。

クロウの声が届く。


「……あれが、あいつが死なねえ理由かもしれねえな。本当に邪神と契約でも結んでやがるのかもしれねえ」

「そんな事……。ふぅ。けど、目の前で見てしまったものね」


 クロウとティーの会話を聞きながら、迅八はその場にいるもう一人の少女を見た。

 初めにイーストにやられた四人の生き残り、革鎧の女。黒髪のショートヘア。日本人。


「……大丈夫かい?」

「あっ」


 少女は左肩を貫かれていた。それと頭を痛打して血が流れている。しかし、そのどちらも致命傷には至っていない。

 革鎧の少女の血に塗れた顔を見て、迅八は己の左手首にいつも巻き付けている布をほどいた。


「顔拭きなよ。それじゃ、前見えないだろ?」

「……あ、ありがとう」


 少女が顔を拭く。それは血を塗りたくっているとも言える行為だったが、乾いたかさぶたや目の周りを拭うと少女の顔がよく見えた。

 ティーと同じ、可愛らしい普通の日本人。その目の中に見える、迅八に対する怯え。

 それを感じ取った迅八は、わざとらしく柔らかい声を出した。


「……お、可愛い顔してんじゃん。あ、それ大切なもんだから、返してな」

「あ、うん」


 少女が手渡してくる布を受け取ると、再びそれを左手首に巻き付けた。

 ティーと話していたクロウが迅八に向き直る。


「……ふう。で? おうクソガキ。こいつらは敵じゃねえのか?」

「ティー」


 迅八は迷う。この少女達に刀を向けるべきなのか。

 ……ティーは両手をゆっくりと上げると、静かに首を振った。


「待ちなさい。もうそんな気はないわ。この状態でヴァンパイアロードとなんて戦えない。すぐに地上に戻って仲間の確認をしないと」

「……そっか。ならいい。送るよ」

「はあ? おいジンパチ、放っておけ。またなんかに巻き込まれるかもしれねえだろが!!」

「だからだよ。あいつらがまた来たら危ないじゃん。……それに、地上の様子を見ておきたい」


 文句を言うクロウに構わず、革鎧の少女の手を迅八は引いた。


「あ……」

「立てるかい? ……君達を地上に送ったら俺たちは最下層に戻る。おい、次はねえぞティー」


 少女の手を引き、少年は進む。

 少女の手から伝わる震え。それと緊張。


「もう大丈夫だよ。何かがあっても俺が守る」

「あ……」

「君の名前は?」

「え……」


 少女は言いあぐねた。どうしようか迷ったのだ。


「まあ別にいい。それと」


 少女が自分の名前を口にしようとした時、血まみれの声が聞こえた。


「……また俺の仲間を狙ってきたら殺すぞ」






 地底墳墓、迅八達の戦いは終わり、迅八とクロウは地上へと向かう。


 地上では何が起こっているのか、迅八はまだ何も知らない。




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